貞操観念が反転した世界にTS転生した俺が男装をする事になったのはお嬢様のせいだ   作:金木桂

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TS練習のつもりで書いたけど思ってたのと違うのが出来ました。


働きたくない

 郷に入れば郷に従えという習わしがある。外様の土地に入るのだから自分の価値観は一旦リセットして、偏見のないフラットな思考でその土地の風習や思想を捉えてみようという先人のありがたーいお言葉だ。

 その言葉を否が応でも胸に刻まなくてはならない事態が起きている。

 

新羅弥衣(しんらやい)。母親として、新羅家の当主として貴方に勤めを与えます。心して聞きなさい。鳳燈家の御令嬢、鳳燈花凛(ほうとうかりん)様の側仕えとしての役目を命じます。これは決定事項です」

 

 ポカンとして俺は母様を見た。

 母様は俺を片親で育ててくれた人で、尊敬の出来るバリキャリの勤め人でもある。その一方で子供を沢山もうけていて、12歳の俺の上には二人ほどの姉が。下には一人の弟がいたりする。

 

 新羅家は代々、鳳燈家という財閥から召し抱えられる御用人である。俺のお婆様も、更にひいお婆様もこの鳳燈家に重用されていたそうだ。

 いつかは俺もそうなることは分かっていた。でも、俺はまだ12歳である。自分で言うのもあれだけどバリバリに小学生だ。来年は中学生だけど。そんな人間を働かせるなんて、鳳燈家はブラックなのではないだろうか。信仰心マシマシの母様に言うことは出来ないが、内心で俺は酷く心配になってきた。

 

「恐縮ながら質問をさせていただいても良いでしょうか」

「今のうちに何でも聞きなさい。鳳燈家の皆様には無礼でも、私には遠慮は無用よ」

「お役目に不満は無いのですが、しかしなぜ私なのでしょうか。年齢からすると、順当にして愛奈(まな)お姉様や(いのり)お姉様が側仕えをするべきではないのでしょうか。申し難いのですが、私では未熟が過ぎると思われます」

「そうね」

 

 ただ働きたくないという言葉を過大に飾り付けた上で本心を打ち明けると母様は小さく頷いた。

 長女の愛奈お姉様は今年で24歳、祈お姉様は17歳で俺よりも全然年上だ。社会的な体裁を鑑みればこの二人の方が側使えとしては相応しいように思える。

 

「弥衣の懸念はもっともね。でもこれは鳳燈家当主、鳳燈絵美様からの要望よ。それ以上の理由など必要があるかしら?」

「それは誠に失礼致しました。この弥衣、粉骨砕身して当たらせてもらいます」

 

 一礼すると「期待しているわ」と母様は満足そうに微笑んだ。

 

 その一方で俺の心は苦渋で満ちている。

 なんでこうなった。俺はもっと普通に、二度目の怠惰な学生生活を送りたかっただけなのに。

 母様に逆らえない俺は、退出するとフローリングに敷かれたカーペットを物音が立たないよう軽く蹴って不満を表した。

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 俺が転生したという自覚を持った明確な転換点は無い。敢えて言うなら4歳くらいの頃から自分は他の児童達とは何か違うと本気で思い始めて、その違和感が明確になるにつれて自我が急速に鮮明になった。これが転換点と言えば転換点になるだろう。

 

 前世では男子高校生だった俺が、どう言う理由か女児に転生していると自分の中で明言できるようになったのは5歳の時だ。女児用の可愛いイラストが入ったパンツを履こうとした瞬間「あ、俺そういや男じゃん。なんでこんな奇行してるんだっけ」と完全に自分を思い出したのだった。

 

 この弥衣としての記憶は保ったままだったので、家族に悟られないことは比較的容易だった。しかし最初は大いに戸惑った。女の子としては当然の日常的所作も俺にとっては違和感が強いものだからだ。それでもなんとかバレずにやり過ごせたのは偏に弥衣と言う少女の顔にある。幼いながらも銀色の髪をしていて、御伽噺の妖精のような中性的な相貌をした弥衣の表情筋はダイヤモンドよりも硬い。めっきり動かないのだ。鏡の中で笑おうとしてもピクリと引き攣るばかりで、上の姉からも若干不気味がられたりした。というか今もしている。俺としては非常に笑おうと努力しているんだけどな……無表情以外の表情になろうとするとどうしても変な顔になってしまう。正直、これは弥衣の持病だと思っている。

