誕生
1992年4月9日の午後三時頃、北海道のとある牧場に出産まじかの一頭の牝馬が居た。
名はキャンペンガール、その腹には1990年の有馬記念にて有終の美を飾ったオグリキャップの仔を宿しており、陣痛の痛みに耐えながらも腹の中の仔を産み落とそうと力を入れていた。
「がんばれ、がんばれ、あともう少しで生まれるぞ」
バシャバシャ
羊水の流れ落ちる音がすると一気に仔馬の体が三分の二ほど見えるようになり、あと少しだからと人の手で引っ張ってやれば、ずるりと引っかかることなく産まれた。
陣痛が始まってからスムーズに出産を終えることができたためかキャンペンガールの消耗も少なく、今は仔馬に「私がお母さんよ」と落ち着いた様子で仔馬の体を舐めて教えている。(もちろん羊水で濡れているのでスタッフが体を拭きながらである)
先ほど生まれた仔馬、キャンペンガールの1992は周囲を何度か見渡したと思えば、生まれてから数分も経たないうちに立ち上がろうと動き始めた。
「高山、大和田さん呼んできてくれ。こいつぁ将来とんでもない馬になるかもしれんぞ」
繁殖牝馬や仔馬の世話を担当するスタッフとしてこの牧場で10年以上働いてきた高山という男は、先程同僚の大内からこの牧場の代表大和田を呼んでくるようにと頼まれ急いでいるところであった。
ガチャッ
「大和田さん!キャンペンガールの…ハア…キャンペンガールの仔が!」
「どうした高山。そんなに慌てて…キャンペンガールに何かあったか?」
大和田の脳裏には一瞬最悪の結果が浮かんだがすぐにそれは否定され
「ふう…それがすごいんですよ!生まれて間もないってのにもう立ち上がろうとしてるので、大内さんが急いで呼んで来いって」
「なるほど、分かったすぐに行こう」
70年代、現代表の父の大和田前代表は当時どうしても欲しかった名牝シラオキ系の牝馬を、母は未勝利ではあるが──購入した。
そんな馬から重賞を勝つ馬が生まれるのだから、更に良い牝馬からはどんな馬が生まれるのだろうか。
そう思った前代表は昵懇の仲であった桑原牧場にこう持ち掛けた。
昭和の名種牡馬ヒンドスタンの産駒であるミスアシヤガワに自分が株を持っている凱旋門賞馬セントクレスピンを付ける。
牡馬が生まれたらそのまま桑原さんの牧場で、牝馬が生まれたらこちらが金を払って買い取るというものだ。
無事その賭けに勝ち、健康な牝馬が生まれた。
その牝馬こそキャンペンガールの母レディーシラオキである。
そんなこの牧場にとって思い入れの強い牝馬からとんでもない馬が生まれたとなると、すぐにでもこの目で確かめなければ。
逸る気持ちを抑えながらもキャンペンガールの繋養されている厩舎に近づくほどに期待と高揚感は増していた。
大和田が厩舎に到着したちょうどその時
しっかりと自分の四肢で立ち上がり、外の日差しが仔馬を祝福するかのように灰の混じったような黒鹿毛の馬体をキラキラと照らしていた。
そしてその知性を感じさせる淡い右目が、大和田の心を射貫いて離さないのであった。
競走馬になるまで1話の長さはこれくらいになるかも
追記(26/4/3):読みづらい部分を修正しました。