魔法少女リリカルなのは 愚王の魂を持つ者   作:ヒアデス

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第17話 アルフ

 恭也さんと共に半年ぶりの温泉を堪能してからほどなく恭也さんは上がり、俺もそれからすぐに湯舟から出て、火照った体を冷ますついでに旅館の庭を眺めていた。そこへ……

 

「あっ! 健斗君や。おーい! 健斗くーん!」

 

 横からはやての声が聞こえてきて、俺はそちらに顔を向ける。そこには浴衣を着たはやてと、彼女に続いてこちらに向かってくる浴衣姿のなのはとアリサとすずか、ヴィータがいた。機嫌よさそうな足取りで歩いてくるはやてとは対照的に、他のみんなはなぜかぐったりしている。女湯の方で一体何があったんだろう?

 姉さんたちやシグナムたちの姿は見えない。俺たち小学生とは違って学業の他にバイトなどもこなしている彼女らは、日々の疲れを癒すためにまだ温泉に浸かっているのだろう。

 

「健斗君もお風呂から上がってたんか」

 

「ちっ、入りすぎて茹で上ってればいいのに」

 

 みんなと一緒に歩いて来ながらはやてとヴィータはそんなことを言ってくる。

 そんな彼女たちに返事を返そうと俺は口を開きかけたが、そこへ――

 

「ハァーイ、おチビちゃんたち!」

 

 俺の後ろから調子はずれな声が響いてきて、俺となのはたちはそちらの方に顔を向ける。

 そこにはいつの間にか、俺たち同様浴衣を着た一人の女が立っていた。

 

 背中まで伸ばした赤い髪と青い瞳、整った容姿ながら全体的にさばさばしていそうな印象を与える、十代半ばほどの女だ。

 女の額には赤い石のようなものが埋め込まれており、まるでザフィーラみたいだなと思うと同時にまさかという考えが頭に浮かぶ。

 その合間にも女はこちらに歩み寄って来てこちら――いや、なのはを見下ろしながら口を開いてきた。

 

「ふむふむ……君かね、うちの子をあれしてくれちゃってるのは」

 

「えっ……?」

 

 意地の悪そうな笑みを浮かべながら眺めまわしてくる女に、なのはは戸惑いの声を漏らす。それに構わず女は続けた。

 

「あんま賢そうにも強そうにも見えないけど。まあいいや。次は……」

 

 そう言いながら女はなのはを一通り眺めてから、今度は俺の方に視線を移してきた。

 

「黒髪にオッドアイ、それにあいつの腹に付いた傷からするのと同じ匂い……あんたか、あたしたちのお師匠様に傷を入れてくれやがった奴は。さえない見た目のわりにおっかないことする子だね」

 

 俺を見下ろしながら女はそう吐き捨てる。その低い声と視線に込められた憎しみと敵意に反応して、思わず背筋に鳥肌が立つのを感じた。

 そんな中、女に絡まれている俺となのはを守ろうと、アリサは勇気を振り絞って一歩足を踏み出す。

 だがそれより一瞬早く――

 

「おい、そこのおばさん!」

 

 荒い口調を発しながら赤毛の少女が女となのはの間に割って入り、少女に対してなのはは思わず「ヴィータちゃん!」と声を上げる。

 

 自分の倍ほどの背丈の女を相手にしながらひるむどころか、逆に相手がしり込みするほどの威圧感を漂わせながらヴィータは言った。

 

「いきなり現れてきたと思ったら、ガキ相手になにくだらねえ真似してんだ。昼間から酔ってんのか? それとも頭でも打って自分が何してるかわかんなくなっちまったか? だったらこんな所をうろついてないで部屋で寝てるか病院にでも行けよ。おばさん」

 

「お、おばさんって、あんたこそ一体何様――」

 

 ヴィータに凄まれて女は気圧されそうになるもののすぐに気を取り直して声を荒げようとするが、そこで女ははっとした表情になる。

 見ればはやてとすずかはカチカチと肩を震わせながら身を寄せ合い、アリサは踏み込むタイミングを失いながらもその場できっと女を睨み、ユーノも危険を察知したのかなのはの肩の上で立ち上がり、そんな中で俺となのはは女と対峙し続けていた。

