魔法少女リリカルなのは 愚王の魂を持つ者   作:ヒアデス

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第10話 VSリニス

 周囲が紫色に染まる中、戸惑いを隠せずに辺りを見回す俺とはやての前にリニスという女が迫ってきた。

 リニスはさっきまでとは装いを変えており、金色の球がついたステッキのようなものを持っている。周囲の風景やリニスの今の服装を見て、俺は彼女の正体をおぼろげながらに察する。

 一体どこの世界から来たのかはわからないが彼女はおそらく……。

 

「《ジュエルシード》と《闇の書》を渡してください! そうすれば二人ともここから出してあげますし、子供のお小遣いには充分なくらいのお金は出してあげます」

 

 そう言ってリニスはステッキを突き付けてきた。

 もし本当に彼女がそうならあれは魔具と見ていいだろう。ではあの服が彼女の魔導着か……。体のラインが浮き出たインナーに、胸のあたりが開いたコートという結構色っぽい服だ。

 ついそんなところを見ているとリニスが顔をひきつらせた。

 

(何かよこしまな視線が……まさかこの子)

 

 そして隣からも、

 

「こんな時に何を見とるんや健斗君!?」

「い、いや、俺は何とかしてあの女の隙を突こうと――」

 

 呆れた声でそんなことを言うはやての方に、俺は慌てて顔を向け言い訳を言う。そんな俺にリニスも呆れたため息を吐いた。

 

「最近の子供はませてますね……フェイトがいなくてよかったです……それはともかく、そろそろその本と青い石を渡していただきたいのですが。先ほどの様子だと石の方も肌身離さず持っているんでしょう、けんとさん?」

 

 はやての言葉から知った俺の名を呼びながらリニスはそう確認してくる。

 とっさにあの場から逃げ出したのは失敗か――いや、この女ならジュエルシードという石の反応を調べる術くらい持っていそうだ。どの道魔導書には気付いていたみたいだったし、あの時の判断は正しかったのかも。

 俺はポケットから青い石、ジュエルシードを取り出す。それを見るとリニスはわずかに目を見張りながら安堵したような吐息をつき、はやては「えっ?」と戸惑いの声を上げる。二人とも俺がジュエルシードを大人しくリニスに渡すつもりだと思っているみたいだ。

 そんな二人のうち、はやての方にジュエルシードを放った。

 

「これって……」

 

 はやてはジュエルシードを受け取りながら再び戸惑いの声を漏らす。そんなはやてに、

 

「それと本を持ってできるだけ遠くに逃げろ! その間に俺がこいつを何とかする!」

「……」

 

 はやてに向かってそう言うとリニスは眉を吊り上げ険しい顔つきになる。片やはやては困惑から抜け出せない様子のまま声を張り上げた。

 

「な、何とかするって、相手は健斗君よりずっと大きい大人やで! 勝てるわけ――」

 

 勝てるわけないと言いかけてはやてはその口をつぐむ。はやても俺が母さんを相手に剣の稽古をしていることぐらいは知っている。それを思い出してもしかしたらと思ったのだろう。

 実際並みの大人相手なら負けない自信はある。問題は相手が温和そうな見た目とは裏腹に戦いの心得がありそうだということと、現世では初めて見る魔導師だろうということ、そして今の俺には魔具も魔導鎧もないということだが。

 

「聞きわけのない子ですね。あの子の爪の垢でも飲ませてあげたいくらいです。それともお尻を何度か叩いて大人の怖さを教えて差し上げるべきでしょうか」

 

 ため息を吐きながらリニスはステッキを持っていない方の左手を開いてみせる。前世の俺を教育していた家庭教師を思い出す仕草だ。今回ばかりはそんな仕打ちを受けるわけにはいかないが。

 俺は一度呼吸を整えてから両手を開き、ある呪文を唱えた。

 

「ブラッディダガー!」

 

 その瞬間、俺の手元に二本の赤い短剣が現れ、すかさずそれを掴み取る。

 

「――えっ!?」

「それは……?」

 

 それを見てはやては驚いた声を上げ、リニスも目を見張る。

 俺は二本の短剣を構えリニスを睨みながら叫んだ。

 

「逃げろはやて!」

 

 それに反応してはやては後ろに向かって一気に駆けだす。

 後に残されたのは二本の短剣を構える俺と魔具らしきステッキを持つリニスだけだった。

 

 

 

 

 

 

 健斗から強い口調で逃げろと言われ、はやては反射的に後ろに向かって走る。

 

(なんやのこれ? あのリニスって女の人は一体何なん? 何であそこまでしてこんな本や石なんか欲しがるん? それに健斗君あんなナイフどっから出したん? やっぱりこの間のことって夢なんかやなくて……ああもうわけわからんことだらけやわ! 誰か私にも説明して!)

