魔法少女リリカルなのは 愚王の魂を持つ者   作:ヒアデス

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第19話 “四匹”の過去

 遠い昔、己は荒涼な大地の上で生きていた“子犬”だった。

 

 生まれた時からすでに親はおらず、意識が芽生えた時には砂と岩しかない大地の上にいた。

 この地には己など一瞬で丸呑みにできそうな巨獣が何匹も闊歩しており、己は彼らから身を隠しながら、彼らが喰い残したわずかな草木や水、己同様巨獣から逃れていた小動物を喰らいながら日々を生きてきた。

 

 それに疑問を覚えることなどなかった。己以外の畜生の生き死になど歯牙にもかけていなかった。死骸を喰らうか、殺して喰らうかのどちらかでしかなかったのだから。

 ……“あの三匹”に出会うまでは。

 

 

 

 

 

 ある時。己は相も変わらず、満たされることのない飢えをわずかでも紛らわすため、この嗅覚を頼りに己が喰うための食物を探していた。

 そして見つけた。己と同じほどの体躯をもつ茶色い獣を――それも三匹。

 己がとるべき行動は決まっていた。この牙で獣どもの喉笛を噛み切り、その屍を喰らうのだ――一匹でも多く。

 幸い三匹とも己以上に飢えで弱っていたらしく、己を見つけても逃げるどころか起き上がることすらできない体たらくだった。うまくいけば三匹とも仕留めることができるかもしれない。

 

 本能的に舌なめずりをしながら、獣たちと距離を縮める。

 しかしそこで、ある一匹が他の二匹を守るように立ち上がり、己の前に立ちはだかった。見たところあの獣もかなり衰弱しているようだが……。

 その獣を威圧するように己は足を進める。そいつは脚をすくませながらも、後ろの二匹をかばうように己の前に立ち続けた。

 しばらくの間、己と獣は睨み合いを続け――そして獣がわずかにふらついた瞬間、己は獣に飛びかかり、その柔らかい体に牙を立てた!

 噛みつかれた獣はその細い喉からうめきを漏らす。その喉を喰いちぎるため一度牙を離した直後、今度は獣が己の体に噛みついてきた。

 突然の反撃に、たまらず己は前脚を叩きつけて獣を弾き落とす。獣はあっさり跳ね飛ばされながらも、再び立ち上がり己に向かって飛びついてくる。

 己はまた前脚を振り下ろすも、獣は歯を剥き出して前脚に噛みついてくる。苦痛に絶えながら己は前脚を落とし、獣を何度も地面に叩きつける。しかし奴はどれほど地に叩きつけられても己の脚から口を離そうとしなかった。

 そしてついに獣は己の脚の皮を食いちぎり、ぺっとそれを吐き捨てながら再び己の前に立ちふさがる。気付けば他の二匹も飢えなど忘れたように身を起こし、己たちの戦いに見入っていた。

 

 ――その時だ。この地に君臨している巨獣が地の底より現れたのは。

 黒い(うろこ)に覆われた巨獣を見た瞬間、己も獣も睨みあいをやめ、それを視界に捉える。

 その時己が真っ先に考えたのは、獲物を諦め急いでここから逃げる事だった。実際今までもそうして生きてきた。

 だが、獣に食い破られた脚の痛みがそれを阻んだ。空気に触れるだけで激痛が走り、その場から動くことができなかったのだ。

 一方、隣に立つ獣もその場から動かなかった。己の前に立った時のように、二匹の同属を守るように巨獣を睨んでいる。

 そんな己らをせせら嗤うように、巨獣は首を反らして勢いを溜め込む。

 そして巨きく口を開け、己らを吞み込もうと首を下ろそうとした――

 

「ロックオン――はああああ!」

 

 その時、巨獣の背後から甲高い鳴き声と鼓膜が破れるような轟音が響き、巨獣は躰をのけぞらせてそちらを振り返る。

 その背中には巨大な傷――いや、穴が開いていた。

 

 巨獣の向こうにいたのは、二足の脚で立つ生物だった。皮膚はむき出しで頭の上に右側に寄せた赤い毛を生やしており、両手に硬そうな物体を持っている。その隣には似たような生き物がもう一匹……。

 

「イリス、『サンドワーム』です。遠くまで舌を飛ばしてくるから気を付けて――」

 

「――それぐらい知ってる! ユーリは黙ってそこで見てて!!」

 

 “ユーリ”という長い金色の毛を生やした生物の鳴き声を聞き流しながら、“イリス”という赤毛の生物は手に持った物体を巨獣に向ける。

 その直後、イリスの持っていた物体から丸い物がいくつも飛び出し、それらは巨獣に当たるとともにつんざくような音と黒い煙を噴き出しながら破裂し、巨獣は緑色の血を流しながらうめき声を上げる。

 巨獣はのたうちながらも顔を上げ、二匹めがけて“口がついた舌”を伸ばすが、イリスとユーリは空高く跳んで舌をかわし、イリスはそのまま地面に着地し、ユーリは宙に浮かび続ける。鳥の一種……なのか?

