かくして7月22日夜の初め頃から23日夜明けまで及んだ、『エグザミア事件』は幕を閉じた。
首謀者フィル・マクスウェルと彼の手下二人組は逮捕され、アミタさんとキリエさん、そしてイリスは今もなお本局で事情聴取を受けている。
そして事件からおよそ一週間後、時空管理局とエルトリア政府の間で交渉の場が設けられ、マクスウェルらとイリスの処遇を管理局に一任することと、今回のような事件を防ぐためエルトリア政府内に異世界渡航を監督する部署が設置されることが決まった。
ウイルスコードによってマクスウェルに洗脳されていたとはいえ、直接事件を引き起こしたイリスの行いを不問にするわけにはいかず、彼女にも何らかの処分が下る可能性があるらしい。もちろんイリスが管理外世界出身であることと黒幕に操られていた事情を考慮して、通常より軽い刑になるだろうとのことだが。
一方、そのイリスに騙されていたキリエさんと、彼女たちを連れ戻すためとはいえ無断で地球にやってきたアミタさんも本局に送られそこで厳重注意を受けているものの、すぐに解放される段取りになっているらしい。
元々彼女らは管理外世界の人間で、地球や他の次元世界に害を及ぼす気も力もないので当然ではあるのだが。
同じくイリスに騙されていたディアーチェたちや、ウイルスコードで操られていたユーリも、罪に問われるようなことはないそうだ。
闇の書の管理プログラムであるユーリに関しては、本当に操られていたか疑わしいと難癖をつけて強引に拘束しようとしていた一派もいたみたいだが、リンディさんから“法の守護者”たる管理局員が冤罪を生み出そうとする事の愚を諭され、渋々だが意見を取り下げたらしい。
ユーリ、ディアーチェ、アレルも今は本局にいるものの、魔力を失い猫の姿になったシュテルとレヴィだけはちゃっかり月村邸で飼い猫たちに紛れて匿われているとのことだ。
事件によって発生した被害は、姉妹とイリスたちが総出で修復に当たり、東京支局の働きとバニングス・月村家の協力もあってほとんど表沙汰になることはなかった。
ただ、人工衛星だけは修復できず、デブリと衝突して軌道を外れそのまま消失したという形になった。それについて気象庁まわりで大騒ぎになりはしたものの、開発元であるクオン・テクニクス社がすぐさま新しい衛星の建造に着手した事で沈静化した。来年には打ち上げる予定らしい。
なお、今回の事件や俺となのはの武装強化の件で、『フォーミュラ』という技術やその有用性も管理局の知るところとなり、局でも採用してみるべきではという声も上がったが、フォーミュラシステムを組み込んだデバイスや俺たちの診察結果を分析した結果取りやめになった。
あれは常人よりはるかに強い肉体を持つフローリアン姉妹や、人工生命であるイリスだから使える力であり、常人には身体の負担が著しく、現在ではまだ運用面に難があると判断されたらしい。
俺たちのデバイスからもフォーミュラシステムは一旦取り外されるそうだ。
そして、事件の黒幕であるマクスウェルと手下二人は逮捕後、聴取に必要な程度まで修復されてから、彼らを抱え込もうとした軍事団体や《イリス》の売却先などの裏を取るため、連日厳しい取り調べを受けている。
その取り調ベの中で、マクスウェルの口から“ある次元犯罪者”との繋がりと、彼らの拠点の一つが判明するのだが……それが後々俺たちの未来を大きく変えるなどとは、この時はまだ夢にも思っていなかった。
そういった流れで事件の事後処理に各所が奔走している一方で、なのはやはやてたちは事件解決の慰労として特別休暇を与えられ、任務が一切ない正真正銘の夏休みを満喫できることになった。
そんな中、俺は本局の病室で……。
「……なあリイン、もう読み終わったから次のページをめくっていいよな?」
「駄目です! しっかり最後まで読んでください。それと、治ってきているからって勝手に右腕を使おうとしないように! 読み終わったら私がページをめくりますから、健斗は目だけ動かして!」
