「ただいまー。ちゃんとこの子たちの見張りしてたー?」
「荒れてないみたいですし、今日はいい子にしてたみたいですね」
“しごと”とやらから戻ってきてすぐ、イリスがそんな言葉をかけてきて、ユーリが部屋を見回しながらそれに答える。
イリスも自分の部屋を見て、それから籠の中で眠っている“ねこ”たちとその傍で立っている己を見比べながら……
「うんうん。今日はチビどももあんたも大人しくしてたみたいだね。ちょっと前までは顔を合わせるたび、あの子とケンカしてたから心配だったんだー」
そう言ってイリスは口を吊り上げながら己の頭を撫で、眠ったままの“ねこ”たちに視線を移した。
「こいつらいつもくっついてるね」
「真ん中の子が二人の“王様”みたいですね。いつも他の二人の面倒を見てあげて」
「ベルカの王様ってそんなものなの? あたしのイメージじゃ王様って面倒見られてる感じだけど」
イリスの軽口にユーリは片手を振り……
「あっ、いえ……私が知ってる王様はヴィータの面倒を見たりもしてたなと思って。他の王様は違ってると思います」
「ああ、ケントってやつ。そいつの話はもういいよ。――じゃあこいつは? 王様とケンカばかりしてる無礼なワンコ君」
話題を変えるついでの問いかけに対し、ユーリは己をじっと見ながら考える。
『あの子が王様で隣の二人が臣下なら、この子は……“騎士”、でしょうか?』
ユーリがそう答えると、イリスもじっと己の方を見て……
『騎士ってこいつが? ……あははっ。似合わな~い!!』
己と宙に視線を行き来させてから、イリスは腹を抱えて笑い転げる。それを見てなぜか腹の中が熱くなる感覚を覚えた。
イリスはひとしきり床を転がってから再び立ち上がり、己の頭を撫でながら声をかけてくる。
「まっ、それでいいか……“騎士”ならさ、あいつらのことしっかり守ってあげててよ」
そんなイリスと己を見て、ユーリはおかしそうに噴き出した。
「ふふっ。なんだかんだ言って、イリスも“アレル”に頼ってばかりですね」
“あれる”……そういえばイリスもユーリも己を見ると、そんな言葉をかけてくるようになったな。“えほん”のとうじょうじんぶつのなまえらしいが、己のこともそう呼ぶことにしたのだろうか。別に構わんが。
そう思いながら己も一眠りしようと思っていたところで――
「やあイリス。ユーリも一緒かい」
“どあ”が真横に開き、ぶよぶよした体の
「あっ、アンディさん」
「どしたの? また私たちに仕事?」
「いやいや違うんだ。ちょっとその犬を貸してほしくてね」
「アレルを? この子、今から寝るところだったんだけど」
言いながらイリスは己を抱き上げる。“アンディ”は何度も頭を下げ――
「ごめんごめん……でもほら、一応“あれ”の検査をしないといけないから」
「あっ……」
アンディが声を潜めて付け足すと、イリスもその意味を察して……。
「わかった。大丈夫だと思うけど、しっかり診てあげて!」
「よろしくお願いします!」
明るく言葉をかけるイリスと頭を下げるユーリに、アンディは「ああ、任せて」と言いながら己を受け取り、イリスたちの部屋を後をする。
その時、“おうさま”と目があった気がした。
しばらくしてアンディに連れてこられたのは、紅や紫といった毒々しい色の植物が置かれた部屋だった。
アンディは顔の上に“ますく”を付けながら己に声をかけてくる。
「これは《死蝕》といってね。この星を汚染させた原因なんだけど、一部の動物を“進化”させる力を持つ植物でもあるんだ。死蝕そのものの調査はもちろんしてるんだけど、死蝕に触れた生物は死体ばかりしか調べられなくてね。君のように生きたまま確保できて、しかも元の形を保ったまま“進化”してる例は他にいないんだ……って君に言っても分からないか。じゃあアレル、今日も少しだけ検査と
イリスたちに向けた笑みとは想像もつかない、歪んだ笑みを向けながらアンディははりのついた“ちゅうしゃき”と鋭く尖った“めす”を近づけてくる。
――その直後、己は意識を失った。
◆
「アンディ、ジェシカ、なぜお前たちが――」
憎悪のあまりアレルは途中で言葉を詰まらせる。そんな彼に生前より痩せた――だが、“あの時”とまったく同じ歪んだ笑みを向けながら、アンディは口を開いた。
「なぜ生きているのか、って聞きたいのかい? イリスが復活したのと同じ原理さ。僕たちの記憶をデータとしてイリスの中に保管しておいて、それをこの体に移し替えたんだよ。この星で集めた鉄屑で造った体にね」
「私たちからすれば、あなたたちの今の姿と力の方が驚きよ。あの猫ちゃんたちとワンコ君が人間の姿になって飛び回ってるなんてね。これもユーリの言う“魔法”の力かしら」
生前より若い外見になった――しかしアンディに劣らず邪悪な笑みで、ジェシカも嗤う。
そんな彼らを見上げながらユーリは立ち上がった。
「あなたたちが蘇ってるなんて……じゃあ、やっぱりイリスたちにあんな事をさせているのは……」
その問いにジェシカはうなずきながら答えた。
「ええ、多分あなたが考えているとおりの人だと思うわ。まだ結界の中で、生産の指揮を取ってると思うけど」
