慧心学園“女子”軟式ヤきゅーぶ!   作:桜咲く日に

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ボールの交わし方

 

 

 ……本当ならばいの一番にランニングやストレッチ、塁間ダッシュをやらせたいところなんだがなぁ……。どうにも時間がない。ミホ姉には十八時半には切り上げろと伝えられているわけで。取りあえず興味を持ち始めているような段階の子たちに細かいアップなど論外。怪我しない程度に体を伸ばしてもらえばそれで構わないだろう。何も激しいメニューをやらせる訳ではないし。それに人数からしてたったの五人しかいないじゃないか。最初は同好会のような感じでいいのだろう。多分。

 

 俺は早速校庭──バックネット前に集合してもらって体操を促す。

 

「まずは軽いストレッチをしよっか。特にアキレス腱と肘、肩は解しておこう」

 

 そう言いながら最初に右肘を左腕側へと引っ張る動作をする。

 

「はーい! おー! この体操、体育とかでもやるやつじゃん」

 

 真帆が元気に手を引っ張りながら返事をした。みんなも真帆ほどではなくとも返事をしながら見よう見まねでストレッチを開始する。まぁ、一般的なものしかしないから先ほど真帆が言った通り、見たことある体操ばかりだけど。

 

 それから幾分か時が経ち、アキレス腱までを伸ばし終えると俺は次の指示を出す。

 

「……そうだな。やっぱり基本、というか出来なきゃ一歩も進めないキャッチボールからしかないだろうな。よし。じゃあ、キャッチボールからしてみようか。二人一組になろう」

 

 五人なのでやはり一人余ってしまう。普通に考えればここは経験者である智花と誰か。俺が余った子とやるのが定説だろうか。本来なら教えながら回りたいが……。

 

 そうだな……。

 

「ごめん! えっとこの通り組んでくれるかな? 智花は経験者だから愛莉とひなたと組んでくれないか? で、真帆と紗季は二人組で。それで最初はやってみようか」

 

 取りあえずは見た感じで判断するしかなかった。……愛莉は体躯が豊かではあるが線は細いし球技がそこまで得意そうな印象はうけない。むしろ、この年で背が高い子は身長を支えるほどの筋肉が出来ていないから不安定だったりする。一方でひなたは……出来たら驚きである。なので経験者に任せるのがベスト。様子を見ながらアドバイスをしたほうがよさそうだ。

 

「わかりました! 愛莉、ひなた、こっちでやろう?」

「う、うん! 分かった! え、えと下手くそだけど一生懸命に頑張るね!」

「おー。ともか、ひなにおしえてください」

 

 任されたことからか、智花の心境は分からないが嬉しそうな表情を浮かべてグラウンドの塁線あたりまで移動する。そして、一方──

 

「よっしゃー! ねえすばるん! あたしのスーパーボールをみてみて!」

「……真帆がいうとすごいボールというより、ぴょんぴょん跳ねる別のボールみたいね」

 

 やっぱりこの二人で間違いはないようだな。真帆を御するのはどうも紗季の役目なのは一目瞭然。おそらく、仲は一番良さそうだった。真帆は元気いっぱいだし、あまり加減具合を調整できるタイプには見えなかったのでひなたや愛莉といきなり組ませるのは少し不安だった。

 

「おっけー。しっかり見とくよ、真帆のボール」

 

 そう言って軽く微笑んだ。やっぱりこういう元気な子はいいな。場の雰囲気が下がることがない。

 

 智花の三人は三角のような布陣をとってたがいにボールを交わし始めた。もう一組の真帆たちも同じだ。

 

「とりゃー! おいこら紗季! 追いつくのが遅いぞー!」

「どこ投げてんのよ! このノーコン!」

 

 ……まあ、なんとなく予想通りだ。これはこれで安心だろう。悪くない。みんな、決してうまいわけではないが楽しそうだし、部活という学内でも一つの枠に収められたコミュニティーを肌で感じ取っているはずだ。

 

 ──しかし、智花は教え方がうまいな。まあ、オレがくる前からどんな形であれ練習はしていたと聞いていたし、みんなトンチンカンな感じではない。

 

「ひゃっ……」

 

 思わずといった様子でボールを避けてしまった愛莉が目に入った。……うん、怖がる典型的といった感じだろうか。ひなたはむしろ、恐れる雰囲気とは真逆な様子だ。俺は転がってきたボールを拾い上げ、愛莉の方へと歩いてゆく。

 

「大丈夫かい、愛莉?」

「は、はい。すみません……」

 

 怖いのは仕方ないよなぁ……。大きいボールより、野球ボールのような物の方が感覚としては怖く感じるはずなんだ。

 

「いや、気にすることなんかないよ。最初はみんなそんな感じだから。それにね、このボールは通常の軟式よりも柔らかいし、よほど速くないと怪我もしないものなんだ」

「そ、そうなんですか?」

「な? 智花」

 

 そう、智花に少し話を聞けばいきなりは危険だろうということで、所謂軟式よりも柔らかいものを使用している。勿論、大きさは少年軟式となんら変わりはないし、重さも考慮されている。それを伝えたのだ。

 

 智花も頷いて口を開いた。

 

「えっとね、愛莉。よし! 見てて! えい!」

 

 智花が突然決意を秘めた瞳をしてから約、一秒後。智花が手元にあったもう一つのボールを自分の頭にポカリとぶつけたのだ。

 

「と、智花ちゃん!」

「おー。ともか、ゆうきすごい」

 

