慧心学園“女子”軟式ヤきゅーぶ!   作:桜咲く日に

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手鏡の説得

 

 

  -交換日記(SNS) 01◆

 

『みんな、ごめんなさい。こんな大変なことになっちゃって……。もし、みんなが大変だったら無理しなくてもいいよ? 迷惑かけて…… 湊 智花』

 

『そいつはちげーぞもっかん! これはそんなんじゃない! もうセンソーなんだ! まほまほ』

 

『……そうだね。ボールはまだ怖いけど頑張る。ね、智花ちゃん。きっとどうにかなるから あいり』

 

『そういことね。みんな、もちろん私も智花と同じ気持ち。だからみんなで頑張ろう。よし、明日は作戦会議だ。 紗季』

 

『おー。やきゅーでセンソー? ひなた』

 

『おー! これはバットでがつんとやるしかないぜ! まほまほ』

 

『ほんとにみんな……ありがとう。 湊 智花』

 

 

 

 

 あれからトボトボと智花との出逢いを思い出しながら歩を進めて僅か十分と少し……。外観は闇を醸し出し、それに光を入れたのは我が家の玄関に灯された電気のそれだった。

 

 軽く息を吐く。なんだか虚無感に襲われた帰り道だった。智花のこともあるが、彼女の目……、やはり、少なからずショックを受けていたように思う。小学生の隠蔽など簡単に漏洩してしまうものだ。ましてや素直で正直そうなあの子のことだ。大人とまではいわなくとも同年代よりかは年上に見せる雰囲気を行使しても、野球で鍛えた俺の観察眼は誤魔化せない。

 

 そんななんともきだるい気分のまま戸を開いた。

 

「お帰り、ロリコンのホープ!」

 

 やけに甲高い声が耳を通して入ってくる。からかいの声なのか、そうでないのかはどうでもいい。今の俺の腹を煮えさせるには必要充分であること、これだけだ。

 

「……なんでいんだよ、ミホ姉」

 

 自分で予想しているよりも低い重低音の声が出た。聞けば人は俺がいかに腹立っているかがわかるだろう。それほどに気は沈み、苛立ちを隠せない。

 

 なにせ、この女。俺の叔母である。所謂、母さんの妹だ。その妹であるミホ姉……もとい篁美星。俺が幼き頃からいじりにいじられ、理不尽の象徴のなんたるかを体に染み込ませた張本人。彼女にやられたことを思い出すだけで、野球のことを一時的に軽い物にすら出来そうなくらいである。そんな彼女、この容姿にして23歳だ。腰まで伸ばした美しいロングのストレートに、凹凸に恵まれていない、実にロッククライミングごめんなさいな体型。とても成人には見えない。

 

「なんだ、その目。変なこと考えただろー!」

 

 にっひひ、と笑みを(悪魔の)こぼしながら俺をしめようとかしてくる猛獣。いかにして、退治すればここは平穏を得られるのだろうか。

 

「タ、タンマだ! ミホ姉! どら焼きがあるぞ! ほれ、食うか?」

 

 そう言ってカバンから素早く迅速にどら焼きを取り出して手元にぶら下げた。ミホ姉は「どら焼きっ? やった、たべるたべるー!」と、小学生レベルの喜び方を披露してくれた。こんなんでも人によってはかわいいのだろうか。なにせ、見た目は女子高生となんら変わりはないのだから。

 

「頬張っているところを失礼。母さんは?」

 

 そう聞いてみればどうやら買い物、いや買い忘れのものを買いにいったそうである。どうしてああもドジなんだろうか。そして俺は今、一番聞きたいことを口にした。

 

「──で、一体どうしたんだよ、今の時間帯にくるなんて本当に稀だろ」

 

 それは何故か。言ってしまえばこいつ、小学生の先生をしている。教えているのだ。一体何を教えているのか、人の殺し方や盗賊の

なんたるかを説いているのではと疑っても仕方がない。全てはミホ姉だから、の一言で済ませられてしまう。

 

「いやさあ、頼み事があって──」

 

 そこから幾らかの冗談やからかいもあったのだが、“頼み事”というやつを耳にした時は思わず視点を失ってしまった──。

 

 

 

 

「は……? いやいやいや、冗談でもさすがに今の俺にはダメージでかいって」

 