 

 一応、その訳を推測できなくはない。

 新羅家は名家に代々仕える御用人の家庭なのだ。厳しい教育や古風な上下関係も日常のことで、その毎日の厳しさに心を閉し気味になっていたのかもしれない。生まれながらにして弥衣という少女に俺は転生しているため、弥衣と俺は本質的に同一存在であるのだが、それでもまだ前世の記憶が明確でなかった幼い精神には少々堪える環境だったんだろう。

 

 にしても御用人の家系ってなんだろうか。この現代日本でなんて時代遅れなことをしているんだ、なんて思ったりもしたが、そんな余念はすぐに消え去る事になる。

 

 この世界は俗に言う、男女の倫理観が反転したチグハグ世界だった。何事に置いても女性が強くて、男性は守られるべき存在。女尊男卑だ。その事実を知って、いや正確には弥衣の知識から引っ張り出してきて面を食らう事になった。

 しかも男女比も狂っている。どう言うわけか男一人に対して女性が十人というのが男女比人口の概算の目安らしい。学校のクラスで言えば大方、男は四人しかいないと言うことで。俺の通っていた幼稚園も例を逸する事なく男児は殆どおらず、また先生からも丁重に扱われていた。

 

 ……いやさ。こういうのって普通男として転生するもんじゃないの。

 

 俺は自室でノートに情報を纏めつつ頭を掻きむしりたくなる衝動を抑える。見つかったら母様からみっともないとコテンパンに叱られるのだ。

 

 この世界は現代日本ではあるけど、前世とは違う事情が多々ある。男女比や貞操観念の逆転現象を始めにして、財閥が2000年を超えても生き残っていること、それに政府が一夫多妻制を推奨していること。特に一夫多妻制については男として思うところもある。女性優位社会なのもそうだが、男の希少性も相まって一夫多妻にしないと社会が成り立たないのだ。何とも前世の価値観からすればクレイジーな話である。クレイジーといえばこれは日本の話ではないが、過去にはどこかの小国家が一夫多妻内閣とか言って大臣のポストを全員一人の夫の婦人にした事例すらあるそうだ。まあそんなのは流石に特異的なケースではあるけど、それでもこれは要するにハーレムの合法化という意味で。

 

 ……クソぉ! 俺も男になりたかった!

 

 そんなしょうもない思考が俺の中で暴発するのも当然の結果と言えた。勿論心の中で秘めているだけで、外に出せば折檻されること間違いなしだから決して口にはしないけど。

 

 そんな訳で小学校入学を機に新羅家の側仕えとしての教育が本格的にスタートすると、俺は小一にして慌ただしい生活を送る事になる。学校に行って、帰るとすぐさま缶詰で勉強。はたまた茶道や花道。或いはチェスや将棋といった授業も家庭講師を呼んで取り行われてた。この世界の家庭講師は結構マルチに活躍しているらしい。

 忙しい上に俺は上の姉たちとの仲があまり良くない。母様の手前、明白に悪いというわけでもなかったけども会話自体は年に一度したかどうか。もはや同じ窯の飯を食う他人だ。やはり俺の無表情がキショいらしい。酷いよなぁ、こんな銀髪の可愛い美少女候補に向かって。……未だ今の体が自分であるという自覚に乏しいからアレだが、この思考は普通に自画自賛だな。

 

 母様は近寄り難い上に昼夜問わず仕事三昧。父様については詳しくないが、姉たちによればこのお硬い家を嫌ってかあまり出入りせずに別の嫁の家に入り浸り。平安貴族みたいだ。いいご身分である。

 

 そんな中で俺が唯一話す相手といえば、家庭教師を除くと弟の暁人(あきと)だけだった。

 俺は前世では男だったし、今世の価値観も前世から大いに影響を受けている。ほぼそのまんまだ。だからショタコンではないし、恋愛対象も女性に据え置きされている。本人の性別は男から女になってしまったけど。

