「うっ……今まで手を抜いていたのか」
背中に走る激痛をこらえながら身を起こし、眼前のリニスに毒づく。
一方、リニスはすました顔で俺を見下ろしながら言った。
「子供相手にいきなり本気を出すわけがないでしょう。ですが、あなたには少しきつめのお仕置きが必要だと思いましたので。刃なんて危ない物を人の首筋に近づけてはいけませんよ、御神健斗」
「刃付きの杖を振り回しているお前が言うな!」
そう吼えながら俺は虚空から新しく二本の短剣を取り出し、両手に掴む。
リニスも今度は驚かずに冷めた目でそれを眺めていた。
「――ふっ!」
二本の短剣を手に俺は間髪入れずにリニスの懐に飛び込み、刃を振るう。
リニスはステッキ型の魔具――バルバロッサを振るい俺の短剣を払い続けながら、ふいに姿を消す。その直後、再び体に衝撃が走り、俺は後方に吹き飛ばされ地面に倒された。
やっぱり速い。まともに戦っていたら一方的になすがままにされるくらい。
今の俺がこいつに勝つ方法は一つだけ。
「はああっ!」
俺が身を起こすと同時に、リニスはステッキを振るいながら再び姿をくらます。ここから一気に攻撃を加えて追い込んでいく腹らしい。だがその焦りと慢心が命取りだ。
俺はここであえて目を閉じて、足音と気配で相手の位置を掴む。
リニスが俺に迫るまであと十三歩、それを承知のうえで俺はあえてこの場に留まり続ける。
あと十歩……七、五、三――今だ!
フライングムーヴ!
技能が発動した瞬間、再び俺以外の動きは緩やかになり、あのリニスもほとんど止まったような状態になる。その中で俺は静止したままのリニスに近づき彼女のわき腹に刃を向ける。そして……
「ぐあああっ!」
技能を解いた瞬間、リニスの口からその整った容姿や優しげな声色からはかけ離れたうめき声が上がった。
無理もない。俺に迫っていたところで突然自分の腹を刃で切り裂かれたのだから。命に別状はないはずだがそれでも相当の激痛を伴うはずだ。
罪悪感を感じながらも、追い打ちをかけようと彼女を見上げたところで俺は目を剥いた。
「――!」
今の攻撃で彼女の頭から今までかぶっていた白い帽子がずり落ち、薄茶色の髪の上に乗っている、猫のような耳が露わになっていたのだ。
その耳を見て口から思わずその言葉が漏れる。
「守護獣……?」
この女、ただの人間じゃなかったのか。ザフィーラのような守護獣、もしくはシュトゥラの南にいた魔女、それともフロニャルドの猫型種族か?
一方で、俺が口にした言葉に対しリニスは訝しげに目を細める。
「守護獣? 何を訳のわからないことを――ぐぅ!」
リニスは懐疑に満ちた言葉とともにうめき声を上げながら脇腹を押さえる。それからすぐに脇に添えた彼女の左手から黄色い魔力光が漏れ、みるみる血が止まっていった。
治療魔法か、多才な女だな。
魔法による止血を終えると、リニスはステッキを構えながら俺を睨む。その表情に笑みはなく、先ほどと違い余裕がないのがこちらにも伝わってきた。
俺もまたリニスに向けて二本の短剣を向け、構える。
(体への負担を考えるとフライングムーヴが使えるのはあと一回。是が非でもここでけりを付けないと)
(先ほどから妙な技を、一瞬だけ私を凌ぐスピードを出すなんて。一部の魔導師が持つ《
リニスはステッキを片手に持ち、前のめりになる。今度もそっちから仕掛ける気か。好都合だ、向こうから近づいてくれる分こっちは最小限の動きで済む。
内心でほくそえみながら、リニスを迎え撃つべく短剣を握る手に力を込める。
十中八九ここで勝負が決まる。
俺とリニスは睨み合い、十秒ほどが過ぎてこちらに向かって風が吹いてきたと同時に、リニスがこちらに向かって来てその姿を消す。
それを見て俺は目を閉じて、聴覚に意識を集中させる。
奴がこっちに来るまであと十五歩……十三……十。
ひたすら聴覚を研ぎ澄ませた結果、遠くではやてがゴクリと喉を鳴らす音さえ聞き取れるようになるが、それを無視してただただリニスの足音だけを数える。
あと十、七、五、三――今だ!
