守護騎士たちがはやてと共に暮らすようになってから数日後。
「健斗君、ちょっとええか?」
「んっ? どうした?」
授業が終わって休み時間になるなり、はやてに呼ばれて俺は彼女に聞き返す。
するとはやては……
「鎧のデザインについて考えてるんやけど、健斗君の意見も聞かしてくれんかな?」
「鎧だと……?」
はやての口から出てきた思いもよらない単語に、俺はつい怪訝そうな声を漏らしてしまう。そんな俺にはやては「そうや」とうなずいてから、声を潜めて言った。
「リニスさんみたいに闇の書を狙っている人がまた来た時とかに備えて、シグナムやシャマルから《騎士甲冑》いうのを作ってほしいって頼まれたんやけど、甲冑とかようわからんから健斗君の意見を聞いてみたいと思ってな。男の子って鎧とか結構好きやろ?」
騎士甲冑か。守護騎士たちの武器は最初からあったようだが、甲冑は毎回主が考えそれに沿って魔力で作られた鎧を身に付けて、騎士たちは戦いに赴くのだ。
そういえば俺も守護騎士の主だった頃は、彼女たちの騎士甲冑を考えていたこともあったな。
「鎧か……」
懐かしく思いながら俺は腕を組んで考える。
前世の頃に騎士たちに着せていた黒鎧をもう一度着せるのはあまりにも味気ない。折角の機会だし、あいつらが新しい鎧を着た所を見てみたいところだ。あんな黒鎧を提案してもはやては却下するだろうしな。しかしさすがに一から考えるのは俺でも難しい。
そう悩んでいると……
「鎧だって? 二人して何を話しているのかと思えば、鎧なんかの話をしていたのかよ」
呑気そうな声に俺とはやてはそちらに顔を向ける。
そこには案の定、俺とはやての友達にして俺たち三人組の残る一人――赤星雄一がいた。
彼を見て俺たちは一瞬ギクリとするものの、守護騎士の話は聞こえていなかったようで、男女顔を付き合わせながら鎧なんかの話をしている俺たちに雄一は呆れた顔を見せる。
そんな雄一に対して俺は何でもないように答えた。
「ああ。最近見たFa○eっていうアニメの影響で鎧とかにはまってて」
「そうそう。それでセ○バーのような女騎士が着ている鎧を一度見てみたいと思っててな。雄一君の家にはそういう鎧とかないかな? 雄一君んちは代々続く剣道一家やったやろ」
でまかせを吐きながらそんなことを問いかけるはやてに雄一は……
「そりゃ俺の家やおじさんとこには鎧もいくつかあったと思うけど、女が着る鎧なんてまずないぜ。そもそも歴史上何人かいた女武将だって男の武将が着ていた鎧を胸当てを当てたりしてそのまま使い回していただけだ。女が着るための鎧なんて実際にはほとんどないんじゃないかな」
「そっか、それはつまらん話やな(それじゃ面白くないやんか! 特に胸当てなんか絶対あかん。そんなもん付けたらシグナムやシャマルの胸が見えんようになってまう!)」
雄一の話を聞いてはやては肩を落とす。
そんなはやてに雄一は続けて言った。
「まあ、女の剣士や戦士用の鎧なんてそれこそアニメや漫画にしかないだろうな。それでも実際に見てみたいんならおもちゃ屋とかでフィギュアでも探すしかないんじゃないか。この近くのデパートにも『といざるす』って店があっただろう」
「ああ、あそこか。小っちゃい頃は健斗君と一緒に美沙斗さんに連れて行ってもらってたなぁ。小学校に上がって健斗君が突然大人びるようになってからは行かなくなったけど。……でも確かにあそこなら騎士甲冑を作るヒントになりそうなものがあるかもな」
はやては感慨深そうに二年以上前までの思い出をふけってからつぶやく。唐突に幼い頃の思い出を暴露され俺は気恥ずかしさからつい下を向き、そんな俺の隣で雄一はこらえるような笑い声を漏らしていた。……今日こいつには弁当を分けないようにはやてに言っておくとしよう。
そんな事を考えていると――
《健斗、私だ。どうだ、そっちの様子は? 主はやての身に何か起きたりはしていないか?》
突然脳裏に届いて来たシグナムの声に、俺は声に出さず思念だけで返事を返す。
《今のところはいつも通り。俺もはやても平穏に過ごせているよ。結界が張られそうな様子もない。そんな気配があったらシグナムも気付くだろうけど》
《無論だ。そんな気配私が見落とすはずがない。では私は引き続き学校の外から見張っている。健斗は今まで通り主の側についていてくれ》
《わかった》
そう伝えるとシグナムはすぐに思念通話を切っていった。
現在、学校の近くにはシグナムと犬(?)の姿になっているザフィーラがいて、異常が起こらないか見張ってくれている。そしてはやての近くにはこれまで通り俺がついてやっている。
夜天の魔導書は現在もはやての家に保管されてあり、家の周りには魔法によるワイヤーやセンサーが無数に張られているが、リニスや彼女の主がはやて本人を狙わないとも限らない。
それを踏まえて守護騎士と相談した結果、はやてが外出している間は二人以上の騎士がはやてに付いていくことになったが、さすがに学校の中までは付いていくことができない。
そのためはやてが学校にいる間は俺がはやての側に付き、校舎の近くには主にシグナムとザフィーラが待機することになった。
もっとも、肝心のはやてはまだこのことを知らないが。
最初はシャマルが校舎近くを見張ることになっていたのだが、サングラスにコートという怪しい出で立ちで行こうとしたため、それを止めてシグナムたちが見張りにつくことになったらしい。
シャマルってあんな天然だったっけ?