「僕たちは復活してすぐ、“あの人”から結界外にいるユーリを回収するように言われててね。それで僕とジェシカだけこっそりあの中から抜け出して、ここまで迎えに来たのさ。もちろん協力してくれるのなら君たちにも来てほしいけど」
そう言ってアンディは手を差し出す動作をする。無論ディアーチェたちが応じるわけもなく、四人はアンディたちを睨みながら身構える。
それを見て、ジェシカはおかしそうに吹き出した。
「あらあら、嫌われちゃってるわね。特にアレルなんて今にも噛みついてきそうな顔してるわ。アンディの“実験”はそんなに辛かったかしら」
「実験……何を言っている? ……まさか、アレルが何度も連れて行かれたのは……」
その時のことを思い出し、ディアーチェは顔を歪めながらアンディを睨む。
アンディは涼しい顔でそれを受け止め、肩をすくめてみせた。
「彼の体内にある死蝕をちょっと増やしただけさ。『危険生物』に“進化”したりしないように、細心の注意は払ったつもりだ。まあ、万が一の時は駆除するつもりだったけど」
涼しい顔で言い放つアンディに五人は顔を引きつらせる。自分たちの“家族”の中にこんな奴がいたなんて――。
そこでジェシカは黒い銃型のヴァリアントザッパーを向け……
「お喋りはここまでよ。一緒に来るのが嫌なら、せめてユーリを渡してくれない。でないと、ちょっと痛い思いをするわよ」
「ふっ、学者風情が我らに敵うと思うてか」
凄むジェシカに、ディアーチェは冷笑を返す。
しかし――
「「――“システムオルタ”」」
どちらからともなくそれを口にした瞬間、ジェシカがレヴィの、アンディがシュテルの眼前に
目を見張る暇さえなく、二人に向けて
「――はあ!」
「ぐっ――」
「――ちっ」
アレルはアンディの腕を打ち、瞬時にジェシカの前へ移動し彼女の剣も叩き落とした。
「『危険生物』もどきが、やってくれる……」
「確かに……正直ますます捨てるのが惜しくなってきたけどね」
「攻撃を防がれておいて、随分な余裕だな。貴公らこそ命が惜しかったら、主のもとまで案内するがいい」
顔をしかめながらも平然と言葉を交わす二人に、アレルは刃を向けながら通告する。
しかし……。
『おすわり――大人しくするんだ』
「――うぐっ!?」
脳裏に男の声が響いた瞬間、アレルは腹を押さえて苦しむ。それを見て――
「アレル!」
「おい、どうした?」
レヴィとディアーチェが心配そうに呼びながら彼のもとへ飛んでくる。
それを待ってたように――
「いけない。ディアーチェ――あぐっ!」
王のすぐ横にジェシカが現れるのをみて、シュテルが飛び込むが、そこに現れたアンディが彼女の腕を斬り落とす。
「シュテるん――ぐあ!」
「シュテル、レヴィ――うっ!」
「ユーリ!」
レヴィが斬り伏せられ、ユーリの腹にも鋼鉄でできた拳が入れられる。ジェシカはそのまま意識を失ったユーリを抱きかかえた。
あぜんとしたまま棒立ちしているディアーチェに、ジェシカたちは見下した笑みを向ける。
「……こんな風に、今の私たちにも
「フォーミュラシステムもあるし、魔法を武器にしている君たちでは不利は否めないかな……そしてスピード面で僕たちと渡り合えそうな彼は……」
言いながらアンディは腹を押さえて苦しむアレルを見下ろす。腹から激痛が襲ってきて、立っているのもやっとという有様のようだ。
彼の隣に立ちながらディアーチェは吼える。
「貴様ら、アレルに何をした――!?」
しかし、ジェシカは冷たい仕草で首を振り――
「私たちは何もしてないわよ。実体化の際に取り込んだものが、今になってあたったんじゃないかしら」
「アレルは昔から食い意地が悪かったからね。地面に落ちてるものは何でも食べてしまう。《死蝕生物》の
「落ちてるもの……だと」
口にしながらディアーチェは思い出す。アレルが体を得た時に頁もろとも取り込んだ“イリスの分身
“あれ”がアレルの中で――。
「貴様――あぐっ!」
怒鳴ろうとした彼女の横顔に峰が打ち込まれ、ディアーチェは海に叩き落とされる。
苦しみ続けるアレルのもとにも――。
「アンディ……マク――ェル。絶対に許さんぞ……」
苦悶に歪んだ表情で凄むアレルだったが、アンディはつまらなそうな顔で――
「残念だよ。今の君の力に《死蝕》がどれほど影響しているのか、後で調べてみたかったんだが。どうやら君たちは駆除しなければいけないレベルまで“進化”してしまったらしい……せめてもの情けだ。これで楽になるといい」
「待て――やめろ!!」
アンディが剣を向けるのを見て、海面に突っ伏したままディアーチェが叫ぶ。
だが――。
「――ぐああああああ!!」
無情にもアレルの胸に深々と刃が入れられ、アレルは絶叫をあげながら海に落ちる。ディアーチェは悲鳴を上げる事すらできず、呆然とそれを眺めていた。
それはまるで、主人がいなければ何もできない“子猫”のようで……。
(同じではないか……我は、あの時から何も変わっていないままではないか……臣下も、騎士も、主も守れずしてなにが――なにが“王”か!)