 それでも弟のことは可愛いもので、結構甘やかしてしまった自覚がある。俺より2歳年下である。前世で末っ子だった俺は妹か弟が欲しかったし、本当に出来ちゃえばそりゃ兄貴面するあるまい。いや姉貴面か。

 

 暁人も最初こそ俺の能面を被ったような風貌にびびっていたみたいだが、暇な時間さえあれば構っていると徐々に懐くようになってきた。俺は稽古だの勉強だのであまり自由に時間が取れなかったけど暁人の方は男ということもあって母様も自由にやらせていたみたいだしな。やっぱり納得いかない。俺にももっと休み寄越せこの野郎!

 

 しかし二年もすればこの生活にも慣れ、昔よりもゆとりが持てるようになった。その頃になると母様から鳳燈家に送る側仕えの話も聞いていた。代々鳳燈家に子供が産まれ、一定の年齢になると側仕えをこの新羅家から出す事になる。そして新羅家の側仕えは主からお暇を言い渡されない限りは生涯尽くす事になるのだ。

 でもそれは俺にではなく、どちらかといえば姉の二人の方がメインだったように思う。年齢的にも姉二人は丁度良く、また俺としてもそっちの方が望ましいことであった。

 だって考えてみ。生涯尽くすということは、生涯現役を意味する。即ち「主が死すまで働く」ということだ。労働基準法ナメんじゃねえぞ? 俺はやらねえからな! 今は側仕えの教育を施されているが、絶対にそんなのせずに普通に社会に出て生きてやる!

 

 と、決意しながらも余暇に自分磨きなどすることなくダラダラと毎日を浪費し、現在。

 なんでか知らないが、鳳燈家のお姫様は俺をご所望のようだ。俺の人生プラン終わったわこれ。

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

「それでは花凛様の元までご案内させていただきます」

 

 顔合わせ当日。俺は迷宮の如くドデカい屋敷の中をメイドさんによって案内されていた。俺も大概良いとこの生まれだとは思うが、流石に格が違う。これはやばい。子供がかくれんぼしたら夜まで見つからない可能性すらある。

 

 物珍しさはあるとはいえ、俺も側仕えとして精神的にも肉体的にも散々と新羅の家で鍛えられた男だ。じゃなくて少女だ。挙動不審に辺りを見回すなんて田舎者みたいな真似はしないし出来ない。やったと母様にバレたら「あ、これ死んだわ」と錯覚するようなプレッシャーで詰められるに決まってる。仕事なんて嫌だが、母様に怒られるのはもっと御免被りたい。

 

 メイドさんに案内されて鳳燈家応接間まで通されると、メイドさんは「花凛様は中でお待ちです。御用がありましたらお気兼ねなくお申し付けください」と言って扉の横に待機してしまった。まるで近衛兵みたいな所作だ。俺はこのメイドさんがどこかの二丁拳銃と互角の戦いを繰り広げた傭兵の末裔と言われても驚かないぞ。もし俺がここで粗暴を働いたら胸に忍ばせたコルトパイソンで足を撃ってくるに決まっている! 死にたくないから大人しく入りますね〜。

 

 ドアを開くと、これまた豪勢な部屋が俺の視界を圧迫した。応接間の癖して俺の家のリビングくらいの広さはゆうに越えている。やっぱ財閥は違うな。俺この世界に入って生き残れる気がしないよ母様。

 見るからに品の高い調度品に囲まれたその部屋のソファーにお嬢様は足を組んで優雅に座っていた。

 

 清楚、或いは綺麗という言葉が一番その容姿を表すのに適切だろう。黒い長髪を腰までサラリと流して、冷たさを感じるライトグリーンの瞳は直視しただけでなんとも心を覗かれているような気持ちになる。胸は平均くらいだろう、全体的にスラっとした体型をドレス風のワンピースが包んでおり、これまた似合っている。これまた前世ならテレビ番組に引っ張りだこだっただろう、類稀なる美少女だ。

