コーチ役を退いた俺は、あれからの翌日である土曜日に一成からの招集を受け、ターミナル駅に隣接する施設へと足を伸ばしていた。
鉛を背負ったかのようなこの心。しかし、それは自身が招いた結果でもある。例えば負けるとわかっていても彼女たちのコーチを続けることも出来たはずなのだ。それでも退いてしまったのはきっと、俺の弱さでもあるのだろう。いや、それしかないか。まず期待を込められたあの視線、俺ならと言ってくれる彼女たち。……まだ試合の経験のない彼女たちだからこそ分からないのだろう。経験者であるならばどうやっても勝てるはずがないのは自明の理。このまま試合をすれば最悪一回で10点くらいの点差がつくのは間違い無い。そうなれば彼女たちの心は確実に折れる。そこに俺がいて指導を続けたという事実があれば余計に折れるかもしれない。しかし、俺がいないで負けるのであれば、仕方がなかった、あのコーチが投げなければもっといい試合が出来たはずだ、そう俺を罵倒することで折れる心を幾分マシにできるかもしれない。それに負けた時にフォローするのは本来顧問のミホ姉の仕事だ。
……後は、そうだな。俺自身がどんな形であれ彼女たちが目の前で野球を奪われるその様を見るのが耐えられなかった、それに尽きるのかもしれない。
だからこそ、目を背けた。俺の心をこれ以上壊さないためにも、フィルターを厳重にかけて蓋をした。そして見えているものを振り出しに戻してなかったことにする。そんなことをしたんだ。
「おっす、ほんとに来るとはな」
「昴、こないだぶり」
待ち合わせの場所へ着けば一成のニヤニヤとした腹の立つ顔面と、無表情な面持ちの千早が迎えてくれる。
「……誘っといて来るとはとかなんだよそれ」
「いや、まあ気にすんなよ。それよりどこいこうか」
「あれ、葵はいないのか?」
荻山葵。俺の幼なじみであり、同級生。過去から殆ど同じクラスでもあり家もそれなりに近い。彼女は千早とは違い中学ではソフトボール部に入部していた。今回、誘ったと聞いていたのだが……。
「ああ、荻山はなんか用事が入ったみたいでさ、今日欠席」
「そっか、了解」
高校入ってから……、もとい野球部が休部になってからか。あれからどうにも彼女とは疎遠になっていた。まあ、向こうも顔を合わせ辛いのだろうが。
そんな事を考えていると、千早が俺の腕を掴みながら引っ張り寄せてくる。
「時間がもったいない、昴。いこう」
「おいおい、西条。俺には腕組んでくれないのかよ」
……こういうの恥ずかしいから止めて欲しいのだけど。ただ、葵がいないのは僥倖だったかもしれない。今奴がいれば俺は蹴り飛ばされて数メートル先へと転がっていたはずだからである。
一成が冗談混じりな声音でそう千早に尋ねれば──
「ダメ。あなたとそういう関係に見られるのは不本意。下がって」
「それひどくね!? え? なに? 俺、従者かなんかなの?」
「あなたが従者……、想像出来ない。精々足軽」
「真っ先に死ぬやつですか!? ねえ、昴。何なのコイツ! ねえ何なの!?」
互いに威嚇し合っているところを見ればこいつら結構相性いいんじゃないだろうか。
結局後方でおずおずとついて来る足軽一成が不満げな顔をする。
「けっ! まあいいや。それより近くにバッティングセンターあるからそこ行こうぜ。券あるし」
そう言って一成が数枚のバッティング券を手元へと見せびらかすように出した。
「……気分転換くらいにはなるかな。いいよ、いこうぜ」
そうして三人一同、施設を抜けてそこから徒歩三分ほどにあるバッティングセンターへと赴くのだった。
◆
「……なんだ、この人集り」
僅かな労力を使い、バッティングセンターへと辿り着けばそこにはやけに人集りができている。店のやや上の方へと視線を向ければそこに『開幕! ストラックアウト! 9球を使って9つの的を射抜け!』、そう記されている段幕があった。……なんだこれ、感謝祭か何かか?
