深い暗闇の中、そこで
その間、己の頭の中に浮かぶはあの者たちのことだ。
己と共にいた者たち、不甲斐なき己を置いて去った主……もう誰一人顔も姿も思い出せんが。
腹が立つ。なぜ己は惰弱なのか。なぜ己は主に捨てられる程度の力しか持てぬのか。
自ら定めた使命を果たせる力を、その力を存分に振るえる体を……そして己が仕える“主”を。
永遠とも思える時間の中で、在りし日の記憶を失い、深い闇を
★
闇の書とその依り代たる剣十字を目の前に浮かべ、イリスは《鍵》を呼び出す準備を整える。キリエはその後ろで何が起こるか、ただじっと待っている。
闇の書を前にしてイリスは口を開く。
「フォーミュラエミュレート……アルターギア・《夜天の魔導書》」
イリスがそう唱えた瞬間、彼女の足元に“フォーミュラシステムで再現した”ベルカ式魔法陣が浮かび上がり、それに応えて闇の書が激しい勢いで頁をめくっていく。その頁には夜天の書に残された魔法や、主たるはやてが新たに記録した魔法の術式が記されていた。
それが映ったのか、イリスの目の中に“赤い文字列”が浮かび上がった。
「コードロック解除……管理者権限にアクセス。《鍵》の場所は構造の奥の奥……」
《夜天の主》にしか使えぬはずの管理者権限を駆使し、イリスは《鍵》とやらを探り当てる。
すると闇の書は暴風とともに無数の頁を吐き出した。風にあおられ、キリエは家具とともに吹き飛ばされかけるも、テーブルにしがみつくことで何とか踏みとどまる。
そうしてる間に闇の書は一枚の頁を吐き出し、書から吐き出された頁は宙に浮きながらイリスの前を漂う。それに向かって、イリスは一呼吸置いてから最後の一句を唱えた。
「《封印の鍵》――起動!」
そう唱えた瞬間、頁は“紫色の炎”に包まれ、“赤”と“青”の小さな炎を吹き出しながら、イリスの前に留まった。
「これが、永遠結晶への《鍵》……」
大小三つの炎を見て、キリエは思わずつぶやく。一方、イリスは“赤”と“青”を見て……
(……一つ足りない? “あの子”も一緒に眠ってると思ったんだけど)
彼女がそう訝しんだ。その直後――
『
「――!?」
ふいに“紫色の炎”が
「おはよう《ロード》。お目覚めの気分はいかが?」
そう声をかけるイリスに、紫の炎は怪訝な声を返す。
『貴様は何者だ? 我を知っている者か? ……思い出せぬ』
悩ましげにつぶやく炎にイリスは答えた。
「あなたは《王様》。古い魔導書の中で眠らされていたの。あなたのまわりを周っているのが、あなたの大切な《臣下》」
『《臣下》……』
自身を囲む“赤”と“青”の炎をさしながら言うイリスに、紫の炎もおうむ返しにつぶやく。イリスはそれにもうなずきを返しながら言った。
「私たちはあなたたちに失われた力を取り戻すチャンスをあげたいの。永遠結晶に眠る無限の力を」
『永遠結晶……無限の力……』
「取り戻すための力も貸してあげる」
記憶をたどるようにおうむ返しを繰り返す炎に構わず、イリスがそう言って、あたりに散らばった魔導書の頁に視線を向ける。すると頁の何枚かが再び宙を飛び、紫の炎に飛び込んでいった。
途端に、紫の炎は揺らめきながら形を変え、夜天の主に瓜二つな少女の姿になった。彼女と違い、瞳は淡い緑で、髪のほとんどは白いものの根元の部分が黒い。
「これって……」
「闇の書の現所有者のデータをインストールしたわ。悪くないでしょ。……《臣下》たちにも体を与えないと。キリエ、あの二人のデータを」
イリスの指示を聞いて、キリエは「うん」とうなずきながら籠手をはめた右手を掲げる。
イリスは床に散らばる頁から無造作に二枚選び、キリエの元に飛ばす。頁はそのまま彼女の籠手に触れて燃え上がり、《王》のまわりに浮かぶ炎たちに取り込まれていった。