つい右手で次のページをめくろうとして、リインに叱られる。プライベートにもかかわらず敬語で叱咤する彼女の姿はだらしない上司を叱りつける敏腕秘書みたいで、恋人らしい雰囲気など微塵もない。
……あの事件の後からずっとこんな調子だ。明らかに溝ができている。
二年前の約束を破って、再び我が身を危険に晒した事で相当怒りを買ってしまったらしい。まさかあの一件で、恋人からただの上司と部下にランクダウンなんてことになってないよな……。
そんなことを考えながらページを流し見していると――。
「失礼します」
「やっほー、お見舞い来てあげたわよー! ――ってうわっ、ほんとに生えてる!!」
真横に開いたドアからアミタさんとキリエさんが入ってきて、キリエさんは包帯が巻かれた俺の右腕を見るなり、顔を引きつらせながら後ずさる。
そんな彼女にあえて見せつけるように右手を上げ――
「そんなホラーシーンを見たようなリアクションしないでくださいよ。キリエさんたちのお母さんからもらったナノマシンで治療したんですから。今からでもあの人に言いつけてやりましょうか? モニターですぐにでも話せますから」
「わー、ごめんごめん。この間までなくなってた腕が元通りになってるもんだからつい――」
「ここに来る前にエイミィさんからいただいてきたものです。お二人で召し上がってください」
「ああ、ありがとう。ちょうど休憩にしようとしていたところだったんだ。大したもてなしもできないがゆっくりしていってくれ」
アミタさんからリンゴを受け取りながら、リインは視線でパイプ椅子を指す。二人はベッドの傍にパイプ椅子を立てかけて、そこに座った。
そしてキリエさんは俺の前に広げられている本を見て……。
「で、何読んでんの? まさか、こんな状態で勉強……?」
「……」
彼女の問いに俺は黙ったまま、気恥ずかしさからつい顔を背ける。そんな俺に代わってリインが口を開いた。
「職業ガイドの本だ。健斗のお母さんから退院するまでに目を通しておけと言われてな。私や主が看病のついでにその補助をしている」
「ああ、あのこわ――厳しそうな人か……」
「……」
うちの母親の事を思い出し、キリエさんはアミタさんとともに肩を震わせる。
キリエさんとアミタさんは事件の最初に起こした車両暴走とその時に怪我を負わせたことを謝罪するために、俺の見舞いに本局を訪れた母さんや早見さんと顔を合わせたことがある。その時に母さんから仇を見るような目を向けられたことで、いまだに恐怖心が抜けないのだろう。
あの時は俺の右腕がなくなったところを見たばかりだったからな。あの人も平静ではいられなかったらしい。
「しかし職業ガイドって……健斗さん、管理局を辞めるんですか?」
妹より先に立ち直って、そう尋ねてくるアミタさんに俺は首を横に振りながら答える。
「辞めませんよ。魔法の力を活かせるのは管理局ぐらいですし。でも今回のことで親が、他の仕事に就くことも考えてみろってこの本を押し付けてきたんです。俺としてはさっさと読み終えて久しぶりにネットサーフィンでもしたいところなんですが――」
「そうはいきません! さすがに今回ばかりは私もお母さんに賛成です。まさか一人だけで衛星に突っ込んだ挙句、敵を助けるために爆発に巻き込まれるなんて。私がお母さんの立場だったら、魔導師なんかやめろと言ってるところです!」
リインの一言に俺は言葉を引っ込め、アミタさんたちも納得した顔を見せた。
そんな中俺はごほんと咳ばらいをし――
「ところで、エルトリアにはいつ帰る予定なんですか? アミタさんたちの無罪放免はほぼ決まってるそうですが」
「ええ。事情聴取や話し合いはほとんど終わりましたので、一週間後にはユーリやディアーチェたちと一緒にエルトリアに帰るつもりです。あの子たちもエルトリアに帰るつもりでいますし。……本当はイリスも連れていきたいところなんですが」
そこまで言ってアミタさんは視線を落とし、キリエさんも顔を曇らせる。
