ついに本格的に連載再開です。
健斗たちが各地で群体イリスと戦っている頃、いまだユーリは洋上に浮かぶ指揮船の部屋で眠りについている――はずだった。
『ユーリ……起きなさい』
「…………うっ……」
頭の中に聞き覚えのある声が響き、ユーリはベッドに横たわったままうめき声を上げる。彼女はおぼつかない声で何度もうめき、それはやがて声の主の名となった。
「ぃ……イ……リス…………」
『ようやく起きた。こっちが必死に結界を破って迎えに行こうとしている時にいい気なもんね』
ため息のような音とともに、呆れ混じりの言葉が返ってくる。
そんな彼女にユーリは目を閉じたまま言葉を返す。
「イリ、ス……もう、やめてください……そんなことをしてもあなたは…………それに研究所の人たちを殺したのは――うぐっ!」
『喋らないで――嘘はもう聞きたくない!』
言おうとした瞬間に喉が詰まったような窒息感に襲われるユーリに、イリスは冷徹な声で告げる。
『あんたを起こしたのはくだらない言い訳を聞くためじゃないの。魔女たちと管理局の連中が予想以上に厄介でね、そろそろあんたに働いてもらわなくちゃいけないのよ――とっととベッドから起き上がって舞台に戻ってきなさい!』
イリスがそう“命じた”瞬間、ユーリの目に赤い
「う――うぅぅぁぁあああああああ!!!」
「どうした!?」
「一体何が?」
部屋の中の絶叫を聞いて、二、三人の局員が部屋になだれ込んでくる。
だが――。
「うぐっ――」
「ぐあああっ!」
「ぎあああああっ!」
部屋に突入した局員の体から赤黒い肉片が飛び出し、彼らは肉片を噴き出したまま気を失う。
そんな彼らを見下ろしながら、ユーリはベッドから起き上がった。
『まずはその船を沈めて。それからこっちに来て、外側から結界を破壊してちょうだい……いいわね!』
「Verstanden(了解)」
いずこから発せられるイリスの命令に、ユーリは短くそう応えた。両眼を毒々しい
◇
「こっちだ!」
「急いで!」
廊下から漏れてくる局員たちの声に、ディアーチェたちは訝しげに顔を上げる。
健斗たちが去った後、彼女らはアリサたちに絡まれながら、ともに談話室に留まっていた。海一つ越えた街で激しい戦いが繰り広げられているのが嘘のような、平穏なひと時だった。
そのひと時に不穏な雰囲気がさしこめて来た時――
「――君たち、みんないるか!?」
「な、なによ、いきなり――!?」
ノックもなく突然杖を持った男女数人が入って来て、アリサは戸惑いの声を上げる。服装からみて、船の中に詰めている局員のようだが。
「船の中で非常事態が発生した。我々が外まで運ぶからすぐにここから避難してくれ!」
先頭に立つ局員がそう告げた途端、彼女たちは困惑した表情を見せる。
そんな中、ディアーチェは椅子から立ち上がり、局員たちに向かって口を開いた。
「何があった?」
その問いに局員たちは躊躇う様子で口をつぐむ。そんな彼らにディアーチェは続けて――
「ユーリ、だな……」
その一言に先頭の局員は目を見張りながらも、硬い表情とうなずきを返す。
それを見てディアーチェは両隣にいるシュテルやアレルと視線をかわし、局員たちに向かって言った。
「
続けて避難するように指示するディアーチェにアリサは何か言おうとするものの、すずかは彼女の肩を掴み……
「行こうアリサちゃん。私たちじゃ空も飛べないし、局員さんたちやディアちゃんたちの邪魔にしかならない。……それに七瀬ちゃんとアリシアちゃんのことも見てあげないと」
「すずか……そうだったわね。ごめん、うっかりしてた」
親友の言葉に加え自分たちより小さいアリシアたちを見て、アリサは思い直す。プレシアとリニスがいるとはいえ、娘たちよりはるかに目線が高い彼女たちでは見失う恐れもある。アリシアたちと視点が近い自分たちが傍にいるべきだった。
一方、足手まとい扱いされたアリシアは不満げな顔を見せ、七瀬が彼女をなだめる。
そんな中、ヴィクターは爪を掲げる仕草を見せて――
「儂も手を貸してやろうか。儂なら空も飛べるし戦用の魔法も一通り扱えるぞ。身体能力もこの世界で儂に並ぶ者は存在しないと思うのじゃが」
その申し出にすずかたちは心の中でうなずく。確かに、一部の者から“この星の真の霊長類”と呼ばれている《夜の一族》の頂点に立つ彼なら、ユーリにも対抗できるかもしれない。
だが、アレルは首を横に振り……
「いや、貴老にも幼子たちの搬送と護りをお願いしたい。結界を破ってきた《イリス》が襲ってくるかもしれんからな。相手の数を考えれば
