魔法少女リリカルなのは 愚王の魂を持つ者   作:ヒアデス

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第19話 アリサ

「生意気にカチューシャなんかつけてきてんじゃないわよ! あたしによこしなさい!」

 

 月村というクラスメイトが身に着けていた白いカチューシャを奪い取ると、彼女は手を伸ばしながら言った。

 

「……か、返して。それはお父さんとお母さんがお姉ちゃんと一緒に買ってくれた……」

 

 でも、それに構わずあたしは、

 

「はっ? 聞こえないわ! とにかくこれはあたしがもらってあげるから、あんたはまたパパとママやお姉ちゃんって人から新しいの買ってもらいなさい! あたしの目に映らないくらい地味なのをね」

 

「そ、そんな……」

 

 彼女は目に涙を浮かべてべそをかきそうになる。

 その時だった。

 

 パンッ!

 

 そんな擬音に相応しい快音があたりに響く。

 気がつけば、あたしの前には茶髪の女の子が片手を振り上げて立っていた。そしてしばらくしてから、頬からじわりとした痛みが伝わってきた。

 彼女が近づいてきたことにも、ひっぱたかれた事にも気付かなかった。

 

 頬をさすりながら呆然としているあたしに対して彼女は口を開いた。

 

「痛い?」

 

 その言葉に戸惑いを覚えながら。

 

「――あ、当たり前でしょ! あんな風に叩かれたら誰だって――」

 

「痛いよね……でも、大事なものを取られちゃった人の心は、もっともっと痛いんだよ!」

 

 あたしの言葉をさえぎって放たれた一言に思わず唖然としてしまう。気付けばまわりにいた子たちも、カチューシャを取られた子も彼女の後ろで口を広げたままあたしたちを見ていた。

 とにかくこんなことをされて黙っていられるわけない。ここで謝ったりカチューシャを返したりすれば彼女に負けたみたいじゃないか。

 彼女の言うことを理解していながらそんなくだらない意地を張るくらい、この頃のあたしは未熟だった。

 

「だ、だから何よ? 大切なものだってはっきり言わないこの子が悪いんじゃない! 私は絶対に謝ったりなんか――」

 

「ちょっとええか?」

 

 ふいにすぐ傍から声がかかって、思わずそちらの方を向く。あたしと相対していた子たちもだ。

 そこには茶色がかった短い髪に十字の髪飾りと二本のヘアピンを付けた女の子がいた。月村の友達だろうか? うちのクラスの子じゃないが。

 一方、彼女もあたしの事を知らないのだろう、臆することもなくまっすぐあたしに向かって言ってくる。

 

「すずかちゃんはええ子から大きな声で怒鳴ったりとかできないんや。まあ正直、大切なもの取られたんやから、すずかちゃんはもう少し怒った方がええとは思う……やけどな、相手が何も言わんからって勝手に人のもの取り上げたりしていい理由にはならんけどな。違う?」

 

 その子はにこやかな笑みを浮かべながらも額に青い筋を立てて、低い声で問い詰めてきた。

 ……怖い、あたしを叩いた子よりずっと。子供ながらにそう思った。

 彼が来たのはそんな時だった。

 

「おい! お前たち一体何をやってんだよ? 君、大丈夫か? 一体何があった?」

 

「うっ……うう…………」

 

 やっとあたしに優しい声をかけてくれる人が現れた。その安心から目がぼやける。そしてついに――

 

「うう……うっ、うわあああああん!!

 

「えっ!?」

「ちょっ、ちょっと――」

 

 涙と感情を抑えきれず、子供みたいに声を上げて泣きじゃくってしまう。それを見て彼も女の子たちもオロオロしだした。月村なんて、私が握っているカチューシャのことも忘れたように懸命に私をなだめようとする。でも自分でも泣くのをやめられない。

 その声を聞きつけたのか、それより前に騒ぎが起こっていることを知って来たのか、すぐに数人の教師がやって来た。その中には担任の先生もいる。

 

「ちょっとあなたたち! これは一体何の騒ぎ――御神君、まさかあなた……」

 

「――えっ、俺!? 違います! 俺も今来たばかりで、この子にわけを聞こうとしたら急に泣き出して――」

 

 泣いているあたしの前に立っている彼を見て、教師たちは彼に疑いの目を向ける。そして彼の手を掴み上げ――。

 

「言い訳は職員室で聞きます! 早く来なさい! 場合によってはお母さんにも学校まで来てもらいますからね!」

 

違います!!

