慧心学園“女子”軟式ヤきゅーぶ!   作:桜咲く日に

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溶けるのはアイスと楽しさ

 

「ありがとうございました」

 

 店員の軽い会釈と共にコンビニの入り口の扉を開く。それはキィっといった音をあげた。同時に元気な子供たちが一斉に扉から出て行くのが見える。

 

「すばるん! すばるん! そこにベンチがあるから早くたべよっ」

 

 真帆に手を引っ張られながらすこしつんのめく。おっと、危ない。突然のことなのですこし転びそうになってしまった。それでもどうにかバランスを取りながら彼女の後ろを釣られるように追いかける。もちろん、引っ張られながら。

 

「はあ……、まったく真帆は」

 

 紗季の溜め息。先ほどと同じことをしているので呆れているのかもしれない。それをなんだか微笑ましく思い苦笑を零す。それを見たひなたが頭の上に? を浮かべながら首を傾げていた。

 

「おー? おにーちゃん、どうしたの?」

 

 純粋な疑問にどう答えようかと頭を捻る。たいしたことじゃないのだからと、軽く思ったことを口にした。

 

「いや、みんなアイス好きなんだなあってさ」

 

 子供なのだからアイスは好きだろう。ましてや家で口にするアイスとこうした部活終わりのアイスは一味どころか二味も違うところがある。それをこの子たちにも味あわせてあげられるのかと思うとなんだか嬉しい。もしかしたら経験したことがあるのかもしれないけれど。それでも、何度やってもこの時間は経験した人間でしか理解出来ない不思議な楽しみを含ませている。

 

「おー。ひな、アイスすきだよ? おにーちゃんはすき?」

 

 疑問が解けて笑顔になったひなたにそう聞かれた。答えはもちろん、

 

「俺も好きだよ、大好きだ」

 

 どちらかと言うとこうして何かを終えた後に何かを共にした人たちと食べるそれらが大好きだ。まだ初夏にすら入っていない、桜風が息吹いている淡い風。四月の現在。夜は時より肌寒くなり、毛布を被ることもあるけれども、みんながみんな、額にほんのりと汗の雫を浮かばせている。こんな時のジュースやアイスはやっぱりおいしい。

 

 そんなとき、ひなたがおー! と言いながら続けて質問をした。みんな、近くに設置されていたベンチに腰をかけ、手にはアイスカップ、またはアイス棒が握られている。

 

 俺は最初の一口目を口に含みながら彼女のほうを向いた。

 

「ひなのことはすき?」

「んぐっ! ケホケホっ」

 

 危ない、吹き出しかけた。ちなみに咳をしているのは智花である。顔を赤くしながら咳き込んでいた。

 

「だ、大丈夫か、智花!?」

 

 少しだけ苦しそうな彼女の背中をさすってやる。

 

「だ、大丈夫、です。ずひません……ケホっ」

 

 喉のつっかえがとれたようで、智花は手で大丈夫といったジェスチャーをしてきた。どうやら固形物ではないので問題はなさそうだ。口の中のアイスならすぐに溶けるしな。

 

「えっと、それでひなたの質問なんだけど……」

 

 言いよどんでしまうのは仕方がないだろう。だって仕方ないよ。嫌いや普通は論外。しかし好きといって家で親御さんに『コーチがひなのこと好きだって言ってくれた』などと言われ曲解でもされてしまえば必ずや俺を訪問するなり、なんなり最悪の状況を迎えかねない。そうなってしまえば例え知り合いにバレなくとも俺の心に盛大なダメージの爪痕を残すだろう。

 

「おー?」

 

 ひなたは楽しみな様子で答えを待っていた。顔をコテン、と傾げながら待っている。

 

 ……だめだっ! この顔を見てから好き、以外の選択肢など用意はできないっ! 罪悪感が押し寄せてくる。辛い。

 

「えっとね、ひなたを含めてみんな、大切、かな」

 