アレルはそこで言葉を区切って、ユーリがいるだろう部屋の方を向き、続けて言った。
「あのユーリという者は己たちの手で助けてやりたい。愚かと思うかもしれんが、その役目を誰にも譲りたくないという想いがある」
「ほう……」
アレルの口から出た言葉にヴィクターは呆れるような声を漏らす。しかし、それを否定するようにディアーチェも声を上げた。
「いや、我も同じだ。ユーリが苦しんでいるのなら、我らの手で助けてやりたい。できれば臣下以外誰の手も借りずに――故に助太刀は無用! あやつの事は我らに任せて、うぬらは自身や子らの身を守ることだけを考えておれ!」
彼女までもがそう言うと、ヴィクターは何も言わず降参するように肩をすくめた。
(健斗やあの娘どもじゃったら、素直に助力を受けておったろうな。能力や魔力資質は似ているが、内面的なところはあの四人とは異なっておる。儂が見立てていた通り、ただあやつらをコピーしただけの存在ではなさそうじゃ……)
そこで議論が終わったと見て、リニスが口を開いた。
「――時間がありません。急ぎましょう。私がアリシアと七瀬さんを陸地まで運びますから、プレシアはアリサさんとすずかさんを運んでください!」
「え……ええ!」
そうして、局員たちに先導されながら飛行魔法で船を脱出する彼女たちを見送りつつ、ディアーチェたちも他の局員たちとともにユーリの元へ向かった。
「あっ――があああああっ!!」
「ひぃぃ――ぐああああっ!」
悲鳴を聞いて駆け足でたどり着いた彼女たちが見たのは、体から赤い肉塊、あるいは杭を噴出させて意識を失っている局員たちと、半壊した通路だった。
ユーリが眠っていた医務室はすでに影も形もないほど破壊されて、外の景色が見渡せるほどの大穴が空いている。
その中心にユーリはいた。
腰まで届く鮮やかな色の金髪、人形のように整った容姿、局部は隠れているものの上半身の露出が高い服装、それらは先ほどまでと同じだった。
だが髪と同じ金色だったはずの瞳は、返り血を浴びたように赤く染まっている。
そんなユーリの姿を見て、《悪魔》という言葉が浮かんでくる。
だがシュテルは冷静にユーリを観察し、今の状態を見抜いた。
「《ウイルスコード》……最初の時のようにイリスに操られているようですね」
その言葉に反応したのか、警戒心を敵意と捉えたのか、ユーリが鋭い目を向けてくる。
それを見て――
「――逃げろ! 貴公らでは歯が立たん!!」
アレルが反射的に叫んだ直後に、ユーリの両隣に浮いていた《機鎧》が彼に向かって飛んでくる。
アレルは大剣でその片方を受け止めるものの、もう片方は掌を開き邪魔な“火の粉”ごとアレルを払い飛ばそうとする。
そこへレヴィが吼えながら斧型のバルフィニカスを振り、もう片方の《機鎧》を打ち払う。
局員たちは己の無力を悟り後方に向かって退却するが、アレルもレヴィも他の二人も構わず眼前に目を向けた。
これでいい。彼らを守りながらではかえって隙を作ってしまう。
《機鎧》はユーリの元へ戻り、アレルとレヴィもディアーチェの横に並び直して再びユーリを見据えた。
『ディアーチェとシュテルとレヴィ……そしてアレルを蘇らせたのは、共鳴反応であんたを探すためでもあったけど、決着の前のちょっとした嫌がらせでもあるの。
――大切な子たちと仲良く殺し合いなさい!』
「Feindliche Kräfte bestehen aus 4 Gruppen……Ich werde sie beseitigen(敵勢存在四基……排除します)」
脳裏に響く
それを叶えさせてやるわけにはいかない。
「私たちの“過去”と、あなたの“今”を取り戻すために」
「ちょっとだけ、我慢してね」
「ゆくぞ、ユーリ」
シュテル、レヴィ、ディアーチェが各々なりに戦意を燃やしながら武器を構える。
そして彼も掲げるように大剣を両手に持ち……。
「務め一つ果たせなかったかつての己との決別と、新たな主への忠義を貫くため――いざ参らん!」
その宣誓と同時に、アレルは光の如き速さでユーリに迫り剣を振り下ろす。ユーリは五枚の《魄翼》でそれを防ぎ、左右の《機鎧》が彼に向かって来るが、シュテルとレヴィがそれらを打ち払った。
「アレル、ユーリを外に追い出してください。屋内では私たちも十分に力を発揮できません」
「――応!」
シュテルの指示に応えながら、アレルは再びユーリに向けて大剣を振るう。当然その斬撃は《魄翼》で防がれるが――
「はあああっ!」
