街は揺れ、それとともにジュエルシードから発せられる光はどんどん膨張していって、なのはたちを包み込んでいく。
それを目の当たりにして俺とリニスはたまらずに叫んだ。
「なのはー!」
「フェイト!」
最悪の想像を思い浮かべて叫ぶ俺たちの前で、なのはとフェイトがそれぞれ光の中から飛び出してきた。二人とも大きな傷を負っている様子はない。彼女たちを見て、俺もリニスもほっと胸をなでおろす。
なのはたちが出てきてからすぐに地震も光も収まり、地面に着地した彼女らの間には、青い輝きを放ちながら宙を浮かんでいるジュエルシードがあった。
その輝きを見てすぐに察する。
まだだ、まだジュエルシードは収まっていない! このままだと――。
フライングムーヴ!
技能の発動を念じた瞬間に俺以外のものはピタリと動きを止める。ジュエルシードを挟んでいるなのはとフェイトも、二人を見守っているユーノとアルフも、そして俺の傍らでジュエルシードを注視しているリニスも今はピクリとも動くことができない。
その間に俺は空中から地面に向かって飛び降りるように下り、ジュエルシードのすぐそばに着地する。
そこで俺は技能を止め、まわりのものは一斉に動き出した。
「えっ……?」
「健斗君……?」
「――しまった!」
突然ジュエルシードのそばに現れた俺を見て、なのはもフェイトも思わず目を見張り、空中ではリニスが声を上げている。
そんな彼女たちに構わず俺は青く輝き続けるジュエルシードを見据えてから、両手でそれを掴み取る。すると――
「ぐあああああ!」
ジュエルシードを握った瞬間、それは逃れようとするように眩い光を放ちながら脈動し、すさまじい激痛と熱が両手から伝わってきた。
それを見て――
「駄目だ! いますぐジュエルシードを離せ! そんなことをすれば君が――」
向こうからユーノというフェレットが叫んでくるのが聞こえてくる。だが、かといってジュエルシードを離すわけにはいかない。
「おとなしくしろ……この…………ぐぉぉっ」
そう言っている間にも、握りこんだ手の間からジュエルシードの光が漏れて、手のあちこちが裂けて血があふれ出てくる。それでも俺は歯を食いしばり、ジュエルシードを握りこむ両手に力を込め続ける。
なのはたちもフェイトたちも今ばかりは手を出すことができず、ジュエルシードを握り続ける俺を遠巻きに眺めることしかできないでいた。
それからしばらく経って、徐々にジュエルシードの発光は収まっていき、かの石は眠りについたようにその動きを止めた。
俺は血まみれの両手を開き、それを確かめる。
どうやらこれで収まったみたいだな。
――そう安堵した瞬間だった。
「危ない!!」
少年らしき者の叫びを聞いて思わずそちらに顔を向ける。
そこには杖を振るうリニスの姿があった。今の俺にはそれを避けることも受け止めることもできず――
「ぐああっ!」
「健斗君!」
リニスの一撃を受けた俺はそのまま地面を転がり、それを目にしたなのはは思わず叫ぶ。
苦痛を耐えきった末にようやく手に入れたはずのジュエルシードは俺の手から宙へ飛び、リニスは何のためらいもなくそれを掴み取る。
だが彼女はそれだけでは足らないとばかりに、俺のすぐそばまで飛んできて倒れている俺に向けて杖を振り下ろし、杖から生えてきた雷刃を首筋に付きつけて言った。
「まだです! まだあなたはジュエルシードをいくつか持っているはず。それをすべて渡しなさい!」
血走った目を向けながらリニスはそう告げてくる。
ここで拒むようなことをすれば確実にやられる。
そう確信して俺は懐からジュエルシードを取り出し、彼女に向けて差し出した。
「これだ……俺が今持っているのはこれだけだ」
リニスは素早くジュエルシードを奪い取りながらも、鋭い形相で俺を睨みながら口を開いた。
「これだけではないでしょう。最低でももう一つジュエルシードを持っているはずです。それも渡してください……さもないと」
そう言いながらリニスはわずかに杖を動かす。杖から生えた雷の刃はわずかに首を伝って、かすかな痛みと痺れを与えてくる……もう一つの石も渡さざるを得ないか。
言われるがままもう一つのジュエルシードを差し出そうと、俺が懐に手を入れた時――
「やめてリニス!」
「フェイト……」
フェイトが叫んだ途端、リニスははっとした顔になって彼女の方を見る――今だ!