 例えるなら初夏の涼風。ひんやりとした中にも温かみのある慈愛がその座り方には宿っているように見える。とか、ポエムの先生に教わった通りに比喩を使って主の容姿を表してみたが俺にはあまり才能がないようで、どうも気持ち悪く聞こえるな。そもそも何で側仕えがポエムの勉強をしなきゃならないんだ。そういうのは吟遊詩人がやれば良いだろ。金持ち is 意味不明。

 

 ひとまず観察を終えると、俺は早速口を開いた。主から口を開かせるのはマナー違反だと家庭講師に叩き込まれたからだ。お前悪質マナー講師かよ。

 

「この度、花凛様の側仕えに任命される予定の新羅弥衣と申します。側仕えとなった際には末永いお付き合いとなるので、どうぞよろしくお願い致します」

「あー良いわよ。そういう面倒な前口上とか」

 

 は、はあ。

 そんな言葉が口から漏れかける。当然言ってしまったら母様に殺されるので全力で堪えた。今世の俺、母親に生命与奪の権を握られすぎでは?

 

 兎にも角にも。

 お嬢様から出た言葉は俺の第一印象からは到底予測不可能な流れ弾だった。凄いフランクに来ますねお嬢様。でもそれはそうか。お年頃だもんな。

 

「おかしいわね……ママには一番年下の子を頼んだはずなんだけど」

「新羅暁人でしょうか」

「そうだったかしら? 多分それかも」

 

 俺が弟のフルネームを口にすると何だか適当そうにそう返事をした。

 確かお嬢様の年齢は俺の一つ上だったはずだ。側仕えは基本的にはそれよりも年上を充てがうのが慣わしだとか母様は言っていたから俺がここに来るのもかなりの特例だと思ったのだが、なんとこのお嬢様は更に2歳下の暁人をご所望だった様子。

 

 理由はまあ、分かる。前世を照らし合わせたら容易に出て来る解だ。

 同性よりも異性の方がテンションが上がる。きっとそれだけのことだろう。この世界では男女比が猛烈に偏っているのもあり、女の方がガツガツと行かなければ異性婚など夢の話である。俺は興味ないけど。お嬢様もそのワンチャン狙いで弟を狙ったのだろう。うわぁ……綺麗な顔してこっわ。

 

「まあ、うん。来ちゃったのものはしょうがないわね。取り敢えず対面に座りなさい、私も新羅家の人たちに示しが付かないような言動はするなとママから口酸っぱく言われてるの」

「畏まりました。それではそのように」

 

 暗にお前の席ねーから!と言われてしまった俺は複雑な心境でそのお嬢様の言葉通りに動く。これはもしかすると、俺は晴れてお役御免となる可能性もあるな。お嬢様はどうやら暁人(ショタ)に強く興味を抱いているご様子で、俺にはそこまでの関心を持っていないらしい。流石の母様もお嬢様から断られたと報告すれば引き下がるはずだ。主至上主義みたいな人だからな。

 そう考えると少し肩の力が抜けて、良い感じにリラックス出来た気がした。もちろん粗相をすれば俺は母様から罰として折檻一週間コースが待ち受けているけど、この分なら生涯社畜人生を送ることも無くなりそうだ。

 

「改めて、私は鳳燈花凛よ。鳳燈財閥の当主である鳳燈絵美の娘で、将来はその財閥を継ぐと目されているわ」

「はい花凛様。宜しくお願いします」

「───なんて上面だけで、本質はただのその辺にいる女子中学生と同じだから。歳は……こっちの方が上だったわね。なら敬語を使うなとか言わないけど、もっと言葉を砕いても良いわよ」

「承知……失礼しました。分かりました」

「ん……まあそれでいいわ」

 

 助かった。敬語を外したら母様に(以下略

 

「それでその。本当は暁人くんって子を呼ぶつもりだったんだけど何か間違えちゃったみたいなのよ」

「そうなんですか。今からでも呼べるかもしれないですけど、どうしますか?」

「別にいいわ。だって暁人くんは逃げないでしょ」

 

