貞操観念が反転した世界にTS転生した俺が男装をする事になったのはお嬢様のせいだ   作:金木桂

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男装しなくていいらしい

 その日、帰宅後。

 俺は特にやることもなくテレビを眺めていた。

 

 テレビを見ながら、お嬢様は今頃怒られてるんだろうなぁ、とか詮の無いことを考えてみる。恐らくさっきの会話からして、絵美様が直々に説教なさっているんだろう。うーん、大変そうだ。お疲れ様です。

 

 母様は今日も今日とて仕事らしく帰る予定は無いそうだ。まあ帰ってくる日の方が最近じゃ珍しいし、別にそこに思うことはあんまりない。にしても母様は具体的にどんな仕事をしているんだろうか。いや側仕えってのは分かる。でもその仕事内容は割と抽象的だ。他の人間には任せられないような仕事を色々と手広くやっているんだろうという予測は簡単に付くけど、その色々と言う点をイマイチ理解していない。側仕えになるために幼い頃から教育を受けていたのにな。……マジで俺って何をさせられるんだろう。こわ。人殺しとかさせられないよな……?

 

 とか銃で撃ち合うスパイ映画を見ながら冗談半分で考えていると、室内のドアがノックされた。

 

「はい。どうぞ」

 

 現在夕方六時を回ったところ。こんな時間に訪ねてくるのは一人しかいない。

 

「ね、姉さん。ちょっといいか?」

「はい。勿論いいですよ」

 

 ドアが開く。俺の予想通り、入ってきたのは暁人だった。

 見れば暁人は、複雑そうな顔をしながら俺のことを見ていた。俺の顔を凝視して、目を強く閉じて、また凝視していた。

 ……えっ。何ですか。あの。

 

「どうしたんですか? 私の顔に何か付いてますか?」

「いや別に付いてないけど……付いてないよな?」

 

 何故付いてない確認をするんだ。

 そう思って暁人の視線を追ってみると、その視線は俺の下半身をエイムしていた。

 詳らかに言おう。

 股関節だ。

 

「あの。もしかして」

「……待ってくれ姉さん。これは独り言だから。今の発言に他意は無いからな!」

 

 必死に否定をする暁人に、俺の想像は一つの回答を導いた。

 10歳ということは、子供ながらもそろそろ思春期として走り出しても良い年頃だ。ならば異性のそういった部位に興味を持つのは如何せん、仕方がない生理現象でもある。俺も前世で経験はあるしな。

 

 とはいえだ。

 ここまで露骨に見られると流石に良くないものがある。前世基準で言えば男の股間を狙う女がいたらそれはもうビッチである。俺は自分の弟をそんな風に育てたくはない。

 

「暁人。気持ちは理解しましょう。ですが暁人の見ようとしているそこは性的にデリケートな部分です。私だから良いものの────」

「いや違うから! 変な趣味とかないし、というか姉さんも姉さんでその良く分からない自己肯定感の低さ! 止めた方がいいと俺は思う!」

「他人に目を遣るのは────そうですか?」

 

 口車が止まる。

 暁人は恥ずかしそうに頬を赤らめながら否定の言葉を口にすると、ついでに俺に意見を陳情する。確かにこういう事を言うのは良くないな。反省だ。俺は弟が立派に成長してくれて嬉しいよ。

 

「それで改まってどうしたんですか?」

「あの……さ。えっと」

「はい。どうしましたか。男らしくないですよ。男ならもっとバシッと言ってください」

「五月蠅いな!! そもそも姉さんの男性感、若干おかしいだろ!」

 

 的確に意見を言えば、暁人は強い口調で反駁してきた。まさか……反抗期? 年齢的にもそのくらいだし、でも最初に当たってくるのが一番家族で仲の良い俺だなんて。

 

「私は悲しいですよ暁人。家族に対してそんなことを言うなんて……」

「表情筋動かなさ過ぎて全く悲しそうに見えないんだって! 全く……こんなんで将来結婚相手いるのか……?」

 

 よよよ……、と泣きそうな目で言ってみたが相変わらず鉄の表情筋だったようで暁人に効果は無かった。流石俺。ポーカーとかやれば滅茶苦茶勝てるかもしれないな。

 それと小学生の弟に将来を心配されてしまったが、この点においてはめちゃめちゃ安泰だったりする。

 

「大丈夫です。いざとなればお嬢様に貰われるので」

「ぜんっぜん大丈夫じゃねえ!」

 

