心地良い金属音が校庭を賑やかにする。それと同時に子供たちの一喜一憂な様子がとても微笑ましい。
「あ~もうっ! 真帆が取らなければ5ポイントだったのに!」
「へへーん! 紗季の球なんてよゆーのよっちゃんだ!」
紗季が苦虫を噛み潰したような顔をして、真帆を睨んでいる。紗季の打った打球は芯を捕らえたような音を響かせ、丁度よくサードとショートのネット間を抜こうとしたのだが……。どうにも真帆の野性的キャッチによりボールはグラブに収められていた。
「やっぱり真帆はうまいねっ」
「おー! もっかんはわかってる! これであたしは19ポイントだぜっ!」
智花が自分のことのように嬉しそうに笑う。それを見てまた真帆も嬉しそうに笑ったのだ。
「おー。ひなも、がんばる」
ひなたが腕をかわいらしく突き上げて決意を込める。頭の上にちょこんと鎮座したヘルメットもこの子が被ればなんだか違うものに見えるような気がした。
俺は基本的にバッティングセンターで最遅の70前後の球を放っている。これくらいが多分丁度いいはずだ。
「おにーちゃん、いいよー」
ひなたの声が聞こえ、俺は軽く振りかぶり球を投げた。
「えいっ」
そんな可愛らしい掛け声のようなものと共にひなたが精一杯にバットを振る。しかし、ボールは彼女の後ろに通過した。
「おー。またあたらなかった」
「えっとね、次はもう少しだけ早めにふりだしてごらん。バットは耳の横辺りに構えて。そうそう、じゃあもう一球」
再び投球する。軽い腕のしなりから放たれたボールはひなたの腰辺りの高さで。
「えいっ!」
ポコン──。
まるでカーボンによる打球音。
「おー。あたったあたった、おにーちゃん、やっぱりすごい」
弱々しく飛んでいく打球は智花の前方にポンと落球する。それを智花はなんだか申し訳なさそうに拾い上げた。
それでも、ひなたは笑っている。ただただ打てたことが心底嬉しかったように、楽しかったように。彼女は間違いなく楽しんでいる。今、この時。このスポーツを。
「いいぞ、ひなた。この調子だ。そのうち智花や真帆の頭を越えるようになれるさ。頑張ろうな」
「おー。おにーちゃんがほめてくれた」
ニコニコと。なんだか涙が出てきそうだ。あんなに弱い当たりだったのに。それでいてもここでやる野球が、そして打てたその事が。ただ楽しいといった少女を見てうるっときている。なんとも涙腺の脆い男だ。
「お、お願いします」
「愛莉か、よろしくな」
軽く笑いかけてから投球動作へと移る。愛莉の顔には明確な恐怖があれども、やはりここで逃げるわけにはいかない! といったような意志も感じとれる。
「えいっ!」
先ほどのひなたと同様の掛け声を覗かせ、愛莉はバットを振り抜く。その一般中学男子のよりも場合によっては大きい彼女の体躯から生まれる風切り音。あまり大きいものではないがそれでも彼女はきっと。
カァン──。
控え目ながらも確かなものが耳に届いた。綺麗な音だ。そう思う。
「えっ、えっ?」
打てた本人もなんだか戸惑っている。そうだろうな。だってボールは──。
「うわっ! あいりーんすげー!」
真帆の驚きの声が放課後の空へ。そこへ愛莉の呆けた声も混じっている。なんだか、予想以上のことが起きたな。軽く苦笑いをしてしまった。愛莉は少なくとも小学生の中では、ひょっとするとすごくなれるかもしれない。
小学生に毎年、数人はいる小学生ばなれした選手。彼らは小学生にして中学生並みの体を手に入れている。愛莉は見たところ決して運動が万能ではないだろうが、潜在的なパワーはきっと劣らないだろう。ましてや小学生では女の子のほうが成長が早い分、男子を上回ることも不可能ではない。
飛んでいくボールはライトの外野まで距離を伸ばしていた。それはライトオーバーのような派手なものではない。しかし、野球を始めて僅かな愛莉がここまで打球を運べたのがすごいのだ。通常の試合ではライト前のポテンかライトフライだろう。それでもこれを讃えずにはいられない。
「愛莉ッ!」
「は、はいっ!」
突然呼ばれた己の名前に過剰に反応する愛莉。呆けていたのだから余計だろう。俺は親指を突き出し笑顔でいった。
「ちょー! ナイスバッティング! さいこーだよ、愛莉!」
「は、はいっ! ありがとうごさいますっ!」
愛莉は俺の賛辞に頬を赤く染め、それでいて満面の笑みで返してくれた。これは彼女の大きな自信への糧にはならないだろうか。
「あの打球には10ポイントでもあげなきゃだめかもな」
