今日は合同旅行に出かける日で、俺もはやてたちと一緒に準備をしていた。
とはいえ、大まかな準備は昨日のうちに済ませてあり、後は身支度を整えて家を出るのみだった。
……だが、その前に済ませておかなくてはならないことがある。
「はやて……いいか?」
「う、うん。いつでもいいよ。健斗君の好きにして……」
ソファに腰かけるはやての前にひざまずきながら、俺は彼女に確認する。はやては顔を赤くしながらもこくりとうなずいた。
俺は手を伸ばし、彼女の足を揉んでいく。
そう。一週間に一度の“施術”である。これから旅行に出かけるため、今週のうち施術を行える機会は今ぐらいしかないのだ。
いつものように、椅子に座ったままじっとしているはやての足を丹念に揉み、魔力を浸透させていく。
右足が終わり、左足も下から揉んでいき太ももまで揉み終えたところではやては尋ねてきた。
「……お、終わった?」
「ああ。今日はこれで終わりだ。じゃあそろそろあいつらを呼んで――」
「おーいはやてー! もうすぐみんな来る頃だけど、そろそろ出た方が…………」
突然ドアが開き、ヴィータがリビングに入ってくる。
彼女の視界の先にはソファに座るはやてと、彼女の太ももに手をかけている俺の姿があって……。
「な……な…………何してんだお前はーー!!」
それを見た瞬間、ヴィータは家中に響き渡るほどの大声を上げる。
俺ははやての足から手を離しながら。
「ち、違う。これはお前が考えてるような事じゃない。これには理由があって――」
「どんな理由があったらはやての足を揉むことになるんだ!? てめえはやはり殺す! 今すぐ殺す! 二度とはやての前に現れないように殺す!!」
ヴィータはそう言いながらグラーフアイゼンを手に持ち、俺ににじり寄る。はやては急いで立ち上がり。
「待ってヴィータ! ここでそんなん振り回したらリビングがめちゃくちゃになってまう! せめて庭に出てからにして!!」
「はやては下がってろ! こいつは生かしちゃおけねえ! ――死ねえ健斗!!」
俺よりリビングが大切なのか、と突っ込む間もなくヴィータは大槌を振るい上げ、俺は急いで庭へ逃げる。
それから他の騎士たちが来るまでの間、俺はヴィータに追いかけ回されていた。
◆
五月初頭。
その時期には祝日が三日続けて並んでいる日があり、運が良ければ土日と合わせて四・五日は続けて休める。いわゆる
高町家では二年前から、連休の間に翠屋の運営を店員に任せて家族旅行に出かける恒例の行事があり、俺たち一家を含む高町家の知り合いも一緒に行くことなっているのだが、うちの母さんやバニングス・月村家の両親は仕事が忙しいため旅行に参加できず、子供たちを預けていくだけの時が多い。
今回の旅行もその例に漏れず、高町家以外で参加しているのはアリサとすずか、
参加者はそれぞれのグループに分かれて車に乗り、俺たちはノエルさんが運転する車に乗せてもらえることになった。
「すみませんノエルさん。うちの子たちを乗せてもらって」
「いえ、はやて様たちのお役に立てて私もうれしいです。こういった旅行の時はいつも忍様の車に乗せていただくだけのことが多く、メイドとしては逆に肩身が狭いもので。まあファリンはそんなこと気にせずにあちらに居座っているんでしょうけど」
「あははっ! それは目に浮かびますなぁ」
忍さんたちが乗っている車を流し見ながらノエルさんは苦笑をこぼし、つられてはやても笑う。
俺たちが乗っている車を運転している、短い紫髪の女性はノエル・K・エーアリヒカイト。
月村家に仕えるメイド長として、妹のファリンさんとともに月村家の屋敷で働いている。
「それより本当によろしかったのですか? はやて様だけならなのは様たちと一緒の車に乗ることもできたと思いますが」
「まあそうかもしれませんけど、私がなのはちゃんやすずかちゃんとべたべたしすぎるとアリサちゃんがあぶれてしまいますし、今は……」
そこではやてはこちらを振り返り、ノエルさんもバックミラー越しに後ろを見た。そこでは……
「おい、もうちょっとあっち行けよ! ――っ、変なとこ触んなエロガキ!」
「どこも触ってねえよ! お前こそ少しは我慢しろ。四人も乗っているんだから!」
勝手に寄って来たばかりかあらぬ疑いまでかけてくるヴィータに俺は抗弁する。
同じ後部座席に座っているシャマルとシグナム、そしてシグナムの膝の上に座っているザフィーラ(犬型)は、くだらない言い合いを続けている俺たちを呆れた目で見ていた。
「……こんな風に喧嘩ばかりしてる子たちを監督していないといけませんので」