 女はしばらくヴィータとなのは、そして俺を見下ろしていたが、やがてアハハと笑い声を上げた。

 

「ごめんごめん! 人違いだったかな。知り合いが言ってた子たちによく似てたからさ」

 

「何だ、そうだったんですか」

 

 女の弁明になのははほっと胸をなでおろす。だがヴィータとアリサはまだ警戒心をむき出しにしながら女を睨んでいた。彼女たち同様に女を見据える俺もさほど変わらない目つきをしていたと思う。

 女は気まずそうにしながらもきょろきょろと視線を動かして、なのはの肩にいるユーノに目を留めた。

 

「あら! かわいいフェレットだね」

 

 ユーノの事を褒められ、なのはは先ほどの事など忘れたように嬉しそうな声で「はい」と答える。

 そんななのはに近づきながら、女は手を伸ばしよしよしとユーノの頭を撫でた。

 

 ユーノは身を固くしながらもなのはの肩から動かず、されるがまま女に頭を撫でられている。

 少しの間ユーノの頭をなでると、女は満足したようにユーノから手を離した。すっかり安心しきったのか、なのはは女に対して笑みを向けている。

 だがそこで――

 

《今のところは挨拶だけね。忠告しとくよ。子供はいい子にしておうちで遊んでなさいね……おいたが過ぎるとがぶっといくわよ!》

 

 なのはを見ながらそこまで言うと、女は俺の方に視線を移して……

 

《この前はリニスの方からその子の家に押しかけたそうだし、千歩譲って正当防衛ってことにしてあげる……でも、これ以上あたしらを怒らせたくなかったら、さっさとジュエルシードと闇の書を渡しな。でないとあんたの方はがぶりじゃすまないよ。今だってこの場で食い殺してやりたいのを抑えてるくらいなんだ》

 

 一瞬だけ憎々しげに顔を歪めてそれだけを言うと、女は顔に笑みを戻し。

 

「さーて、もうひとっ風呂行ってこようっと!」

 

 と、わざとらしい独り言をこぼしながら俺たちの横を通り過ぎて行った。その背中を俺たちは呆然と眺める。

 それからしばらくして、すずかが心配そうな声で「なのはちゃん」と声をかけた。それになのはは「あっ……うん」と気の抜けた返事を返す。

 そんな彼女たちの横で――

 

「なーにあれっ!? ヴィータの言う通り昼間から酔っぱらってんじゃないの? 気分わるっ!」

 

「同感だな……まあ酔ってるぐらいならまだいいが」

 

 アリサに同意を示しながらもヴィータはそんな言葉を付け足す。ヴィータももう気付いているようだな。

 そんな二人に、なのはは両手を前に出しながら言った。

 

「ま、まあまあ、くつろぎ空間だしいろんな人がいるよ」

 

「だからといって節度ってもんがあるでしょう! 節度ってもんが!」

 

 文句を垂れるアリサになのはは苦笑いを浮かべる。その笑みはいつもよりずっとぎこちないものだった。

 

 さっきの言葉から察するに、あの女はリニスの仲間と見て間違いなさそうだな。

 ただ、女は俺だけでなくなのはにも敵愾心を向けていたようだった。

 なのはを敵対している魔導師か何かと勘違いしているのか? それとも……。

 

 ――いや、それよりもリニスの仲間がここにいるということはもしかして……。

 それに思い至るやいなや、俺はこの中で唯一魔法についての話ができる相手に思念を向けた。

 

《ヴィータ、ちょっといいか?》

 

《何だいきなり? あたしは今気分が悪い。用件があるならさっさと言え》

 

《ああ、実はお前たち守護騎士に頼みたい事があるんだが》

 

《あたしらに? あたしらは今の主であるはやての命令しか聞かねえ。それをわかって言ってんだろうな?》

 

《その主の身の安全に関わる事だ。あの女がリニスの仲間だという事はとっくに気付いているんだろう》

 

 そう指摘するとヴィータはちっと舌打ちを鳴らし、

 

《……言ってみろ。聞くだけ聞いてやる》

 

