健斗やなのはたち、守護騎士といった主力魔導師がいずこへ向かった後、《固有型イリス》たちはバインドで縛られた状態で放置されていた。無論、彼女らの周りには少なくない数の武装局員が配置されているが。
それに対して、ほとんどの《イリス》たちはもう抗う気も起こさず、『交信機能』で別の固有型と会話をしていた。
《……あいつら、血相変えながらどっか行っちゃったね》
《
《私たちは何ともないけどね。オリジナルにとってもそいつにとっても私たちは用済みってことか……》
ある《イリス》が諦観の吐息をつくと、他の《イリス》たちもそれきり口を閉ざす。
自分たちにできることはもう何もない。管理局の魔導師たちが勝つにせよ、オリジナルや黒幕が勝つにせよ、自分たちが始末される未来に変わりはないだろう。
だが――
《なに寝ぼけたこと言ってんだ!》
《……?》
ふいに響いた声に多くの《イリス》たちの頭上に疑問符が浮かぶ。そんな《イリス》たちの脳裏に再び声が響いた。
《黙って聞いてりゃ、『私たちは用済み』だの『できることは何もない』だの、辛気臭いことをべらべらと――《イリス》として最後まで足掻いてやろうって気はねえのかよ!》
諦めきった《イリス》たちの中でただ一人啖呵を切ったのは、御神健斗と戦った《ライフル使いのイリス》だった。
しかし、他の《イリス》たちは冷めた声色のままで……
《そうは言うけどさ。私たち固有型はみんな縛られちゃってるし、部下たちもほとんど破壊されちゃったし。足掻いてやろうったって、こんな状態じゃどうすることもできないでしょ》
その言葉に他の固有型も《うんうん》とうなずく。それに対してライフル使いは《はっ》と鼻を鳴らした。
《んなもん大した問題じゃねえだろう。別に手足をもがれたわけじゃねえし、こうして話せるだけの機能も残ってる。動こうと思えばいくらでもやりようはあるってえの。んなことより肝心なのは、アタシたちが
《……?》
《どいつにって……管理局の連中じゃないの?》
その問いに、ライフル使いは首を大きく横に振って答えた。
《そいつは流れ次第だな。確かにアタシもあのオッドアイにリベンジしたい気持ちはある。でもよ、その前にガツンとぶん殴ってやりたい奴がいるんだよなあ》
《ガツンとって、あんたまさか……》
「――おいお前。そこで何をしている?」
別の固有型が尋ねようとしたところで、ライフル使いの挙動に気付いた局員が彼女の方に寄って来る。
しかし、ライフル使いは臆した様子もなく。
「ちょっと凝ったから首回してただけだよ。これぐらいで外れるようなモンじゃないだろう」
自分の体とバインドを顎で指しながら、ライフル使いは言ってのける。それに対して局員は疑わしそうに目をすがめるが、ライフル使いは構わず切り出した。
「――そんなことより、ちょっとあんたらに相談があんだけど……」
◇
『“あの事件”の後、ユーリは姿を消し、イリスは長い眠りについて、時を経て
「全部さ……と言ったらどうする?」
モニター越しに説明するエレノアに、マクスウェルはフッと笑みを浮かべながらのたまう。しかしそこで「あははっ」という笑い声が被せられた。
エレノアとアミティエ、マクスウェルは笑い声をあげた人物を見る。
「全部って、それはちょっとカッコつけすぎでしょう。グランツ君とエレノアちゃんがエルトリアに残ってくれて、そのうえ二人の子供のうち、妹の方が利用しやすい性格に育ってくれるなんて、いくら所長でも予想出来っこありませんよ!」
「それに夜天の書の転生や『J・D事件』も、あなたが予測できない事象だったはずよね。もし夜天の書の転生先がエルトリアのように資源に乏しい世界だったり、アルカンシェルという兵器で魔導書ごとユーリが消滅しちゃったら、計画を大きく変更せざるを得なかったんじゃないかしら」
アンディとジェシカの苦言に、マクスウェルは気を悪くせず軽やかな笑みを返した。
「確かに。さすがの私もフローリアン家の家庭環境や夜天の書には手出しできなかったからね。そこは運に任せるしかなかった。だが、記憶データがひとかけらでもあれば、イリスは何度でも蘇る。あの子の中で眠っていた私たちもね。そしてキリエ君の協力のおかげでイリスと私たちの復活も早まり、一度手放した