 

 心の中でそう叫びながらはやてはひたすら走る。

 だが健斗たちがいた場所から届いて来た刃と杖がぶつかる音を聞いて、思わず足を止めた。

 

 

 

 

 

 

 俺が振るう赤い短剣とリニスが持つステッキの棒部分がぶつかり、その度に甲高い金属音があたりに響く。そんな中で俺とリニスは互いに言葉を放ちあう。

 

「あなた、一体何者ですか? この間の結界といい、その短剣といい、私でも知らない魔法を使うなんて。なぜあなたみたいな人が魔法が使われていないような世界にいるんですか!?」

「その言葉、そっくりそのまま返すぞ! お前みたいな魔導師がなぜこの世界にいる!? ジュエルシードという石と闇の書を手に入れるために来たのか?」

「ええっ! ジュエルシードも闇の書も私にとって絶対に必要な物ですから! だから大人しく渡してください! この世界で暮らすあなたたちには必要ない物でしょう。それともあれらを使ってよからぬことでも考えているんですか? あなたと同じ名前とオッドアイの悪い王様のように」

 

 杖を振るい短剣を弾きながらリニスが放った最後の一言にまさかと思いながらも、俺も短剣を振るいながら言葉を返した

 

「必要ないなんてことはない! 俺の目的を叶えるためにあの本は絶対に必要な物なんだ! だいたいお前こそジュエルシードや闇の書を手に入れてどうするつもりだ? よからぬことに使おうとしているのはそっちじゃないのか?」

「――そ、それは……」

 

 問いをぶつけた途端リニスの目が泳ぐ。その隙をついて俺は短剣に魔力を込めた。

 

「シュヴァルツ・ヴァイス!」

 

 詠唱を唱えた瞬間、短剣と俺の足元に三角の魔法陣が浮かび、紺色の魔力光が短剣を包み込む。三角の魔法陣と魔力光を帯びた短剣を見てリニスは驚きに目を剥いた。

 しかしリニスもまた――

 

「バルバロッサ!」

Scythe Slash(サイズスラッシュ)

 

 リニスが叫んだ瞬間、ステッキが声を発し、彼女の足元とステッキに円状の魔法陣が浮かび上がり、黄色い稲妻からなる刃が先端から飛び出てくる。

 リニスは稲妻の刃がついたステッキ、《バルバロッサ》を振るい上げる。

 俺は反射的に短剣を手放しつつ後ろに跳躍した。

 宙に浮いた短剣はステッキによって弾き飛ばされ空中で爆発する。それを見て思わず野球のホームランを思い浮かべながらも、すぐに気を取り直しリニスの周囲に浮かんだ魔法陣について考えをめぐらす。

 

(あの円型の魔法陣、俺が知っているものとはまったく違う。確かサニーが魔法を使う時に浮かんでいたものとまったく同じものだ。じゃあ、あいつはもしかしてサニーと同じ世界の……)

(あの三角形の魔法陣、私たちが知るものとはまったく違うものですね。確か《ベルカ式》の魔法陣があんな形だったような……まさかあの子は)

 

 リニスは何やら考え込むそぶりを見せてから、俺の方を向いて口を開いてきた。

 

「もう一度聞きます。あなたは一体何者なんですか? なぜ魔法が使えるような人間がこの世界にいるんです?」

「……さあな。俺はずっとこの地球という世界で生まれ育って来たんだ。魔法が使えようが使えまいがそれは確かな事実だ」

 

 俺がそう言うとリニスは少しの間考える素振りを見せて再び口を開いた。

 

「……あなたのお名前をお伺いしてよろしいですか?」

「健斗……御神健斗だ」

(けんと……あの愚王と同じ名前ですか。ベルカ式の魔法といいオッドアイといい、妙な偶然ですね。……いえ、今はそんなことどうでもいい)

 

 リニスはしばらくの間何かと比べるように俺を見てから、再び口を開く。

 

「……御神健斗、ジュエルシードと闇の書を渡してください! 確かに我が主はその二つのロストロギアを使ってある願いを叶えようとしていますが、その願い自体は決してよこしまなものではありません! もし万が一危険な使い方をしようとすれば、私がこの身に代えてでも止めてみせます――ですからどうか!」

「そんな言葉信用できない! それに言っただろう、俺にも叶えたい目的があるって。そのためにあの本もジュエルシードも失うわけにはいかないんだ! お前こそさっさと諦めてここから立ち去れ、リニス!」