◆
それから半日ほど経ってすべての授業と帰りのホームルームが終わり、多くの生徒と同様に俺とはやても教科書やノートをランドセルに入れて一緒に帰路に就き、そこで俺ははやてに今日は泊っていっていいか? と尋ねた。はやては「別にええけど」と言ってから、続けて「でも」と言って、
「ちょっと寄るとこあるから、うちに帰るのちょっと遅くなるよ。なんなら健斗君もついてくる?」
その言葉に俺は首をかしげながらもはやてについて行くことにした。
今の状況ではやてを一人にしておくわけにはいかないというのもあるが、休み時間の事からなんとなく守護騎士がらみの用事ではないかと思ったからでもある。
その帰りのバスの中で……
「そういえばはやて。お前の家に来ているヘルパーさんたちにはあいつらのことはどう言ったんだ?」
「……ああ、そういえば言っとらんかったな。
「えっ……辞めたって二人ともか?」
驚く俺にはやては「うん」とうなずく。
「……それっていつのことだ?」
その問いにはやては迷う様子もなく、
「あの四人が来た次の日。間違いない。あの人たちの事をどうごまかそうか悩んでたところに、派遣会社から電話がかかって来たもん!」
「守護騎士たちが来た次の日に?」
その復唱に対してはやてはまた「うん」と言った。
何だその出来過ぎたタイミングは。あまりにタイミングが良すぎる。
そういえばグリムさんも、今月に入ってから急にはやてに送る生活費を増やしていたみたいだったな。まるではやての家に住む人間が増えることを見越していたみたいに……。
「グリムさんはそのことについて何か言って来たか?」
その問いにはやては首を横に振って、
「ううん、おじさんからは何も。連絡してきた派遣会社の人が代わりのヘルパーさんを出そうかって言ってきたぐらい。親戚の人たちと暮らすことになったからもうヘルパーさんは必要ありませんって断ったけどな」
「……そうか」
はやての説明に俺はそれだけを返す。
確かに守護騎士たちのことをごまかす手間が省けて、俺たちにとっては都合のいい流れではあるが……。
……生活費の増額、守護騎士と入れ替わるようなヘルパーの退職。偶然が重なっただけか、それとも……。
◆
「おせーぞ主! ……って、お前も一緒だったのか」
スクールバスを途中で降りてからはやてと二人で30分ほど歩き、デパートの入り口に着いた途端先に来ていたヴィータはそんな言葉を投げかけてくる。それにはやては気を悪くした様子もなく――
「ごめんな。授業が長引いてしもて」
と手を合わせて謝ってから辺りをきょろきょろと見まわした。
「……シグナムはまだ来てないんか?」
「え……ええ。ちょっと所用で出かけていて遅れるって言ってました」
ヴィータの隣にいたシャマルはそう答える。
二人はカジュアルな私服を着ており、まわりにいる人々と何の遜色もない。昔の彼女らを知っている身としては、新鮮に思いながらも違和感を感じずにはいられなかった。
そんなことを思いながら現代の服を着ている二人を眺めていると……
「おい、何じろじろ見てんだよ?」
「い、いや……別に何でもない」
刺々しい声で凄むように聞いてくるヴィータに、俺はそんな定型句を返すしかなかった。
ヴィータは不機嫌そうな様子を隠さずに舌打ちを鳴らす。
「ちっ、変なガキだな。初めて会った時からあたしらの事をじろじろ見やがって。言いたいことがあるならはっきり言えってんだ」
「まあまあ、堪忍したってな。会ったばかりやから健斗君もどう接していいんかわからないんや。それにその服着たヴィータがかわいかったからつい見とれてたのかもしれんで」
「あら、そうだったの? よかったじゃないヴィータちゃん!」
両手を出しながらヴィータをなだめるついでにそんなことを言い出すはやてと、それに便乗して自身をからかうシャマルにヴィータは、
「よ、よくねえ。こんなガキに見とれられたって気持ちわりいだけだ! てめえもいつまでもあたしなんか見てんじゃねえ! シャマルでも見てろ!」
ヴィータの言葉に従ってシャマルの方に視線を移す。するとシャマルは「ええ!?」と顔を赤くしながら一歩下がった。昔と変わらず大きいままだな。どこがとは言わないが。