「……」
マクスウェルの話にアミティエはただ唖然とする。
そんな不確定要素の多い中で自分たちの意識をデータ化し、復活を成し遂げようとしたのか。ただ兵器を売って金儲けがしたいだけの人間ができることじゃない。恐れや慎重さといった感情、そして倫理観までもが抜け落ちている。
「そして、夜天の書の転生先がこの世界だったのも幸運だ。《イリス》を造るための資源がいくらでもある。新たな拠点にちょうどいい。……さて、そろそろ話を戻そうか。私たちに協力すれば、肉体が死んでも《イリス》として永遠に生きることができる。無論アミティエ君とキリエ君もだ。君たちの子供にも手伝ってもらえれば大いに助かる……一緒にこの“新天地”で働かないか?」
マクスウェルは言葉を止めながら手を広げ、部下二人とともにアミティエたちの方を見る。
その返答は最初から――いや、話を持ちだされる前から決まっていた。
『お断りします! 私も娘たちも、そして夫も、故郷を捨てるつもりも、見知らぬ世界や人々を踏みにじって生き続けるつもりはありません!』
エレノアは毅然と彼らの提案を突っぱねる。それを合図としたように――
「アクセラレイター!!」
そう叫びながらアミティエが赤色の光を纏う。それに気付いた瞬間、量産型たちが彼女に向けて一斉に銃を撃つが、アミティエは即座にバイクから跳び上がり、煙を噴き上げて大破するバイクを背に、何体かの量産型を斬りつけながらマクスウェルたちのもとへ疾走する。
フォーミュラスーツを纏う彼女にとっては駅舎の高さなど何の問題ではなく、アミティエは一跳びでその上にたたずむ黒幕たちの眼前に迫る。
だが、マクスウェルはすでに銃型のヴァリアントウェポンを構えていて――
「遅い――!」
その言葉とともに紫色のエネルギー弾が撃ち出され、アミティエに命中する。無論硬いスーツに守られた彼女にとって大したダメージではないが、そこにアンディが現れ――
「はあっ!」
彼に蹴りつけられ、アミティエの体はコンクリートの床に叩き落とされる。そこへ銃を構えた量産型が近づいてきた。
『アミタ!!』
「慣れない次元移動に、こちらに来てからはずっと戦い続けて……」
思わず叫ぶエレノアに、マクスウェルの声が被せられる。アミティエは懸命に起き上がろうとするが――
「ぐっ――ああああっ!」
彼女に向けて量産型は容赦なく銃弾を撃ち込む。マクスウェルは勝ち誇ったように続けた。
「そんな体じゃ抵抗するだけ無駄だよ。イリスの言う通り、さっさと帰ればよかったのに……どうして関わろうとする?」
そんな問いを投げつける黒幕を睨み上げながら、アミティエは答える。
「……この星も、たくさんの人の故郷です。必死に生きてる人がいる。大切なものを守ろうとする人がいる。見知らぬどこかの誰かのために必死になってくれる人がいる……」
自身にとって安全かどうかもわからない
「同じだからです! この星も、私たちの故郷も!!」
マクスウェルは否定せず、うなずき。
「そうだね。同じだ……同じように私の“実験場”だ」
アミティエが吐き出した答えを歪な解釈で捻じ曲げながら、マクスウェルは銃口を向ける。それを見てエレノアが思わず叫んだ。
『待って! お願いだからやめて――フィルおじさん!!』
「……フッ」
思わず昔の呼び方で懇願してくるエレノアに対して、マクスウェルはもう遅いと言わんばかりの冷笑とともに引き金を引く。
その銃から紫色の球がアミティエに向かって放たれる。今の彼女があれを喰らえば致命傷は避けられない。
『アミターー!!』
モニターの向こうでエレノアは絶叫する。
――その直後、“桃色の光を纏った”何者かが飛び込んできて、マクスウェルが放った弾を真正面から受け止めた。
マクスウェルと手下たち、エレノアは驚愕に目を見張る。そんな中、アミティエは“彼女”の正体に気付き、その名を呼んだ。
「――なのはさん!」
爆風の中から現れたのは白い
彼女の姿を認めると、量産型は一斉に銃を構える。しかし、あらぬ方から“光の剣”が降り注ぎ、彼女らを破壊していく。