 

 先生が彼の腕を掴んだ瞬間、月村は大きな声を上げる。その声に、先生たちや女の子たちは驚いた顔で彼女を見た。もちろんあたしと彼も。

 いつも無口で、カチューシャを奪われた時もろくに物を言えないような子があんな声を上げるなんて。

 

 それから月村をはじめ、あたしたちが先生に事情を話したことで彼の潔白は証明された。その代わり喧嘩をしていたあたしたちの親が学校に呼び出されて、あたしたちはひどく叱られる羽目になったけど。

 

 

 

 それが彼女たちや彼――御神健斗と友達になった最初のきっかけだった。

 

 

 

 

 

 

いい加減にしなさいよ!!

 

 突然アリサの大声が屋上中に響き渡る。俺たちは思わずそちらを向いた。関係がない生徒たちも含めて。

 しかし、それが目に入っていないようにアリサは怒鳴り続ける。

 

「こないだから何話しても上の空でぼうっとして!」

 

「あっ……ごめんねアリサちゃん」

 

「ごめんじゃない!」

 

 なのはの謝罪もさえぎってアリサは声を荒げ、しばらくなのはを睨み続けるとふんと鼻を鳴らして背を向けた。

 

「あたし別の場所で食べてくる。今のなのはを見てるとご飯がおいしくなくなりそうだから」

 

「ア、アリサちゃん!」

 

 そのまま屋上を出て行くアリサと、申し訳なさそうな顔で頭を下げながら彼女を追うすずか。

 彼女らの背中を見ながら、雄一は落ち込んでいるなのはに声をかけた。

 

「気にすんなよ高町。バニングスって機嫌が悪いと誰に対してもあんなふうだからよ」

 

「ううん。今のはなのはが悪かったから」

 

「いや、今のは完全に八つ当たりだろう。ずっとちやほやされてまた調子に乗ってんのかもな。また高町が一発ひっぱたいて目を覚ましてやったらどうだ?」

 

「そ、そんなことできないよ! 私が話も聞かずにぼうっとしてたから怒られただけだし――」

 

 軽口を叩きながら励まそうとしている雄一に、なのはは両手を振ってそう言い切る。

 そんな二人を眺めながら俺ははやてに向けてぼやいた。

 

「一発か。またあの時みたいにアリサが泣き出したり、俺が疑われるようなことにならなければいいけどな」

 

「…………」

 

 はやては俺が振った話題に返事もせず、食事にも手を付けずうつむいたままだった。……こいつもか。

 

 あの旅行以来、はやてもこんな風に反応が鈍くなることが増えた。そのことでヴィータから疑われ問い詰められたこともあるが、身に覚えはまったくない。

 むしろ、はやてと同じようにぼんやりするようになったなのはと関係がある気がする。俺たちが知らないところで喧嘩でもしたのか?

 

 とにかく、なのはやはやてに関しては俺が何をしようがどうにもならないだろう。むしろこの件でフォローする必要がありそうなのは……。

 

 

 

 

 

 

 はやてたちと別れて中庭の方に行ってみると、案の定アリサとすずかはそこにいた。

 ただ事でない様子で何やら言い合っている二人に近づこうとする者はいない。例外は俺だけだ。

 

「よっ、二人ともそんなところにいたのか」

 

「あ、あんたは――」

「健斗君!」

 

 片手を上げながら近づくと、二人は見開いた目をこちらに向けてくる。

 構わず歩を進める俺にアリサはぷいっと顔を背けながら、

 

「何しに来たのよ? はやてと一緒にいなくていいわけ?」

 

「雄一みたいなことを言うなよ。いつも一緒にいるわけじゃない。……それにはやての奴も最近何を話しても上の空でな、そろそろ反応を返してくれる奴と話したいと思っていたところなんだ」

 

「あっ……そういえばはやてちゃんも……」

 

 俺と同様にはやてを心配していたすずかは顔を曇らせる。

 

「それであたしたちを追っかけてきたってわけ? あんたもつくづく物好き――いえ、変わり者ね」

 

「変な風に言い直すな。物好きな奴でいいだろう。……まあいい。すずか、ちょっとアリサを借りたいんだが構わないか?」

 

