はやてが各地に撃ち放った《ウロボロス》が機動外殻や量産型イリスを一掃したことが伝わって、本局の対策本部や現場の局員たちに弛緩した空気が流れ始める。
俺はリインと融合した状態のままアミタさんに肩を借りながら地面に下り、そこへちょうどフェイトとなのはがやってきて、周囲の状況と首謀者の状態を確認する。
彼女らの視線の先で、マクスウェルは上半身のみの状態で地面に倒れていた。
四肢と下半身が千切れ飛び、目元の皮もはがれて機械部分が露出し、断面からは人体を正確に模したグロテスクな中身が飛び出ている。
大人でも顔をしかめる凄惨な姿にフェイトも目をそむけたくなるが、ぐっとそれを飲み込み、彼の元へ足を進める。
なりたてとはいえ、自分はもうれっきとした執務官だ。これしきのことで腰が引けるようでは執務官など務まらない。
「……フィル・マクスウェル所長。あなたを逮捕します」
自身を見下ろしながら告げる少女にマクスウェルは笑みを浮かべた。
「逮捕、ねぇ……」
そうつぶやく彼の声には悔いも憎悪もない。むしろ何も知らない彼女を憐れむような響きさえ感じられた。フェイトがそれに疑問を覚えたところで――
「“バックアップ”はどこだ?」
「……?」
突然口を挟んできた俺にフェイトは怪訝な顔をしながら振り向く。その一方で……。
「ほう、気付いたか」
マクスウェルは剝き出しのカメラアイを俺の方に向けながら言った。気味が悪いと思いながらも俺は話を続ける。
「一応プログラム作業の経験があるんでな。プログラム設計やデータ編集に携わる者なら、ある程度仕上がった作品や出来上がった作品は必ず
それを聞いて、一同はハッとしながらマクスウェルに視線を浴びせる。
マクスウェルはクククと笑い……。
「ご名答。私たちの記憶データや《イリス》の根幹システムを記録したバックアップはある場所に保管している――君たちが昼間遊んでいた遊園地の中にね」
――オールストン・シーだと!? まさか、機動外殻や《イリス》たちが度々あそこを襲っていた本当の目的は――。
ある考えに至ったところで、脳裏に局員の声が届いた。
『こちら、オールストン・シーの捜索班。施設内に手が加えられた形跡のあるレールを発見しました。奥にバリケードが張られた箇所があって、今処理班が調べている最中ですが――えっ?』
局員が間の抜けた声を漏らした直後、滑車音とつんざくような破砕音が聞こえてきた。
「マクスウェル――お前まさか!」
声を荒げる俺に、マクスウェルは不敵な笑みを浮かべた。
「一歩遅かったようだね――それと、君たちが見落としているものがもう一つある。空をごらん」
その言葉に俺たちは空を見上げる。そこには夜明け前にもかかわらず、燦然と輝く大きな星が浮かんでいる。
それを見て、ホテルで見たニュースが頭の中に浮かびあがった。
『昨夜から気象衛星『久遠』と通信が繋がらなくなっており、同衛星との通信を復旧させるべく、気象庁の職員は現在も作業を――』
「まさか――」
俺ははっとしながらつぶやく。そこでまたマクスウェルの声が届いた。
「この星にも衛星技術があってよかった。イリスとキリエ君が
切り札……しかも衛星を利用したってことは――。
「“衛星砲”だよ。あの通り、今はちょうどここを狙える位置に来ている。小型だが関東という地区を吹き飛ばすくらいは容易い」
マクスウェルがそこまで言ったところで、オールストン・シーからロケットのようなものが飛ぶのが見えた。コースターとレールを改造してあんなものを。
……いや、もしかしたら他にも――。
「あれは気にしないでくれ。空で待っている娘へのちょっとした差し入れだよ」
「あなたは――」
まさかの隠し玉にフェイトは思わず彼に詰め寄る。それに臆することなくマクスウェルは言った。
「取引といこう。私とジェシカとアンディ、そしてイリスとユーリをここから離脱させてもらいたい。そうすれば君たちとこの街のことは見逃そう――それを許さないのなら、この一帯に向けて衛星砲を撃つ! 君自身の命が失われるのはもちろん、友達や家族もいるんだろう」
それを聞いてフェイトの脳裏にプレシアとアリシア、友達やその家族たちの顔が浮かぶ。
やめてと言いそうになるのをこらえ、代わりに――
「――あなたも死にますよ!」
フェイトはそう言って翻意を促すものの、マクスウェルは動じず嘲るような笑みを浮かべた。
「死なないのさ、少なくとも私の記憶と意思はね。……五分あげよう。選択の余地はないはずだよ」
「――くっ!」
すでに勝利を確信している口調にフェイトは歯噛みする。だがそこで彼女は、隣にいたはずの健斗
◇
「――健斗君!? リイン!」
《二人とも何をやっているんだ!? 今すぐ降りてこい!!》
上空を飛ぶ俺たちに気付いてはやてが叫び、クロノが念話で命令してくる。だが――。
《悪いがそれは聞けない。その五分はあの男にとってただの時間稼ぎだ。そこで待ってたりしたら、本当に選択の余地がなくなっちまう!》