 ハゲタカのような視線……に見えたのは気のせいだと思いたい。こんな花弁とか似合いそうな美少女が鋭い目付きで男を狙っているとかちょっと考えたくない。こういう清楚系美少女に対する前世のイメージがどうしても俺の中を離れないのだ。もっとお淑やかにしてくれ俺の精神衛生のために。

 

「ひとつ、聞きたいことがあるのですけど良いですか?」

「なにかしら? 弥衣の質問なら全然答えるわよ私。見た目がちょっと気に入りつつあるし」

 

 不躾に言ってみれば、快くお嬢様は頷く。財閥令嬢とはどのようなものか、俺は足跡すら見たことがなかったがお嬢様に関してはそこまで悪い人ではなさそうだ。え? 弟が性的に狙われている? 男ならこんな美少女に迫られて本望でしょ。よかったね暁人(適当)

 

「はい。私はまだ側仕えとしての内定は出ていないんですよね。では、やはり先程から気になっている私の弟を指名するおつもりでしょうか?」

「まあそれはそうね。だって男の子とチャンスがあるなら行くべきだと思うの、普通の女の子として」

 

 それはどこの世界の普通の女の子だ、と言いかけてこの世界では当然のことであることを思い直す。相変わらず、俺はこの世界の価値観に慣れていない。

 

「そうですか。分かりました」

「弥衣こそ、弟くんに異性を感じたりしないのかしら? まだ10歳とは言ってもちょっとは異性を感じる時期なんじゃないの?」

 

 こういう恋愛話はどこの世界でも女の子が好きなのは共通なのか、お嬢様はそんな探りを入れてきた。しかし詰まらない話題になって申し訳ないが、俺は同性と付き合う趣味は無い。

 

「いえ、全く。家族としての愛情は持ってますけど、弟は弟でしかないです」

「そういうもんなのかしらね……。私は兄も弟もいないから分からないんだけど、いたら意識しない?」

「分かりやすく言いますと、目の前にお嬢様のお父様が立っているのを想像してください。興奮しますか?」

「凄いこと言うわね……でも確かに。それは無理だわ」

 

 ふふふ、とお嬢様は冗談めかして笑う。このお嬢様、外見だけは本当にお嬢様って感じなのにな。言ってることは2次元妹を語る男子高校生みたいだ。お嬢様といえど性からは逃れられないらしい。

 

「それにしても弥衣ちゃんは綺麗ね。何というか、不可侵的と表すべきかしら」

「ありがとうございます」

「それで、その。う〜ん。う〜〜〜〜〜ん」

「どうなされましたか?」

 

 俺の顔を見つめながら悩ましげにお嬢様は唸り始めた。なんだ。何が来るんだ。俺は怖いぞ。家の柵から俺は基本的にお嬢様には逆らえない。例え「私のために死んでくれる?」とか聞かれても「喜んでそのように致しましょう」と言うしかない。女尊男卑の世界なのに俺の立場弱すぎでは?

 

 お嬢様は躊躇うように視線を左右に振って、意を決して口を開く。

 

「あの……我儘言っていいかしら?」

「何なりと仰せください」

「私、男の子とイチャイチャしてみたいのよ。だからその、男装してくれたり……しないかしら? 言葉遣いも本当に敬語とか使わない感じで」

 

 あ。死んだわ俺。

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 俺は新羅家の人間として、お嬢様には逆らえる理由もない。前世ならば創作小説やドラマを見て「家のしがらみなんてクソ喰らえ!」と思うタイプの人間だったのに、今世になってそれに囚われてしまったのだからお笑い草だ。

 

 全てを諦めて俺はメイドたちによって火急に用意された洋服に袖を通す。俺の髪はショートカットだからそこまで違和感はない。アイドルとかV系統バンドだったらこういう男もいるんだろうな〜といったような、非常に優しげな雰囲気を醸し出している。相変わらず無表情なのが若干傷だが。今世は残念ながらアイドルにはなれなそうだ。

 仕上げにメイクをパパッとされるとお嬢様の部屋に繋がる化粧室から追い出された。

 

 なんか、何というか、非常に微妙な気持ちである。

 なんたって複雑すぎる。

 精神的には男なのに女の子になって、更に男装をして男のふりをする。男が男のフリをしたらそれはもうただの男なんよ。あーうん。どうせ諦めたんだ、素でいいか。

 