 ……無難だろう。無難だろうよ、この答え。大切と好きは紙一重。なんなら重なってしまっているが、コーチとして大切、しかもみんなを含めて。これならばなんの被害も出まい。特定個人に好きと言えば必ず、真帆も聞いてくるし、それぞれが多少は気になるだろう。コーチに嫌われていないかを心配することもあるだろうし、この年頃は好き嫌いに敏感で、一人が言われれば自分も聞きたくなるだろうし。自惚れかもしれないけど。しかし好きなんかと五人に言うのは論外の論外。五人のうち一人でも他人に話されたら危険だからである。

 

 そう言うとなんだか顔を紅潮させているのが二人、笑顔が二人というところか。紗季を見ればなんとなく大変な時はフォローでもしようか? といった風にも見えた。ありがたい。

 

 そんな時だ。真帆が身を乗り出して聞いてきた。

 

「ねえ、すばるんっ。あたしたち五人は今レベルどんくらい? 後一週間も頑張れば地区優勝くらいなんでもないよね?」

「……え?」

 

 地区優勝? いきなり話が飛んだな。どうしたんだろう、いったい。

 

「地区優勝、ね。あのな真帆。地区優勝っていうは県大会とかにでるあの地区優勝でいいのか?」

 

 基本的に地区優勝なぞしなくてもベスト4以内、もしくは3位以内ならどのような大会でも県大会には出れる。小学生の大会はけっこう多いので夏などに二つほど大会があれば先にあったほうの大会で県の上位まで勝ち進んだ場合などは後の大会には出れない時もあるくらいだ。

 

 ……多分だけど真帆が言ってるのは子供会のような遊びのやつじゃなくて、ちゃんとした野球大会のほう、だよな。

 

 真帆は嬉々として頷き、瞳を輝かせる。  

 

「そう! すばるん、言ったじゃん。今日で5レベル上がったって! だったら一週間で三回しか練習なくても15以上はいけるでしょ!? それだけあれば地区優勝くらいらくしょーだよね!?」

 

 ……なんかマズッたか? 確かにそう言ったのは事実だけど……。それはまったくのズブの素人にしては、といった数値に他ならない。6以上じゃうまくなりすぎだし、2、3なんかじゃあまりうまくなってないって凹まれてもあれだからきりのいい5って答えただけだったのだが……。

 

 地区優勝かあ……。地区ごとに弱いところと強いところがあるから判断しにくい。小学生野球の弱いところは四年生やさらに下級生の中にひとりだけ六年生がいたりするところもあるし、強いところはレギュラー全員六年生でさらにその六年生の殆どが五年、四年からレギュラーで経験が他チームと離れているようなところもある。中学、高校と違いかなり枝分かれしやすい。チーム数もあらゆる年齢層の中で小学生が一番多いしな。

 

 取りあえず、どうするか。この期待の様子からして不用意に答えは用意出来ない。

 

「……そうだな。地区優勝っていっても弱い地域でたまたま勝っちゃったところと本気で強いところで差はあるだろうし。取りあえずこの弱いところなら半年も一生懸命練習して、後はメンバー集めれば勝てるかもしれないね」

 

 弱いところがたまたま勝っただけなら智花が主軸となって皆を引っ張れば勝てちゃったりもするだろう。この子たちは全員六年生だし。

 

 実際に県大会優勝してしまう地区優勝と一回戦負けの地区優勝が試合をすれば場合によって30ー0なんてこともある。まあ、コールドになるだろう。小学生の場合、勉強と同じでどういう風に試合すれば勝てるか、どういう公式を使えば解けるか、なんていうように勝つための流れを知っているチームは強い。とにかく強い。だから前六年生が全国なんかに行ってしまえば、次の六年生も強くなる場合が殆どである。それは勝ち癖もついていることもあるし、チーム全体の『当たり前にできるレベル』が他のチームよりもずっと高いからだ。他のチームでは捕れないボールもそのチームでは“捕れなきゃいけない”というところまで意識が底上げされている。故にそれを五年生の時から六年生を模してやっているので当然進級してもどんどんうまくなっていく。さらにそれを下級生も見ているから、有る意味で“強さのループ”状態である。それは最高の好循環なのだ。