 己たちが呆然と見る前で、イリスは形を変えた物体で舌を斬り刻みつつ巨獣に肉薄して、かの獣を斬り刻んでいく。それからあっというほどの間もなく巨獣は地に倒れ、そのまま動かなくなった。

 そこでイリスは額に浮かんだ汗を片手で拭い……

 

「ふぅー。ここらの掃除も完了。これでしばらくはここも静かになるね」

 

「そうですね。可哀想ですけど、この子たちもこんな形で生きることは望んでないでしょうし……あれ? イリス、あそこに何かいますよ」

 

 迷いのある様子でイリスに同意するユーリだったが、巨獣の亡骸を見下ろしたところで、こちらに指を向ける。それにつられてイリスもこちらを振り返った。

 それを見て、己と隣の獣はすぐに身を構える。

 巨獣が倒れたという事は、今度はあの二匹が己らを喰らいにくるという事だ。己は自らの身を守るために、隣の獣は後ろの二匹を守るために、新たな天敵を睨む。

 しかし、あの二匹は敵意など一切もない声で――

 

「猫が三匹と……犬? まだあんなかわいい生き物が残ってたんだ……」

 

「四匹とも弱ってます。犬の方は脚に怪我まで――」

 

 己たちを見て、慌てた様子で二匹はこちらに向かってくる。

 あの二匹が放っている鳴き声の意味などわかるわけもなく、己たちは脚を踏みしめ必死に威嚇する。しかし、あの二匹は構わずこちらに近づいてくる。

 ついにイリスという赤毛の生物は己の前まで来て……

 

「ひどい傷。さっきの奴にやられたわけじゃなさそうだけど……とりあえずこっち来て。うちで手当てしてあげるし、餌だって分けてもらえると思うから……ほら」

 

 鳴きながらイリスは両手を突き出してくる。己は口を閉じたまま歯を立てて、イリスの手に近づき……

 

「――ぎゃあっ!」

 

 無防備に突き出している右手を噛んだ瞬間、イリスは顔を歪ませ醜い悲鳴を上げた。

 

「イリス――だ、大丈夫ですか!?」

 

「大丈夫なわけあるか! こいつあたしの手を――」

 

 何事か吠えながらイリスは形相をゆがませたまま己を持ち上げる。そのまま奴は刺すような目つきで己を睨んでいたが……。

 

「……もしかして、あんた、私たちを怖がってる?」

 

 ふいに出てきたその鳴き声に胸の奥を突かれたような、しかし認めがたい気持ちが沸いてきて、己はイリスの手を噛んだまま奴を睨み続ける。

 それを見て何を思ったのか、イリスは口角を上に上げ……

 

「……大丈夫だよ。私もユーリもあんたたちを取って食ったりしないから。“私らのおうち”に着くまで大人しくしてな」

 

 そう鳴いてイリスは己の頭を撫でる。するとそこから温かさが伝わってきて……

 ……そこで己は意識を失った。

 

 

 

 

 

「あれ、こいつ気絶してる……」

 

「こっちの子たちもです。サンドワームに襲われる前からずっと弱ってたんでしょう。急いで研究所に連れて帰らないと。……ところでイリス、その子に噛まれたみたいですけど、本当に大丈夫ですか?」

 

 茶色の猫を抱えながらユーリは尋ねる。それにイリスは右手を見せながら笑って答えた。

 

「大丈夫大丈夫。もう痛みは治まったし傷も塞がったから。私の頑丈さと再生力は知ってるでしょう」

 

「……はい。ですがさっきかなり痛がってましたし……もしかしたらこの子……」

 

 ユーリにつられて、イリスも自身の腕の中で眠っている“子犬”を見る。

 

「うん。若干だけど、私が知ってる犬より咬合力(こうごうりょく)が高い……《死蝕》の影響で“進化”しちゃってるのかも。とにかくその猫たちと一緒に連れて帰ろう。こんな所で育ったらもっと“進化”して、さっきのサンドワームみたいな『危険生物』になっちゃうかもしれないし」

 

 その言葉にユーリも険しい顔で首を縦に振った。

 

 

 

 ――そうだ、思い出した!