《なに? どういうことだ?》
上空を飛ぶロケットを追いながら俺は問いに答える。
《クロノ、よく思い出せ。この街はまだ捕縛結界に包まれている状態だ。そこから
《――!》
そこまで言ってクロノも気付いた。マクスウェルがまだ取引を持ち掛けられる状態ではないことを。
《俺の予想が正しければ、あの小型ロケットにはマクスウェルの記憶のバックアップと一緒に、通信を中継する装置が積まれているはずだ。あれが衛星に着いたが最後――イリスとユーリともども奴らを見逃すか、この街を見捨てるかのどちらかを迫られることになる!》
《それは――》
その二択を迫られた先を想像して、クロノはぎゅっと唇を噛む。
マクスウェルは様々な次元世界に《イリス》という兵器を売り捌こうとしている“死の商人”だ。彼やイリス、そして夜天の書の管理ユニットであるユーリの逃亡など、管理局が認めるわけがない。
管理外世界の一地区を見捨ててでも、管理局は彼らの始末を優先する可能性が高い。それを読んだからこそ、健斗
《いいかフェイト、何も気付いてないふりをしてマクスウェルと会話を続けてくれ。万が一俺の推測が外れてて奴がいつでも衛星砲を撃てるとしたら、最後まで気付かれるわけにはいかない》
《う――うん!》
そう言い残してフェイトは会話から外れる。入れ替わるようにクロノの声が響いた。
《僕が代わる! デュランダルなら高高度戦闘も――》
《いや、クロノは地上を見張っててくれ。多分他にも――》
《――健斗、ロケットが見えてきた!》
リインの声につられ、俺は眼前に意識を向ける。
「……」
あのロケットの中にはマクスウェルと手下二人だけじゃなく、他の研究員たちの記憶も入っている。それを破壊するということは、不慮の死を遂げた彼らを蘇らせる機会を永遠に奪うということだ。
二年前、俺は夜天の書を使って、本来死んだままのはずだったアリシアを蘇らせた。それに対して、今回俺は研究員たちを死なせたままにしようとしている……そんな命の選択をする権利が俺にあるのか?
そう思うと迷う気持ちが生まれてくる。だが――
《健斗! そろそろ撃たないと! もしあれが衛星に届いてしまったら――》
迷いが生じ始めたところで、リインの声が響き俺は我に返る。
迷うな。あれが衛星に到達したら、マクスウェルに逃げられ、東京も海鳴も消滅することになるかもしれないんだぞ。
俺は自分に言い聞かせながら、
そして――
「――はあっ!」
引き金を引いた瞬間、魔力砲が打ち出され、それとともにずしりとした反動が体にのしかかる。その反対に砲弾はまっすぐ飛び、切り札入りのロケットを貫き爆散させた。
◇
「やった!」
上空でロケットが霧散するのを見て、フェイトは思わず声を上げる。そこでマクスウェルが「ククク」と笑い声を漏らした。フェイトはしまったと思いながら彼の方を振り向くが……
「やはり気付かれていたか。確かに今の私には衛星砲の発射を命じる術はない。さっき言った“五分”は記憶データと通信機が届くまでの時間にすぎない……一番早くてだがね」
「一番早く……?」
フェイトは復唱しながらまさかと思う。その瞬間、彼女や他の局員たちの脳裏にさらなる報告が届いた。
《支局長。街の各所から新たにロケットが何本も打ち上げられています。いずれも衛星に向かって飛んでいる模様です!》
《なに――!?》
驚くクロノに、フェイトも内心でまったく同じ反応を返しながらマクスウェルを見る。そんな彼女にマクスウェルは口を開いた。
「何を驚いている。バックアップが一つだけなんて言ってないだろう。せっかく蘇らせたからね、ジェシカとアンディに予備を用意してもらっていたんだ。あのロケットが一つでも軌道上に到達した時点で、私は空にいる娘と連絡が取れるようになる。君たちに交渉の意思はないみたいだし、到達次第すぐに衛星砲を撃たせてもらおうかな」
「くっ……」
フェイトは唇を噛む。どおりでバックアップの存在と在り処をあっさり明かすわけだ。もしかしたら、健斗が我先に飛び出す事すら計算のうちだったのかもしれない。
「さあ、どうするね? 今すぐ諦めて私たちを逃がしてくれるなら、助けてあげてもいいが……」
マクスウェルは最後の一押しをしてくる。フェイトはすがりたくなる衝動にかられながらも――
「あなたたちが逃げた後、衛星砲が発射されない保証はありますか?」
そう問われて、マクスウェルは苦笑を返しながら答えた。
「ないね。ユーリとイリスを退け、私たちを倒した君たちの力は脅威でしかない。正直、今のうちに片づけておきたいのが本音さ……“この体”とユーリを犠牲にしてでもね」
「そうですか……なら、あなたの要求に応じることはできません。事が片付くまで少しだけ待っていてください」
その返事に、マクスウェルはアイカメラをフェイトに向けながら尋ねてくる。
「片付くと思っているのかい。いくら彼でも、消耗しきった今の状態でロケットをすべて破壊するなんて難しいと思うが」