フライングムーヴ!
技能が発動して再び俺以外のものの動きが緩やかになる。リニスも先ほどのように鬼気迫る顔で俺に迫っている。
俺はリニスに近づき、さっきと同じ部位に刃を向けた。これでリニスにダメージを与えたら即座に彼女の上に乗っかって首筋に二本の短剣を当てる。そこまでやればリニスがいくら速くても逃れることはできないはずだ。首筋に二本の短剣を当てられた状態で無理に逃げようとすればシャレにならないことになる。
俺は技能を解く。この攻撃、そして更なる追撃に備えて心を研ぎ澄ませながら。しかし……
「なっ!?」
技能を解いた瞬間、俺は予想外の光景に口を開ける。
リニスはそこで俺の手を握りながら動きを止めていた。それに気付いた瞬間彼女に握られている手から鈍い痛みが走ってくる。この女、まさか俺をストッパー代わりにすることで、一瞬にして自身の動きを止めたというのか?
リニスは不敵な笑みを向ける。
「御神健斗、私の勝ちです」
その瞬間頭に強い衝撃が走った。リニスがステッキで俺を殴りつけたのだ。
リニスはさらにステッキを大きく振り上げる。
『
ステッキの魔具、バルバロッサから稲妻の刃が飛び出て、リニスはそれを俺に振り下ろす。
「やめてええええ!!」
はやての悲鳴が響くものの間に合わず、ステッキに付いた刃はそのまま俺の体を切り裂き、激痛が俺を襲う。
「ぐあああっ!」
死んだ……と思った。この一撃を受けて生きていられるわけがないと。しかし……
「はあ……はあ……ぐうう……」
体が真っ二つになるほどの一撃を喰らいながら俺は生きていた。しかし、決定打に等しい攻撃を喰らったことに変わりはなく、俺は立っていられずそのまま地面に横たわる。
リニスは俺の息の根を止められなかったことを惜しむでもなく、淡々と見下ろしながら言った。
「勝負ありましたね。まさかあなたのような子供にここまで手こずるとは思ってもいませんでした。ですがそれもここまでです。大人しくジュエルシードと闇の書を渡すと言ってくれませんか。《非殺傷設定》にしてあるとはいえ、これ以上の攻撃は加えたくありません」
非殺傷設定? 何を言っている?