 あの後、己は三匹の猫ともども彼女たちが住んでいる施設まで連れて行かれ、そこで二人に育てられた。

 そしてその後……。

 

 

 

 

 

 

「ユーリ……貴方とイリスだったのだな。己に『アレル』という名と《騎士》という役目を与えてくださった“主たち”は」

 

「ぐ……うぅ……ア、レル…………」

 

 ユーリの手を握りながらアレルは問いかける。それに対して、かつての主の片割れは苦しげな顔とうめきしか返さない。だが愛おしげに自分を見るその眼は、蘇った記憶通りのものだった。

 

(だが、もしその記憶通りなら、“あの惨劇”を引き起こしたのは――)

 

「うぅぅ――アアアアアア!!」

 

 アレルが記憶を掘り起こしていたその時、ユーリはアレルから手を離してすぐ後ろへ跳び、彼女と入れ替わりに二体の《機鎧》が己に向かってくる。

 だが、シュテルとレヴィが一体ずつ《機鎧》を破壊し、苦しむユーリの両腕に魔力の鎖(バインド)をかけた。

 その後ろから――

 

「アレル、助けるぞ!」

 

「私たちの主人を!」

 

「ボクらの大切な子を!」

 

 今の主(ディアーチェ)と彼女の臣下たちが言葉をかけてくる。

 それを聞いて――。

 

――この“三人”も思い出したようだな。四つの足で歩いていた……非力な獣だった頃を。

 

 その事実に感慨を覚えながら、アレルは剣に魔力を集める。

 《光の変換資質》によって瞬時に魔力が集まり、あっという間もなく必要な力が彼の元に集まった。

 

「元主よ、今ばかりはご容赦を――ライトニング・フロート!」

 

 アレルの剣からその名のごとく、光の洪水(フロート)が降り注ぐ。

 その時、ちょうど《魄翼》が再生しユーリを守るが、光の洪水はたった5枚の“羽”を並べただけの盾を押し流し、ユーリにも多量の光を浴びせかける。

 その間にディアーチェも発動の準備を終えていた。

 

「ユーリ、お前を苦しめる枷を――今打ち砕く!」

 

 そう吼えるとともに、彼女の前に紫色の魔法陣が浮かび、そこから四発の魔力弾が放たれる。

 それはユーリに命中せず、等身大の球となってすぐそばに浮かぶ。

 そこでディアーチェは己が杖(エルシニアクロイツ)を天に向けて――叫んだ。

 

「――ジャガーノート!!」

 

 その唱えた直後、ユーリを囲む球は瞬く間に膨れ上がり、紫色の巨大な爆風となってユーリをその叫び声ごと呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

「離せこら。アタシを縛ったりしてなにする気だ!」

 

 人聞きの悪い言葉を放ちながら、固有型はバインドから逃れようと足掻く。

 そんな彼女の監視をリインに任せ、俺はモニター越しにリンディさんに経過報告をしているところだった。

 

「こちらは固有型イリス一体を捕らえ、彼女が指揮していた量産型を片付けたところです。他のところは?」

 

『結界内で暴走していた量産型と固有型はほとんど制圧したそうよ。後は本体だけど、私と本部が彼女の居場所を探してる所。そっちもそろそろ特定できるはずだから――』

 

「あとはイリス(本体)と、アレルたちと戦っているユーリだけですか……」

 

 そう口にしながら、いやと思う。 

 本当にそれだけか?

 テラフォーミング用にしては高すぎる《イリス》の戦闘能力、未だ明らかになっていない『40年前の惨劇』の真相、そして母さんを襲った謎のロボット……イリスがすべてを企てたにしては不可解な所が多すぎる。

 まさかこの事件にはまだ――。

 

『健斗、今大丈夫か?』

 

「――クロノ!」

 

 突然割り込んできた上官に俺は声を上げ、リンディさんも目を見張る。

 クロノはモニターに映る母親に目を向け。

 

『次長も一緒でしたか、ちょうどよかった。すぐ各員に捜索を再開するように伝えてください――本当の敵はイリスじゃないかもしれないんです!』

 

『――えっ?』

 

「それってまさか――」

 

 戸惑いの声を上げるリンディさんとやはりと思う俺に、クロノはうなずき。

 

『ああ。《イリス》たちの行動を見てある疑問が出てきた。さらに、ちょうどそこで御神さんたちから連絡があった。あのロボットの動きはイリスの動きとはまったく異なっていた、と』

 

 ……なるほど。母さんが言うなら間違いないだろうな。姉さんや早見さんって人も一緒に戦闘記録を観てるだろうし。

 だが、イリスの後ろに“黒幕”がいるとしたら……。

 

「クロノ……もしかしたらと思うんだが、この事件の首謀者って…………」

 

 俺は頭に浮かんだ“黒幕”について、クロノとその隣で聞いているリンディさんに伝える。

 するとクロノは首を縦に振り――

 

『ああ……おそらく“彼”じゃないかと思う。まだ確信はできないが。……だが、それだけじゃないんだ』

 

「えっ……?」

 

 俺は思わず怪訝な声を漏らす。イリスと“彼”……だけじゃない?