それに対し、フェイトは硬い表情で空中を見ながら言った。
「大丈夫です。健斗にはリインフォースがついているし――なのはたちもいるから!」
◇
「リイン、ロケットを破壊するぞ」
《ああ。――いや待て! 上からエネルギー反応が――》
眼下のロケットに標準を合わせたところで、空中から碧色の光弾が降ってくる。俺は慌てて盾を展開して身を守るが、上からの攻撃は止むことなく俺たちを襲う。ロケットを破壊したら、あるいはある程度近づいたら攻撃してくるように
そんなことを考えている間に二発目のロケットは距離を縮めてくる。
「俺はロケットを破壊する。リインは盾の制御をしててくれ!」
《わかった!》
リインに盾に制御を任せながら、俺は二発目のロケットに狙いを定め撃ち落とす。その間にも三発目と四発目のロケットが見えてきた。
リインに盾を張らせたまま三発目も破壊する。だが――
「――ぐっ!」
《うっ……》
さっきより強い攻撃を受け、俺とリインはひるんでしまう。その間を突いて、四発目のロケットが俺たちの横をすり抜けた。
――あれを通すわけには。こうなったらダメージ覚悟で追うしか――。
「――バスター!!」
そこへ桃色の光線が奔ってロケットを撃墜する。この魔力光は――。
「大丈夫健斗君?」
「私たちも対処します――はあっ!」
なのはに続いて、アミタさんもライフル型のヴァリアントでロケットを打ち落とす。それを狙ったように彼女の真上から攻撃が降ってきた。それを見て――
「アミタさん、上!!」
なのはの声にアミタさんは上を見上げながら回避しようとする。しかし、そこで青色のエネルギー弾が飛んできて、上からの光線とぶつかり爆発した。
さらに続けて放たれた赤い光弾が、ロケットを撃ち壊した。
この攻撃は……
「お姉ちゃん油断しすぎよ! 前ばかりじゃなく上にも気を付けて!」
「キリエもよ! 空に注意するのはいいけど、ロケットの破壊も忘れないで」
「キリエさん、イリスまで――」
まさかの援軍に俺は思わず彼女たちの名を呼ぶ。イリスは顔を赤くしながら俺に目を向けた。
「あんたたちと
そう言って、イリスは手に持っていた夜天の書を差し出してくる。あれからずっとイリスが持っていたのか。暴走のことを知っていたからか、マクスウェルは魔導書本体には興味がなかったようだな。
そんなことを思いながら魔導書を受け取り、俺の中である考えが芽生える。
そこで再び地上からロケットが上がってくるのが見えた。クロノたちやアレル、固有型たちも迎撃にあたってくれているようだが、やはり手が足りない。
「群体たちを暴れさせてる間に、ジェシカとアンディがあちこちに仕掛け回っていたみたいね。あれを一つでも撃ち漏らせばすべてが台無しよ。ロケットを全部破壊するより、向こうにある衛星を破壊した方がいいかもしれないわ」
空を見上げながら告げるイリスにつられて、何人かが顔を上にあげる。その中には意を決したように顔を引き締めるなのはもいた。……その顔を見て嫌な予感とともに、俺の中である決意が固まるのを感じた。
……“あの時”はできなかった――一時的にでもリインを手元から離すということを。
「
そう言った瞬間俺の体から黒い光があふれ出し、夜天の書に吸収される。それとともに融合が解除され、視線がわずかに下がった。
《健斗? いったい何を――》
魔導書の中からリインが声を上げ、みんなも目を見張る中、俺は彼女に言う。
「なのは、頼みがある」
「えっ――私?」
突然名前を呼ばれ、なのはは思わず視線を下げて俺を見る。そんな彼女に俺は夜天の書を差し出した。
「ロケットをすべて破壊したら、これをはやてのもとに届けてくれ。リインも今はこの中にいる」
「で、でも私は衛星の方を――きゃっ!」
視線を彷徨わせながらなのはは言葉を探す。そこでまた空から攻撃が届き、会話を打ち切らざるをえなくなる。しかも街からは五本ものロケットが飛んできていた。ここで言い争ってる間に撃ち漏らすなんてことになったら後悔してもしきれないだろう。
内心都合がいいとも思いながら、俺は皆に向かって――
「衛星は俺が落としてくる。お前たちはここでロケットを破壊しててくれ。一本も見逃さないでくれよ!」
そう言って飛ぼうとする俺に――
「待ちなさい!」
キリエさんは俺のもとまで寄ってきて、赤い銃型のヴァリアントザッパーを押し付けてきた。
「せめてこれを持っていきなさい。パパが丹精込めて造った武器だから、役に立たないなんてことはないはずよ」
その言葉に俺はヴァリアントを握りながら。
「ありがとう。少しだけ借りていきます」
そう返事を返してから俺は上を見上げる。その瞬間――。
《待て……せめて私も一緒に……》
夜天の魔導書から“彼女”の声が響く。それを無視して――。
「じゃあ――行ってくる!」
《けんとーーーー!!!》
リインの絶叫を聞きながら、俺はアクセラレイターを起動させて