姉妹と違って、イリスは実行犯として管理局の施設に収監される可能性がある。黒幕に操られていた事情を汲んで減刑される望みは十分あるとのことだが、本当に減刑される保証がない以上不確かなことを言うわけにはいかない。
俺たちはしばらくの間沈黙し、室内に息苦しい雰囲気が漂い始めたところで――
「そうだ。エルトリアに帰る前にオールストン・シーで遊んでいきませんか。元々正式にオープンしてからもう一度遊びに行く予定だったんです。俺もその頃には包帯が取れるようになるそうですし、ユーリたちも誘ってみんなで一緒に」
「……」
俺の提案にリインはもの言いたげな顔をするものの、アミタさんたちを見て口をつぐむ。
彼女の言いたいことはわかる。包帯が取れるといっても、当分リハビリ以外でこの腕を使うのは避けた方がいいだろう。俺は大人しめのアトラクションを楽しむか見物に徹するつもりだ。来年あたりにもう一度来るかもしれないし、急ぐ必要はない。だが、アミタさんたちが地球にいられるのはあと一週間しかないのだ。
「……そうですね。キリエ、お言葉に甘えて私たちもご一緒させてもらいましょう。もちろんユーリやディアーチェたちも一緒に。レヴィなんて特に喜びそうです」
「そうね……じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」
イリス抜きで遊園地なんかに行っていいのか迷いながらも、キリエさんはぎこちない笑みとうなずきを返す。
イリスに関しては釈放後の楽しみに取っておくのも悪くないと思う。オールストンの経営には敏腕で知られるデビッドさんや月村夫婦が関わっているし、多方面で急成長を遂げているクオングループも一枚噛んでいる。そうそう閉園ということにはならないだろう。
話がひと段落したところでリインはにっこりと笑い……
「じゃあ健斗、休憩はここまでにしてそろそろ職業勉強に戻りましょうか。退院までに終わらなかったらみんながオールストン・シーに行ってる間も、健斗は私と一緒にお仕事の勉強です♪」
「……はい、頑張ります」
彼女の言葉に俺は重い声で返事を返す。リインと一緒とはいえ、する気もない転職の勉強など苦行でしかない。
暗い顔で職業ガイドに目を落とす俺に、アミタさんとキリエさんは同情の笑みを向けてくれた。
◆
それから約一週間の間、フローリアン姉妹をはじめとするエルトリア組と一緒にオールストン・シーへ遊びに行き、そこでシンクたちと再会したり、ディアーチェたち四人をそれぞれのコピー元の家に泊めたりなど、他愛のない、しかしこの上なく楽しい日々を過ごした。
だが、そんな日々も長くは続かない。彼女たちには帰るべき故郷と待っている家族がいるのだから。
8月も半ばに入り始めた頃、俺たちとエルトリア組は海鳴臨海公園に集まっていた。
なのはとフェイトは5歳ぐらいに見えるほど小さくなったシュテルとレヴィと別れをかわし、ディアーチェも照れくさそうにはやてに礼を告げる。
一方、リインとユーリも……
「リインフォース。はやてと守護騎士の事をお願いします。今のあなたたちならきっと大丈夫です」
「ああ。私たちの事は気にせず、ユーリはエルトリアの人たちの力になってやってくれ。お前とフォーミュラの力があれば星の一つくらい再生できるはずだ」
そう言葉をかけあって、夜天の書の管制プログラムだった二人は互いに握手を交わす。
そして俺の前にもアレルがやってきて……。
「健斗、貴公には借りができたな。己や王たちだけではユーリを救うこともイリスを止めることもできなかった。この借りはいつか必ず返す」
そう言って彼は右手を差し出す。そんな彼に……
「別にいいよ。俺たちの方こそお前らに助けられたからな。まっ、どうしても借りを返したいっていうなら
「悪いがそれはできん。己は《騎士》としてこれからも王のもとにいるつもりだ。皆とともにエルトリアを復興させるという職務もあるしな」