そんなことを口にしてみた。するとみんなも賛同してくれる。
「え、いいのかな……」
なんだか不安げな目で俺を見てくる愛莉。その計算を知らない上目遣いはかわいさのスパイスにしかなっていない。
「これは愛莉自身で手に入れたポイントだよ。君はあの打球に自信を持っていいんだ」
「じ、自信を……」
軽く頭に手をやり、視線を少しだけ下げて合わせてみる。
「そう。だからこのままアイスでもかっさらっちゃえ!」
ニッと笑いかけ、そう言葉を放つ。すると愛莉の表情は晴れていき。
「で、出来るかわかりませんけど、や、やってみたい! あ、やってみます! あぅ」
一瞬タメ口をきいたのを気にして言い直す。はは、気にしなくてもいいのに。
そんなやりとりをして、再び入れ替える。智花や真帆の攻撃が始まる。二人はこの中でもセンスに置いて一目置いている存在だ。ちなみにセンスというのは言うなれば滑らかさ、とでも言おうか。はっきりいってバットを振れば打てるようにはなる。練習すれば捕れるようにはなる。だが、動きをみる上で、その動作の柔らかさやしなやかさ、リズムの取り方。これらは簡単に教えようとして教えられるものじゃない。特に驚いた点がある。守備の時、ボールを取りに前進するがその際、リズムが合わないときがある。簡単に言えば10メートル先にボールが置いてあり、それを捕ろうとする。その時にいつも通りの歩幅では拾うときにうまく取れないことがある。人は結局ボールに合わせて途中で歩幅などを調整するから、通常の歩幅ではうまくいかないことがあるのだ。
真帆は守備でそれができている。始めたばかりの子供はボールがくるのを待っているか、ただやみくもに突っ込んで取りに行く、なんてことになるのが殆どだ。しかし、真帆は無意識にボールをどこで取るのが最適かを判断して歩幅を調整している。
これはそうそう出来ることじゃない。なんなら中学生でもできない奴はかなり多い。県大会にいくやつですらだ。守備が抜けているやつで努力型の人間はとにかく何度も練習し、これを習得する。ボールが打たれた瞬間にどのタイミングで突っ込むか、また待つか。さらにどの位置で捕球するか。これらを一秒ないし、それ以下で判断する。これは足の歩幅調整や、リズムでやるのだが……。
真帆は所謂型の輪郭程度ではあるのだが、これらを無意識になんとなくやっている。これがどれだけすごいか。後々中学生にでもなれば出来るやつも増えるだろうが、始めたばかりのこの子が出来そうになっているのがすごい。
──なんだか、すごい子たちの相手をさせられているな。
素直にそう思ってしまう。ああ、楽しい。ミホ姉、俺さ、やっぱり楽しいわ。最初はやる気なんてあまりなかったけれど。それでもさ。
絶対言わないだろうけれど、ありがとう。ミホ姉。
心の中で叔母に感謝の意を捧げてから、彼女たちに向き直った。
「とりあえずこのゲームはこれでお仕舞いかな」
みんなにそう告げる。時刻は6時ジャスト。……少しだけ速いかな。
よし、まずは彼女たちに自身のポイントを発表して貰いましょうか。
「さて、じゃあみんなのポイントを教えてもらえる? まずはじゃんけんの順番と同じで紗季からね」
俺がそう言うとみんながみんな、浮き足だつ。どうだった? なんポイント? などという声がひそひそと聞こえてくる。そんな中で紗季が口を開いた。
「私は16ポイントでした」
「おっけ、16ね。紗季は打ち方は基本通りだし、フォームもいい。このままならどんどんよくなっていくと思うよ」
「あ、ありがとうございます……」
手に持っているメモ帳にポイントを書き込む。紛いなりにもコーチなのでこのようなものに各々の良し悪しの部分などを書き込んでいる。
紗季は少し恥ずかしそうに、だが誇らしげにお礼を言った。
「えっと、次はひなたかな」
「おー。ひなは11だった」
ひなたは抜けるような当たりは打てなかったがコロコロと転がっていった打球がたまたまベースに当たり、ネットから軌道を逸らしてネットの位置より少しだけ後ろの方まで打球を飛ばすことができた。これの5ポイントと守備で得た6ポイントが合わさった11ポイントなのだろう。
「ひなたはまだそんなに遠くへは飛ばせていないけど、それは練習すれば変わることもあるから気にしなくて大丈夫だよ。それに守備なんかは低いバウンドのものをうまくとれていたしね」
「おー」
ひなたにはバントや小技なんかがもしかしたら向いているのかも。勿論、小学生でそんな型にはめてしまうわけにもいかないかもしれないが。
「次は愛莉だね」