 ……正直、冗談ではないとわかっている。ミホ姉の表情からして嘘のようには見えない。しかし、それは何としてでも嘘、冗談の類に収めなければならないものだった。

 

「冗談じゃないよ。本気で、そういってる」

 

 どうやら、彼女、教師になったのはいいのだがさすがは新米。新設……などと言えば大袈裟だが顧問を押し付けられたようである。まぁ、嫌々な感じはしないので問題はなさそうだが。

 

「いやー、最近さ、野球やる女の子増えてんだって? さすがだね、プロ初の女選手の影響力はさ。それからは男子顔負けの人もたまに出てきてんだろ? そんな世の中でやりたいことできてやってる子たちがいるんだよね。だから頼むわ。お前がちょっくらベースボールのコーチになっておくれよ」

 

 ──その顧問に問題があった。さらに言えば現時点で女の子オンリー。これは問題しか起こり得ない。

 

「……ふざけてんのか?」

 

 思わず手を強く握り締めてしまう。それにより、音が生じた。それが静観な一室へと響き渡る。

 

「全然。おおまじめだよぅ。だいたいやることなくてくすぶってんでしょ? 今ならピッタリの適任じゃん」

 

 ああ、その通りだよ! 悪かったな! 暇を持て余していてさ! だからこそ、だからこそだ! 小学生相手とかあり得ないだろうが!

 

「……そんなの、無──」

「どこが?」

 

 台詞の途中に挟まれた純粋な疑問。実際のところ本当に何の策略もなしかは判断しかねるが、俺にはそう聞こえた。

 

「あんたさ、本当に無理なわけ? そんなわけないよね。昴は野球が関わってるもの全部肯定しちゃうくらいにバカじゃんか」

「……それは。前の話だろ。今はそんなことない」

 

 俺は思わず目を伏せてしまう。ミホ姉の瞳をこのまま直視するには今の俺は弱すぎた。このままでは否定したくなくなってしまう。例え、相手が小学生だろうと。女の子だろうと。無様になくしたものを、一寸先さえ見えない暗闇の中で這い蹲ってでも探してみたくなってしまう。

 

「ほら」

 

 そう言ってミホ姉から手渡されたものは手鏡だった。ここらへんは一応性別女なのか。くだらないこと考えたな……。しかし意味がどうも理解したがたく首を捻ってしまう。

 

「いいから自分の顔、見てみな」

 

 そう言われてようやく気づく。気づきながらも反射的に覗いてしまった。その、少しもくすんでいない反射の板に映し出されたのは──。

 

「なに迷子みたいな面してんのよ。情けない。そんなんでよく投手なんてやってたね。いい? 素直になりなよ。触りたいんだろボールを。振りたいんだろ、バット。もう一度、日の下に立ちたいっていいなよ」

 

 誘導だ。分かってる。これは誘導なんだ。それでも、それでも。肩に手をかけてきたミホ姉の顔が鏡に見えてしまった。それは誘導であって、本心である、そう言いたげなものだった。

 

「あんたがさ、もう一度だけ、どんな形であれ野球ってスポーツに触れてみて、それでももう嫌なら好きにしたらいい。それとも昴は高校でやれなくなっただけで全て否定しちゃうの? 見るのも、教えるのも、何もかも。きっと昴の気持ちはそんなんじゃないはずだよ。だから、一週間でいい。あの子たちに野球の楽しさを教えてあげてよ」

 

 それだけ言うとミホ姉は俺から手鏡を取り上げてドアの方へ踵を返していった。俺は、渦巻く心境を整理できないままその場に立ち尽くしていた。それは、智花と別れてから僅か一時間にも満たない刹那のことだった。

 

 ──後で母さんから聞いたことをいくつか。俺のことはあの決定から翌日には知っていたらしい。嘘をつくことに関して徹底的に疎い母さんはどうにも隠しきれなかったようだ。そして、今日は未だに仕事があったにも関わらず、車を飛ばして来てくれたこと──。そこまで聞いて無視するだけの精神はなく、俺は気付けばケータイを片手に文字を打ち込んでいた。

 

 ──一週間だけだぞ。

 

 たった一行に纏められたらその文字の集まりには安い決心などは乗せられていなかった。

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