《ありがとう。実は……》

 

 

 

 

 

 口に出さず思念だけで相談を交わしている健斗とヴィータの横で、なのはも先ほどの女の話を思い返していた。なのはが考えているのは、奇しくも健斗が抱いているものと似たようなもので……

 

(さっきの女の人、この前の女の子の知り合いかな? でもあの女の人、健斗君にも何か話していたような……リニスとか闇の書とか、一体何のこと? それにあの女の人の言い方だと、健斗君もジュエルシードを持っているような……)

 

 そして、なのはとともに女の思念を受け取っていたユーノも、女の言葉を反芻しながら考えにふける。

 

(《闇の書》……管理局が血眼になって探している、世界を滅ぼすほどの力を秘めた第一級指定のロストロギア。ここでその名前を聞くなんて……あいつら、ジュエルシードに加えてそんな物まで狙っているのか? それにさっきの様子だと健斗という人もあいつらと……)

 

 

 

 

 

 

 その頃、自分たちの邪魔をしている魔導師たちに“挨拶”を済ませた赤毛の女は、一糸まとわぬ姿で湯に浸かっていた。

 湯から伝わってくる快感に身を任せながら……

 

《あー、もしもしフェイト、こちらアルフ。ちょっと見てきたよ。例の白い子とオッドアイの男の子》

 

 そう伝えると、間も開けずアルフの脳裏にフェイトという主の声が返って来た。

 

《そう。どうだった?》

 

 主の問いにアルフはうーんともったいぶってから、

 

《まあ、白い子の方はどうってことないね。フェイトの敵じゃない。オッドアイの子もちょっと脅かしたら例の子と一緒にガタガタ震えてて、正直とてもリニスに傷をつけられるような子には見えなかった……ただ》

 

《……?》

 

 得意げに言った後でつぶやいた一言に、フェイトは首をかしげた時のような声を漏らす。そんな主にアルフは真剣味を帯びた声で言った。

 

《その二人と一緒にいた三つ編みの女の子、あいつはただ者じゃない。戦争のように激しい戦いを潜り抜けてきたような、そんな凄みを感じさせる子だったね。思わず身震いしちまったよ》

 

《そう。アルフがそこまで言うならただの女の子じゃなさそうだね。闇の書から出てきた守護騎士かな?》

 

 フェイトからの問いかけにアルフは肩をすくめる。

 

《さあね。少なくともまともにやり合うべき相手じゃないと思う。そっちの様子はどう?》

 

《こっちの方は次のジュエルシードの位置がだいぶ特定できたところ。今夜には捕獲できると思うよ》

 

《んー! ナイスだよフェイト! さすがあたしのご主人様!》

 

 フェイトからの朗報にアルフは思わず感嘆の声を上げる。うまく行けば、先ほど会った魔導師たちに勘付かれることなく終わらせることもできるだろう。

 

《うん、ありがとうアルフ。夜にまた落ち合おう》

 

《はーい!》

 

 フェイトとの念話が途切れてからもアルフは湯舟いっぱいに張られた湯を堪能し、大きな胸を揺らしながら「くつろぎくつろぎ」と独り言を漏らす。

 気が緩んだせいか彼女の髪から犬のような耳が飛び出し、アルフは思わず「おっとと」と声を上げながら耳を抑えた。もっともこの浴室には彼女以外の客はいなかったため、耳を出しても特に問題はなかったが。

 

 

 

 魔導師フェイトが使役する、狼型の使い魔アルフ。

 先程の挨拶が痛恨のミスであったことに彼女はまだ気付いていない。

 

 

 

 

 

 

 それから夜も更けて高町家と関係者が泊まっている客室では、土産を買いに行っている美由希とノエル、隣の寝室で本を読んで子供たちを寝かしつけているファリンを除いた大人たちや恭也を始めとする青年たちが、ビールや茶などの飲み物を手に取って乾杯をしていた。

 彼らが何度かコップに口をつけたところでファリンが寝室から出てくる。

 それを見て桃子はファリンに声をかけた。

 

「あらファリンちゃん、子供たちもう寝ちゃった?」

 

