貞操観念が反転した世界にTS転生した俺が男装をする事になったのはお嬢様のせいだ 作:金木桂
若くして永久就職が決まってしまった二時間後。
帰宅した俺を、お嬢様との面談の結果が気になったのか母様が呼び出していた。
思い出すのは数々の無礼千万な言動。タメ口しかり、男装しかり、挙句の果てには壁ドンである。これら全て新羅家の品性を逸する行為だ。俺、一発くらい殴られるんじゃないかこれ。だめだ、そう考えると殴られるとしか思えなくなってきた。
冷や汗をダラダラと流しながらも母様の部屋をノックして、入室する。
母様はデスクで、いつも通り無機質な目でパソコンに目を通している。俺が入ってきたことに仕方なしといった風に視線を此方を向ける。……死んだかな、俺。
「弥衣」
名前を呼ばれて背筋が伸びる。いや、元から背筋は伸びてるけど更に5cmくらいは反射的に伸びたついでに冷や汗はだらんだらんである。許して母様。
「はい。花凛様のことでしょうか」
「ええ、そうよ。花凛様からお気に召されたようね。その歳で上出来よ」
驚いて一瞬こめかみが動きそうになった。まあ動かないんだけど。体質的に。
次に飛んでくるのは罵声か怒声だと思って覚悟していたが、母様が口にしたのは賞賛の言葉だった。母様は滅多に褒めることがない人柄だから思いがけず思考が瞬停する。
「……とんでもございません」
「誉め言葉は素直に受け止めるものよ弥衣。どうせその内言われなくなる。言ってしまえば私が貴方を褒めるのもこれで最後かもしれないわ」
「分かりました。身に余る評価、ありがとうございます」
母様の言葉を理解して、渋々と俺は礼を言う。
鳳燈家の側使えとなれば何事に対しても恙無く遂行するのが当然という価値観になる。一言で言えば失敗は論外。成功して当然。あの、人間は失敗する生き物なんですよー? そんなの無理に決まってるじゃん、クソ。ブラック企業め。
「まあ、言いたいことはあるけども。花凛様の言葉で男装したそうじゃない」
「はい」
何で知っているんですか母様。
いや分かる。お嬢様の母である絵美様から伝えられたのだろう。まあアレについてはお嬢様の命令という自己弁護が出来るから問題ない。だから母様も目を瞑っているのだと思う。
だが言いたいことはそれだけではないようで、一瞬こちらの向けていた視線を切った。
「その上で花凛様に触れて、お嬢様を壁まで詰め寄った───自主的にやっていたら絶縁していたわよ」
ヤバい。壁ドンは俺の自発的行動であってお嬢様は関係ない。絶縁される……!
「……申し訳ございません母様」
「何を謝っているのかしら弥衣。花凛様がそう明言していたのだから謝ることではないわ。例え誰かを庇った上での発言だとしても、花凛様の言葉だもの。疑わしい点など欠片も無いわ。その意味、分かるわね?」
声色を一切変化させずに母様は言った。うげ、バレてるなこれ。俺はともかく、母様も大概鉄仮面だからなぁ。内心はどう思われているんだろう。怒られてる。怒られてますか俺?
「それに、そんなことを言うために貴方を呼んだ訳じゃないのよ。弥衣、貴方から見たお嬢様の第一印象を聞きたいの」
「第一印象ですか」
僥倖なことに、母様はその話題にはあまり興味が無かったみたいで後腐れなく話を転換させる。
俺のお嬢様への印象か。そんなことに母様が興味あるなんて思ってもみなかった。それを言うのも失礼か。案外、母様も所々で面倒見が良いからな。因みに所々というところがポイントである。我が母は9割9分において放任主義だ。
それで、お嬢様の印象か。
「率直に申し上げて、私の想像以上に砕けた方でした。私のような者にも優しくいただいて、本当に有難いです」
そう本心を交えつつ謙虚に答えると、母様の指が机をトントンと二度鳴らす。
「過度な謙遜はよしなさい。私たちは鳳燈家に代々仕える者、側仕えの謙遜が過ぎれば鳳燈家自体の名前にも影響が及びかねないわ」
「は。以後気を付けます母様」
「そうして頂戴。それが花凛様の為になるわ」
慌てて謝る。こういうところが些か面倒だと思う。少しご機嫌なことを言えば図に乗っていると思われ、謙虚に行くとこれである。
俺の言葉を聞いた母上は納得気に頷くと、口を開く。
「分かったのなら宜しい。それで弥衣、これからやっていけそうなのね」
「はい。問題ありません」
「そう。それなら良かったわ。行っていいわよ弥衣」
「分かりました、失礼致します、母様」
俺は家庭講師に叩き込まれた綺麗な一礼を決めると、颯爽と母様の部屋から退室した。ドアを閉めた瞬間、自分の中で張り詰めた神経が盛大に緩むのを感じる。
は~~~~~疲れた。もうヤダ。旅行したい。温泉でゆっくり疲れとか取りたい。てかやっぱり女子小学生が働くのはおかしいって。こんなの労基以前の人権問題だ。でも母様に直訴したら絶縁されそうだしな……止めておこう。
「姉さん! 聞いたけど、鳳燈家の側仕えになるって本当かよ!?」
うおっ!?