そして《臣下》たちもまた人の形に姿を変え、データの持ち主たちと同じ姿を取った。
片方は短い茶髪と水色の瞳の少女。もう片方は長い水色の髪と紫の瞳の少女。髪と瞳の色は違うものの、片方は“高町なのは”に、もう片方は“フェイト・テスタロッサ”に瓜二つで、二人とも髪の毛先だけが黒く染まっていた。
《王》は自身の両隣に立つ彼女らを見回し……
「
教えられるまでもなく、《王》は自身に仕える《臣下》たちの名を呼ぶ。それを聞いて……
「色々思い出した?」
満足げに確認してくるイリスに、《王》は重々しくうなずき……。
「ああ、体を得たおかげか、記憶が少し戻ってきた。我の成すべき事も含めてな」
その言葉とともに三人の足元にベルカ式の魔法陣が浮かぶ。
「あらゆる望みは
おびただしいほどの魔力を纏いながら力強く宣言する《王》と、彼女の隣に控える二人の《臣下》。
彼女たちをキリエは感嘆の目で見て――
「なんかすごい子たちね!」
そう言ってくるキリエに対して、イリスは冷静なままの口調で答えた。
「あの子たちが《鍵》よ。あと一人足りないけど……どうしてかしら? まさか闇の書の中にはいないとか……」
「……ああ、そういえばあの男の子のデータも取ったんだっけ。それはどこに……」
あごに手を乗せて考えるイリスに、キリエは答えながら彼のデータを探す。
そうして首を巡らせると、先ほどの暴風で飛ばされた“イリスの分身の右手”と、それに張り付いている一枚の頁を見つけた。
「あった……こんな所に――えっ?」
キリエが手を伸ばした途端、頁は分身の右手を巻き込んで真っ白に燃え上がる。
突然の出来事に皆が目を見張る中、それは唐突に
◇
「『惑星エルトリア』……アミティエ――いや、アミタさんはそこから来たと」
俺の言葉にアミタさんはうなずきを返す。彼女はあらかたの治療が終わった今も入院着姿でベッドに横になっており、その横では彼女が食べた跡と思われる、大量の食器を看護師さんが片付けている最中だった。
それにあぜんとしながらも耳を傾ける俺たちに、アミタさんは話を続けた。
「はい。エルトリアはこの地球から遠く離れた星なんですが、百年以上も前から環境が悪化して、住民たちのほとんどは
そう言ってアミタさんは言葉を詰まらせる。そこでフェイトが彼女に尋ねた。
「アミタさんたちは他の住民の人たちと一緒に行かなかったんですか? その、星の海に」
その問いにアミタさんは首を横に振る。
「私たちの両親は科学者で、私たちが生まれる前から、故郷の再生と緑化を夢にして頑張っていました。もちろん私とキリエも」
アミタさんは誇らしげに語る。しかし、彼女はそこで顔を曇らせて……
「……ですが、父は数年前から病を患って……今ではもうほとんど意識がない状態です。キリエはそれを何とかしたいと必死になって……そして見つけたんです。星の命すら操るという《永遠結晶》と、それを手に入れるための方法を。その《鍵》となるのが……」
「夜天の書……ですね」
はやての言葉にアミタさんは「おそらく」と言いながら首を縦に振る。そこでなのはが尋ねた。
「はやてちゃん、永遠結晶について心当たりはある?」
その問いに、はやてはこくりとうなずき。
「うん。二年前の事件のすぐ後、アインスから聞いた事がある。夜天の書を作るのに使った材料の一つで、アインスとは別の管制
「《システムU-D》。主が見つからなかった時に目覚めるというプログラムだ。そうだったよな?」
俺が尋ねると、リインはうなずき口を開いた。
「はい。ですが、システムU-Dは夜天の書を管理するために造られた――私より上位のプログラムでもあるため、ユーリに関しては私も多くは知らされていません。永遠結晶についてもシステムU-Dの核としか……」