 お嬢様、本当に男装した俺を無理矢理性転換手術受けさせたり戸籍の性別を変えたりして俺と結婚しようとしそうだしなぁ……もしかして俺、出家した方がいいのかもしれない。友達と主従関係のみでお願いします。

 そんな暢気なことを考えていると、暁人は大きな声で反論を口にした。あれぇ。

 

「そうだよ! 俺は見たんだ! さっき姉さん、服屋にいたよな! しかも男向けのとこで、姉さんが言うそのお嬢様とかいうアイツも一緒に!」

「暁人。新羅家の人間としてお嬢様をアイツ呼ばわりするのは止してください」

「あんな女に忖度する理由なんてねえよ!」

 

 ……まさか、あの場にいたとは。

 俺は思い返してみる。あの店内にはほとんど人影は無かったが、もしかしたら女性であるお嬢様が入店したことで店員が気を利かせて暁人を別のフロアに隔離させたのかもしれない。男の中には女性が苦手という人も少なくないからだ。社会的な役割としては生殖機能しか価値が無いと考えている女性もこの世にはしばしば存在し、それを考えると女性恐怖症になる男がいるのも無理もない。

 

「しかも姉さん、あの恰好……一応聞くけど俺にそういう趣味を隠してたとか」

「無いです」

 

 とんでもない勘違いだ。

 

「ならあれ、そのお嬢様とかいう野郎にやらされてるんだよな。弱い立場の姉さんに命令して、それも無理矢理……」

「……あの、暁人?」

 

 俺の困惑を無視して暁人は拳を強く握りしめる。姉弟だからこそ分かる。この子、絶対勘違いしちゃってるよこれ。いや勘違いじゃないけど。ただ俺と暁人でとんでもなく熱量の差異があるのは事実で。

 弁解しようとする俺の口より先に、暁人は俺の手を握り締めた。

 

「姉さん、俺分かった。直談判してくる。幾らウチが鳳燈家と密接な関係つってもこんなのありえねえよ、絶対。俺の姉さんは芸者じゃねえんだぞ」

「暁人? 直談判なんてしなくても良いですからね? 私はお嬢様には良くしていただいている方ですからね?」

「分かってるって。姉さんは何もしなくていいからさ」

 

 全然分かってない。全然分かってないからな!

 そう思いつつもどう誤解を解こうかと考えようとして、暁人に頭を撫でられる。因みに身長としては二歳下の暁人の方が俺より高いので、普通に腕を伸ばして髪の毛を雑に撫でられている。おかしい。俺の方が上のはずなのにまるで妹みたいな扱いをされている気がする。今までこんなこと、一度も無かったのに。ジゴロになりそうな将来が見えて姉ちゃんは悲しいよ。

 

「俺がなんとかするから姉さんはいつも通りでいいから。じゃあ俺ちょっと行ってくる!」

「暁人、ちょっと待ってください!」

 

 引き留めようとしたが駄目だった。

 俺の声は暁人の耳には入れなかったみたいで、そのまま部屋から出て行ってしまった。はあ……まあ鳳燈家に行ったところで門の前で追い返されるとは思うから大丈夫だとは思うけど。変な勘違いをされてしまったのが些か面倒だし、頃合いを見計らって訂正を入れなきゃな。

 

 なんて思っていたのだが。

 20分後、機嫌悪そうに帰ってきた暁人に話しかけられなかった。チキンか。

 

 

 

──── ──── ────

 

 

 

「酷いと思わないかしら弥衣? 幾ら一計を図ったとはいえ、ママのこの命令はやりすぎだと思うのよ」

 

 その次の日、俺はいつも通りお嬢様の元へと出勤していた。ただし、普段と違い俺は男装をしていない。本来ならこの時間なら既に俺はドレスチェンジをして可憐な男子(笑)にメイクアップボーイズする時間なのだが、お嬢様に課せられたペナルティーによってそれはない。

 端的に言えば絵美様からお嬢様は脱走の罪を問われ、俺に対して男装を指示する事を一か月間禁じたのだった。そらそうなる。寧ろお嬢様は何で想像してなかったのか頭を捻りたくなるからなマジ。

 

「いえ。お言葉ながら、妥当な判断だと愚考致します」

「あら? 弥衣の主人は誰かしら?」

「お嬢様がイエスウーマンを欲されているのならば、そのように致しますが」

「何よその返答。あーもうつまんない。……この子に性転換手術でも受けさせようかしら」

 