「はい桃子さん、なのはちゃんたちはもうぐっすり……ただ、健斗君とヴィータちゃんはどこへ行っちゃったんでしょうか? まだ戻ってきてないみたいですけど」

 

「健斗とあの子が? ……そういえば、はやてちゃんが連れてきた青い犬も見当たらないな。どこに行ったんだ?」

 

 ファリンの報告に士郎は眉をひそめると、彼らとともに酒を酌み交わしていたシグナムとシャマルは急にあたふたしながら、

 

「そ、そういえば、ザフィーラに旅館のまわりを散歩させてやりたいとあの二人が話していたのを聞いたような。なあシャマル!」

 

「え、ええ! さっき二人でザフィーラを連れて外に出かけていくのを見ました。きっとすぐに戻ってくるんじゃないかと」

 

 シグナムとシャマルは弁明するように言葉を並べるが、そこで忍は口元にいやらしい笑みを浮かべる。

 

「二人で仲良く犬のお散歩か。しかもこんな夜遅くに。もしかしてあの二人……いやあ、健斗君も隅に置けないね。喧嘩するほど仲がいいって言うけどもうそんなところまで進んでるなんて。はやてちゃんが知ったらどうなるやら」

 

「忍、勘ぐり過ぎだ……。しかし今度は健斗か、なのはといい最近の子供は。そのうち平気で夜遊びするようにならなければいいが」

 

 嘆かわしいと言いたげに恭也はため息をつき、そんな恭也を桃子と忍はなだめていた。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 旅館の近くにある小川の上にかかっている桟橋(さんばし)の上にフェイトとアルフの姿はあった。

 アルフは桟橋の縁に座り、向こう側の茂みを見ながら隣に立つフェイトに尋ねる。

 

「あそこかいフェイト? 次のジュエルシードがあるのは」

 

「うん、あそこで間違いない。発動と同時に手に入れれば、あの子たちに気付かれてもすぐに逃げられる」

 

「ふーん。まあ確かに、白い子とオッドアイの男はともかく、あの三つ編みとやり合うことにならなければそれに越したことはないか。……それにしても、あんたのお母さんは何でジュエルシードや闇の書みたいなロストロギアなんて欲しがるんだろうね? あのおばさんならそんなもんなくても大抵のことはできそうなのに。リニスにそれを聞いてもはぐらかされてばかりだしさ」

 

 アルフの問いにフェイトは複雑そうな顔をしながらも首を横に振り……

 

「さあ。わからないけど理由は関係ないよ。母さんが欲しがってるんだから手に入れないと……そろそろ構えて。発動したらすぐに封印にかかる」

 

「ああ、いつでもいいよ。かかってきやがれってんだ!」

 

 フェイトの号令にアルフは拳をもう片方の手のひらにぶつけて応じた。

 

 

 

 

 

 ……それからしばらくの間、フェイトとアルフはジュエルシードが発動するのを待ち続けるが、やがて眉をひそめながら互いに顔を見合わせる。

 いつまで経ってもジュエルシードが発動する気配を見せないのだ。今夜には自分たちが何か仕掛けるまでもなく、勝手に発動するはずなのに。

 

「フェイト、ジュエルシードは確かにあそこにあるはずだよね?」

 

「う、うん、そのはず。探知魔法で探しておいたから……それなのにどうして?」

 

 アルフに問われてフェイトはそう答えながらも、場所を間違えたかとうろたえる様子を見せる。

 そんな彼女らに――

 

「お探しのものはこれかな?」

 

 突然声をかけられ、フェイトたちはそちらへ振り返った。

 

「あ、あんたたちは――」

 

 桟橋の前にいる彼らの姿を見て、アルフは思わず声を上げる。フェイトもまた彼を見てつぶやきを漏らした。

 

「あなたは……」

 

 そこには三つ編みに結んだ赤毛の少女と青い狼、そしてフェイトが以前にも会った黒髪オッドアイの少年がいた。

 

 先頭に立つ黒髪の少年は手に持ったそれを彼女らに見せつける。

 彼の手にはXVIIの数字を浮かべながら青い輝きを放つ、フェイトたちが探し求めていた2つ目のジュエルシードがあった。

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