そんな俺たちに見て呆れたようなため息をつきながらヴィータは首の裏を掻き……
「ったく、主から呼び出されてシャマルと一緒にこんな所に来てみたらとんだ災難だよ。おい主、なんだってあたしらをこんな所に呼び出したんだ?」
「ああ、それやけどな――」
「遅れて申し訳ありません主!」
はやてが言おうとしたところで後ろから声をかけられ、俺たちはそちらに顔を向ける。
声と口調でわかる通り、やってきたのはヴィータたち同様現代の服を着た守護騎士シグナムだった。ザフィーラの方は姿が見えない。途中で別れたのか。
言葉をさえぎられながらも、シグナムの姿を見てはやては顔をほころばせる。
「別にかまへんよ。私らも来たばかりやし。見ての通り健斗君も一緒やけど構わへんか?」
「ええもちろん。主はやてのご友人なら我々にとっても大切なお方ですから。……よろしくな健斗」
俺に強い視線を向けながらシグナムはそう言ってくる。その目には信用はするが万が一の場合は容赦しないという意思が込められていた。
それを察しながら俺もうなずきと返事を返した。
今の俺と守護騎士たちの関係ははやてを介した知り合い、というだけでなくはやてと夜天の魔導書を守るために協力している同士でもある。
しかし守護騎士たちから信用されてはいないようで、シグナムやヴィータからは時折このように厳しい目を向けられることもある。なぜか魔法が使える上に闇の書のことを知っている俺は彼女たちから見れば不審そのもので、警戒されるのも無理はないと思うが。
シグナムははやての方に顔を向けながらヴィータがしたのと同様の疑問をぶつけた。
「それで主はやて、なぜ我々をこのような場所へ? 一体ここに何の用事が?」
それにはやては「ああ、そやそや」と人差し指をぴんと伸ばして言った。
「みんなから頼まれた騎士甲冑のヒントを探しにな。どうせやったらみんなと一緒に見て回った方がええやろ!」
◆
海鳴デパートの三階、ここにその店はあった。
『といざるす』。世界各地に展開している有名なホビーショップで、この店も星の数ほどある系列店の一つだ。積み木からテレビゲーム、果てはスポーツ用品まであるため、子供だけでなく大人もこの店によく足を運ぶ。俺とはやても小さい頃はよく母さんの引率でこの店に連れて行ってもらったものだ。
はやては久しぶりに入る店を見渡しながら中に入っていった。騎士たちは戸惑いながらはやての後に続き、俺も彼女らに続いた。
「ここは……」
「ええからええから。こういうとこにこそ騎士甲冑いうのを作るヒントがあるかもしれんのや」
棚に並んでいる数々のおもちゃを眺めながら困惑気味につぶやくシャマルにはやてはそう言ってのける。
俺はそんな二人について行きながら、ほほえましさ半分呆れ半分で思わず笑みを漏らした。そんな俺とは対照的にヴィータは何やってるんだかと言わんばかりの顔をしながら両手を頭の後ろに組みながら歩を進める。
だがそこでヴィータは不意に足を止めて顔の向きを変えた。怪訝に思いながら俺も足を止めるとヴィータの視線の先にあるものに気付く。
それはうさぎのぬいぐるみだった。
黒い蝶ネクタイを付けて、口は縫い合わせたような四つの×印が付けられ、目の赤一色で塗られ瞳は入っていない。身も蓋もない言い方をすればあまりかわいいとは言えないぬいぐるみだった。
しかしヴィータはそのぬいぐるみが気になっているようで、主や他の騎士そっちのけで食い入るようにぬいぐるみを眺めている。
……そういえば似てるな、前世でヴィータに買ってやった不格好なうさぎのぬいぐるみに。あのぬいぐるみは翌日にアロンドという少年傭兵に盗まれ、彼の手で破壊されてしまったらしいが。
もしかしたらいまだに未練があるのかもしれない。あのぬいぐるみにもアロンドにも。
はやてやシグナムたちも足を止めてぬいぐるみを眺めるヴィータを見る。
そこへはやては踵を返し、ヴィータの方に向かって行った。
◇
デパートの三階にて、フェイトは連れを待っていた。
辺境の山奥で育ってきた彼女たちがこのような建物に入るのは初めてのことで、連れは興奮を隠しきれずあちこちを見て回っているようだった。