それを見た一成がやや思案顔になった後こう言う。
「へえ……、おい昴、西条。あれすげーぞ。成功すれば10回券が三枚だとよ。よーし、先生、頑張ってくれ」
ポンと肩を叩かれて親指を突き出される。つまりやれ、そういうことらしい。
「……は? やだよ。こういうのでガチンコになったら恥ずかしいだろ。小さな子とか気のいいおっさんとかがやるからいいんだよ」
俺がそう言ってため息を吐けば一成は鼻を鳴らし、普段より倍増しであろうむかつく笑みを零した。
「やっぱなー。お前、怖いんだろ? しばらくなんもしてないもんな。それにな、子供や気のいいおっさんが9球を9箇所のフレームぜんぶに当てられると思うか? 一球でも同じところに投げたり、外したりできねえんだぞ? ガチンコ以外でとらせる気なんて最初からないんだよ」
少しムッとした。しかし……その通りでもある。こういうのは普通、15球で9つのフレームを射抜くとかがベターのはずだ。それを全球、アウトコースの上中下、真ん中の上中下、インコースの上中下の全てをミスなしで当てなければならない。いくらなんでも鬼畜過ぎやしないだろうか。
「まー副賞に靴下とかキーホルダーとかいらんのはたくさんあるんだけどな。10回券三枚とか金でいえば五千よりも上だぜ? まあ、誰もクリアしてないし出来なくても恥なんかかきゃしないしさ、やってこいよ」
出来なくても……。出来なくてもなんて楽観的な考えは嫌いだ。やるからには出来なくちゃいけないんだよ。それに出来なくても恥をかかないなどと言われてはやるしかないだろう。なんか、悔しいじゃないか。くそ。俺は長袖の服を腕まくりし一成を見やる。
「……今度ラーメン奢れ。チャーシューつきで、ニンニクましまし、餃子もだ」
「ふふん、出来たならな」
やれるものならやってみろといったところか。
面白い。少しでも集中することが多い方が好都合だ。余計なことは考えなくて済むからな。
「昴」
「ん? 千早、なんだ」
「応援してる」
その髪色に合った純白のワンピースを靡かせながら千早は言う。その様子に近くにいる高校生や中学生らしき男たちがチラチラと彼女を見ながらヒソヒソなにやら話していた。
目立つなあ、こいつ。いつものジャージと違ってまともな服を着ればそれだけで際立ってしまう。俺は軽い返事だけをするとエントリーをして、ストラックアウトとの対峙を始めた。
「では! 始めて下さい! 一球目です!」
本来のキャッチャーとの距離である18・44メートルよりもいくらか近いとはいえ、小学生レベルの距離は充分にある。どれだけとられたくないんだよ。
頭を切り替え、軽く息を吐く。これはそれなりに練習になるだろう。多くの人間に見られながらの投球。以前の俺ならいい経験だ──なんて嬉々としてやっていただろう。今ではただのやけっぱちと嫌な事の忘れたさからやっているのだから随分とネガティブ思考になったものだと思う。
──そうだな、智花。彼女が打席に立っていたとしたらどうだろう。変化球なしのストレートのみの勝負。彼女のような理想的なバッティングセンスを持つ人間を打ち取るとしてどのような感じで投げればいいのだろうか。もちろん、球速は小学生レベルのものだが。
一球目──。インコース低め。小学生は徹底してアウトコースを投げるよう指導される。全国に行くには必ずアウトコース低めに決められなければいけない。これは必要条件だ。智花はそれを知ってか、基本的に外へ意識を向けている。それはこないだの練習でわかったことだ。だからこそ、初球からインコース。それも低め。指先に神経を集中させる。そして──
俺の放った球は縦に回転をしながら直線的に運動し──。
「お見事! 一球目成功です!」
「……さすが」
店員の大袈裟なかけ声に隠れながらも聞こえた一成の声。千早は両手を握りながら祈るようにこちらを見ていた。
……次。もう一度インコース。次は高め。
その次はアウトコース高め。そしてその次、目線が上へと行きがちなところで真ん中低め。さらに続けて真ん中高め。くそ……ボールの出し入れもなしじゃこの球速で智花を打ち取れるビジョンが浮かばない。こうじゃない。もっとあるはずだ。
「次は六球目です!」
ここでアウトコース低め。そしてインコース真ん中。さらにアウトコース真ん中。
「ついにここまで来ました! 次でラストです!」