緩んだ思考から湧きだした雑念を脳裏で巡らせていると、暁人に話しかけられて滅茶苦茶驚いた。それでも揺るがない表情筋。良く考えたら俺、こんな無表情で一般企業の面接とか通過出来たのかな。……もう関係ないことだし、考えないことにしよう。うん。
ともかく。
今は暁人の心配を払拭しないとな。
「はい。私も新羅家の人間、姉様方ではなく私が任命されるのは意外でしたが拒否なんて滅相もありません」
「それでいいのかよ姉さんは!? そんな、上には姉がまだいるのにそっちはスルーで、まだ12歳の姉さんを向こうの都合で無理矢理なんて! まだ小学生なのに……!」
「来年から中学生です。それに暁人も小学生ですよ」
「そんなのどうでもいいだろ!?」
荒っぽい言い方をする暁人に、大きくなったなぁ……とか、そんなことを思ってしまう。
姉弟の中で、俺は暁人とは一番親密な関係にある。性別は違うが正直言って暁人とは兄弟だと思っていたりもする。だから一緒に遊んだり話したりする中で、ついついと俺にとって一般的な価値観……つまり元の世界の性観念も含めて教えてしまったりもした。幼い頃なんて昔見聞きした有名なアニメやゲームの話を模範例として聞かせたくらいだ。
それも全て、兄貴として暁人には強く育ってほしいと思ったからである。母様には若干苦い顔をされたけどこれだけは譲れなかった。人生で初めての弟に箱入り娘みたいな性格になって欲しくなかったのだ俺は。俺は女だからなれないから、せめて弟には自分を通してカッコよく生きて欲しい。大層なことを言っちゃうとそんな自分勝手な想いもある。
最初こそ弱々しい印象だった暁人もそんな俺の男性像を甚く気に入ったのか、徐々に前世でいう弱きを救い強きを挫くラノベ主人公の如く進化をし、なんかこんな感じになった。まだ10歳とはいえ、今では優しくて将来も有望視できる誇れる弟である。うええ……お兄ちゃんは暁人がハーレムを作りそうで泣きそうです。まあこんな性格じゃなくとも男女比的にハーレムになるんだろうけど。やっぱ泣いた。
このまま暁人を放っておいたら母様の私室にまで踏み入りそうな気配すらある。こりゃ弁明という名のフォローが更に必要だ。
「暁人、良いですか。無理矢理じゃないですし、私は幸運なのですよ。側仕えの仕事は非常に大変なことではありますが、待遇は良いですしリストラの心配もないですから」
そう言うと暁人はまるで無理矢理主人に従わされる美少女奴隷を見るような眼をして、悲痛そうに端正な顔を歪めた。……これ、間違いなく俺が暁人を心配させないように言ってると思われてるな。一応事実ではあるんだけど。
「私の心配より、暁人は自分の心配してください。暁人にも将来はあるんですから」
「そんなことより姉さんが! もし言いづらいんなら俺がお母様に!」
「そんなことじゃないですよ暁人。暁人は貴重な男の子なんですから、新羅家の為にも自分のことを最優先に考えてください。私は大丈夫です。暁人がそう難しく思う必要はありません。為すべき使命が一つ出来た、それだけなのですから」
「姉さん…………」
言い切ると、暁人は押し黙ってしまった。
説得は……まあ出来てないだろうな~。でもこれが俺の限界でもある。実際就職先としては良いところだし、主人も良い人っぽい。怠惰な学生生活を謳歌できなかったことは不満ではあるが、こうなると諦める他ないしな。ここは現実主義で行くべきだ。
「とにかく、そういうことですから。早まらないでください。私は部屋に戻りますね」
「……そっか。分かった」
俺は不機嫌そうに黙った暁人を傍目にそそくさと退散する。これで母様の部屋に突貫するならもう俺し~らね。何とでもなれだ。
─── ─── ───
翌日も休日なので、身支度を整えたら早速俺は朝からお嬢様の家へと向かうことにする。新羅家はその性質上鳳燈家から歩いて五分の場所にあるが、そもそも鳳燈家の敷地が広すぎるせいで実際にお嬢様の部屋に着くまでは10分以上掛かる。まあそれでも通勤時間としては短い方か。
……人生最初の就職が美少女の側近なんてな~。これで俺も男だったなら文句無かったのに。
