魔法少女リリカルなのは 愚王の魂を持つ者   作:ヒアデス

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第12話 主

 ポニーテールに束ねた桃色髪の女騎士シグナムを筆頭に、夜天の魔導書から現れた《ヴォルケンリッター》は武器を構えながらリニスを見据える。彼女たちが着ている服は最初会った頃に着ていた黒い服だ。

 彼らを前にしながらリニスは慄きを隠せずにいた。

 

(《守護騎士ヴォルケンリッター》……闇の書から現れる、人の姿をした魔妖ですか。闇の書の伝説や愚王伝などにも守護騎士のことは書かれていましたが、まさか実在していたなんて……まずいですね。彼らが本当に守護騎士なのかどうかはともかく、私だけではあの四人を相手になんてとても)

 

 魔導書の主であるはやて本人も――

 

「な、何やあんたら? あんたたちもこの本と石を狙っとるんか? せやったら――」

 

 はやてがそこまで言った途端、シグナムは彼女の方を向いてはやてはびくりとする。そんな主にシグナムは首を横に振って言った。

 

「いいえ。先ほど皆が申した通り、我々の役目は主たるあなたを守り闇の書の頁を蒐集することです。奴を退けるまで主はここに留まっていてください」

 

「主? 何をいうてるの? 私は――」

 

「ザフィーラは主の護衛を、シャマルはその少年を治療してやれ。主のご友人に当たる方だろうから丁重にな」

 

「うむ!」

 

「ええっ!」

 

 はやての問いに答えずシグナムはザフィーラとシャマルに指示を下す。二人は意気揚々とそれに応じてはやてと俺のそばに付いた。

 ただ一人指示を与えられなかったヴィータとシグナムが前に出て、リニスに一歩詰め寄る。シグナムとヴィータからあふれ出る気迫にリニスは無意識に後ずさりかけるも、懸命に自らを奮い立たせその場に踏みとどまった。

 

 

 

 

 

 その一方、火花を散らしている彼女たちの後ろでは……

 

「大丈夫? じっとしていてね、すぐに治してあげるから……クラールヴィント」

『Ja』

 

 シャマルは俺のそばで屈み、両手をかざしながら指輪状の魔具に語り掛けると、魔具クラールヴィントから返事とともに緑色の魔力光があふれる。すると俺の体からみるみる痛みがなくなっていった。相変わらず見事なお手並みだな。

 はやてはもう驚くこともせず、ぽかんとその光景を眺めていた。

 

「どう、体の具合は? 外傷はないみたいだし、治療魔法をかけたからもう痛みはないと思うけど」

 

 俺を見下ろしながら尋ねてくるシャマルに、

 

「ああ。もう何ともないよ。ありがとうシャ――」

 

 彼女の名前を言おうとしたところで剣戟の音が届いてきて、俺たちはそちらの方を見る。

 見ればシグナムたちとリニスが互いの得物をぶつけ合っている所だった。

 

 

 

 

「せやああっ!」

 

 シグナムが勢いよく振り下ろした剣をリニスはステッキで受け止める。

 

「だあああっ!」

 

 だがその横からヴィータの槌が迫り、それを見たリニスは左手を上げる。もちろん素手で掴み取ろうとしているわけではなく、

 

Defensor(ディフェンサー)

 

 ステッキの詠唱とともに、リニスの左手の前に黄色い盾が現れ、槌は盾によって阻まれる。しかし衝撃までは防げていないようで、攻撃を受け止めているリニスの顔は辛そうだ。

 

(強い。闇の書から出てきただけあって並みの魔導師とは一味も二味も違う。こんな相手が二人もいたのでは勝ち目がありませんね。後ろにいる大男と御神健斗の治療をしている女性もただの治療要因とは思えませんし。ここを凌ぐにはあの大魔法を放つしか――でも)

 

「紫電一閃!」

 