理想の打者に勝るのに理想の球を投げる。どれが理想何だろうか。俺は目を閉じた。
──パシン……。
ふっと過ぎる映像に囚われる。智花のピッチング。あの時、夢で見たあのピッチング。
夢は願望を映すと言われている。ならば彼女が投げた時にそれも理想であってほしいと願っていたのだろうか。焦がれていたのだろうか。彼女の打撃の如く、理想そのものであってほしいと俺は思っていたのか。
俺の中の完璧を彼女に被せていたのは何故なのだろう。わかるはずもない。しかし、今わかったのはそれじゃなくていい。俺にとってどれが本当の理想であるか、それが理解できたのだ。他は今、いらない。
振りかぶる。足を上げ、腕を引く。グラブなしの分を感覚で調整。そして、足を伸ばして──出来るだけ前でボールを離す。
ボールはただ直線を描いた。綺麗な回転をしながら、真ん中へと進んでいく。
そしてそれは途中で方向を変えるわけもなく、
「お見事です! おめでとうございます! バッティング10回券三枚でございます!」
辺りから拍手が聞こえはじめ、ようやく現実へと戻された。未だ夢心地のような気分の中、券を手渡された。
「おいおい、やっぱりガチだな昴! 見直した、惚れ直した!」
「変なこと言うな、くっつくな」
「なんだよ、西条は良くて俺はダメなんかよ。足軽は嫌いか?」
「嫌がってたわりに引っ張るな、そのネタ……」
一成のうっとおしい賞賛を受けてから、横に目をやる。
「ほら、千早。これ」
そう言って一枚の券を手渡した。
「……あ、うん。ありがとう、嬉しい」
「千早ってバッティングそんな好きだっけ?」
「そうじゃなくて。……やっぱりなんでもない」
千早は何かを言おうとしてから止める。しかし、彼女の表情はなんだかホッとしているようなものに見えて、どうにもその真意を知ることはなさそうだった。
◆
「じゃあ、ちょっくら打ってくるわ」
一成がそう言いながらバッティングゲージへと歩いていく。頬はだらしなく緩んでいた。まあ、そうだろう。かなりの儲けだからな。
「じゃあ、私も打ってくる」
「え、その格好でか?」
千早の発言に少しの戸惑いを見せてしまう。そこまで短い丈ではないがワンピースなのに違いはない。それなのに打っても大丈夫なのだろうか。始めからバッティングセンターへ行く予定ならこのようなミスをしなかったんだけどな……。
「大丈夫、バントだから」
「打たねえのかよ」
バッティングセンターでバントねえ……。最初の一、二球くらいなら見極めとしてやる人も多いが、もし全部をバントに使うのならば、せめて日を替え、着替えてからにすればいいのに。まあ、そうでないことを祈ろう。きっと、後半からは適当に打つだろう。
俺は自販機からスポーツドリンクを買い、近くのベンチへと腰を落とした。視界に入るのは110キロに球の速度が設定されたバッティングゲージ。ネットや角度でベンチからはうまく見えないが、いい音が聞こえる。ちなみに一成は80キロ、千早は120キロのゲージへ向かっていった。
(……まただ)
目を閉じ、小気味のいい打球音に耳を傾ける。壁先から聞こえるそれは芯で捕らえている音であり、経験者を感心させるだけのもので。この位置から頭が見えない辺り、小学生か背の低い中学生なのだろう、などとかってに推測を立てる。やがて、終わりを迎えたのか音が止み、俺は少し残念に思いながらも立ち上がり、中の人がゲージから出てくるのを待った。
(久々に右で打ってみるかな……)
以前、左打ちになる前のこと。当然、なる前なので右打ちであった俺は念のためにも右でもバットを振るようにしている。理由は簡単に右を捨てるのが勿体ないということ。そして、後はバランスのためだ。投げるにしても、打つにしても片方だけしか使わないと体の軸がズレることがある。右投げの人間がきょうつけをした場合、左右の肩が平行にならないことがあるのだ。どちらかが高く、低い。バッティングでも左右バランスよく振っているとフォームが崩れにくく、体の軸がズレる心配が少ない。だからこそ、同じ数までとはいかなくともその1/3程度は反対もしたほうがいいのだ。
いきなり右で120や130は行き過ぎなので110程度の遅い球から始める。
ガチャリ、そう聞こえて俺はドアから少し離れていたところで待つ。見えた影はやはり小学生くらいのもで。
「……え?」
「ふぇ……?」
しょ、小学生くらいの、もの、で……。で?