「なるほど、はやて様も大変ですね」
そんな言葉を交わしながら、はやてとノエルさんは笑みを漏らしていた。
◆
車中でそんなやり取りをかわしながら、長い旅路の末に俺たちを含めた一同はとある山の中にある旅館にたどりついた。
旅館に着くなり一同は旅館の周りを見渡したりしながらも、それもそこそこに切り上げて自分の荷物をまとめ始める。特に女性陣はいつもより動きがいいくらい熱心だ。
その光景に守護騎士たちは首をかしげるものの、すぐにその理由を知ることになる。
旅館のまわりを散策してくるという士郎さんや桃子さんと別れ、残った俺たちは今夜泊まる大部屋で寝泊まりの準備をしていたが、しばらくして……
「よし! 準備も終わったしそろそろ温泉に行くで!」
「もうはやてちゃんったら、まだ着いたばかりだよ」
「まあ、あたしたちも準備を済ませて早く温泉に入りたいと思っていたところだけど」
手を振り上げて息巻くはやてにアリサとすずかは思い思いの反応を見せるものの、二人とも異存はないらしく入浴道具を取り出し始める。
その一方でシグナムたちは湯の用意もせずためらうばかりだった。はやてはそれを見咎めて、
「どないした? みんなも入るやろ? 温泉なんかに入れるのは年に二回ぐらいしかないんやからここで入っとかんと後悔するで。特にシグナムはお風呂好きやろ」
「い、いえ。私はあくまである――はやての安全を守るためについて来ただけなので……それに……」
シグナムは言い訳しながらはやてのバッグを見る。そこには彼女の家から持ってきた夜天の魔導書が入っていた。俺のリュックにもジュエルシードという魔力を持つ石がある。
万が一リニスや彼女の仲間が狙ってくるかもしれないことを考えれば、荷物から目を離すべきではないのだが……。
《心配は無用だ》
脳裏に声が届いて、俺たちは部屋の隅で――もちろん犬の姿で――座り込んでいるザフィーラを見る。
《お前たちが湯に向かっている間は、私が主と健斗の荷を見張っていよう。シグナムたちも健斗も心置きなく湯に浸かってくるといい》
確かに皆が浸かる温泉に犬の姿をしたザフィーラを入れるわけにもいかないため、彼だけはここに残ることになる。ザフィーラに任せておけば最低でも魔導書が奪われるようなことにはならないはずだ。
ザフィーラに推されて、彼以外の騎士たちは迷いながら湯に向かう用意を始める。
そんな中で……
「んっ? おいあんた、そのペットも一緒に連れて行く気か?」
「うん! ユーノ君にも温泉を堪能してほしくて」
ヴィータの問いに、なのははユーノというフェレットを両手に抱えながら答える。
なのはの腕の中で抵抗するように動き回っているユーノを見て……
「そいつ、嫌がっているみたいだけど大丈夫か?」
「うーん、恥ずかしがってるのかな? いつもは私がいない時に動物用のお風呂で済ませているみたいだし」
ヴィータの問いに、なのはは首を傾げながら不思議そうにユーノを見る。
まるで人間の男子みたいだなと思ってユーノを見ていると、はやてが声をかけてきた。
「健斗君の方はもう温泉に入る準備はできた?」
「準備? 一応できてはいるが……」
そう答えるとはやては満足げにうなずいて――
「じゃあ健斗君も一緒にはいろっか。一緒にお風呂に入るなんて久しぶりやからな」
「――なっ?」
「お、おい! 本気かはやて? こいつもあたしらと一緒に入るなんて」
はやての発言に俺は思わず戸惑いの声を上げ、ヴィータははやてに問いを投げる。
そんな俺たちを前にはやては平然と言った。
「うん。別にええやろ。海鳴じゃ10歳までは混浴OKやし、昔は私たちとも一緒に入ってたんやから。なあなのはちゃん!」
「……う、うん、小学校に上がるまでは何回か……でも、さすがに今は恥ずかしいかな」
そう言ってなのはは顔を赤くしながら縮こまる。
「はやてやその子みたいな幼い子供の純真な心につけ込んで……てめえ、楽に死ねると思うなよ」
(なのはが、家族以外の男と一緒にお風呂に……)
その一方で二人の話を聞いてヴィータが俺に対して殺意のこもった視線を向けて、なのはの腕の中ではユーノがうつろな目をしていた。やっぱりただの動物には見えない。
「……俺は恭也さんと男湯の方に入るよ。見ての通りなのはも恥ずかしがっているみたいだし」
「ええー、つれないな。しゃーない、また今度の旅行で誘おうか」
そう言ってはやては残念そうに肩をすくめながらも、思いのほかあっさり引き下がった。俺たちが慌てふためくのを見て楽しんでただけか。