 その一言とともにシグナムの剣は薬莢を排出し炎をまとってリニスに迫る。リニスはとっさにステッキを掲げることでそれを防ごうとするが、シグナムが渾身を込めて放った必殺の一撃がそれだけで防ぐことができるはずもなく、ステッキは高い音を立てながら砕け落ちる。リニスは慌ててステッキの先端についていた金色の球を掴み取った。

 そこへ更なる一撃が襲い掛かってくる。

 

「テートリヒ・シュラーク!」

 

 ヴィータの槌もまた薬莢を排出し風を切り裂きながらリニスに迫る。ステッキを失ったことと魔具の本体を回収することに気を取られたリニスにそれを防ぐ術はなく、ヴィータの槌がそのままリニスの頭に振り下ろされ辺りに鈍い音が響き、さすがの彼女たちもそこで攻撃の手を緩めた。

 ここでリニスに死んでもらっては困る。彼女はここで生け捕りにして主や仲間のことを喋らせねばならないし、闇の書の頁を増やすためにはここで彼女の魔力を回収しなくてはならない。

 シグナムは後ろを振り返りながら叫んだ。

 

「シャマル!」

 

「ええっ!」

 

 シャマルがそれに応えると、彼女の指にはまっていた四つの指輪は長い紐に変化して大きな輪を作る。それを見て思わず――

 

やめろシャマル! 今は無闇に頁を集めるな!」

 

「えっ――!?」

 

 俺が叫ぶとシャマルは驚いた顔をしてこちらを見、輪の中に入れようとした手を止める。

 

(この子、なんで私の名前と頁の事を? それに……)

 

(左右異なる瞳にあの口調……まさか)

 

(似ている……年も髪も左眼の色も違うけど、顔つきとかはかなり。でもあいつは……)

 

(この少年は一体……)

 

 言葉をかけられたシャマルを始め、シグナムとヴィータも唖然としながら俺の方を見、ザフィーラも大きく張った目で俺を見つめていた。

 しかし、ヴィータはすぐに気を取り直し、顔を振りながら怒鳴ってきた。

 

「うっせえ! お前に指図されるいわれはねえ! あたしらに命令できるのは《闇の書の主》――そこの女だけなんだからな!」

 

 ヴィータに指さされ、はやては「えっ、私?」と自分を指さしながら声を上げる。相変わらず、主に対してもぞんざいな口の利き方と振る舞いをする奴だ。

 案の定シグナムから「無礼が過ぎるぞ」と注意が飛んでくる。

 しかし、そこでザフィーラがふと上を見上げて、

 

「――上だ! お前たち、上を見ろ!」

 

 ザフィーラの鋭い声に俺たちは上空を見る。そこには頭から血を流しているリニスが浮いていた。

 

(やはりまともにやり合っては勝ち目がない。ここはもうあの大魔法であの魔導師たちを一掃するしか……しかし、ここからだと子供たちまで巻き込んでしまう。それにあのお方のお体にまで負担が……でも、ここを切り抜けるにはもうこれしか……)

 

 リニスは厳しい表情で俺たちをしばらく見下してから口を開き始める。その声は小さく、聞き取ることができない。俺たちに向けて言ったものではないようだ。

 

 

 

 

 

 

「我が主、あなたから授かった使命を果たすため、今一度(ひとたび)だけあなたから力をお借りすることをお許しください」

 

 眼下にいる健斗たちに聞こえない声でリニスが唱えるように言うと、彼女の体に大きな魔力が宿ってくる。大魔法を放つのに必要な魔力が主から送られているのだ。

 

 

 

 

 

 

 上空にいるリニスが何事かつぶやくと、魔力反応が彼女から漏れてくるのを感じる。明らかにさっきまでとは違う。

 シグナムもそれを感じ取ったのか、他の騎士に向けて叫んだ。

 

「皆、構えろ! あそこから攻撃してくるつもりだぞ! シャマルとザフィーラは急いで結界を張って主たちをお守りしろ!」

 

「ああっ!」

「ええっ!」

 

 シャマルとザフィーラはそう応えながら手をかざし、それぞれ緑色の障壁と白い障壁を張る。しかし、それを見てもリニスは攻撃を止めようとしない。リニスが仕掛けてくる攻撃は彼らの結界を破るほどのものだというのか?