 優雅に紅茶を飲みながらソファーで寛いでいたお嬢様は、俺が部屋に入ってきたのを見て目を丸くした。

 

「どう……って凄い似合ってるわね。可愛いしクールよ、想像以上に男の子ね」

 

 全然嬉しくない。嬉しくないですよお嬢様。

 

「至極光栄です」

「はい、敬語」

「……分かった。気に入ってもらえたなら良かったよ、俺としては非常に複雑な気持ちだけどな」

 

 僅かな抵抗も許さないお嬢様の眼光により、俺はなす術もなく仮面を剥がされた。畜生。これを知られたら母様に何を言われるか……。

 お嬢様はマジマジと俺の顔を見て、更に全身を舐め回すように3回くらい見て、感嘆するように声を上げる。

 

「表情筋は全然動かないけどそこがミステリアスで悪くない。え、何これ。凄いクオリティだわ。ぷにぷにしてる。本当に男の子みたい!」

 

 その言葉はとても複雑だ。言語化は出来ないが、とても複雑だ。

 お嬢様が俺の頬を押したり、髪を撫でたりと自由に愛でる中、俺は無言で必死に耐えることにする。気分はまるでリカちゃん人形。もしくは散歩中に知らない人に撫でられた犬。

 

「ごめんなさいね弥衣。今更だけどこんな格好させちゃって、しかも自由に触っちゃって」

「全くな……俺のことをなんだと思ってるんだよ。着せ替え人形じゃないんだぞ、雑に触んなって」

「……あの? なんか弥衣の男性ロールプレイ、凄い板に付きすぎてない……?」

 

 お嬢様は言いながらも髪を撫でるのを止めない。この世界では男性が弱者サイドのため、完全にセクハラ行為が成立しているが俺も告発する気は無いので永遠にもみくちゃにされるしか無い。まあ中身女だから実際にはセクハラではないし。精神的セクハラである。

 ただこの構図、前世で言うと男が女装した男に粘度高めのボディータッチを繰り返しているのと同じなんだよな。普通に気持ち悪いな。きしょい。昔から思ってたけど美少女って得だ。

 

 お嬢様は俺の口調がやけに小慣れていることに疑念を持ったようで、可愛らしく首を傾げる。

 そりゃ俺は元男なわけで、精神面でも未だ男の部分の方が非常に強い。母様を筆頭に周囲の視線があるから男口調で話すなんて真似が出来なかっただけで、やろうと思えば演技ではなく自然体で話せる。しかしお嬢様相手とはいえそんなことを話す気もない。適当に誤魔化すか。

 

「もしかして男装する機会があったのかしら。これだけ似合うのだから」

「違う。俺の口調は良くある男性像から真似てみただけだ。別に褒められてもなぁ、嬉しくない」

「そんな当然の如く出来るものなのかしら? 弥衣には男装の才能があるわね」

「それも嬉しくないな……」

「いえ、本当に凄いことよ? だって男なんて大抵弱腰なのに、弥衣がやっているのは昔いた日本男児っていうのかしら? それとも少し捻くれて尖った一匹狼っていうのかしら? ともかく映画に出てくるような男の子が飛び出してきたみたいだわ。非現実的なのに本当にこんな男の子がいると思わされているもの、私」

 

 やはり全然嬉しくない。これは一応素なのに男として凄い舐められている気がした。

 それに何だ映画の中って。

 そんなありきたりな映画の中の登場人物と俺を一緒にされても少しイラッとくるものがある。女になったとはいえ、男としてのなけなしのプライドが俺にはあるのだ。

 

 きっと男装をしたせいなんだろう。妙に強気になった俺はお嬢様の肩を掴んだ。

 

「へっ……どうしたの弥衣……!?」

「お嬢様、ちょっと勘違いしてるだろ」

 

 そのまま壁際まで優しく押すと、所詮壁ドンの構図になる。お嬢様には少しは男の怖さを分からせてやらないといけない。幾ら男が非力な存在であるこの世界とはいえ、この考え方だときっといつかお嬢様は男によって不幸な目に逢う。だから俺がその怖さを教えてやろうじゃないか。