 ……いやはや。怖くない事を教えるのにこんなことをするなんて。初めて見るよ。それに確かにあまり痛くはないだろうけど、やっぱり怖いものだと思う。それにこんな役は俺に押しつけてくれればいいのにな……。

 

「えへへ……。全然痛くないよ。……いきなりこんな事してごめんね、愛莉……。でも怖くないこと伝えたかったから」

 

 発想は子供らしいが、こういう所はむしろ大人が幼き日に忘れていったような所ではないのだろうか。友達に怖くないことを伝えるにはまず、自分にボールを当ててみて証明してみる。単純だが。視覚的にも相手に分かりやすい方法ではある。

 

「よ、よし……! 智花ちゃん、ありがとう。私も頑張ってみる!」

 

 ほっと胸を撫で下ろした。……なんとか功を得たようだ。俺は智花の方を向き、親指を立てた。しかし──。

 

「もうあんな事は駄目だよ? 教えるのは立派だけど智花が傷つくのは俺も嫌だからさ」

 

 ……万に一つ。そういうことが起こり得る。それが現実なのだ。この程度なら、なんて考えは危ない。

この程度が成功すると人は、じゃあこれも! などとワンランク上げて試してしまうものなのだ。一応、周りには聞こえないように話したので距離が些か近いか……。離れよう。

 

「は、はいぃ! わ、わかりました! 私、長谷川さんのためにも、き、傷つきません!」

 

 なんともなぁ……。笑顔が零れる。こんな野球……もありなのかもしれない。楽しく──。まぁ、野球をやれていない俺はこんな事くらいしか出来ないけどさ。いっか。好きなものを他人も好きになってくれるのは気持ちがいいしね。

 

 それから他のみんなの分も見ながら投げ方や肘の使い方を指導していく。勿論、そこまで細かくは教えない。矯正をするのはある程度、ボールを投げるということに慣れてからだ。

 

 それから十分ほどが経ち、真帆がそわそわし出した。

 

「ねえ、すばるん。カッキーンってかっ飛ばしたりしないのか!?」

 

 突然そんな事を言われるが──。

 

「ごめんなさい、長谷川さん……。勝手な事ばかり言って。真帆はどうもバッティングがしたいらしくて……」

 

 ああそう言うことか。まあ、わかる。特に真帆はそういうスカッとするような事が好きそうだしな。単調なキャッチボールほど大切なものは本来ないのだが……。一週間のコーチだし、監督でもないのだから楽しくやらせてあげよう。

 

 それにキャッチボールのレベルに関しては一応把握することはできた。智花は思いっきり投げているところは見ていないが、捕り方も右手を添えていたり、逆シングルも出来る。ショートバウンドも捌けていたので予想よりも出来るようだ。

 

 真帆に関してはボールに対する反射は小学生ではいい方だし、捕り方は雑だが間違いなく取れている。……なんとなく獲物を取りに行く動物のような。まぁ、取れているだけいいだろう。運動神経がいいのは見ていればよくわかる。投げ方も変ではないしな。

 

 紗季は教えた通りに忠実にこなしてくれていた。捕り方も変にアレンジを加えたり、これがかっこいい! なんていう小学生特有の技なんかをすることもなく、堅実であった。このままいけばムラのない信頼のおける選手に育ちそうだ。

 

 愛莉は最初よりも怖がりも減ったのか、やはり智花が効いたのか。目を瞑ってしまうこともなく、最後辺りは落球も無くなっていた。ただ、まだ足のあたりへ来たボールは取りづらいようだったが。それはまた教えるとしよう。

 

 ひなたは体力はなさそうだが、細かい動きが得意なようで案外、ショートバウンドのものも何球か取れていた。目線が低いのはゴロなどでは役に立ちそうだ。ただ、投げる方はどうも……セカンドのポジションからファーストへふわふわとした山なりのボールならなんとか……といった所か。

 

「そうだね、よし。じゃあ、俺がバッピ……、バッティングピッチャーって分かるかな? とにかく俺が投げるからちょっと打ってみようか?」

 

 ──本当にこの学校は立派だな。そう思わずにはいられない。だって、打席を後ろから覆うゲージがあるのだ。

 

「よっしゃー! 狙うはあの校舎! いや、あの飛行機だー!」

 

 一番に打席に入ってきた真帆がバットを空へと掲げる。やばい……これは黒歴史を思い出してしまう。

 

 かつてホームラン予告もどきをかましておきながら、ファールフライに終わり爆笑された小学生時代を……!

 

「まったく、届いたらあんたはもうプロ選手になってるわよ」

「き、きっと真帆ならいけるよ!」

 

 紗季はなんだか楽しげに微笑みながら呆れていた。そして、智花。無理ありすぎるだろ。

 

「が、頑張って! 真帆ちゃん!」

「おー。とどいたらきっと勝てる」

 

 愛莉は手に拳を作りながら応援している。健気だなあ。ひなたも腕をおー。といった具合に突き上げていた。……勝てる? ……まあいいか。それよりも。

 

「じゃあ、回り安いように5球交代にしよっか。じゃあいくよー」

 

 10球がいいのだろうが、日が暮れる前にみんなに回してあげたい。俺は部室にあった50球ほどあるカゴを横に置き、合図をした。

 

「あたしはマツイだー!」

「いや、あんた右打ちじゃん」

 

 そんなやり取りを眺めながら軽く振りかぶった。

 

 空はまだ夕焼けには遠い。しかし、後一時間もすればきっと……。

 

──カキイィィーン……。

 

 その金属音は夕闇を知らせるカラスの鳴き声と重なるまで続いたのだった。

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