地面に拳を叩きつけんばかりに、無力に打ちひしがれるディアーチェ。
そんな彼女の頭上では……。
「どうする? 一応あの子にもとどめを刺しておくかい?」
「放っておきましょう。純魔力系のあの子じゃフォーミュラを破る事なんてできないわ。陽動側の《イリス》もほとんどやられちゃったみたいだし、急いで“所長”と合流しないと。あの子の始末はこの星の掃除のついでで構わないわ」
肩をすくめるジェシカに、アンディも「それもそうだね」と返しながら街の方に体を向け、二人は主と配下たちがいる結界の方へ向かっていった。
後には、仲間を救えなかった無力感と自分への怒りに涙を流し続ける“子猫”が一匹……。
そして……
(己は……まだ、ここで倒れるわけには……)
元の主たちと今の主への誓いを胸に抱きながら、海水を掻き分け這い上がろうとする“騎士”がいた。
◇
『ユーリ、意識消失。ディアーチェたちも瀕死の重傷を負った模様』
『《
モニター越しに分身たちは報告を告げてくる。それに対し――
「……何が起きている?」
勝利の報を聞いて、イリスは笑みも浮かべず呆然と疑問をこぼす。
ユーリを確保した事とディアーチェたちを倒した事はいい。しかし、それをなした個体は、なぜこちらになんの報告も応答も返してこないのか。
量産型なら言わずもがな、
何らかのトラブルが起きてるのは明白だった。イリスは思わずもう一度……
「何が起きてるの……?」
イリスはもう一度同じ問いを繰り返す。それは誰に向けられたものではなかったが――
「利用されてたって事よ、あなたも。ユーリや私と同じように!」
横から響いてきた声に、イリスはそちらを見、分身たちは銃を構える。
しかし、キリエは彼女らより速く引き金を引き、分身たちの頭を打ち抜いた。
イリスは“駒”の最期など気にも留めず、キリエと向かい合う。
「あんたが今さら何を――それに私が利用されてるって、いよいよ気でも触れた? 無数の分身やユーリを操れる私を、誰が、どうやって利用するっていうのよ!」
荒い語気でイリスは問いをぶつける。それは薄々気付き始めている自分をも否定しているようでもあった。
そんな彼女にキリエはそれを告げる。
「《ウイルスコード》」
「えっ……?」
キリエの一言に、イリスは思わず間の抜けた声を漏らす。そして……。
「そ、それが何よ? そのウイルスコードで私はユーリを自在に操る事ができるの! 街中にいる分身たちも手足のように動かせる。その私を利用したり操ったりなんて――」
「
「――!」
イリスははっと目を見開く。そんな彼女にキリエはさらに言葉を放った。
「あなたがウイルスコードを使ってユーリを操作していたように、あなた自身もウイルスコードで誰かに操られていた。多分あなたが気付かないように、思考に干渉したり少しずつ誘導していく形で。――たとえば研究所で起きた事件。あなたはなぜあれをユーリがやった事だと
「そ、れは……」
そうだ。研究所での殺人のほとんどは銃によるものだった。キリエの言った通りユーリは銃なんて扱えないし、ユーリの力ならそんなもの使う必要もない。
あの時、ユーリの力で殺されたのは“一人”だけ……。
「じゃ……じゃあ誰よ……私にウイルスコードを植え付けて、ユーリとディアーチェたちを復活させるように操っていたのは――一体誰なのよ!?」
「……自分でも気付いてるんでしょう」
キリエの一言にイリスは言い返そうと口を開ける――だが言葉が出てこない。
一方、キリエは淡々とした口調で答えを告げた。
「惑星再生委員会所属、地上研究所の所長……40年前、ユーリが
◇
東京駅と名付けられた、赤煉瓦と黒い屋根を積み上げて造られた建物の前には、無数の量産型イリスが整列していた。彼女らを束ねるべき本体の姿がないにも関わらず、その隊列は整然としたものだった。
“彼”は駅舎の上に立ちながら、満足そうに作品たちを見下ろしていた。
すっきりした短い茶髪。見た目は二十代、もしくは若作りの三十代前半といったところだろうか。
そんな彼の隣に、ユーリを抱えたジェシカとアンディが降りてきた。
「――やあジェシカ、アンディ。思ってたより遅かったじゃないか」
「ごめんなさい。猫たちと犬相手に手こずちゃって。アンディが未練がましくアレルを連れて行こうとするものだから」
「研究者としては当然の事だと思うけどな。《イリス》の開発に
アンディの言葉に、『惑星再生委員会・地上研究所』の所長だった男――『フィル・マクスウェル』はふっと笑みを漏らした。