 とんでもないことを宣いやがるぞこのお嬢様。ペット感覚か? 前世が男だった俺でもそれは受容出来ない。それは生まれ持った性別というのもあるが、それ以上に社会的地位を考えてのこと。言うなればニューハーフみたいなもんで、そういった属性の人間に対する社会の目は厳しい。しかも今世では壮絶たる男性不足というのもあって、男になろうとする女性に対する世間の風は冷たいのだ。じゃあ男装は良いのかと言われると俺は答えられる立場にないけど、少なくとも趣味でやる分には問題ないと言える。男女比が偏りすぎているからこそ生まれた歪みだろう。まああまりにも違和感があれば周囲からの誹謗中傷は免れないだろうから一般的な神経を持っている人間はやらないと思う。思うが。お嬢様は逸般的な感性なのでしょうがない。

 

 それにしても、と俺はお嬢様の顔を窺う。

 本音として、お嬢様が俺のことをどう思っているのかが分からない。や、男装をした弥衣としてなら痛いほどの愛情(というにはあまりにも気持ち悪いオタクみたいな言葉を用いがちだけども。もっとしっかりしてくれ)を感じているから語る必要はない。問題は本来の俺に対するお嬢様の感情で。

 

「お嬢様は私のことをどう考えていらっしゃいますか」

「結婚したい。突然どうしたのよ弥衣」

 

 脊髄反射で返答してきたぞこのお嬢様。この世界に女を捨てるという言葉は無いが、もしあるなれば普通にお嬢様のことなのかもしれない。

 じゃなくて。

 

「それは承知しております。ですがお嬢様、違います」

「違うの?」

「はい。同性としての私がどう思われているか、それが気になったのです」

「友達であり側仕えよ。私はアブノーマルじゃないんだから」

 

 アブノーマルじゃない人は同性を男装させて疑似デートを楽しんだりはしない。決してだ。

 

「ですがお嬢様。冗談でも性転換手術と仰られると少々傷付きます」

 

 と表情を変えずに言うが事実、俺はお嬢様に疑念を持っている。

 お嬢様は男装をした俺が好きだ。それはまあ分かる。火を見るよりも明らかだ。

 だからこそ、男装をしていない俺はお嬢様にとって価値が無いんじゃないかと考えてしまう瞬間がどうしてもある。友達という関係性を疑っているわけじゃないけど、お嬢様にとっての俺の存在意義は普段の姿じゃない。

 

「あー……悪かったわよ。ごめんなさい弥衣。少し距離感がバグってたかしら」

「お嬢様。謝る必要性は皆無です。お嬢様がそういう残念な側面を有していること、理解しております。理解した上で私は友人関係を承諾しました」

「何よその理解のされ方。年齢を弁えなさい。私の方が二年も多く人生を知っているんだからね」

「二年間でそれですか……」

「何かムカつくわね。やっぱ男装しなさい弥衣。男装することでしか私の怒りとパトスは収まらないわよ弥衣」

「流石でございますお嬢様。気持ち悪いですお嬢様」

「弥衣の毒舌ってこんな自由闊達だったかしら……」

 

 お嬢様は俺の顔を見て、若干怪訝な顔をする。

 言われてみれば、自分でも驚きだ。きっと男装をした時の自分に引きずられているのだろう。お嬢様と会った時ならいざ知らず、既に男のふり(てか素)で俺はお嬢様に対して気安い言動を繰り返してきている。無意識に俺は素でお嬢様に接していたのだ。

 本来なら立場上不味いものの、お嬢様は気を害した様子は無い。何よりこの場はプライベートだ。TPOさえ弁えていれば大丈夫だろう……母様以外になら。母様にバレたらガチでどうなるか分からん。ヤバい。でも俺にできるのはバレないことを祈るのみである。頼むぞマジで。

 

 脳裏を過った悪寒にぶるりと肌を震わせつつ、俺はお嬢様に視線を配る。お嬢様は一度口を結ぶと、いつもと変わらないガワだけは清楚な表情で唇を戦慄かせる。

 

「私にとって、弥衣は何があっても弥衣よ。確かに男の方が良いけど、それが本来の弥衣を除外する理由にはならないわ」

「因みに恐縮ながらお聞きしたいのですが、二者択一ならどちらでしょうか」

「男装弥衣」

 