すげなく
そして互いに拳を硬く握り、軽くぶつけあいながら笑みをかわした。
ちょうどそこへ――。
「みんな、お待たせ!」
隅の方から女性の声が届いて、俺たちはそちらに顔を向ける。
そこには俺たちに向かって手を振っている私服姿のリンディさんと、居心地が悪そうに立っているイリスの姿があった。
キリエさんとユーリは彼女の名を呼びながら走り寄る。そんな彼女たちにイリスは言った。
「私は裁判とかいろいろあるから、当分はこっちに残るんだけど……終わった後のこと、今のうちに相談しておかなきゃって」
イリスの一言に、ユーリは「終わった後のこと?」とおうむ返しをする。イリスはつらそうな顔で続けた。
「嘘に踊らされてみんなに迷惑かけて……取り返しのつかないこともたくさんした。法で裁かれるのはもちろんだけど、みんなには本当にひどいことをしたから……キリエにもユーリにも、私はもう……」
そこまで言ってイリスは言葉を詰まらせる。俺たちもユーリも彼女に何も言えずにいたが……
「まさか、そのまま姿を消すつもりではなかろうな。エルトリアの再生という任務を投げだして」
「――えっ?」
そう言われてイリスは顔を上げる。厳しい言葉をかけながら彼女の前に立ったのはアレルだった。
「忘れたのか。貴公はエルトリアを再生させるために、惑星再生委員会によって生み出されたのだろう。よからぬ考えを持っていた者も一部いたみたいだが、貴公に星を治す力があることに変わりはない。その力を活かさずいずこへ逃げ出してしまえば、キリエとユーリだけではなく、貴公を生み出した委員会の者たちをも裏切ることになるのだぞ」
「それは……」
アレルの指摘にイリスは何も言えなくなる。そこへキリエさんが割って入った。
「そもそも、今回の事はイリスが私のお願いを聞いてくれたのが始まり。私にも責任があるはずよ。だからそんなに一人で背負わないで。償うのも謝るのも一緒にやっていこう。お姉ちゃんや王様たち、ユーリとアレルもきっと一緒にいてくれる!」
キリエさんの言葉を肯定するようにユーリは「はい」と強く言い、アミタさんとディアーチェたちも笑みを見せる。アレルも大きくうなずいてから……。
「貴公がいない間のことは己らに任せておけ。長い間眠っていた分まで働いて、故郷を復興させてみせよう。貴公の仕事がなくなるぐらいな」
そう言って彼は不敵な笑みを向ける。イリスは「そんなの困る」と言いながら、続けて何か言おうとするものの、両目から涙をあふれさせ、口からは文句の代わりに嗚咽が漏れた。それを聞いて――
「おいてめえ! なに母様に馴れ馴れしい口利いた挙げ句、泣かせたりしてんだ!」
怒鳴り声とけたたましい足音とともに、長い白髪を四つに分けた女が走ってくる。あの女は――
「9号、貴公もいたのか」
「いたのかじゃねえ! はやく母様から離れろ、このド変態!!」
怒声を上げながら
そんな光景を見ながら……
「リンディさん……あいつも連れてきたんですか」
「……ええ。固有型の代表としてイリスさんに付き添いたいって。一人くらいなら大丈夫だろうって許可したんだけど……」
そうでもなかったみたい。リンディさんは苦笑ぎみの表情でそう付け足した。
それから9号が大人しくなったのを見計らってから、アミタさんたちは地面に《
「みなさん、本当にお世話になりました」
ともに故郷に帰る家族たちととともにアミタさんは頭を下げる。それに対してなのはとフェイトは手を振りながら返事を返した。
「こちらこそ」
「みなさん、お元気で」
彼女らとそんな挨拶を交わしている姉の横からも……
「健斗君、リインさん、色々ありがとう。何年かしたらエルトリアに遊びに来て。その頃には安全になるように頑張るから」
「ああ。楽しみにしてるよ」
「くれぐれも気を付けて」
声をかけてくるキリエさんに俺とリインも返事を返す。すると……
「そうそう健斗君。最後にお姉さんからアドバイス」
「……?」