 一方、シグナムとヴィータは身を守ろうとするそぶりを見せず、ただ空中にいるリニスを見据える。

 

「……ヴィータ、いいな」

 

「ああ。いざとなったらどちらかの身と引き換えにあの女を仕留めんぞ」

 

 その言葉を聞いてはやては思わず目を見開いた。

 

「どちらかと引き換えってまさか……冗談やろ?」

 

 その問いに二人は答えずリニスを睨み続ける。

 リニスの足元に円状の魔法陣が浮かび、彼女はバルバロッサの本体である黄色い球を持って俺たちに向けて告げる。

 

「もう一度だけ言います。ジュエルシードと闇の書を渡してください! そうすればあなた方にこれ以上の危害は加えません。ですが、これだけ言ってもシードと書を渡さないというなら……」

 

 そこで彼女が持つ黄色い球が淡く輝くが俺たちは応えずにリニスを睨む。その中でただ一人はやてが何か言おうとするものの、俺が手で制すると言葉を引っ込めた。

 リニスは厳しい目で俺たちを見下ろし、「そうですか」と言った。

 そして彼女は詠唱を唱え始める。

 

「煌めきたる天神、いま導きのもと降りきたれ。撃つは雷、響くは轟雷……」

 

 リニスが詠唱を唱えて行くごとに魔法陣とバルバロッサの本体の輝きが増す。そしてリニスは片手を上に掲げ――

 

「サンダー――」

 

《ゴホッ! ゴホ、ゴホッ!》

「――!」

 

 だがそこで急にリニスは手を引っ込めた。途端に魔法陣は消えバルバロッサも輝きを失う。

 俺たちは怪訝な顔でリニスを見上げる。しかしリニスは苦い表情を作るだけだった。

 

(やはり、今のあのお方ではこれほどの魔法に耐えることが――仕方ありません!)

 

 そこでリニスはバルバロッサの本体を前に突き出して俺たちに向ける。

 バルバロッサは激しく光り輝いて辺りを照らし、俺たちの視界は真っ白に塗りつぶされる。

 俺は目を閉じて光を防ぐとともに聴覚を研ぎ澄ませリニスの気配を探った。

 

 しかしいつまで経ってもリニスが迫ってくることはなく、やがて光が収まって俺たちが目を開くと空中からリニスの姿は消えていた。辺りの風景も結界が張られる前に戻り人々の賑わいや物音が聞こえてくる。

 そこで俺たちはようやくリニスが逃げた事に気付いた。

 

「ちっ、あの野郎、怖気づいて逃げやがったか。もう少しでとっ捕まえてやるとこだったのに!」

 

 ヴィータはそう毒づいて拳をもう片手の平にぶつけ、パンという軽快な音を出す。しかしそれは、絶体絶命の危機を生き延びることができたことからの安堵を誤魔化すための強がりでもあるのだろう。長い間彼女と戦ってきた他の騎士やかつて主だった男の生まれ変わりでもある俺にはそれがわかった。

 シグナムはヴィータを見てふっと笑みを浮かべてから、表情を戻しはやての方に歩み寄る。

 

「主、お怪我はありませんか? 我々がついていながらこのような目に合わせてしまい、誠に申し訳ありません!」

 

 そう言ってひざまずき頭を下げるシグナムにはやては両手をぱたぱたと振りながら、

 

「え、ええですよ別に! こうして無事でいられたし。むしろあなたたちのおかげで助かりました。ほんまにありがとう!」

 

「い、いえ! 主を守る騎士として当然のことです!」

 