その剣はマクスウェルらの方にも降り、アンディは「うわ」と漏らしながら、マクスウェルもすぐに回避する。
そこでジェシカは魔導書を広げる白い帽子の少女に気付き、彼女に向けて銃型のヴァリアントウェポンを構えるが――
「――はあっ!」
「くっ……」
それより素早く金髪の少女は黄金色の刃で斬りつけてきて、ジェシカは剣型に変えたヴァリアントで斬撃を受け止める。
その間に奪われたのか、少女はもう片方の腕でユーリを抱えていた。
「ほう、もう陽動用の《イリス》をすべて倒してしまったか。では、私たちが相手をするしかないな」
感心の笑みを浮かべながらマクスウェルは紫色の光を帯びる。それを見てアミティエが立ち上がるが――。
「あああああっ!」
「――!」
あらぬ方から剣を振り下ろされ、マクスウェルは瞬時に剣型に変えたヴァリアントでそれを受け止める。
彼を斬りつけてきたのは、黒い髪に黒と緑眼のオッドアイの少年だった。
マクスウェルは笑みを浮かべたままつぶやく。
「君も来たのか……数時間ぶりだね、ケント・α・F・プリムス」
「その声――お前があのロボットだったんだな!」
確信する健斗にマクスウェルは笑みで応える。
彼こそキリエやイリスとは別に暴走車両を操り、美沙斗や早見を傷つけた“謎のロボット”の正体だった。
◇
「フィル・マクスウェル。管理外世界での破壊行為、および民間人への傷害の現行犯で逮捕する。武器を捨てて投降しろ!」
「この状況で恐ろしい事を言うね。武器を捨てた途端、バッサリ斬る気かい?」
互いに得物をぶつけたまま、マクスウェルは言葉を返してくる。そんな彼にわざとらしい笑みを作り……。
「どうかな。少なくとも抵抗するよりは安全だと思うぞ。それと俺は御神健斗だ。大昔に死んだ愚王なんかと間違えてんじゃねえ!」
凄むように言うものの、マクスウェルは臆した様子もなく……。
「間違えてないよ。君のことはユーリから聞いているし、夜天の書をこっそり覗き見た時に読ませてもらった。書の中に記録されていた、ケントの身体と記憶のデータをね。まさか大昔の異世界にも私と同じ事を考える者がいようとは」
「同じだと――!?」
驚きのあまりつい力が緩んだ瞬間、マクスウェルは剣を弾き上げながら
俺もなのはたちも防御陣や盾でそれを防ぐが、その間にマクスウェルは俺から大きく距離を取った。
「残念ながら、君たちに投降する気も斬られる気もない。君たちでは私に勝てないし、そもそも戦う必要すらないんだ」
そう告げるマクスウェルの背後に十体もの飛行型機動外殻が現れ、地上にもこれまで戦った奴より大型の機動外殻が現れた。
「武器も機動兵器もいくらでも
そう言いながらマクスウェルが“赤くなった眼”を眼下に向けると、ユーリの体が《結晶樹》に包まれ、空高く伸びる。フェイトは自身に伸びかけた樹を斬り払いつつ、真上に跳んで逃れる。彼女と対峙していたジェシカも同様だった。
その横で結晶樹は破裂し、その中から、機動外殻に近い形となった《鎧装》に乗ったユーリが現れた。その瞳は赤く染まっており、再びウイルスコードの支配下にあることを表している。
「さあ……君たちも私の手駒にできるかな!」
最後にそう言って、ユーリと機動外殻の指揮を手下二人に任せ、マクスウェル自身は姿を搔き消す。
――ここで奴を逃がすわけにはいかない。
「俺は奴を追いかける。お前たちはユーリと機動外殻を頼む!」
「その方がええな。じゃあ私は地上を制圧するから、フェイトちゃんはユーリを、なのはちゃんは機動外殻を何とかしつつ、手下二人を捕まえといて!」
「うん!」
「任せて!」
俺とはやての指示になのはとフェイトは威勢よく応える。それにうなずいてから俺はマクスウェルを追いかける。
姿は見えなくとも、ここから遠ざかろうとするマクスウェルの気配は十分感じ取れた。
その一方で……。
「逃がさない……エルトリアの人間の過ちは、エルトリアの人間である私が止めないと……」
健斗たちが行動を起こす中、アミティエも腰を上げ、元通りに再生したバイクを呼び寄せる。
エルトリアが生み出した“真の悪魔”を止めるために。