おもむろにそんなことを言ってくるキリエさんに俺は眉をひそめる。すると彼女はニンマリした笑みを見せて――
「今度リインさんにたっぷり甘えてみなさい。あたしが見たところ、男の子や彼氏を甘やかすのが好きなタイプだから♪」
「――なっ!?」
「え……?」
まさかの発言にリインと俺は思わず声を上げる。
それに対してキリエさんがウインクを返してきたところで《陣》の光は強くなり、それに押し出されるように彼女たちは天へ飛んでいった。
まさかの不意打ちにリインは顔を赤くしながらうつむき、俺も赤面しながらそっぽを向く。そんな俺たちをある者はニヤニヤしながら、ある者はリインなみに顔を赤くし、ある者は嫉妬と不満が混じった目で見つめていた。
◇
一方、急激な速度で地球から飛びたった七人は、
「いてて……」
「帰宅というのはもう少し穏やかなものだと思っていたが……」
「なかなか過激です」
「びっくりした~」
空から落ちてきた七人のうち、初めての次元跳躍にディアーチェたち四人は体をさすったりしながら不平の声を漏らす。これが二度目となるフローリアン姉妹も手をつきながらうめいていた。
幸い彼女たちが落ちたのは山のように積まれた
だがそこで……
(……藁? 最近は農作業なんてまったくしてなかったのに……)
アミティエは藁を見下ろしながら首を傾ける。
父グランツが倒れて以来、自宅周りの農場や牧場の整備にかかる余裕はなく、特にこのひと月はコロニーへの移住の準備で外の掃除すらしていなかった。にもかかわらず、自分たちの足元にはそこらから集めてきたように藁が積まれてある。
「まさか……」
キリエもその違和感に気付いたようで声を漏らしながら家の方を見る。そこには……。
「みんな……おかえり」
家と農場を繋ぐ桟橋の前には、アミティエそっくりな壮年の女が立っていた。
無事に帰ってきた娘たちを見て安堵の笑みを浮かべる彼女を見た途端、アミティエとキリエ、ユーリまでもが藁山を下り、そこへ駆け出した。
「「「ただいま!!」」」
娘たちにとっては数週間、ユーリにとっては40年ぶりに再会する彼女に、三人はそう告げながらエレノアの元へ飛びこむ。
ディアーチェたちは藁の上でそれを眺めていたが、抱擁を済ませたアミティエたちと、エレノアの笑みを見て、本能を押さえられなくなったのか一足先にレヴィが、その次にシュテル、そして最後にディアーチェが彼女の元へ走っていった。
そんな中、ただ一人の
◆
それから時は少し流れ……。
『御神健斗様へ
新部隊の設立おめでとうございます。
あれから早いもので8年もの月日が流れました。重ね重ねになりますが、あの時は助けていただいて本当にありがとうございます。
リインフォースさんや他の皆さんとはその後も仲良くしていますか。
私たちは秋の収穫に向けて、今年も家族総出で農作業に勤しんでいるところです。もちろん両親には無理をしないように強く言い聞かせていますが。
ユーリとディアーチェとシュテルとレヴィにアレル、それからエルトリアに帰ってきたイリスと彼女の分身たちのおかげで危険動物や死蝕はほとんどなくなって、エルトリアは見違えるほど綺麗になりました。
今年もコロニーから多くの住民が帰ってくる予定で、またひとつ新しい町ができることになってます。それを祝う催し物が開かれる予定なんですが、我が家からも何か協力できることはないか両親とディアーチェがいろいろ意見を出し合っているところです。健斗さんも何かいいアイデアがあったら是非教えてください。
そのディアーチェですが、ついにアレルと結婚することになり、先日うちでささやかな式を開きました(固有型イリスが全員集まってきたので、最終的には下手なお祭りより賑やかになってしまいましたが……)。
ちなみにそれからしばらく経って、ディアーチェが作る料理にすっぱいものが増えるようになりました。姉にも理由がわからないらしく、父と母に聞いても「今度教える」と意味深に笑うだけです。なんででしょうかね?