 

 そんなことを逡巡していると真帆が焦ったような顔をし、声をあげた。

 

「……え? 無理、なの?」

 

 ……何が起きたのだろう。真帆の顔が若干青ざめている。さらにはいつの間にか非常に重苦しい雰囲気が流れ始めていて、智花ですら下を向いてしまっていた。

 

「困るよっ! 困る! あたしたち五人いれば後は埋め合わせでも四人集めて……、そ、それで完全勝利でしょ!? ねえ、すばるん! ねえってば!」

 

 膝へと跨がってきた真帆が俺の首の襟を掴みながら前後へと揺さぶる。どうしたのか、まったく分からない俺はただ、その真剣な真帆の目から自分の目を離せなくなっていた。

 

「ねえ! あたしたち後四人、お金払ってでも連れてくるからさいきょーのメニュー考えてよっ。今日で5レベルあがったんなら、次は7とかあがるくらいのやつっ教えてよっ!」

 

 ……無理な注文だった。実際今日のメニューだってただ、野球が楽しいって知ってもらえればと。捕ること、打つこと、競うこと。そしてこのような部活終わりの一時を味わってもらえたらなって。それを考えたものだったのだから。

 

「真帆っ、やめなさいっ!」

「まほちゃん、お、落ち着いてっ」

 

 紗季と愛莉が必死に真帆を落ち着かせようとしていた。俺はどうすればいいかがわからなくて。ただ、何かを口にしてしまえばこの子をまた傷つけてしまう。そう思った。

 

『……どうして、そんな事になっているのか教えてくれないかな』

 

 聞いて、それで……。無理だよ。きっと、聞いてしまえば後悔する。だってなんとなく察してしまった。

 

 試合しなければいけない理由があって。それで勝たなければならない。

 

 でなければこのように四人連れてくるとか、レベルとか。地区優勝がどうとか、素人のこの子から聞けるはずがないじゃないか。地区優勝というのはおそらく目安なんだろう。試合するその相手がきっと、そうなんだろうよ。

 

 俺には勝たせるなんて期待をさせられない。もしかしたらただの取り越し苦労かもしれないけれど、そうでなかったらどうする?

 

 勝たせてくれと言われれば多分無理だ。地区優勝を目安にしているのだからそれなりの相手のはずだろう。勝たせられない、そう口にする勇気はない。だってこの子は、この子たちは俺に多大な期待を寄せているように思う。智花かミホ姉が言ったのかは知らないけど、俺の過去の成績を話していれば地区優勝なんて! という期待も生まれるだろう。

 

 だが、それはチームがあるからこそだ。俺一人でどうにかできない。最初はうまくなかった中学のみんなも二年間、必死にメニューをこなし、試合をこなして最後はあそこまで行けたのだから。

 

「じゃ、じゃあさ! 魔球教えてよっ! 消えちゃうみたいなの! それでもいいっ」

 

 一番無理だと思う。

 

「……ごめんな、真帆」

「す、すばるんっ!」

 

 例え魔球じゃなくとも変化球を、なんて言われてもダメだ。小学生野球で変化球は禁止されている。リトルリーグならばありなのだが、基本的に変化球はダメなのだ。そもそも小学生で変化球をバンバン投げたりしたら肩や肘を壊す可能性が跳ね上がる。骨が出来てくる最高の時期。そして背が一番伸びる時期。さらに未だに脆い時期。そんな多感な時に変化球など本来ならば論外。そもそもコントロールも安定しない小学生に変化球など馬鹿げている。

 

 結局その場で真帆は落ち込んだ様子でふさぎ込んでしまう。他のみんなは俺と真帆を交互に見ながらあたふたしていた。当の俺は人生でトップに入るほどに情けない姿を晒してしまっていたはずだ。