「と、もか」
「は、長谷川、さん」
出てきたのは先日別れを告げたかの部の唯一の経験者、湊智花であった。
◆
「な、なんでここに……?」
「え、えと、その……。今日、学園に行ってマウンドとネットを使ってピッチングをしようとしたのですが、地区の保護者のソフトボール大会が開かれていまして……。あはは、だから、せめてバッティングくらいはとここにきたんです」
なんでここに、じゃねえだろが! 来ていてもおかしくないじゃねえか。なにも。
「そ、そうなんだ」
「そうなんです、はは……」
僅かな沈黙がこの場を支配し始める。気まずさ、そして俺の後ろめたさがそれを後押しするように場に浸透を始めた。辺りから聞こえる打球音がやけに大きく鼓膜を刺激する。
「えっと、いつから来てたの?」
「丁度一時間前くらいです。そのころになんだか人集りが凄かったのですが、こちらのバッティングスペースは空いていたので助かりました」
何か話題をと聞いたそれに、智花は返した。そうか……、智花の性格的にも人混みの中に身を投じることはあまり無さそうだものな。
「そっか……。はは、じゃあ、またね」
「……はい。長谷川さん」
今、もう出来ることはないはずだ。俺たちはすれ違い、通り過ぎる。それはなんだか最後の別れのような気がした。前に言ってくれた憧れという言葉。俺はそれを一つも肯定出来るような行動をしていない。
いつか、またこの広場で練習に付き合ってくれ、そう言われたことを思い出した。俺は──
「……ね、智花。よかったらさ、ウチに来ないか? 家がそこまで遠くなければだけど」
コレくらいは守ろう。広場じゃないけれども。
「ふぇ!? は、長谷川さんのお家、ですか? え、えと家は仁科駅のすぐ近くです」
仁科か。そんなに遠いわけじゃないな。それなら帰りの時間も心配ないだろう。
「智花、良かったら来ないか? ウチは庭はそれなりに広くてさ、昔、父さんがマウンド造ってくれたんだ。と言っても土を盛り上げて造ったようなものだけど。それでもピッチングしたいなら良ければ」
「えっ!? 良いんですか? ……でも、それはご迷惑では」
ただ一瞬輝いたような瞳をしたが、それをすぐに萎ませる。少しだけだけど、なんだか智花にしては子供らしい、それ相応な一面を見た気がした。
「構わないよ。ベースも移動用のものだからメーター測れば小学生用の16メートルにも出来るしね」
智花は少しの間、逡巡した後、
「……………………では、申し訳ないのですがお言葉に甘えさせてもらってもよろしいでしょうか。……ごめんなさい、どうしてもやっておきたいんです。最近、投げていないので」
やはり、諦めてはいないんだな……。なら、尚更だ。
「了解、おいで」
下心はあったかもしれない。どうしても一度ピッチングを見ておきたかった。前はみんながいる手前、智花のピッチングに専念することなんて出来なかったが。
……でもこれくらいならいいよな、多分。
あれから俺は一成と千早のケータイに急用が入ったというメールを送りつけ、駐輪場へと向かった。
今回はつなぎです。ちなみに庭にマウンドの設定はですね、自分の家にマウンドやネット、拙いものですがバスケットネットなどがありまして(バスケットネットは消えましたが)それを参考にしました。
今、暇なのでここは適当になにか語ろうかと。
個人的ですが全国大会に出るのはどこの世代が一番難しいか? ということでも少々。
自分的には 高校>小学>中学でしょうか。
まず、小学生はとにかくチーム数が多いということですかね。数が多いと同時に負ける可能性も増えます。それに小学生は不安定要素が多く、読めないことが多いですね。
中学はそれなりに行けちゃいます。もちろん、これには前提として高校から推薦されるような者がいる、または監督がそれなりであることです。
硬式はただでさえ軟式よりも数が少ないのにシニア、ボーイズと分けていますので県によってはシニアチームが10ないなど、数回勝てば全国に行けることもあります。
中学に関しては高校から推薦されるレベルの者が四人もいれば行けるのではないでしょうか。中学野球は硬式と比べ意識が低く、顧問も野球したことのない人間もいますからそれなりのメンバーが“揃っちゃえば”行けるでしょう。はっきり言って投手はともかく野手は軟式と硬式では話にならないというのが意見です。硬式はそのチーム出身の甲子園出場者、果ては元プロなんかがコーチをすることがあります。軟式は学校の先生。さらに硬式には高校野球を意識し、名門校を狙う先を意識した人間が多い。というか、高校でやらない人間はそもそも金のかかる硬式をやることはあまりないのです。それでも軟式出身のすごいのもいるのは事実なので最終的には統計として野手は硬式のほうがいい、ということでしょうか。
逆に投手は軟式出身の方がよい場合があります。投手は軟式のほうが後々伸びやすく、故障しにくいデータがありますね。
話がそれましたが高校は何故、数も中学より少なくなるのに難しいか。
簡単にいえば、今まで小学や中学は、硬式のシニア、ボーイズリーグ、軟式、準硬式というジャンルに別れていましたが、それが全て一つのジャンルに固まるから、というのがわかりやすいかもしれません。単純に。そして各県の名門校にそれらのジャンルにいた優秀な選手が入り、固まる。だからこそ、高校は勝つのが難しくなります。
まあ、個人的見解ですのでふーん程度で流して下さい。
自分は高校卒業して一年ほどですのでコーチなどの経験は少ししかありませんが、難しいですね。サッカーや駅伝なども経験があるのですが、野球はフォームがよくないととにかく故障しやすいのでクセのある人間を矯正するのは難しいです。
まあ、コーチ経験があるのは中学、高校の時でしたので今はしていません、しかも数日ですしからコーチと言えるのか。後はですね、スポーツはプロになる気がないなら大学ではサークルぐらいがベストだと思います、実際。夏がやばいですからね、どのスポーツも。冬練もやばいかな。
大学なら慶應や早稲田あたり、または明治に入ればサークルでユニフォーム同じようなの貰えますから、草野球としても気分はいいと思います。
では、また次回で。