露わになった側面にディアーチェが飛びこみ、ユーリに向けて杖を叩きつける。
ユーリは生身の腕でそれを受け止めるが――
「あああああっ!!」
ユーリの注意が逸れた隙にアレルは剣を真横に構え、一瞬溜めてから《魄翼》ごとユーリを弾き飛ばす。
その衝撃でユーリは大穴から外に投げ出され、ディアーチェたちも外へ跳ぶ。
主を守らんと《機鎧》が飛んでくるが、アレルとレヴィがそれらを受け止め、その背後からディアーチェとシュテルが魔力弾を撃ち放つ。
だが、ユーリを守る《魄翼》が即座に展開し、無数の光弾から主を守った。
しかし、それに反して《機鎧》の動きが鈍り、その隙をついてレヴィは空高く跳ぶ。
「雷光招来!」
レヴィが指を天に向けると同時に、青色の稲妻が彼女に落ちる。その衝撃に術者である彼女自身もうめきながらも……
「ううぅぅ…………雷神――槌!」
自らの身に降り注いだ
それはシュテルとディアーチェの光弾と合わさり、絶大な防御力を誇る
アレルは露わになったユーリに標準を合わせ――
「ライトニング――アーティリー!!」
「――アアアアアアアアッ!!」
彼の手から黄金色の砲撃が放たれ、直撃を受けたユーリは苦しそうに喘ぐ。
それを見てアレルは顔を歪めるも……
「手を緩めるな!」
すぐ傍から
「ユーリを操作している《ウイルスコード》は、フォーミュラシステムによる行動強制プログラム」
「我らの攻撃で負荷を与え続ければ、ユーリを縛っている糸は焼き切れる」
「だから、痛いだろうけどちょっとだけ我慢して!」
ユーリと同じかそれ以上に悲痛そうな声で訴える仲間たちに、アレルは気を取り直す。
そうとも。今さっき誓ったばかりではないか。新たな主への忠義を貫くと。
薄っぺらな同情などでそれをフイにするような
「謗りは己がいくらでも受ける……だから、今は耐えろユーリ!」
その言葉が届いたのか、砲撃の中で悲鳴を上げながらもユーリはじっとこらえる。
しかし、そんなユーリの意思とは無関係に赤い結晶樹が伸びてきて、四人に絡みつこうとしてくる。
それが届いてくる前にディアーチェは
そうしている間にユーリは再び《魄翼》と《機鎧》を再生させ四人を睨むも、抑えつけるように自らの体を抱きしめ、細い喉から声を絞り出した。
「シュテル、レヴィ、ディアーチェ……アレル……イリスは私がきっと止めます。ですから――」
「――私たちに退けと」
「ダメだよそんなの!」
「っ、馬鹿者が! 動けもせずに泣いている子供の言う事か!」
アレルをのぞく三人はそれぞれ返事を返す。それに対してユーリは端正な容姿ををゆがませながら――
「あなたたちまで失いたくないんです!!」
そう吼えると同時に、ユーリの前から《炎の矢》が現れ、四人に向かって撃ち出される。
ディアーチェたちは散開して空中を飛び回るも、《矢》は針路を変えてそれぞれを追ってくる。
そんな中、アレルは自身に迫る直前で《矢》を斬り落としてユーリに迫る。
そこへまた新たな《矢》が撃ち出されるも、アレルはそれをかわし、あるいは自らの体で弾きながら相手の元へ迫る。
追いつめられた末に、ついにユーリは自らの左腕に魔力を込め、殴りつけるように突き出した。
アレルは剣を放り、開いた手を向ける。
そんな中、ユーリは再び吼える。
「“あの惨劇”の中で残せたのは、イリスの心と――“あなたたち”だけだった!!」
「――!」
ユーリの叫びを聞いた瞬間、アレルの頭に響くような痛みが走る。あの映像を見た時のように――。
そんなこと気付くわけもなくユーリは続ける。
「いつか“故郷”に帰るため、誓った夢を叶えるため――“あなたたち”までいなくなったら、私は――!!」
訴えながらユーリは左手をつき出してくる。
アレルは開いた右手をさらに伸ばし、ユーリの左手をしっかりと受け止める。
その時――。
『もー。あいつらまたあたしの部屋を荒らして! “あんた”もしっかりあいつらのこと見張っててよ!』
『む、無茶ですよ。“この子”一人だけじゃ!』
誰だ?
一体何を言っている?
『あの子が王様で隣の二人が臣下なら、この子は……“騎士”、でしょうか?』
『騎士ってこいつが? ……あははっ。似合わな~い!!』
なんだこの会話は?
……まさか。
『“騎士”ならさ、あいつらのことしっかり守ってあげててよ』
『ふふっ。なんだかんだ言って、イリスも“アレル”に頼ってばかりですね』
己はこの二人を知っている。
この会話を覚えている――思い出した。
イリス……ユーリ……貴方たちだったのだな。
大切だった……いや、今も大切な“我が主たち”よ。