魔法少女リリカルなのは 愚王の魂を持つ者   作:ヒアデス

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第22話 足掻き

 今日は天気が悪く、黒い雲が空を覆っている日だった。

 そんな中イリスはグランツやエレノアという“こども”たちを連れて、外に出かけていた。今日のように空が暗い日は巨獣が出にくく、“こども”たちを遊ばせるのに向いているらしい。

 だが、“くるま”を使うため己と王様たちを連れていくことはできず、己たちはユーリと一緒にけんきゅうじょに残ることになった。

 

 ゆえに、己は朝から“この部屋”に連れてこられている。

 

「イリスたちは今頃目的地に着いた頃かな。グランツ君やエレノアちゃんと一緒にたっぷり楽しんできてくれるといいね。この星で遊べるのも今日で最後になるだろうから」

 

 ますくとてぶくろを着けながら、気安い口調でアンディが声をかけてくる。それに対し、己はじっとアンディを見据えるだけだった。

 外を彷徨っていた頃と違い、ここにいれば飢えることも喉が渇くこともない。少なくともえさを与えてくれる限りは“かいぬし”の好きにさせるのが己の務めなのだろう。

 それがイリスたちの言ってた“きし”の役目に違いない……。

 

『“騎士”ならさ、あいつらのことしっかり守ってあげててよ』

 

 ……本当にそうなのだろうか?

 

「じゃあいつも通り検査にしようか。イリスが帰ってくるまで済ませたいし」

 

 考えているうちに“けんさ”の準備ができたようで、アンディは“どうぐ”を手にしながら己に近づいてくる。だが、そこでふとアンディは足を止めてあごに手をやった。

 

「君と死蝕の研究ができるのもあとわずかか……ふむ、いっそ駆除も覚悟のうえで“これ”を丸々一つ入れてみようかな」

 

「――!」

 

 言いながらアンディが黒色の《ししょく》を高く掲げた瞬間、背筋に震えが走った。

 

――“あれ”を入れられたら、己は己でなくなってしまう!

 

「よし! どうせ廃棄してしまうくらいなら、ここで使っちゃおう――アレル、待たせたね。じゃあいつも通り麻酔を打ってから――ぎゃああっ!」

 

 アンディが己の方を向いた瞬間、己は目いっぱいの力で奴に嚙みつき、とびらまで走る。しかしとびらは固く、己はあっけなく跳ね返るだけだった。

 アンディは肩を押さえながら怒りに歪んだ形相で己を見下ろす。

 

「この恩知らずの野良犬め――誰のおかげでメシが食えてると思ってんだ!!」

 

 アンディは思い切り足を突き出し、己を蹴飛ばす。己は「キャウン」とみっともない鳴き声を漏らしながら再び固いとびらにぶつか――

 

「……えっ?」

 

 る直前に向こうからとびらが開き、アンディは戸惑いの声を漏らす。

 己の体はそのまま向こうに投げ出され、落ちた先には目元を覆った(メス)が立っていた。

 アンディはその雌を見て、ほっと息をついた。

 

「なんだ君か。ちょうどよかった、これから危険な実験をするから一体借りようと思っていたところだったんだ。まずその犬を捕まえてくれ。それから実験の途中でそいつが“進化”しそうになったらすぐに始末を……って、聞いてる?」

 

 アンディがなにごとか言葉を投げかけるも、雌はただじっと立っている。それに耐えかねてアンディが再び何か言おうとしたところで、雌が片腕を突き出した。イリスが巨獣を狩る時に持っていたものに似た物体がついた腕を――。

 

「な、何を――ぐああっ!」

 

 物体からいくつもの光が撃ち出され、アンディは体に無数の穴を空けながら倒れた。

 ――これはあの時と同じ!