 

『いいか、よく聞いてくれ。実は“例の紙片”には40年前の記録だけじゃなく、エルトリアの遺跡板に繋ぐための『アクセスキー』があったんだ。それを使ってある人物と連絡が取れたんだが、“彼女”によると……』

 

 そのままクロノは話を続ける。それを聞いて俺とリンディさんは自分の耳を疑った。

 

 

 

 

 

 

 爆風が収まってからすぐ、ディアーチェたちはユーリの姿を探して辺りを見回していた。

 そしてレヴィが、海の上に浮かんでいるところを見つけ、四人は彼女の元まで降りていく。

 

「ユーリ……起きて、しっかり!」

 

 海水で足が濡れるのもいとわず、レヴィはユーリを抱き起こし、懸命に呼びかける。

 するとユーリはゆっくりと目を開き……

 

「レヴィ……シュテル……ディアーチェ……それにアレル…………ごめんなさい……私は……」

 

 ユーリは四人を順に見ながら涙を流して謝る。それを見てレヴィは責めるどころか、彼女も涙を流しながらユーリを強く抱きしめた。

 

「よかった。元に戻ったんだね……よかった……よかったよー!」

 

「レヴィ……みんな……ごめんなさい、ありがとう……」

 

 ユーリは二度目の謝罪とともに感謝を告げる。それを見てシュテルとディアーチェも微笑ましさと喜びから笑みを浮かべた。

 

「やりましたね」

 

「……ああ」

 

 だが、その一方で……

 

(なんだ……この悪寒は。この感じ……まさか――)

 

 アレルは落ち着きなく周囲を見回す。ディアーチェもそれに気付き――。

 

「アレル、どうした? お前もユーリに一言くらい――」

 

――動くな!!

 

 アレルがそう叫んだ途端、他の四人は思わず動きを止める。

 その直後、空中から四発の発射音が響いた。

 

「――ちっ」

 

 アレルは即座に空中へ飛びながら魔法陣を展開し、彼女らに向けて放たれたエネルギー弾を弾きとばす。

 すると、向こうから弾んだ調子の声が届いた。

 

「あらあら、あの一瞬で弾を全部はじき返しちゃうなんて……あなたが執心していた《死蝕犬》だけはあるわね」

 

「僕としてはあの猫たちの変わりように驚いたけどね。まっ、あの子たちのおかげで僕らも復活させてもらえたから、感謝してるけど」

 

 空中に浮かぶ二人はアレルやディアーチェたちを見下ろしながら軽口を叩き合う。

 片方は短く切り揃えた金髪の女。もう片方は痩せた黒髪の男だった。どちらもエルトリア製の黒い防護服(フォーミュラスーツ)を身にまとっている。

 四人はこわばった顔で二人を見上げる。

 そんな中、アレルは忌々しそうな顔で彼らの名をつぶやいた。

 

「アンディ……ジェシカ……」

 

 

 アンディとジェシカ。

 あの二人は『惑星再生委員会』に所属していた研究員で、40年前に死亡したはずの人間だった。




アンディとジェシカは映画版では黒幕の陰謀で殺害されたキャラクターですが、今作では敵役にさせてもらいました。その理由は伏字で記してあります。映画版の内容を知ってる方やどうしても読みたい方はどうぞ。

ここから先はネタバレにつき伏字。

映画版では『惑星再生委員会』の関係者のうち、マクスウェルのみが敵役になっていますが、イリスの開発は委員会が組織的に行っており、“人造兵士”としての機能もマクスウェル以外に何人か関わっている者がいたらしいです。
さらにマクスウェルが予算を横領した疑いが出た時も、ジェシカは彼に心配そうな声をかけるだけで非難したりする様子はありませんでした。ジェシカに関しては原作でもクロの可能性がありそうです。

そんな理由から、今作ではジェシカともう一人名前が出ているアンディを敵役にさせていただきました。彼らのファンの方、誠に申し訳ございません。
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