他にも伝えたいことがあるのですが、すべてを書くには時間が足りないのでここで止めておきます。
健斗さんもお暇ができたら、お友達や仕事仲間と一緒にまたエルトリアに遊びに来てください。
私たちの故郷はとてもきれいな星ですから。
P.S.
ヴァイス君とラグナちゃんは元気にしてる? パパもママもよく二人に会いたいって言ってるから、もしエルトリアに来る予定があったらあの二人も誘ってみて。
じゃあお仕事頑張ってね♡』
「ふふ……」
キリエさんからの手紙を読み終えた途端、思わず笑いが漏れてしまった。
あの人もずいぶん丁寧な文章を打つようになったものだ。最初はアミタさんからのものと思ってしまった。追伸で地が出ているのはキリエさんらしいが。
そう思いながら同封されているファイルを開くと、ウエディングドレスに身を包んだディアーチェとタキシードを着たアレルが並んでいる画像と自然が戻ってきたエルトリアの風景の画像が何枚か表示された。
あの二人がとうとうゴールインか。喜ばしいことには違いないが、すっぱいものというのは少し気になるな……犬と猫って子供できたっけ?
「なんですそれは?」
「――うわっ!」
考え込んでいるところで突然声をかけられ、俺は思わずそちらを見る。
机の向こうには茶色の士官服を着たうちの補佐が立っていて、俺と俺の前に表示されている画像を見比べていた。
「リイン……いつからいた?」
そう問いかけると、補佐――リインフォースはふぅとため息をついて言った。
「『ふふ』と、ニヤニヤいやらしい笑みを浮かべていたところからです。私が入ってきた事に気付かないぐらいお楽しみだったようですね」
そう言ってリインはきっと目を細くする。その様子だと変な誤解をしてるっぽいな。
「キリエさんからのメールを読んでただけだよ。ディアーチェとアレルが結婚したらしくて、その式の画像を……」
そう言いながら画像とメールを表示させると、リインはほっとしたような顔になり……
「なんだ、そうだったのか……ってそういう事を言ってるんじゃありません! 仕事中にプライベートなメールを読まないでください!!」
「悪い悪い。“お隣”の部隊長からと思ってつい。挨拶まで手が空いてるしさ」
両手をひらひら振りながら言い訳する俺に、リインはまったくと言いたげにため息をつく。
そしてリインは小さく咳払いをして……
「そろそろ挨拶の時間です。三人とももうロビーで待機していますから、“分隊長”も急いでください!」
「ああ、もうそんな時間か。すぐ行く!」
せっついてくる補佐に、椅子から立ち上がりながら応える。
俺とリインを含めて正規の隊員は五人。協力スタッフを入れても十人に満たない補助部隊か。“お隣さん”に比べたらずいぶん貧相な部隊だ。あっちはどんな魔法を使ったんだか。
まあよそはよそだ。指揮官になったばかりの俺にはこのくらいがちょうどいい。
「――リインフォース」
「……?」
ロビーに向かう途中で役職もつけずに呼びかけると、リインは眉を持ち上げながら俺を見る。
そんな彼女に――
「これからも面倒をかけると思うが、よろしくな、リイン」
「……ああ、こちらこそよろしく頼む。健斗」
改めてそう告げる俺に、リインは力強いうなずきと笑みを返してくれる。それとともに彼女の左手の薬指に填められている婚約指輪に載せられた紺色の宝石がきらりと光った気がした。
そうしているうちに、ロビーとそこに立っている少年一人少女二人の姿が見えてきた。
このたった五人の小部隊が、俺たちにとって新たな一歩となる!
ご愛読ありがとうございました。
『グランダムの愚王』に続き第二部『愚王の魂を持つ者』もこれで本編終了となります。
ここからはStrikers編に入りますが、第二部だけで百話を超えた事と、健斗の少年時代が終わった事、そして第三部から新しい主人公を登場させるため、『愚王の魂を持つ者』もいったん終了させることにしました。
番外編と18禁を書いてからすぐに第三部の執筆にかかります。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。健斗が立ち上げた新部隊『機動七課』を舞台とする第三部もよろしくお願いします!