「であああっ!」
リニスの気がそれた隙をついて首元に付きつけられた杖を握り、一気に振り上げる。
「きゃあっ!」
杖を握られた瞬間リニスは我に返ったようにこちらに顔を向けるものの、あらぬ方に得物を振るわれたまらず地面に倒れる。
その間に俺は急いで立ち上がり、リニスから距離を取った。
すぐにリニスも腰を上げ、態勢を整えながら鋭い目で俺を睨む。そして……
「……目当てのものは手に入りました。フェイト、アルフ、引き上げますよ」
リニスがそう告げるとフェイトとアルフは何か言いたげな顔をしながらもそれを口に出すことはできず、リニスが背を向けると同時に彼女に続いて二人もこの場から去っていった。
俺は彼女たちが去った後も荒い息をつきながらその場に立ち尽くしていた。
「健斗君、大丈夫? あちこち血だらけだけど」
「……」
そんな言葉をかけながら近づいてくるなのはと、彼女に続いてやってきたユーノの顔を見る。そんな二人に向かって俺は言った。
「大丈夫……とはさすがに言えないな。手当てがしたいから家まで連れて行ってくれないか? 今日はなのはの家に泊まることにする。色々と聞きたいことがあるからな。なのはにも……ユーノにもな」
俺がそう言った途端、なのはとユーノは気まずそうに顔を見合わせてため息をついた。
こいつ、やっぱりただのフェレットじゃなかったか。
◇
ほぼ同時刻、とある建物の中にて。
「申し訳ありません我が主。ジュエルシードなるものの奪い合いの末に、彼女たちは件のロストロギアの暴発を引き起こしてしまいました。私が見張っていながらこの失態、誠に申し訳ありません」
頭上に浮かぶ魔法陣の前に浮かぶ《空間モニター》の前にひざまずきながら、仮面をかぶった男は申し訳なさそうな声で相手に詫びる。
彼の前にあるモニターには映像は表示されておらず、地球で使われるものとは異なる文字が浮かぶのみだ。
そのモニターの向こうから声が返ってきた。デバイスを通して声を変えているが、かろうじて男だとはわかる。
『よい。誰にも気付かれないように御神健斗を監視するよう頼んだのは私だ。このような状況を想定していなかった私のミスだ。お前が責任を感じる必要はない』
「はっ。失態を許していただいただけでなく、そのような言葉をかけていただき感謝します、我が主」
責めるどころか従者を安心させるように諭す主に仮面の男は感謝しながら頭を垂れ、それから少しして仮面の男は顔を上げながら問いを発する。
「それで主よ、“海”の状況はどうなっていますか? 地球だけで収まるような災害ではなかったように思えますが」
仮面の男の問いに、モニターの向こうの主は重々しくうなってから答えを返した。
『うむ、お前の言う通りだ。ジュエルシードの暴発の影響で、小規模だが《次元震》が発生してしまったらしい。すでに“管理局”もそれを察知して、地球に向けて調査隊を派遣するとのことだ』
「……そうですか。厄介なことになりましたね。これから動き出そうという時に」
『案ずるな、すでに手は打ってある。お前はただ言われたことをやってくれればいい。……それで、ジュエルシードと闇の書を狙う魔導師たちについてだが……』
「はっ、先日報告した通り彼女たちの正体は掴めています。彼女たちの主も、その居場所も――」
仮面の男の報告に主はしばらく沈黙する。時折ふむという声を発しているところから今後について思案していると考えて、仮面の男は口を挟まず平伏したまま待ち続ける。
じっくり3分ほど経ってから主は再び声を発した。
『……リスクもあるが利用してみるのも手か』
◇
次元空間に浮かぶ巨大な施設。
本局と呼ばれるその施設は、発達した魔導技術を持つ『管理世界』を始めとする数多の世界の平和と安定を保つための組織『時空管理局』の本部であり、その内部では次元空間内で常に発生している災害や犯罪に備えて、無数の局員が忙しなく働いていた。
その本局内にある執務室にて、一人の女性がオペレーターからの連絡を受け取っていた。
『ハラオウン提督、運用部のロウラン提督から通信が入っています。お繋ぎしてよろしいでしょうか?』
「ええ、お願いします」
ハラオウン提督と呼ばれた緑髪の女性がそう告げた直後に、彼女の前に浮かぶ空間モニターに映る人物はオペレーターから眼鏡をかけた紫髪の女性に切り替わった。
椅子に座ったままのハラオウンに対して女性は口を開く。