そんな母様が聞いたら「新羅家の人間としてあるまじき発言よ弥衣。出ていきなさい」と冷たく言われそうなほどアホらしいことに思考を消耗していれば、すぐにお嬢様の屋敷に辿り着いた。
関係ないけどこの世界は男性より女性の方が性欲が強い。世間を控えめに騒がす痴漢のニュースも専ら女性が主犯である。母様にもそういう経験があったのだろうか……無さそうなんだけどな。表に出さないだけか? 前世でも自分の恋愛事情は全く顔に出さない同級生いたもんな。
俺は所定の部屋で側仕えとしての正装(下がミニスカのスーツみたいな服だ。サイズはジャストだが、小学生が着るとどうも違和感がある)に着替えると、早速教えてもらったお嬢様の部屋に向かう。
「お嬢様、おはようございます。本日からお嬢様の側仕えとしてお傍に控えさせていただきます。どうかよろしくお願い致します」
ノックをして入ると、お嬢様は広い部屋の一角にある椅子で眠たげにコーヒーを啜っていた。朝は苦手なんだろうか。
俺の入室に合わせてコーヒーカップを置くと、コクリと目を合わせて頷いた。
「おはよう弥衣。こちらこそ宜しく頼むわ」
「はい」
「それで、早速だけど仕事を与えるわ」
「仕事ですか。具体的にどのようなものでしょうか?」
俺がそう問い返すと俺の服を指差した。別にこれは何の変哲もない側仕えの正装だけども……ああちょっと待った。何だかお嬢様が言いたいことが分かった気がするぞ俺。
「その服じゃなくて綺麗で可愛くてカッコ良い弥衣には相応しい服があるのよ。だから着替えてちょうだい。これから基本はずっとそれね」
「……承知いたしました」
「勿論、今みたいなプライベートでは敬語は禁止だから。お願いね」
何となく予想出来てましたー……我儘なお嬢様だ。
─── ─── ───
「やっぱり昨日の私は間違ってなかった。良い姿じゃない弥衣」
再びメイドさんの手を借りながらも男装を終えると、お嬢様はとてもご満悦な表情で笑みを浮かべた。クソゥ……悔しいけど綺麗な笑顔だなあ畜生! 俺なんも言えねえよ! 立場的にも言えないけども!
「大変恐縮です」
「あら? 敬語はどうしたの?」
「……ああもう分かったよ。お嬢様が文句ないならこの姿の時はこれで行く」
「それでこそ弥衣ね」
うんうんと首を何度も縦に振る。それでこそとか言ってるけど会ったのは昨日が初めてですよねお嬢様?
「なんでそんな男装した俺が良いんだかな……」
「決まってるじゃない。弥衣にオスを感じたからよ」
「お嬢様がそんなことを言わないでくれよ。お嬢様のお母様に知られたら俺が殺される」
「死なないわよ……」
呆れたように眉を上げる。
お嬢様はこの鳳燈家の一人娘である。跡継ぎを作らなくてはならない立場にある以上、そういった性癖の錯誤は許されない。女同士なんて以ての外だろう。冗談でも問題ごとになりそうだ。
そんな懸念を知ってか、お嬢様は落ち着いた素振りで「大丈夫よ」と口にする。
「安心しなさい。そんなことをママの前で言う訳ないじゃない。それにここにいるメイドたちも基本的には私の息が掛かっているわ。問題無いはずよ」
「そうか……?」
その割には俺の母様に昨日の寸劇みたいな行動が筒抜けだったみたいだが……。それ違うよね。他には漏れないけどお嬢様の母の絵美様には漏れてるよねこれ。まあ言わない方がいいか。
俺の心配を他所に、お嬢様は俺の全身を流れるように注視する。視姦ってきっとされる側はこんな感じなのだろう。ただ相手が美少女とあって、気持ち悪いというかはむず痒い。これが男相手ならもっと嫌悪感があるだろうな。
「あのお嬢様?」
「ふーん。うんうん。良いわね。とても良いわよ弥衣」
「俺はどうコメントすれば良いんだ?」
本心からそう零す。そうすると心の中のシンジ君に笑えばいいと思うよとアドバイスされた。でもごめん、俺、笑えないんだ……。
「ねえ、暇ね。ゲームでもしない?」
俺の容姿を一通り見終えたのか、お嬢様は視線を他所に移した。何と言うか、これは性的な意味で恐怖感を覚えた方が良いのだろうか? 震えて頬を赤らめた方が良いのかな?