フェイトもこういった施設に興味がないと言えば嘘になるが、今はある人から頼まれた物を探す方が先決で、こんなところで時間を費やしている余裕はないと思っていた。今日は怪我をした同居人に代わって買い物をしに来ただけだ。
その同居人リニスはこの前の戦闘で脇腹に付いた傷がまだ残っており、フェイトたちに言われた通り大人しくマンションの部屋で家事をしている。本当なら家事などさせず治療に専念してもらいたいのだが、フェイトのお世話係としての使命感がそれを許さないらしい。
そんなリニスを思い出してフェイトは苦笑し、同時に彼女が負った傷の事も思い出してふと思った。
(私が手も足も出ないくらい強かったあのリニスに傷をつけるなんて。どんな子なんだろう? 私と同じくらいの男の子だって聞いたけど)
フェイトが彼らの姿を見たのはそんな時だった。
「良かったわねヴィータちゃん。いいもの買ってもらえて」
「う、うっせえ! あたしが頼んだわけじゃねえよ! で、でも一応礼は言っとく。ありがと……ある……は、はやて!」
「気にせんでええよ。ぬいぐるみなんて買うのも久しぶりやし。よかったら私にもたまに見せてな」
赤毛の少女に礼を言われて、茶髪の少女はまんざらでもなさそうに笑う。
桃色髪の女性と金髪の女性もそんな二人にほほえましそうな眼差しを向けている。
そんな彼女たちから距離を取って黒髪にオッドアイの少年がついて来ていた。
兄弟だろうか? しかしそれにしてはみんなまったく似ていない。
フェイトが首をかしげていると、少年は急に立ち止まってポケットから四角い端末を取り出し、画面を見ながら言った。
「――悪い! すぐにすむからみんなは先に言っててくれ」
そんな少年を見て連れの女性たちは怪訝な顔をするが、茶髪の少女は察しが付いたようで少年に向かって言う。
「わかった。私たちは先に一階に降りてるから健斗君も電話終わったらすぐ来てな!」
少女の言葉に少年は端末を持っていない方の手を上げて「おう」といい、端末を耳にあてる。
デバイスかな? と思いながらフェイトは少年を見続ける。
そんな彼女に気付かないまま少年は言った。
「……もしもし母さん、一体何の用?」
「――!」
少年の口から出てきた母さんという言葉を聞いて、フェイトは思わずその目を見張った。
◇
「……ああ。メールで伝えた通り今日ははやての家に泊まるよ。…………いや、二人きりじゃないって! この前からはやての親戚が来ていてその人たちも一緒だよ。……なんでそこでがっかりしてんの? ……ああ。今度の連休の旅行はその人たちとも一緒に行くことになると思う。……そういうわけでこっちの事は気にしないで仕事頑張って……じゃあ」
そう言って通話ボタンを押して会話を打ち切る。
相手は案の定母さんで、用件は今日のお泊りについての詳細と今度の連休に行くことになっている旅行についてだった。
もう9歳にもなる息子相手に過保護な親だと嘆息する。勉強を命じた後はほとんどほったらかしだった前世の父とは対照的だ。
そこでふと顔を上げると少女がじっとこちらを見ていることに気付いた。
二つに分けた長い金髪のそれぞれに黒いリボンをつけ、瞳は赤く、黒いワンピースを着ている美しい少女だ。髪の色や顔つきから見て外国人か外国系なのは間違いないだろう。
俺は彼女に頭を下げながら、
「ごめん。うるさかったか?」
俺が謝ると少女は首をゆっくりと横に振って、
「別に。気になったからなんとなく……お母さんと話をしていたの?」
「ああ。今日は友達の家に泊まるってメールで伝えたら、根掘り葉掘りいろんなことを聞かれたよ。ただ友達んちに泊まりに行くだけなのに過保護な親だ」
笑いながらそうこぼすと少女はむっとした表情になって言った。
「いいお母さんじゃない。それがどんなに恵まれてるかあなたにわかる? ……私は母さんとはもう2年くらいずっと……」
「えっと……ごめん」
少女の剣幕に俺は自然と謝罪の言葉を口にする。すると少女ははっとしながら顔を伏せた。
「――う、ううん! 私の方こそごめん。ついかっとなって……」