『リンディ・ハラオウン提督、お疲れ様です。今よろしいでしょうか?』
「レティ・ロウラン提督、そちらこそお疲れ様です。また新しい要請でしょうか?」
リンディの問いにレティは首を縦に振ってから言った。
『ええ。400ベクサ先の次元空間で小規模の次元震が発生したことはご存知ですか?』
レティの問いにリンディは「いいえ」と首を振る。
それを聞いてレティは話を続けた。
『そうですか。では簡単に説明します。
今から数時間前、400ベクサ先の次元で、ある管理外世界を起点とした小規模《次元震》の発生が観測されました。現地には未確認のロストロギアが落下したという報告も届いており、次元震の調査とロストロギアの回収が決定しました。
その調査と回収をハラオウン提督に要請したいと考えているのですが……いかがでしょう? 引き受けていただけますか?』
連絡を取って来た経緯について簡単な説明をしてから、レティはやや強い声色でリンディに尋ねる。
管理局におけるリンディとレティの階級は同格で、それ故に要請という形をとっているが、これは運用部から下された実質的な捜査命令だ。別の事件の調査や捜査をしているという事情でもない限り、これを断ることなどできない。
そして現在、リンディや彼女が率いる部隊が捜査している事件などはなく、手すきの状態だった。そのためリンディに返せる返答は一つしかない。
「わかりました。当該世界の調査任務、謹んでお受けします。どうか我々にお任せください」
『ありがとうございます。執務官を始めとする人員については提督にお任せしますので、可能な限り速やかに調査隊を組織して現地へと向かってください。状況によっては本局からの増員やその他の支援にもすぐにお応えしますので……気を付けてね、リンディ』
「ええ、わかっているわ。ありがとうレティ」
友人としての口調に切り替えて気遣いの言葉をかけてくるレティに、リンディもまた友人としてそう答えた。
リンディは顎に手を乗せ、そのままの口調で言葉を続ける。
「それにしても400ベクサ先の次元か。まさかと思うんだけど次元震の震源となった世界って、もしかして……」
それに対してレティはため息をつき。
『相変わらず勘がいいわね。そうよ、あなたが想像した通り、次元震が起こったのは《第97管理外世界》……現地で“地球”と呼ばれている世界よ』
「地球……グレアム提督の故郷か」
上官でもあり親しい友人でもある人物を思い出し、リンディは思わずそんなつぶやきを漏らす。
管理局によって97の番号が振られたその世界については、亡き夫や息子ともどもグレアムからよく聞かされていた。リンディの趣味も彼から聞かされた“日本”という国の話がきっかけである。
そこでレティは思い出したように言った。
『あっ、そうそう、今回の事はグレアム提督の耳にも入っていてね。彼から頼まれたことがあるのよ』
「提督から? 一体何かしら?」
リンディの問いにレティは、
『ええ、今回の調査隊にリーゼ姉妹を加えてやってくれないかって。もちろん指揮官の許可が取れればだけど』
「リーゼ姉妹を?」
リンディの復唱にレティはこくりとうなずく。
リーゼ姉妹とはグレアムが若い頃からその手足として従えていた使い魔で、グレアム同様ハラオウン一家と親しい。リンディの息子クロノとは特に。
リーゼ姉妹はグレアムが前線を退いてからもその力を振るっていたが、数年前に姉妹揃って管理局を退職。それ以降は嘱託として、局に対し一時的に力を貸すだけの関係だった。その姉妹が捜査に加わるとは。
『ただ、彼女たちも都合があるから、姉妹の内どちらかしか協力できないかもしれないと言っていたわ。それでもよければ』
その言葉にリンディは首を縦に振った。リーゼ姉妹はそれぞれ優れた体術と魔法の使い手であり、主が欠けた今でも管理局で最強のチームと言われている。そのどちらかだけでも加わってくれるなら願ってもない。
「構わないわ。ぜひお願いしますと提督に伝えてくれる」
『わかったわ。機会があったらあなたからもお礼を言って。……それと、くれぐれも何かあったらすぐに伝えて。管理外世界とはいえ、
「わかってる。魔法が発達してない世界とはいえ油断するつもりはないわ。クロノにも気を引き締めるように伝えておく」
その言葉にレティは固い表情で強くうなずいた。
かくして二つのロストロギアが関わるこの事件に、とうとう時空管理局がその腰を上げた。
様々な勢力が動く中、物語は動き続ける。