 即答だった。駄目だこのお嬢様。早く何とかしないと。

 自然とジト目になっていたのだろう。お嬢様は俺の顔を見て、不満そうにツンと唇を尖らせた。

 

「しょうがないじゃない。まあ弥衣は子供だから分からないかもしれないわね。いつか分かるようになるわ、男の魅力」

 

 お嬢様の言葉にムッと来た私は直情的に言い返す。

 

「お嬢様、大変心苦しいながら陳情させていただきます。お嬢様もまだまだ子供です。私のようなちんちくりんな少女に男を見出している女子中学生が大人のはずが無いと私は思います」

「言ってくれるじゃない弥衣。だけれどもこれは私がおかしいわけじゃないのよ。おかしいのは弥衣、貴方よ」

「はあ」

 

 言うに事を欠いて俺のせいにする気かお嬢様。お嬢様だけには奇天烈扱いされたくないんだが。

 お嬢様はまるで分からず屋を相手にしたみたいにため息を吐くと、澱み一つない白く綺麗な人差し指を立てた。

 

「良い? 弥衣の男装は魔性なのよ。年齢なんて関係ないわ。将来有望なショタとも言えるし美麗な少年とも言える、そんな容姿なのにあの性格。女を食って、二次元の男まで食ってしまうようなあの魅力は私じゃなくても惹かれるに決まってるじゃない。杜撰な言葉遣いに隠れた気安さと優しさ、加えて理想の姉みたいな面倒見の良さよ? これに勝てる女はいるかしら? いやいないわね。ねえ弥衣?」

「女性に希求されている時点で間違っているかと」

「ふふ、何を言ってるのかしら。間違ってるのは現実よ。シビアな男女比率に過度な経済格差。私の生まれは世間的には勝ち組と言えるけど、男はそれ以上に勝ち組よ。望めばベーシックインカムだって受け取れるんだもの」

 

 お嬢様が言っているのは男を保護するために施行されている法律のことだろう。

 男性の生存に関連する法律。その一部にベーシックインカムというのがある。まあ前世でも草案としてはあったものだが、この世界では状況が状況とあって既に現実にある制度だ。俺は女だから対象外ではあるが、家庭教師から軽く教養として教わった。家庭教師の話によれば世帯や一親等の年収など、様々な条件があるもののこの世界にもある生活保護の申請と比較したらかなり容易だ。ただ一つ物事を語るなれば、以上の話は会話の論点から大きく外れている。またまた論点が泳いで世界一周してしまっている。お嬢様の話は義経の八艘飛びよりもぴょんぴょんする節があるからなぁ。俺と話しているときはすくなくともそうだ。まだ俺は公の場でのお嬢様を見たことは無いけど、こうはならないと思いたい。

 

「お嬢様、話がズレています。重要なのはお嬢様が世間一般的な価値観と大きく外れているということです。折角神様から素晴らしい容姿を頂いているのですからそれに見合った云為(うんい)を心掛けてもいいかと」

「気持ち悪い言い方ね……ホント男装しているときとは別人みたい。まあいいわ。弥衣、二つ年上として貴方には忠告するわ」

「なんでしょうか?」

「確かに私の容姿が清楚で、さながら箱入りの令嬢みたいなのは自覚してるわよ。でも容姿と性格が比例することなんてないわ。こう見えても私だって性格は凄い善人でもないし、エロイことも沢山考えるもの」

「お嬢様が性に旺盛なのは存じております」

「殺すわよ」

 

 正直な意見を述べればギロリと殺害予告をされてしまった。おかしい。俺のお嬢様がこんなに凶暴なはずがない。うーん、ラノベ化すれば10万部は固そうなタイトル名だがしかし、昨今のラノベ業界は暴力系ヒロインを敬遠する節があるので100部売れるかどうかだろう。つまりお嬢様にはラノベ化される才能が無いと。残念でしたね。

 

「ふふ……でも弥衣だから今のぶしつけな発言は許してあげるわ」

「寛大な処置に感謝いたします」

「思っても無い癖に。まあ、弥衣の上っ面の敬語に慇懃無礼でクールなオスの顔が見えるから良いけど」

 

 そう言ってお嬢様が頬を若干赤らめた気がした。正直気持ち悪いぞお嬢様。それと男のことをオスと表現するのは是非やめていただきたい。お嬢様の口からその言葉が出るたびに慣れているはずの俺でも引いてしまう。