少女も俺に謝り、俺たちの間に冷たい沈黙が流れる。居心地悪く感じながらもどう言っていいのかわからず、かといってここから立ち去るのもなんとなく気が引ける。
俺も少女も互いにどうしたものかと考えていると、上の方からサバサバした女の声が降り注いできた。
「フェイト―! ちょっと来て! すごくいい眺め! フェイトも一緒に見ようよ!」
側にある階段の上には、白いタンクトップに短いデニムパンツを着た女性が俺たちの方を見下ろしていた。階段に隠れて顔から上は見えないが手足と腹回りがほとんど出ており、かなり露出が高い格好だ。
その女性の方に向かって少女は声を張り上げて「うん! 今行く!」と言って数歩歩き、俺の方を振り返って言った。
「連れが呼んでいるからもう行きますね。さっきはごめんなさい。ただの八つ当たりだから気にしないで」
そう言って、少女は頭を下げて階段を上がっていった。
言われなくてもわかってる。家族という面において今の自分が恵まれていることくらい。
あの人がいなければ俺は今も施設で暮らしていたかもしれないし、母さんのおかげで前世では感じることができなかった母のぬくもりというものを知ることができたのだから。
しかし、あの子フェイトっていうのか。
◆
それから俺たちはデパートを出て、はやての家へと帰った。
はやての家にはザフィーラが犬(?)の姿ではやてたちの帰りを待っており、はやてはザフィーラに抱き着きながら「ただいま」と告げ、ザフィーラは無言でされるがままになっていた。
ザフィーラは、八神家では唯一の男であることとはやてが犬を飼いたがっていたため、外に出る時だけでなく家の中でもほとんどその姿でいるらしい。
それからはやてはリビングで機嫌よさそうに料理を作り、その間に俺たちはといざるすで撮ったフィギュアの写真をプリントアウトしたりして、騎士甲冑の構想を練るための準備をしていた。
それからすぐに夕食は出来上がり、はやてとシャマルはテーブルに食事と食器を置き、その隅の床で座っているザフィーラの前に犬用の皿に盛り付けられた食事を置いていく。
……本当にそれでいいのかザフィーラ? こういう時ぐらい人型の姿になってもいいと思うんだが。
その夕食の席にて。
「うめー! やっぱりはやての作るメシはギガうめーな!」
そう言いながらはやては皿を傾けながら食事を口の中へとかきこむ。それを見てシグナムは呆れた表情で、
「ヴィータ、さすがに見苦しすぎるぞ。ちゃんと食事を箸で掴みながら食べろ。その箸もそろそろちゃんと持てるようになれ」
「まあまあ、欲しいもんが手に入ったばかりなんやし今日ぐらいは仕方ないんちゃう。お箸もそのうちちゃんと持てるようになるよ」
はやてはそう言ってシグナムをなだめる。その表情は相変わらず緩みっぱなしで機嫌がよさそうだ。料理を褒めてもらえたこともあるのだろうが、やっとヴィータに名前で呼んでもらえたのがうれしいらしい。
「そうそう、はやては話が分かるな。ちゃんとしたメシや服もくれるしあったかいベッドに寝かせてくれるし、今までの主と大違いだ!」
ヴィータがそう言った途端、騎士たちの動きがピタリと止まる。俺も思わず息を飲んでしまった。
そんな中ではやてはこくりと首をかしげる。
「今までの主って、闇の書の所有者だった人たちのこと? その人たちの所ではちゃんとしたご飯とか食べさせてもらってなかったんか?」
「ああそれがよ、あいつらときたら――」
「よせヴィータ!」
ヴィータは過去の主について語ろうとするが、シグナムにさえぎられて言葉を飲み込む。シグナムはそのままはやてに向かって言った。
「失礼しました。主はやてがお気になさることではありません。
主はやて。従者に過ぎない我々の事を気にかけていただき、あなたには感謝の念に尽きません。このご恩にお応えするため我々は身命を賭してその御身を守り、いかなる命にも従う所存――」
「気にせんでええよ。主としての務めを果たしてるだけや。そんなことよりはよご飯食べよ。お喋りばかりしとったらご飯が冷めてまうで」
「……はい、ではお言葉に甘えて」
はやてに言われて、シグナムはそれ以上の言葉を引っ込めて食事を続ける。