 責めるどころか礼を言いながら微笑むはやてに、シグナムは目をぱちくりさせながらそう返す。そんな彼女にはやては、

 

「せやから頭を上げて、膝をつくのもやめてくれませんか。こんなとこ人に見られたら恥ずかしいし」

 

 そう言ってはやてはきょろきょろと辺りを見回し、シグナムは彼女に言われた通り腰を上げて立ち上がる。

 リニスが張った結界は当人が逃げたことにより解除されており、いつここに人が現れるかわかったものではない。ただでさえ守護騎士たちは変わった服を着ており目立ってしまう。それに加えてザフィーラは狼の耳と尻尾を出している状態だ。

 ようするに俺もはやても誰かに見つかる前に一刻も早くこの場を去りたかった。俺は一度咳払いをして皆の視線を集めてから、

 

「とりあえずここは一度家に戻らないか? いつまでもこんな所にいるわけにもいかないし、お互い色々話さなければならないこともあるだろう」

 

「そ、そうやな! リニスって人もいなくなったし、そろそろうちで落ち着きたいわ。皆さんも一休みしたいでしょ?」

 

 はやての問いに騎士たちはきょとんとするも、戸惑う彼らの中からシグナムが進み出てきて口を開いた。

 

「主がそうおっしゃられるのなら我々はそれについて行くだけです。どこへなりとお供いたします。我が主」

 

「主ってそんな……私はそこらにいるただの女の子ですよ」

 

 シグナムの物言いに今度ははやてが戸惑って片手を振りながらそれを否定する。しかしシグナムが彼女への態度を曲げることはないだろう。そのことは俺がよくわかっている。

 一方、シグナムやザフィーラとは正反対に、主に対してもとげとげしい態度を隠さないヴィータはじっとはやてや俺の方を見ていた。

 

(今度の主は変わった奴だな。あたしらに礼を言ったり休まないか尋ねてくるなんて……こんな主あいつ以来だ。それに主のそばにいるガキは何だ? オッドアイといい振る舞いといい、色々なとこがあいつにそっくりだ。でもあいつはあの時ゆりかごの攻撃で死んじまったはずだし、あんなガキでもなかったはず……それに何でだ、主ほどじゃねえけどあいつの言うことは聞かなきゃいけないような気がする。この感覚は一体?)

 

「ほんならそろそろおうちへ帰るか。皆さんも遠慮なくついてきて――」

 

 そう言って歩き出そうとしたところではやては足をつまずかせる。俺は慌てて彼女を受け止めた。

 

「大丈夫か?」

 

「あっ、ごめん。安心したせいかな。ちょっと足がすくみかけたわ」

 

 はやてが歩けそうなのを確認して、俺は彼女から手を離す。

 はやては俺と肩を並べて歩きだし、騎士たちもそれに続いてくる。そうして俺たちは守護騎士を連れてはやての家に戻ることになった。

 しかし足か、まさか……

 

(なんでやろう? 一瞬足に力が入らんようになって……もしかして)

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、健斗たちがいた所のそばから仮面をかぶった男が現れた。一週間前も遠くから健斗を観察していた男だ。

 彼は健斗とはやて、そして守護騎士たちの背中を見送りながら、あごに手をやり思案を巡らせる。

 

(守護騎士が現れたか。予定とはかなり違う形だがこれで次の段階に進めるな。しかし八神はやても不憫だな。それが結果的に自らの寿命を縮める羽目になるのだから。

 ……だが、ここにきて闇の書を狙う者が現れるというのは想定外の出来事だ。主とやらや仲間もろとも消すか? ……いや、闇の書を奪おうと、あれは主でも使うことができない代物だ。むしろああいう輩は何か使い道があるかもしれん……ここは一度あのお方に指示を仰いでみるか)

 

 そこまで考えてから男は一瞬にしてその場からかき消えた。まるで最初から誰もいなかったかのように。

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