 

 残り一本の短剣をリニスに向けて俺はそう言い切る。対してリニスは諦めたようにため息を吐いて、バルバロッサというステッキを両手に構えた。

 交渉決裂、もうお互いに言葉では止められない。止まれない。

 

 

 

 

 

 もしリニスの言う通り、彼女の主がよこしまな人物ではなく、その願いが誰にも迷惑が掛からないような慎ましい願いだったとしよう。

 だとしても、闇の書――夜天の魔導書を安全に使うなんて現状では絶対に不可能だ。

 魔導書の頁を埋めるには多くの魔導師のリンカーコアから魔力を奪い取る必要があり、この時点で多くの人を傷つけることになる。もっともこちらに関しては代替案があるが。

 だが、そうやって魔導書を完成させても、書の管制人格が主を乗っ取って世界を滅ぼすほどの無差別破壊を引き起こす。それは到底リニスに止められるものじゃない。

 

 そもそも夜天の魔導書を譲るということ自体がまず不可能だ。

 夜天の魔導書には転移機能があるため、誰に貸そうが渡そうがすぐに主の元に戻ってくる。そのため前世では魔導書を渡して戦争を回避するという手段を取ることができなかった。

 

 だがそれらをリニスに言うわけにはいかない。

 無差別破壊に関しては信じてもらえるかわからないし、転移機能の方は証明するのは簡単だがそうなったらはやてごと捕まえようなんて考えかねない。

 結局向こうが力ずくでくる以上、こっちも力ずくでリニスを追い返すしかないわけだ。

 

 

 

 

 

 再び刃と杖がぶつかる。

 しかしやはり厳しい。

 こっちは十にも届かない子供で相手は二十くらいの大人。背丈も腕力も歴然とした差がある。何よりこっちは投擲用の短剣で、向こうは魔具という魔導戦のための武器。最初からこっちが圧倒的に不利だ。にもかかわらず遠慮なく杖で殴りかかってくるリニスにフェアプレイの精神というものはないのか?

 その挙句、さんざん剣戟を繰り返してからリニスは頃合いと見てステッキを振り上げ――

 

「バルバロッサ」

Haken Slash(ハーケンスラッシュ)

 

 リニスとバルバロッサがそう唱えた瞬間、バルバロッサの先端から三枚もの稲妻の刃が飛び出て、リニスはその刃を俺に向けて振り下ろす。

 俺は頭上に迫る刃つきの杖を見据え……

 

 フライングムーヴ!

 

 技能の発動させた瞬間、俺以外のものの動きが急激に緩やかになる。

 後ろで俺の名を叫んでいたはやても、刃を振り下ろそうとしていたリニスも今の俺から見れば止まっているも同然だ。

 その間に俺は頭上にある杖を避けて潜り抜け、リニスの隣に立ち、技能を解除する。

 

 次の瞬間、リニスは標的が消えたことに気付いて慌てて杖を止める。その一方で俺は腕を伸ばし彼女の首元に刃を突き付けた。

 

「勝負あったな。武器を捨てろ」

 

 勝利を確信し、俺は彼女にそう告げた。

 しかし、彼女は武器を捨てるどころか無表情で……

 

「……怖い子ですね。この国の子供は戦いとは無縁だと聞きましたが」

 

 リニスがそう言った瞬間、突然彼女の姿が消え、体に強い衝撃が走る。

 

「――ぐあああっ!」

 

 そして気が付けば俺の体は道の端にある壁に叩きつけられていた。

 リニスはステッキを振るいながら悠然と俺を見下ろす。

 

「人の首に刃を突き付ける真似をする子がこんな街にいるなんて、聞いた話とまったく違うじゃないですか。予定より少しきついお仕置きが必要かもしれませんね」

 

 そう言いながらリニスは俺にステッキを向けてきた。

 速い。技能を発動させる瞬間も与えないほど。これがリニスの本領、あるいはその一端か。

 

「健斗君!!」

 

 あのバカ、逃げろと言ったのにまだあんなところに。

 棒立ちしたまま声を上げるはやてに俺は内心で毒づく。

 そんなはやての胸元には鎖に巻かれた我が最大の怨敵にして、あいつらや彼女が眠る揺り籠でもある《夜天の魔導書》があった。

 

 

 

 

 

――主およびサブマスターの危機を検知。主を防衛するプログラムを実行する必要性ありと判断。

 

――魔導書の起動、および『守護騎士プログラム』の実行準備を開始。


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