まあ良いか。お嬢様も本気で言ってるわけでもないだろうし。
「ゲームか。別に良いけど、お嬢様は何をやるんだ?」
「適当に話題のものをやるわ。ゲームソフト自体は家に沢山あるけど、逆に選べないのよね」
「それは羨ましい話で……」
嘆息するお嬢様に思わず素で返してしまう。俺もそこそこゲームはする方だけど、それでも家の影響でゲームソフトなんて片手の指で数える程度しか買ってくれなかった。母様によれば将棋もテレビゲームも似たようなもんでしょとのこと。全然違うよ。
お嬢様は収納を漁ると、有名なレースゲームのカセットを取り出してハードにはめ込んだ。
突然だが、お嬢様の側仕えとしての仕事は多岐に渡る。その内容は仕える主によって変わるらしいが、基本的には信頼できる人間にしか任せられない業務を遂行する役目が新羅家の側仕えには求められている。
だが、どうにもそれは主が財閥でポジションに就いた後の話のようだった。それまではどうするかと言うと、主と共に勉強をしたり知見を広めたりと信頼関係を築き上げながら、主に危険が迫ったらその身を呈してでも守護する。それ以外の時は雑務を除いてやることはあまり無いようである。つまり、少なくともお嬢様が中学生の間は大きな仕事は無く、高校生になってもお使い程度。本格的にお嬢様に仕事が降りかかるのは高校卒業後からで、側仕えとしてもそれ以降が本番であるらしい。そう俺は聞いた。
しかし俺は騙されない。従者としての根性が染みついている母様がそんな軟いことを言うはずがない。加えてあの厳しい教育の結末がお嬢様と一緒にゲームをするだけとか、論理的にありえないだろ普通。きっとこれは、やるべき仕事は自分で見つけろ、そういう意味なのだろう。現に、母様は当主である絵美様が何も言わずとも求められた仕事を熟しているらしい。いわばこれが最初の試練というやつだ。これに失敗すれば俺は側仕えとして不適合と見られ解任されるのかもしれない。そして行く着く先は最悪、家からの放逐……いくら何でもそれは考え過ぎか? いや、自他共に厳しい母様ならあり得ないとも言えない。金銭と保証人だけ与えて家から追い出される可能性はある。いいや流石にそれは無いか……でも完全な否定も出来ない……ううむ。思考が迷宮化する。
まあ、やらないよりもやった方が良い。それは確実だし、他の姉はともかく暁人と離別するのは少し寂しい。弟のために一肌脱ぎますか。
「弥衣強いわね……」
ゲームをしながらも俺はお嬢様に目を向ける。しかし、指示されてもいないのにやるべき仕事と言ってもな……。この場ではきっと思いつかない。一旦俺は思考を保留することにした。
「俺もこのゲームは弟の暁人とよくよくやっているからな」
「へー。そう言えば暁人くんってどんな子なの?」
「ちゃんと自分自身を持った弟だよ。昨今はなよなよしてるのが多い中で姉としてはとても鼻が高いよ」
「ちょっと弥衣?姉じゃないでしょ?」
合間を置かずお嬢様の口がついた。ややこしいなもう。
「……兄貴としては信頼が出来る弟を持てて幸せだよ。これで良いか?」
「バッチリよ」
いや何がです?