 そういや。

 ……オスと言えば、なんて連想からこの思考が浮き出てきたのは自分でもどうかと思うけど、そういや昨日暁人がお嬢様に直談判しに行ったはずだ。結局追い返されたっぽいけど実際そのあたりどうなったのだろうか。

 

「話から外れてしまうんですが、お嬢様、一つお聞きしても良いでしょうか?」

「ハネムーンならサルデーニャ島にある別荘で優雅に過ごす予定だけど」

「誰もそんな話はしておりませんお嬢様」

 

 なんで俺の質問が結婚旅行だと思ったんだこのお嬢様は。具体的な地名を出されると本気っぽく感じてしまうから勘弁してほしい。……本気じゃないよね?

 

「昨日弟の暁人がこの屋敷に訪ねてきたと思うんですが、お嬢様は何かご存じでしょうか? もし警備員の方に迷惑を掛けていたなら謝罪しに行きたいと考えているのですが」

 

 暁人のことだ、多分この屋敷には押し掛けた形になったことだろう。またあの時の暁人があんまり冷静じゃなかったことを考えると多方面に癇癪を振るった可能性もある。まあ何だ、俺は姉だしこれくらいのフォローはしないとな。

 しかしお嬢様はどうにも初耳らしい。円らな瞳を大きく見開いて、意外そうに目じりを上げた。

 

「知らないわよ……え、弥衣の弟が来てたの? なんで私にその話通ってないのよ? おかしいじゃない? 弥衣の弟は私の男同然よ?」

「お嬢様の男ではございません。私の弟ですので」

「冗談よ冗談。そんな怒らないで頂戴。私の男は弥衣だけなんだから」

 

 お嬢様ならふとした瞬間に暁人を手籠めにしたいと考えてもおかしくない。贔屓目で見ても暁人は容姿が良くて、性格にも瑕疵は無い。こういうお嬢様の発言には多少過保護気味に反駁してでも牽制を入れておかないと、もしもの時が怖い。気に入ったものに対しては権力を全力で行使して獲得しにきそうだしお嬢様。仮に暁人がお嬢様のお眼鏡にかなってしまった時は……その時はお嬢様の側仕えを辞して遠くに逃げるか。

 まあそんな宙にぶら下がったしょうもない思考は置いておいて。

 

「そうでしたか。恐らく警備の方々が追い返したのかと思われます」

「全く。友人の弟を追い返すなんてクビにしてやろうかしら」

「お嬢様」

「分かってるわよ。私だって良識はあるわ」

 

 良識がある人間はそういう発言をしないんだけどなぁ。それ以前にこのお嬢様は良識という概念を正確に理解しているかも怪しい。

 

「でも、それとは別に会ってみたいわね。弥衣の血が混入した男の子ってどんな感じなのかしら。私気になるわ」

「お嬢様、その言い方は品性がございません」

「何よ。事実じゃない」

 

 事実だろうと言い方が酷いんだよ。気持ち悪いんだよ。

 拗ねるようにお嬢様は言って、何がおかしいのか上品に喉を鳴らして笑った。そういう無意識な仕草だけは品性を伴ってるのが若干ズルいと思う。言葉を紡げば酷い語彙や表現ばかりだが。

 

「……ふぅ。ねえ弥衣」

 

 お嬢様は一頻り笑うと俺の名前を呼んだ。

 

「何でしょうかお嬢様」

「私、こうして話していると弥衣としか友人でいられる自信が無いの。だからこれからも宜しく頼むわよ」

「勿論でございます」

 

 頭を下げつつも、冷静に考えるとこれは良くないことだと思う。お嬢様は友人として俺に依存している節が既にある。それは一個人としては良くとも、お嬢様の将来の立場を鑑みたら何とかしなくてはならない課題の一つになりうる。

 

 ただそれと同時に、まだ深刻に考える段階でもないと俺は結論付ける。

 

 お嬢様はまだ大海を知らないだけだ。お嬢様みたいな人間を受け入れられるコミュニティーなんて、多分探せばすぐ見つかる。そこでなら友人を作ることくらい訳無いと思う。俺以外にも友人を作り、依存気味になりつつある現状を解消することは易い。

 まあ、しかし。

 それまではお嬢様のことは俺が支えようと、お嬢様の言葉を聞いて俺は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして二週間後のことだった。

 鳳燈財閥の次期当主である鳳燈花凛が男を飼っていると三流タブロイド紙にすっぱ抜かれた。

 

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