とはいえ、夜天の書の材料になるほどの物質だ。星の命を操る……いや、星を救う力くらいはあるかもしれない。
そう考えているところで、再びアミタさんが口を開き、キリエの事に話を戻した。
「永遠結晶を手に入れるため、キリエは《遺跡板》――こちらの世界でいうコンピュータのようなものを使って、永遠結晶の在り処とはやてさんたちのデータを集めていました。能力はもちろん、あなたたちが関わった過去の事件など色々と。失礼ながら私もはやてさんたちを探すためにそのデータを閲覧しました。そうしてキリエと私はこちらの世界に……」
そう言ってアミタさんは言葉を終える。そこではやてが思い出したように言った。
「待ってください! 私を襲った赤いドレスを着た女の人――イリスって人は誰なんですか? さっきまでの話に出てきてないし、アミタさんたちの姉妹ってわけやないみたいですけど」
「ああ、まだ言ってませんでしたね。私も断定できるわけではありませんが、おそらくキリエが使っている《遺跡板》に内蔵された人工知能だと思います。キリエは子供の頃から、私たち家族に隠れてよくその子とお話ししているみたいでしたから。小型の端末を持ち出せば、こちらの世界でもその人工知能とお話ししたり、ある程度自由に行動させることができると思います。多分はやてさんと健斗さんたちを襲った車もイリスが操っていたものではないかと」
自分を襲った車とイリスを思い出して、はやては難しい顔をする。そこへ今度は俺が質問した。
「じゃあ、ヘルメットをつけたロボットは? エルトリアではそんなロボットが使われたりしているんですか?」
その問いにアミタさんは怪訝な顔をしてから首を横に振った。
「……いえ、
「そうですか……」
俺はそう答えながらも、釈然とできずに内心首をひねる。
あのロボットには明らかに独自の意思があった。話に聞いたキリエやイリスとは異なる意思が……あれは本当に二人が造ったものなのか? それに……。
「じゃあもう一つ。《不滅の闇》と《闇の王》という言葉に心当たりはありませんか? 似たような話を聞いた事があるとかでいい。何か知ってる事は?」
「……? いえ、さっぱりわかりません。そちらの世界の童話か何かでしょうか?」
俺の問いに、アミタさんはあからさまに首をかしげる。まったく見当もつかないという顔だ。
しかし、はやては思い出したようで。
「健斗君――それってまさか」
「ああ。実はこの状況――」
『みんなすまない!』
俺が言おうとしたところで、頭上に空間モニターが出現し、クロノが声を重ねてくる。内心むっとするが、彼の表情と次に告げた言葉でその気持ちは消し飛んだ。
『都内のある地点から大きな魔力反応が現れた。アミティエ氏の聴取は中止して、至急そちらに向かってくれ! 僕と武装隊も準備が出来次第、彼女たちの捕獲に向かう!』
『装備も更新が終わり次第届けるから、空の上で受け取ってね』
「――了解!!」
クロノと隣に立つエイミィさんに俺たちは力強く返事をし、キリエたちの元へ向かうことにした。
そこで何が待ち受けているのか知る由もなく。
◇
頁が白く燃え上がり、右手ごと魔導データを取り込むことで瞬く間に人の姿を取る。
それを見てキリエは硬直し、思わぬ形での復活にイリスもあぜんとし、《王》たちも目を見張る。
新しく現れたのは少年だった。
髪は薄い灰色で、右眼は赤、左眼は碧色。それ以外は《王》や《臣下》たちと同じく、データの持ち主“御神健斗”に瓜二つだった。
彼は辺りを見回し、キリエとイリス、二人の《臣下》、そして《王》を名乗る少女の姿を一通り確かめると、おもむろに口を開いた。
「貴女らに問おう。