 思い出すと同時に、雌は己に空洞の空いた物体を向けてくる。

 

 ――己は立ち上がる際の勢いを利用して(おの)が体を前に投げ出し、急いでその場を離れる。

 その間も雌は間断なく光を放ってきて、そのうち一発が脇腹をかすめる。しかし、痛みは感じなかった。頭にあるのはこの場から逃げ出すこと、そして、このけんきゅうじょのどこかにいる“主”の事だけだった。

 

 

 

 

 

 あの部屋から逃げ出してから、あてもなく走り回っていた己の目に飛び込んできたのは、赤い血を流して倒れている“にんげん”たちと、彼らを狩りまわっている雌たちだった。皆アンディを狩った雌と同じ姿をしている。

 

――次に見つかったら間違いなく狩られる。

 

 そう判断し、嗅覚と聴覚を余す限り研ぎ澄ませながら慎重に、時には素早く移動し、けんきゅうじょ内を移動していく。

 その途中で頭に大きな穴を空けてこと切れている雌を見つけた。確かジェシカという、イリスたちと仲がよかったにんげんだ。もっとも己にとっては、イリスたちの知らないところでアンディの“けんさ”に手を貸していた、いけ好かない雌でしかなかったが。

 

 

 

 それからしばらく歩いたところでようやくユーリの匂いをとらえ、雌たちに注意しながらユーリがいるところに向かう。

 そこはけんきゅうじょのボスがいる部屋だった。たしかマクスウェルと呼ばれている(オス)だ。

 

「《イリス》の設計コンセプトは“無限に増殖する人造兵士”だ。材料とエネルギー源さえ与えておけば、壊すも作るも思いのまま――どこでも役立つ便利な兵士さ」

 

 部屋の中からマクスウェルの声が聞こえてくる。その意味はいつもユーリやイリスが言ってること以上に意味がわからない。だが、それを聞いて不快感がこみあがってくる。

 ユーリも顔をゆがめながら言葉を返す。

 

「イリスがそういう風に生み出されたこと、気付いてはいました。だけど、あなたもみんなもイリスを愛しているって――」

 

 その言葉にマクスウェルは「そうだね」とうなずく。

 ユーリは納得いかない顔で――

 

「なら、どうしてこんな――?」

 

「“愛情”は人の心を動かす燃料だろう。イリスは私の愛情を受けて、性能以上のスペックを発揮してくれた……だから私はイリスを“愛しているよ”。私の子供であり――よくできた道具としてね」

 

「マクスウェル! あなたは――!」

 

 ユーリは“茶色いほん”を取り出しながら、マクスウェルに向かって吼える。

 だが――

 

「ふっ……」

 

 マクスウェルはただじっと笑いながら、()()()()()目をユーリに向ける。すると――

 

「――うっ! これは……」

 

 “その目”に見つめられた途端、ユーリは胸を押さえながら床にかがみ込む。

 それを見て、王様たちが鋭い鳴き声を放ちながら格子つきの籠の中から出ようとするのが見えた。あいつら、こんなところにいたのか。

 

「だいぶ前から君に“ちょっとした仕掛け”をしておいた。私が少し念じるだけで君は動けなくなるし、命令すればどんな事でも聞くだろう」

 

 マクスウェルは動けずにいるユーリの方に歩を進め、さらに続ける。

 

「なに、怖がらなくてもひどいことはしないさ。魔法という素晴らしい力を持つ君も、私にとっては“愛しい子供”だ。一緒に新天地で働こう。仲良しのイリスもいる。あの猫たちと犬も一緒だ。不満も不自由もさせないつもりだよ」

 

 そう言って彼はユーリの肩に手を置こうとする。それはいつもの彼と変わらない仕草だったが……

 己には、巨獣より恐ろしい“怪物”が迫っているように見えた。

 

 

「バウッ!!」

「――なっ!?」

 

「アレル――?」 

 

 気付けば己は、喉から荒々しい鳴き声を放ちながら部屋に飛び込んでいた。

 己はユーリを飛び越え、“主”を喰らおうとする“天敵”の肩に噛みつく。

 

「ぐあ――このっ!!」

 

「――アレル!」

 

 だが、マクスウェルは激痛に顔をゆがめながら己の体を掴み取り、あらぬ方へ投げ飛ばす。

 己の体は床に落ち、隅に置かれていた物にぶつかる。それは王様たちが入れられていた籠で、己がぶつかった拍子に籠の格子は外れ、今度は王様たちがマクスウェルに飛び掛かる。

 

「くそ――こんどはこいつらか!」

 