 どうせ側仕えにはなるつもりはないんだ、ここらで多少強引とはいえ善行を積んでおいてもいいだろう。そしたらそれを見てた神様が来世は最強チートハーレムSSS主人公に転生させてくれるかもしれないしな。

 

「俺がずっと黙ったまま無抵抗だとは思うなよ。俺だってやろうと思えば、お嬢様のことくらい好きに出来るんだぞ?」

 

 間違いなく母様に聞かれたら俺殺害確定の、乙女ゲーのキャラみたいなこのセリフ。言ってて恥ずかしくなって目線を逸らしそうなものだが、俺の双眸はお嬢様の瞳を貫き続ける。無表情なこの顔に初めて俺は感謝した。

 しかし、お嬢様が俺から目を逸らさないのは意外だ。俺は相手が美少女だから幾らでも見てられるけど、お嬢様は別にそうでもないだろうに。ただ頬を多大に赤らめている様子から意識させることには成功したっぽい。可愛い。

 

 流石にここらが潮時だろう。

 薬も使い過ぎれば毒になる。男女比がこの狂った世界で、男装とはいえ取り敢えず中世的な面持ちの男に見える俺に耐性の無いお嬢様が攻め続けたら、今度こそ恐怖で倒れかねない。

 

「ま、そういうことだから。突然すまん、お嬢様。でもそんな男を甘く見ちゃだめだろってことで一つ教訓を示させてもらった。シチュエーション次第じゃ男でもお嬢様をどうこう出来る可能性があるんだから、必要以上に見くびっちゃいけない」

 

 これでキレられて追い出されたら本格的に母様に殺されるかもしれない。

 弁明するように説明しながら肩から手を離して後ろに下がろうとした俺の両手をお嬢様はぎっしりと掴んだ。なんで?

 

「い……よ」

「へ? なんて?」

「採用よ! 弥衣、貴方は男の天才ね! 不覚だけれど完全に私、貴方のことを見てドキドキしてたわ」

「なんで? 頭おかしいのか?」

 

 素で会話しているせいか毒が思わず漏れてしまう。言った瞬間ヤバいと思ってお嬢様の顔を即座に確認したが、俺の予想と異なって嫌悪感は現れていない。

 というかお嬢様。どれだけ男っぽく見えてたとしても俺、同性なんだけど。いやまあ性意識は男だからややこしい部分はあるとはいえ、それでも女の子が女の子に男を感じちゃダメでしょうに。

 

「そういう強気な言葉を吐けるのも好きよ。貴方、私の側仕えになりなさいな、一生重宝するから。鳳燈家に誓って絶対に後悔させない。幸せにするわ」

 

 熱量が強い。圧も強い。あとチョロすぎる。お嬢様がこれで本物の男と対面した時、どうなるんだか心配になってきたんだけど。

 いやそんなことより、このままじゃマジな方で側仕えにされてしまう。勘弁してほしい。

 俺は慌てて姿勢を取り繕い、言葉を平素のものに変更する。

 

「……失礼ながら敬語にて陳情させていただきます。お嬢様、私で本当によろしいのでしょうか。私はお嬢様が求める男でもありませんし、年齢も下でございます。お嬢様のご要望を満たせない以上、新羅暁人の方が適任かと」

「いえ、もう決めたわ。私は結論を覆さない主義なの。舵を頻繁に切る上に人は付いてこないでしょう」

「僭越ながら、見事な思想でございます」

 

 もっとブレブレでもいいんだぞー。積極的に方針転換していけー。

 口とは裏腹にそんな何にもならないヤジを飛ばす。

 

「ええ。これでも次期当主だもの、その辺りはしっかりしないといけないわ。それで弥衣、受けてくれるかしら」

「謹んで拝命致します、お嬢様」

 

 お嬢様の言葉に、俺はコクリと頷く以外の選択肢を持ち合わせていなかった。さらば一般人ライフ。こんにちは社畜生活。

 

 

 

 

 




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続きは需要がありそうだったら書くし、筆(キーボード)が載っても書く。
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