「は、はいっ。えっと19ポイントです。み、みんながわたしのアレを10ポイントにしてくれたので」
愛莉はやはり少しだけ申し訳なさそうではあったが最初のころよりはずっといい顔をしている。
「愛莉は他の当たりも決して悪いわけじゃなかったし、あの当たりもまぐれなんかじゃないから自信を持とうね」
さて……。次は真帆か。
「あたしは24ポイントだーっ! ねー、すばるん! あたしはレベルどれくらい!?」
真帆が元気に手をあげて自分のポイントを発表する。レベル、かあ。どのあたりが基準なんだろうか。
「レベルねえ……。うーんとよく、わからないけど、今日だけでも5レベルくらいあがってるかもね。それくらいに真帆の動きは良かったと思うよ」
「よっしゃー! もっかん! これはさいきょーになれる! 一週間で35レベルだっ! きっと魔王だってヨユーだぜ!」
「ははは……」
な、なんだか凄まじい喜びようだな。類に見ないほどに。というか魔王ってなんだ。
「つ、次にいこうか。智花は?」
「28、です……」
……すげえな、やっぱり。実は今回は合計で9回打たせてみたのだが彼女だけは打てても2ポイントである。つまり殆ど会心の当たりをかましてくれた。……あ、ボール捕ってこないと。
「ご、ごめんなさいっ。変なスイッチ入っちゃって……」
頭を下げる智花。なんとなく察していたが智花は野球の勝負事になると周りが見えなくなるタイプのようだ。全然“イヌ”、なんかじゃないかもな。
「いや、手を抜くよりもずっといい。それよりもナイスバッティング。弄るところがなくて俺もコーチあがったりだったよ、はは」
軽い冗談も交えてそう言う。まあ、あながち冗談でもないか。その通りだ。
「ふぇ!? い、いや、私も指導のほう、よろしくお願いしますっ」
何故だろうか、焦った様子で懇願してくる智花。いや、実際に智花にだけ教えないとかさすがにしないよ。
「おーけ。大丈夫だから。それよりも優勝は智花か。よし! 時間もまだあるから近くのコンビニでもいこうか」
俺がそう言うとみんなが顔を綻ばせる。俺も自然と笑顔になってしまう。しかし、あまり買い食いはさせてはダメかな? まあ、それでも少ないコーチ回だし、こんなに頑張ったこの子たちにご褒美くらいは与えてあげたい。
「はやくっはやくっすばるん!」
「こらっ! 真帆、長谷川さん引っ張っちゃダメだろ!」
右手には真帆が。そしてその横にそれを咎める紗季。
「おー。おにーちゃんとおかいもの。ひな、たのしみ」
「あ、あのっ、この度はありがとうございます。長谷川さん」
「あ、ありがとうございます」
ひなが左手を掴んでくる。それと俺の顔を交互に見ながらも深くお辞儀をしてくるのは智花。それに続いてお礼を言ってくるのは愛莉。
「気にしないでいいんだ。俺の方も元気もらったしさ」
そう返した。すると、智花はなんだかもじもじとしながら、口を開いた。
「わ、私はお腹すいていないので他の子にアイスあげてもらえませんか?」
そう口にする智花。これはきっと嘘なんだろう。優しい嘘なんだろうな。智花の性格の軸はこの周りの四人と共に回っている。だからこそ、四人の誰か、また四人が笑顔になれる方法を優先する。
少しだけ悲しくも嬉しい。悲しいのはこんな幼い子にこんな気遣いをさせてしまう自分。嬉しいのはこんな幼い子がこのような心を持って、大好きな友達に囲まれていることだ。
俺はいたずらっぽい笑顔でこう言ってやる。
「そっかあ。じゃあ優勝はなしってことかな。じゃあみんなが同列ってことで。よーし、みんなアイスだ!」
「マジで!? やったー! すばるん! 太っ腹!」
「おー。ひなは抹茶がいいかも」
皆がそれぞれの喜びを表現する。チラリと智花に目をやれば彼女はあわあわと戸惑っていた。
「どうする? 智花だけジュースにするか?」
少しだけ意地悪に。でもそれがきっと彼女の最後の遠慮を飛ばしてくれるようにも祈りつつ。
「あぅ……。頂きます」
恥ずかしそうにはにかみながら。ぺこりと頭を下げた。みんなで買いにいくアイスはどんな味がするのだろうか。
ただきっと。ひとりで食べるよりはずっとおいしいのだろう。
去年かな? 小学生野球の全国大会に女の子バッテリーがいて、
結構な話題になっていたようです。
確かネットで見たのですが。
実際に小学生野球では女の子がエースやクリーンナップを
打っていることはままあります。
女性は早熟なので小学生の時点では男子を上回る子もそれなりにいるのでしょうね。