 マクスウェルは王様たちも振り払おうとするが、三匹もの猫に一斉に掛かられ、その場で舞い踊るような恰好になる。

 その間にユーリは立ち上がり、鋭い目でマクスウェルをにらみつける。すると部屋の床が盛り上がり、彼の方まで“それ”は伸びていく。

 

「――っっ」

 

 ユーリはためらうように顔をゆがめるものの、両眼を閉じ……

 

「くっ……うああああっ――!!」

 

 苦悶の混じった声を漏らしながら、ユーリが右手を突き出した瞬間、マクスウェルの背後から黒い枝が生え、それは彼の体を貫きながら天井近くまで屹立した。

 

「ぐぁ…………うぅ……くっ……フ、フフ…………フフフ………………」

 

 マクスウェルは口から血と苦痛の声を漏らすものの、すぐにそれは笑声となり、不気味な笑顔をユーリに向けながら彼はこと切れた。マクスウェルの死と同時に枝は砕け、彼の死体は床に倒れる。

 ユーリは目に涙を浮かべながらそれを見下ろすも、すぐに倒れている己に目をやった。

 

「アレル――アレル! 大丈夫ですか――これは……こんな傷を負った状態で」

 

 己を抱き起こしたところで、腹の傷に気付きユーリは息を飲む。そういえば、あの部屋から逃げる時に撃たれていたか……すっかり頭から抜け落ちていた。

 

「アレル、待っていてください。今手当を――」

 

 ユーリは己を抱きながらそんな言葉をかける。

 だが、ちょうどそこで――

 

「ユーリ! 所長! どこにいるの? いたら返事をして!!」

 

 近くからイリスの声が聞こえてくる。いつもと違う切羽詰まった声だった。

 

「イリスに伝えないと……でも、アレルの怪我も早く治さないと――」

 

 ユーリは部屋を見まわす。だが、“くすり”らしきものはどこにもない。その代わり――

 

「――!」

 

 ユーリは床に落ちていた“茶色いほん”を見る。そして……

 

「アレル、この中にいてください。この本の中にいる間は怪我がひどくなることはないはずです――ディアーチェたちも!」

 

 ユーリがほんを開くと、その中からかみきれが飛び出し、己と猫たちの体にまとわりつく。

 そんな中、ユーリは言い聞かせるように口を開いた。

 

「少しの間ここに隠れていてください。窮屈かもしれませんから四人とも仲良くしないといけませんよ。特にディアーチェとアレルは。あなたたちがケンカしたらすぐに部屋が荒れちゃうから」

 

 その間にも、視界が白く塗りつぶされ何も見えなくなる。

 だが、聴覚はかろうじて残っており――

 

「アレル、助けてくれてありがとう……あなたは私にとって“本当の騎士”なのかもしれません。もしかしたらイリスにとっても――」

 

「ユーリ、こんなところにいた! 所長――は」

 

 言い終える途中でイリスの声が被せられる。それからあわただしい足音が響き……

 

「なんで……ねえ、起きてよ所長!! ううぅぅっ!!」

 

 部屋の中央から涙声でわめくイリスの声が響く。

 

 

 ……それが己が()()()()聞いた最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

「――アレル! アレル、しっかりせい!!」

 

 目を開くと、白と黒が混じった短い髪の女子(おなご)が映った。彼女は確か……

 

「おう、さま……」

 

「アレル――気が付いたか!」

 

 名を呼ぶと、“王様”は目に涙を浮かべたまま安堵の笑みを浮かべる。呼称の変化にも気付いていないようだ。

 その後ろでシャマルという金髪の女子(おなご)がほっと息をついた。

 

「よかった。海から這い上がってからずっと気を失っていたのよ。人工呼吸の話も出てたんだけど、必要なかったみたいね……ディアーチェちゃんにとっては残念だったかもしれないけど

 

「……レヴィとシュテルはどうした? まさかと思うが……」

 

 ぼそぼそつぶやくシャマルに尋ねると、シャマルと王様は顔を曇らせて隅の方を見る。

 そこには包帯を巻いた状態で横になっている臣下たちの姿があった。白衣を着た男二人が懸命に彼女たちの手当てをしている。

 それを見て――

 