「うん。私はいいけど……」

 

「なんであたし本人じゃなくてすずかに聞くのよ? すずかもうんうんうなずいてんじゃない!」

 

 アリサは声を荒げるものの、結局すずかは校舎に戻り、校庭には俺とアリサだけが残された。

 

 

 

 俺は傍にあったベンチを下ろしながら口を開く。

 

「ここで話していると一年の頃を思い出すな。覚えているか? 俺たちが初めて会った時のことを」

 

 それに対してアリサはその場に突っ立ったまま答えた。

 

「……あたしがすずかたちと話すようになった時のことね。そういえばもう一人いたっけ、あたしをいじめたって誤解されて職員室に連れて行かれそうになってた奴が」

 

 その時を思い出したのか、アリサはくくくと意地悪そうに笑う。それに対して俺はため息をつきながら、

 

「あの時は危なかったな。すずかがかばってくれなかったら、俺は母親とお前のお父さんの二人から叱られていたかもしれない」

 

「確かに。そうなったらもっとひどい目に合っていたでしょうね。あんたのお母さん怖そうな人だし、パパもあの頃はあたしにめちゃめちゃ甘かったから」

 

「今でも甘いだろう。帰りは必ず執事さんが自家用車で迎えに来るんだから……まあ、悪さをした子供を叱るくらいの分別は持っていたみたいだが」

 

「……そうね」

 

 アリサは笑みを消して、しみじみとした口調で言う。

 

 

 

 

 

 アリサのお父さん、デビッドさんが一人娘を溺愛していることは、聖祥学園の関係者にとっては周知の事実だ。

 そのためアリサが泣かされたことを知って、教師たちはびくびくしていた。事を知ったデビッドさんが学校に怒鳴り込んでくるのではないかと。しかし、だからといってデビッドさんを含む親たちに何も伝えないわけにはいかない。

 教師たちは彼らに連絡を取る一方で、どうやってデビッドさんの怒りを沈めるか頭を抱えていたらしい。

 

 しかし、それは杞憂だった。

 デビッドさんは教師たちやアリサから詳しい事情を聞くとすぐに娘を叱り、彼女とともにすずかやなのはたちに謝罪したからだ。

 それから娘たちは仲良くなって一緒に行動するようになり、デビッドさんと士郎さんもサッカーの話題で意気投合し、高町家とバニングス家は月村家ともども家族ぐるみの付き合いをしている。

 

 

 

 

 

「でも、あれから数日後にあんたがあたしのクラスに来て、プログラムのことを教えてほしいなんて言い出すとは夢にも思ってなかったわ。そっちの勉強はどう? 最近はあたしの方も色々あって課題も出してないけど」

 

「参考書を読んだりして続けてはいるよ。プログラミングの技術で成し遂げたいことがあるからな。今の技量で通じるとは思えないが……」

 

 何しろ先史時代の研究者たちが総出で当たっても修復できなかった闇の書が相手だ。アリサでも無理だと思う。もっとプログラムや魔導機器に詳しい技術者が味方にいればいいんだけど。

 

「ふーん、あたしに次いで学年2位の成績を取ってるあんたでもできない事か。ちょっと興味あるわね」

 

 学年2位という言葉に頬が引きつる。

 この学校に入学してからの3年間、俺たちの学年の成績の順位はアリサが総合1位、俺が2位という結果が続いている。俺の方が実質的に彼女よりはるかに長く生きているにもかかわらずだ。体育もすずかに負けて首位を取れていない。おかげで他の生徒から『万年2位』なんて陰で呼ばれている。

 全教科常に100点なんて反則だろう。たまには誤字で点数落とせ。

 

 頭に浮かんだ考えを振り払うように俺は咳払いをして。

 

「……それはともかく、ずっと1位を取るくらい頭のいいお前なら俺が言いたいことくらいわかるだろう」

 

 俺がそう言うと、アリサはまた不機嫌そうに腕を組みながら言った

 

「わかってるわよ! なのはやはやてが黙っているのは、あたしたちに心配かけさせたくないからだってことくらい。多分あたしたちじゃどうすることもできないってことも……」

 

「いや、できることならある」

 

 その言葉にアリサは「えっ?」と言いながら俺に顔を向けた。そんなアリサに対して俺は続ける。

 