シグナムがヴィータを止めた理由は俺にもわかる。彼女たちが歴代の主から受けた仕打ちは壮絶なもので、年端もいかない少女が知るにはあまりに刺激が強すぎる。
そんな中で、今まで話に割り込むことができず沈黙を保っていたシャマルが口を開いた。
「まあ、はやてちゃんの前にも何人かよくしてくださる方もいたんですけどね。中でもあの方は……」
そう言ってシャマルはちらりと俺を見る。ヴィータも俺を覗き見るように視線を寄こしながら、
「ああ、あいつが主だった時はいろいろ良くしてくれたな。はやてのように衣食住を与えてくれたり、本当の騎士として兵の教育を任せてくれたり、あいつほどいい主はいなかった」
その話にはやては顔を明るくして、
「なんや、やっぱりいい人もおるんやないか! どういう人なん? そのご主人様」
その問いに騎士たちはまたもや俺の方を見て迷うようなそぶりを見せつつ、やがてシグナムが口を開いた。おいおい、それってもしかして……
「ベルカにかつて存在した、グランダムという国を治めていた国王だった方です。『ケント』という名前でした」
「ケントか、健斗君と同じ名前やね……あれ? そう言えばリニスさんもなんや言ってたな。健斗君と同じ名前とオッドアイの悪い王様がいたって……それってもしかして」
はやての言葉にシャマルは「ええ」と言って、
「おそらくリニスが言っていた悪い王様と同じ人物だと思います。あの方は闇の書を完成させるために、自国の国民を犠牲にしようとしました。その目論見はオリヴィ――聖王という王様によって阻まれ、それによってあの方も命を落としましたが、その後あの方がベルカの人々からどういう風に言われるようになったかは想像に難くありませんね」
「自国の国民って――えっ、それ本当なん?」
いい主と思われた王が起こしたまさかの蛮行にはやては疑問に満ちた声を上げる。それにヴィータも、
「ああ間違いねえ、あたしらもはっきりと見た。それにあいつは自分の国の都を襲う前の日ぐらいから様子がおかしかった。あたしらから騎士の位を取り上げて王宮から追放したり、腹違いとはいえ実の妹をけなしたりな。あれが本性だって知って、あたしらの誰もが奴に失望したもんだよ」
「そっか、やっぱりろくでもない人やな。その人と同じ名前を持っている人たちにとってもいい迷惑や。健斗君もそう思うやろ?」
「えっ!? あっ……ああ」
はやての問いかけに一瞬反応に困りながらも、俺はどうにか相槌のみを返す。
それを聞きながらヴィータは芋に箸を突き刺し、それを口に入れながらしみじみと言った。
「ケントを含めて、過去の主はどいつもこいつもろくな奴じゃなかった。頼むからはやてはあいつらのようにならないでくれよ」
「もちろん! 私は絶対にみんなにひどいことしたり捨てたりなんてせえへん! せやからヴィータたちもそんな人たちの事さっさと忘れることや」
はやての言葉にヴィータはもちろん、シグナムとシャマルも異論はないというようにうなずいて見せた。
……やはりあれだけの事をすれば恨まれもするか。俺がケントの生まれ変わりだということは当分の間隠したままの方がいいかもしれない。もしかしたらずっと……。
そして夕食を終えて、俺たちはスマホで撮ってきたフィギュアやネットで集めた写真などから騎士甲冑のデザインを考え、その日のうちに無事騎士甲冑は完成してその場でお披露目となった。
ヴィータとシャマルはドレス風の服で甲冑という名称からかけ離れた意匠だが、魔力はしっかり込められているため肝心の防御性に問題はない。
ザフィーラは甲冑とは名ばかりの軽装で硬そうな部分が手甲とブーツしかないが、こちらも防御性に問題はないという。
問題はシグナムの甲冑だ。彼女が着ているのは戦いやすいデザインの一番鎧らしい格好なのだが……エロい。
脚の部分がほとんど出ていて、前掛け(?)とコートの部分がその中を覆い隠している。
一言だけ言いたい、どうしてこうなった?
作中で雄一が女用の鎧はほとんどないと言ってますが、実際には少なからず存在していると言われています。雄一も剣道家の卵ながら、まだ小学生で知識が浅いということにしてください。