「――不覚! あれしきの痛みで任を忘れ、仲間たちに傷を負わされてしまうとは――」

 

「お、おい!」

 

「無茶しちゃだめよ!」

 

 王様とシャマルの制止を振り切り、腹を撫でながら起き上がる。

 

「――!」

 

 そこで気付いた。あの時、己の動きを止めていた腹の痛みがないことに。

 だが、腹の異物感はまだ残ってる。“あの右手”が体のどこにあるのか、はっきりとわかる。

 

――今なら、やれるかもしれん。

 

「己の剣は……ハイペリオンはあるか?」

 

「あ、ああ、それなら……」

 

「アレル君のそばにあるわ。ディアーチェちゃんの話だと、海から上がって気絶するまでずっとそれ握ってたみたいよ」

 

 二人の視線をなぞると、確かに己のそばに幅広の刃を備えた大剣《ハイペリオン》があった……一応、刃の幅ぐらいは変えられるはずだ。

 意識しながら剣を取る。すると――

 

「ちょ、ちょっと、まさかそんな状態で行く気!?」

 

「やめておけ! まだおぬしの体の中には“あれ”が」

 

 シャマルと王様は慌てた様子で己を止めようとする。だが……

 

「シャマル……貴公は確か治療魔法の使い手と聞くが、それは本当か?」

 

「え……ええ。私が治療してあげるから、あなたも休んで――」

 

「そうか……では事が済んだら応急処置を頼む。できる限りで構わん」

 

「――えっ?」

 

 戸惑いの声を上げるシャマルをよそに、己は細長の形になった剣を逆手に持ち、腹の中にある“異物”に狙いを定める。

 それを見た瞬間、王様は己の意を悟り――

 

「アレルやめろ! ユーリの事なら我が――」

 

「はあああっ――ぐああああっ!!」

 

 王様が止めようとする前に己の腹に刃が深々と突き刺さり――中にある“異物”ごと貫いた!

 

「きゃあああああっ!」

 

「アレル!」

 

 シャマルと王様が悲鳴を上げ、レヴィたちの手当てをしていた医者たちも思わずこちらに目を向ける。一方己は……

 

「ぐおおおおぉっ!!」

 

 体が千切れそうなほどの激痛に、意図せず喉からうめき声が漏れる。

 だが――

 

「まだ……だ……ぐおぉぉぉ!!」

 

 まだ“あの右手”は生きている。せめて“あれ”が砕けるまで耐えねば!

 それしきのことができずして、あの仇敵どもを倒し、主たちを助けることができるものか!

 あの時のように縮こまっているような子犬が、“騎士”などと名乗れるものか!!

 

 

 

 

 

「アレル――馬鹿者が! あやつを止めるぞ。おぬしも手を貸せ!」

 

「ええっ!」

 

 ディアーチェは隣にいるシャマルとともにアレルを止めようとする。しかし――

 

「待ってください!」

 

「――!」

 

 後ろから声がかかり、ディアーチェとシャマルはそちらを見る。

 

「シュテル……レヴィ……」

 

 彼女らの視線の先では、シュテルとレヴィがあおむけになったまま目を開いていた。

 

「アレルの好きにさせてやって。あんな負け方して悔しいのは、ボクも同じだから」

 

「それに残念ながら、私たちの方はもう戦えそうにありません。魔力が残っていても体が動かない状態です。私たちはもう、あなたとアレルに後を託すことしかできない」

 

「そんなこと……あるものか!」

 

 シュテルの言葉を否定しようと、ディアーチェは大きく首を横に振る。そんな駄々っ子のような姿を晒す主君に彼女たちは告げる。

 

「だからさ……決めたよ」

 

「私たちの魔力を……残された力のすべてを、(あなた)に渡します」

 

「――馬鹿な。そんなことをしたらお前たちは――」

 

 ディアーチェはそこで言葉を詰まらせる。そんな《王》に、《臣下》二人は笑みとうなずきを返した。

 

 ディアーチェにすべての力を渡す。

 それはつまり、シュテルとレヴィの体を維持する力をも渡すということでもあり――彼女たちが“ただの猫”に戻ることを意味していた。

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