「待つことだ。あいつらの悩みが解決するか、俺たちに打ち明けたくなる時をじっと待つんだ。……俺たちじゃ役に立たないかもしれない。でも、あいつらがくじけて弱音を吐きたくなったら、それにじっと耳を傾けてそれからなのはやはやてを慰めてやる。それが俺やお前たちに出来ることじゃないのか?」

 

 そこまで言ってアリサの方に顔を向けると、彼女の呆気にとられたような表情に気付き急に恥ずかしくなる。しまった、ちょっとクサすぎたか。

 だがアリサは呆れも笑いもせず、ぷいと顔を背けて鼻を鳴らした。

 

「ふん、健斗のくせに知ったようなこと言っちゃって。あんたに言われなくても待つわよ! あの子たちの親友として力になれない自分に腹を立てながら!」

 

「……ありがとう。あいつらもお前に感謝してると思うよ」

 

 礼を言うとアリサは照れ隠しにふんと顔を背ける。

 その顔が微笑ましくて思わず笑ってしまい、アリサは抗議の声を上げた。

 だがしばらくしてから、俺は真剣な表情を作って……

 

「……なあアリサ」

 

「……何よ? 笑ったと思ったら、また真面目な顔になって」

 

 表情と声色を変えた俺にアリサは怪訝そうな目を向ける。そんな彼女に俺は続けた。

 

「……もしかしたらなのはとはやてが抱えているのは、お前にとってあまりに信じられないような話かもしれない。もしそんな話を打ち明けられた時、お前はそれを信じることができるか?」

 

 それを聞いてアリサははぁと言いかけるも、すぐに神妙な顔になり宙を見上げる。

 やがて彼女は再び俺の方を向いて……

 

「当たり前でしょ! 私たちに心配させまいと黙ってきた子たちが今さらどんな嘘をつくって言うのよ?」

 

「……それもそうだな」

 

 アリサが言ったことに俺はそれだけを返す。

 アリサの言い分はもっともだ。この期に及んでアリサたちに嘘がつけるほど、なのはもはやても器用ではあるまい。さすがに魔法の石や魔導書なんて話を本当に信じてくれるとは思えないが、彼女ならもしかしたら……。

 そんなことを思っていると、

 

「……健斗」

 

「ん? どうした?」

 

 ふいにアリサに名を呼ばれ、俺は思わず彼女の方を見る。

 

「なのはやはやてが隠してることって、もしかしてあんたが隠してることと関係があるの?」

 

 そう言われて俺は思わず目を見開いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 思い切って尋ねた途端に、彼はかっと見開いた目をあたしに向ける。

 わかりやすい。相変わらず詰めが甘い奴。

 あんたが何かを隠していることくらいずっと前から気付いてたっつーの。そうでなきゃ、あたしにプログラムを教えてほしいなんて頭を下げてまで頼んだりしない。

 

 それを抜きにしてもこいつは不思議な奴だった。

 授業を真面目に聞いていないのに、あたしの次にいい成績を取っている。特に理数に関してはすでにおおよそのことを知り尽くしているんじゃないかってくらい。

 でも、国語や社会ではわずかに追いつけていない部分もあって点を取り逃してしまう。あたしだったらそんなヘマをしたりしない。

 

 あたしに似ている――でも明らかにあたしと違う。

 あたしが生まれながらに何でもわかるとしたら、彼は生まれながらに何でも知っている。

 いうなればそんな違いだ。

 

 それに彼は年相応に振る舞う一方で、あたしたちを年の離れた妹やその友達のように見守っていることがある。彼と幼少の頃から過ごしてきたというはやてもその例外じゃない。

 だからだろう。時折彼が十くらい離れたお兄さんのように感じる錯覚を覚えるのは。

 

 そんな彼があたしに頭を下げて、必死にプログラムを学んで習得している。怖いくらい熱心に。

 何もないなんて思う方が無理だった。

 

 特に最近は変だ。

 突然血相変えてカップルを追いかけたり、はやての家族だっていって旅行について来た人たちと仲良くしてたり、その旅行の夜にヴィータって子とこそこそ抜け出したり。

 

 

 

 御神健斗は大きな秘密を持っている。多分なのはやはやてが抱えているものより、もっと大きな秘密が。

 図星を突かれて驚いている彼を見て、ますますその確信は強まった。

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