そんな疑問が口から出そうになるものの、気を失いそうになるほどの激痛のせいで、うめきと呼吸音しか口からは出てこない。
リニスはステッキについた雷刃を俺に向けた。
◇
リニスという女が健斗に刃を向けるところを見てはやては息を呑む。そんな中でそんな彼女が抱えている魔導書の内部では……
――サブマスター戦闘不能。守護システムの起動を急ぐ必要ありと判断。
――魔導書の解錠、および守護騎士プログラムを実行。
――『夜天の魔導書』の起動を開始します。
◇
「まだ抵抗するというのならこれであなたの意識を断ち切ってから――」
「――やめて!」
叫びながら俺とリニスの間に誰かが割って入る。しかしこの結界にいるものなど、俺とリニス以外にはあいつしかおらず――。
「もうやめて! なんで健斗君がこんな目にあわんといかんの? 健斗君や私があんたに一体何をしたって言うんや!」
悲痛な声でそう訴えるはやてを見てリニスは気まずい表情になる。
俺は懸命に声を絞り出してはやてに言った。
「バカ、早く逃げろ! 奴の目的はお前が持っている石と本だ!」
「そんな物が欲しいならさっさとあげる! せやからもう健斗君を傷つけんといて!」
そう言うや、はやては差し出すように闇の書をリニスに向ける。
リニスは気まずそうな様子を見せながら口を開いた。
「そうしていただけると助かります。私としてもこれ以上の戦いは本意ではありませんので……それで、約束していたお金の方ですが」
「そんなんいらんわ! はよこの本と石持って行って! 健斗君から離れて!」
はやてがそう一喝すると、リニスはばつが悪そうにしながらも魔導書を受け取らんと手を伸ばす。
駄目だ。そんなことをしても闇の書はすぐはやての元に戻って。それを知られたら今度ははやて自身がリニスや彼女の主に狙われるように。
それにあの本がないとあいつらや“彼女”に会うことが……
「……やめろ」
俺はリニスを止めようと声を上げる。だがリニスは俺の声など無視して魔導書を掴もうとする。
しかし、リニスが書を手にすることはなかった。
リニスが魔導書に触れようとしたその瞬間、魔導書の前に白い壁のようなものが一瞬だけ現れ、それに触れた途端リニスは弾かれたように手を引っ込める。まるで電流が流れたかのように。そして――
「えっ?」
「――これは!」
リニスが手を引っ込めると同時に、魔導書は彼女から逃れるように空高く浮かび上がった。
まさか――!
『Ich entferne eine Versiegelung. (封印を解除します)』
魔導書がそう告げた途端、書を縛っていた鎖を繋ぐ錠は砕け鎖は地面に落ちて行く。それを見てはやては思わずつぶやきを漏らした。
「な、何やこれ? 本が勝手に――わ、私、こんなの知らへん!」
「これが闇の書……」
宙に浮く魔導書を見上げながら、魔法の存在自体知らないはやてと闇の書についてそれなりのことを知っているリニスはそれぞれ異なる反応を見せる。だが俺はこの現象を見たことがある。
同じだ。魔導書が勝手に宙に浮いたことも、書から漏れる言葉もあの時とまったく同じだ。
そんな俺たちをよそに書は告げる。あの時とまったく同じ言葉を。
『Anfang(起動)』
魔導書がそう告げた瞬間、はやての胸元から白い魔力光が出てきて、書は瞬く間に光を飲み込んだ。
先ほどのことで警戒しているのか、それともあまりの出来事に妨害する気さえ起こせないのか、リニスは唖然としながらはやてと闇の書の様子を眺めているだけだ。
そして魔導書の回りから紫の円状の魔方陣が顕れた途端、彼女たちは再び俺の前に現れた。
彼女たちははやてを守るように、その前に立ちはだかりながら述べる。
「闇の書の起動を確認しました」
先頭に立つ桃色髪をポニーテールで束ねた女がそう言って、
「我ら、闇の書の蒐集を行い主を守る守護騎士にございます」
彼女の後ろに立つ短い金髪の女性が言葉を続け、
「夜天の主のもとに集いし雲」
次に最後方にいる褐色肌の大男が、
「《ヴォルケンリッター》――何なりとご命令を」
最後に二つに分けた三つ編みの赤毛の少女がそう締めくくった。
あの時とまったく同じ言い回しだ。あれからどれくらい経ったかは知らないが、ケントだった頃の俺の前に現れた時と全然変わらず、懐かしさでつい笑みがこぼれてしまいそうになる。
あの時と違うのは彼女たちがひざまずいていないことと、
「まっ、命令がなくても最初にやることは決まっているみたいだけどな」
赤毛の少女の言葉に桃色髪の女がうなずく。
「ああ。我らが主と闇の書に害をなそうとしたこと、その身をもってあがなってもらおうか」
そう言って桃色髪の女は剣を抜きながらはやてから視線を移し、彼女の反対側にいるリニスをねめつける。
それに対してリニスはただただ呆然とするばかりだった。