(久しぶりに健斗君と入ってみたかったのは本当やけどな。でも健斗君の前でみんなの胸を揉むわけにもいかんし、今回はからかうだけにしとこか)
◇
そんなやり取りをしてはしゃぐ妹分たちと弟分を眺めながら、忍と美由希は……
「はやてちゃん、相変わらず健斗君にぞっこんね。お姉ちゃんとしてはどう? 健斗君の相手にはやてちゃんは」
忍の言葉に美由希も健斗とはやてを見ながら、笑みを浮かべて言った。
「そうですね。二人とも仲がいいし、母さん……美沙斗母さんもはやてちゃんの事を気に入っているみたいだから、あの二人が一緒になったらきっとうまくいくと思います……ただ」
「……ただ?」
ただという一言に忍は眉をひそめその言葉を復唱する。
「私が見た限りなんですが、健斗君が好きな子ははやてちゃんじゃないと思うんです。はやてちゃんの事はあくまで幼なじみや妹として見ていて、あの子が本当に好きな人は別にいるような」
「ふうん、なんだかんだで健斗君のことよく見てるわね」
「数年も一緒にいれば大体わかりますよ。血が繋がっていないとはいえ姉弟ですから……健斗君はそう思っていないかもしれませんけど」
美由希は義弟を見ながら薄い笑みはそのままに、重い口調でそう言った。
◇
温泉を巡って子供たちがそんな騒ぎを繰り広げている頃、旅館の近くにある池のほとりに士郎と桃子の姿はあった。
元気が有り余っている子供たちと違い、夫婦そろって静かに池を眺めている。
桃子は日々の疲れを口から吐き出すように息をつきながら、
「いいわね、こういう休日は」
「……ああ。そうだな」
妻がこぼした一言に士郎は心底同意しながら相槌を打つ。
「お店も少しは若い子たちに任せておけるようになったし」
「子供たちもまあ、実に元気だし」
士郎の言葉に桃子はふふっと笑い……
「それに……あなたも」
その言葉と視線に、士郎も桃子の方を見てわずかに影の含んだ笑いを浮かべた。
「ああ。そうだな」
士郎がそう言うと、二人はどちらからともなく池の方に視線を戻す。
小川へと流れていく水を眺めながら士郎は口を開いた。
「俺はこれからはずっと翠屋の店長だからな。もう桃子や子供たちに心配をかけることはないさ……なのはに寂しい思いをさせることもない」
その言葉に桃子も顔をわずかに曇らせながら「……うん」と首肯する。
「俺が前の仕事でドジ踏んで大怪我したばかりにお前たちに苦労をかけ、あの子には寂しい思いをさせてしまった。すまないと思っている」
「……そうね。私はともかく恭也と美由希、なのはのことを思うと何でもなかったなんてとても言えないわ。特になのはは私たちがいないところではずっと泣いていたみたいだったし……健斗君とはやてちゃんがいなかったらどうなっていたことか」
「ああ。あいつらには感謝している。健斗には特にな。美沙斗がまっとうな道に戻れたのも、美由希と和解することができたのもあいつがいたからだ」
美沙斗の名前が出て桃子は神妙な顔になって尋ねる。
「……あの人は、まだご主人とそのお姉さんの仇討ちを?」
「みたいだな。あれでも以前よりはずっとましだ。“奴ら”をこのまま放って置くわけにはいかないというのもわかる。……以前の俺なら、美沙斗と共に奴らとの戦いに身を投じていたかもしれない」
士郎の言葉に桃子は不安そうな表情になる。そんな桃子に笑いかけながら士郎は言った。
「……安心しろ。俺はもう戦うことはないさ……もう戦いたくても戦えない。……だが、俺と違って美沙斗はまだ戦いから抜け出す事はできないだろう。これまでのようにしばしば俺たちが健斗の面倒を見ることになる。場合によってはあいつをうちで引き取ることになるかもしれない。いずれにしてもお前には苦労をかけるが……」
士郎の言葉に桃子は優しい笑顔を向けて、
「なにを言ってるの。美沙斗さんがお仕事に行ってる間に健斗君を預かるなんて、もうよくあることじゃない。それに健斗君を預かることを苦労だと思った事なんて一度もないわ。あの子いい子だし、なのはの話し相手もしてくれるし。もっとうちに来てほしいくらいよ。我が家の子供にできなかったのが本当に残念」
そう言って肩をすくめる桃子に、士郎はふっと笑みを漏らした。
「……ありがとう。こんな不甲斐ない夫だがこれからもよろしく頼む。恭也と美由希となのは、それから美沙斗や健斗ともどもな」
「うん……」
桃子はうなずく代わりに士郎の方に肩を寄せる。そんな妻を士郎は強く抱き寄せた。
美沙斗が追っている“奴ら”についてはとらいあんぐるハート3をプレイしたりストーリーを調べればわかります。リニス一味や仮面の戦士とは関係がありません。