 

 

 

 

「……はあ」

 

 軽い息をつき、上着を着替える。時期も時期だから大した汗はかいていない。まあ、動いていたのは子供たちのほうだしな。あれから校内へと気まずい雰囲気で戻り、女子野球部室から多少距離をとって着替えを行っていた。これ、知らない人から見たらなんかやばいよな。なんだよ、小学校で着替える高校生って。

 

 だが、そんなことは頭に浮かびはしても大したことはない。そんなことよりも心が重くなる事態に身をおいているのだから。正直コンビニからの帰還があそこまで辛いものとは初めて知った。こんな気分はかつて親戚の葬儀の時に火葬場へ赴いた時以来である。

 

 ……精神的に疲れるってこういうときのことを言うんだよな、きっと。

 

 俺はグローブをそれようの袋へ入れようとして。

 

 ──ハラリと。

 

 一枚の紙切れが地面へと。

 

「ん? なんだこれ」

 

 それを拾い上げ読んでみれば、生まれてこの方初めて生で見る不幸の手紙。そこにはこう記されていた。

 

『今すぐ女子野球部のコーチを辞めろ! さもないと、不幸がお前に襲いかかるだろう!』

 

「……なんだ、これは」

 

 馬鹿馬鹿しい。汚い字面で書かれたその紙は間違いなく小学生が記したものだろう。となると、隣の野球部か、誰かだろうか。

 

 正直、せっかく楽しかったあの時間も薄れてしまう。真帆を落ち込ませて、情けない姿を見せて。そして不幸の手紙。笑えるよな。

 

 ……俺、なーにやってんだろか。

 

 俺には野球の疫病神でもいるのか。あげては落とされて。あと、一日。なんだか、とても重い。課題もやっていないし。気分的にはまったく勉強していなかったテスト前みたいな気分だ。

 

 あれからそそくさと帰宅をし、俺はシャワーだけを浴びて飯も食わずに布団へ飛び込んだ。

 

 そして、夢を見たんだ。

 

 未だ見たはずのない智花のピッチングの球を受ける、そんな夢を。

 

 

 

 

   -交換日記(SNS)03◆

 

『あーもーすばるんにはガッカリだ! あたしたちごにんいればあとよにんだれがきたってヨユーじゃないのかよー! まほまほ』

 

『長谷川さんが悪いわけじゃないわ、真帆。それに埋め合わせで四人集めてもきっと学校側はダメだって言うと思う。 湊 智花』

 

『うーん、そーだね。でもこのままじゃ埒があかないし……。でも、やっぱり長谷川さんには続けてもらわないとなあ。……こうなったらちゃんと言わないとダメね。長谷川さんも何となくだけど何かあるとは気づいてると思うし。話せば可哀想におもって助けてくれるかもしれない。 紗季』

 

『でも、本当の事を話して説得するのはタイミングを見計らってからにしろって、美星先生が。長谷川さんがコーチやってくれたのも一週間って取り付けがあったからこそだからって。 あいり』

 

『うん……。けっこう好感度は上がってたとは思うんだけどなあ。私たちのことも大切だっておっしゃってたし。今日もアイス奢ってくれたり。最後はあれだったけど……。金曜日の練習中になるべく仲良くなって、最後の最後にお願いしてみよ。 紗季』

 

『おっ、いいことおもいついた! アイリーン! すばるんにだきついておっぱいもませてやれ! まほまほ』

 

『おいバカ真帆。愛莉大泣きしてるよ。電話かかってきたじゃんか。 紗季』

 

『おー。ひなの、おにーちゃんならいいよ? ひなもおにーちゃんたいせつ。 ひなた』

 

『ひなた、そういうことは言っちゃダメだよ……。 湊 智花』

 

『お! みんな朗報! 先生から! うちの学校に三人、ソフトボール経験者いるって! 去年に六年生が引退してから三人しかいなくなっちゃって廃部になったらしいの。これチャンスじゃない!? 紗季』

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