そんなことを言う訳にもいかない上、言ってもロクな返事が来ない気もしたので、代わりに今思いついたことを話題に乗せる。
「それよりお嬢様、暁人に興味があるなら会わせることも出来るけど?」
「興味が無いと言えば嘘になるわ、男だし。でも今は良いわよ。弥衣で満足してるのよ私」
「どういうことだそれ」
「触れられない男より触れられる男の方が良いじゃない。ねえ弥衣」
お嬢様は俺の髪の、セットされた束を一つ一つ丁寧に触りながらそう言い放つ。おいおい。これ、男女反対なら最悪な発言だよ。セクハラ親父の発言だろこんなの。お嬢様、本当に将来的に大丈夫だろうか。部下へのセクハラとかで訴えられないだろうか。まだ女子中学生とはいえ、男にチョロいところも併せて俺はとっても心配です。
「俺としてはそんな愛玩動物みたいな扱いされても困る」
「良いじゃない。減るもんじゃないし」
「減ってる減ってる。常識とかSAN値とか俺の理性とか」
言ってから気付いたが女の俺が理性を減らしてるのはおかしいな。案の定、俺の髪を撫でるお嬢様の手も止まる。
「理性も減ってるの?」
「……今のは男の演技だから気にしないでほしい。ちょっとお嬢様に触れられて緊張しただけだよ」
「へー。その顔で緊張するのね。私が女として魅力的だからかしら……どうなの?」
「あの、そういう言葉本当に止めてくれ。俺に聞いても仕方ないだろう。それに、お嬢様はもっと慎ましやかに生きて欲しいと俺は思う」
「あら?主君の言動に口出しするの?」
「意地悪言うなって……」
楽しそうにコロコロとお嬢様は笑った。何だか手玉に取られている気分だ。性別に一々神経を使ってる俺とは違って楽しそうだなぁ全く。
「ふと思ったのだけれど弥衣は気になっている異性とかいるの?」
「気になっている?うーん……そうだな」
考えてみるが、当然のことながらいない。敢えて挙げるなら弟だが……ってこれはどちらの体裁で聞いてるんだ? 女としてだよな?
「まあ、敢えて挙げるなら弟だけど別にそういう気持ちは無いし」
「そうなの。ちなみに私は弥衣だから」
「同性だろうに……」
冗談めかして言うお嬢様に思わずぼやきが漏れ出た。
「そんな格好で女だなんて言わせないわよ。ついでに聞くけど同性なら誰?」
「同性って……まあお嬢様だな。同性に友達とかいないし」
幼い頃より家の教育がある俺は放課後に遊ぶことも出来ず、クラス内で自然と浮くことになった為に同性の友人がいない。そうじゃなくても出来る気はしなかったけど。女子の話題にはついてけない。小学低学年の頃はまだ良かったが、最近のクラスメイトはどの男子がエロいだの筋肉があるだのと教室で男子高校生みたいな猥談をする始末だ。精神年齢の差を勘定に入れてもその女の子の輪に入れるはずもない。
お嬢様は俺の顔をマジマジと見て呟く。
「確かにいなそうだわ。顔に動きがないもの。折角容姿に恵まれているのに勿体ない」
「そう言われてもだな……」
「因みに私の気になる同性は弥衣よ。当然ね」
「その返し無敵か?」
別に俺、両性具有とかいうマニアックな体質でもなく完全に女のはずなんだけどな。まあ、お嬢様に好かれているということで自分を納得させることにする。した。
「それにしても偶然ね。私も友達がいないのよ」
「そうなのか?」
「だって友達って良く分からないのよ。恋人とかなら告白してオッケーしてはい関係成立ってなるけど友達はそういう契機がないじゃない。サイレントで友達とかいう、その、自分のプライベートに無遠慮に侵入してくる属性を名乗ってこられたら不気味じゃない。実際、私は小学生の頃にクラスメイトから気が付いたら友達扱いされてたことがあって焦ったわ。その時は正々堂々「貴方はただのクラスメイトよ」と面と面を突き合せて言ったら分かってくれたけど」
「そ、そうですか」
「敬語禁止」
「そうか……」
お嬢様の思考回路は理解できるが、直接クラスメイトに言うのはどうかと思う俺。思わずドン引きして敬語になった。綺麗な顔してやることがエグい。怖い。でも綺麗な花には毒があるとかよく言うし、間違ってはいないのか……?
「でも弥衣、貴方はそんな有象無象とは違う。貴方とは友達になれそうだわ」
「俺と? でも、俺とお嬢様は側仕えとその主人という関係性だからな……」
「別に公私を分ければ問題ないでしょうに。特に今とか弥衣は仕事のつもりでも、私からすればプライベート同然よ。それとも、私は嫌かしら?」
「そんなことはないが」
「なら決まりね。今日から私と弥衣、友達だから」
ええっ……。そんな強引でいいのか?
まあお嬢様がそれで良いならいいか。諦めて流された訳じゃない。ただお嬢様と友達というのも別に悪くないと思ってしまったのだ。別に美少女相手だから傅くわけじゃないからね!
「そっか。じゃあこれから宜しく」
俺が手を差し出すと、お嬢様は俺の手を優しく握った。
「そうね……弥衣。ずっと、私が死ぬまで恒久に、私の傍にいなさい」
友人関係としては重すぎるにも程がある誓いだったが、きっと俺とお嬢様の関係ならこれが正しいのだろう。俺はお嬢様の手を優しく握り返した。
感想ありがとうございます。
忙しくて返信できてませんが全部読んでます。