魔法少女リリカルなのは 愚王の魂を持つ者   作:ヒアデス

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第23話 プレシア・テスタロッサ

 あの戦いの翌日。

 

 昨日発生した地震を告げるニュースを眺めながらの朝食の後、勤め先(翠屋)へ向かう士郎さんたちと学校へ登校していくなのはたちを見送って、俺は自分の部屋へと戻る。昨日の怪我の件で念のために病院へ行くように桃子さんから勧められたため、今日は学校を休むことにしたのだ。

 急な泊まりでノートパソコンもないためプログラミングもできず、スマホをいじっているところでLINEが届いてきた。

 

『健斗君、今日学校休んでるんだって。仮病? 暇なら久しぶりにどこかへ遊びに行かない?』

 

 ……先輩か。

 

『昨日怪我したから病院に行くために休んでるだけ。くだらないこと言ってないで勉強しろ。あんた来年受験だろう!』

 

 平日の朝からたわけた誘いをかけてくる先輩にそう返信すると、さくらさんまで加わってきて先輩を叱りつけ、LINEの画面は先輩とさくらさんのメッセージであふれかえっていった。何やってるんだあの二人は。

 

 

 

 

 

 昨日の戦いの後、俺はなのはと彼女が飼っているフェレット()()()()()()()ユーノと一緒に高町家に戻り、怪我の治療を理由に泊めてもらうことにした。

 全身傷だらけになった俺を見て高町家のみんなはひどく驚いて色々と質問攻めにあったものの、なのはが一緒にごまかしてくれたおかげで転んだだけだと言い訳できた……と思う。

 それから怪我の手当ての手伝いをしてもらうことを理由になのはと二人きり――正確にはユーノを含めた三人――にさせてもらい、俺はなのはとユーノから今まで彼女たちが今まで行ってきたことと、《ジュエルシード》という宝石や《レイジングハート》という魔具について聞き出した。

 

 

 

 ユーノの正体は『ミッドチルダ』という異世界から来た魔導師で、各世界に点在する遺跡の調査を手掛けている考古学者でもあるらしい。本名はユーノ・スクライア。

 《ジュエルシード》はユーノが指揮していた調査団がある世界の遺跡から発見した21個の魔法石だったが、ミッドチルダまでジュエルシードを輸送していた時空艦船が原因不明の事故にあって地球に転移してしまったらしい。そして、その多くがこの海鳴市に散らばった可能性が高いとのこと。

 ジュエルシードは魔法技術によって生み出されたエネルギーの結晶体で、強大な力が秘められている半面扱いが極めて難しく、生物が触れただけで暴走してしまうほど危険な代物だ。

 そんなものを異世界に落としてしまったことで責任を感じたユーノは、自らの手でジュエルシードを集めてミッドチルダに送り届けるべく地球にやって来て、単独でかの石を集めるつもりだった。

 だが、暴走して思念体と化したジュエルシードとの戦いで傷ついて倒れていたところを、塾へ向かう途中だったなのはたちに発見され、動物病院に運び込まれた。

 しかし、ジュエルシードの思念体の魔の手はユーノがいた動物病院にまで及び、そこへ駆けつけてきたなのはに対し、ユーノは《レイジングハート》という球状のデバイス(魔具)を貸し与えた。

 なのはが秘めていた魔法の才能は相当なもので、ジュエルシードやレイジングハートが起こした出来事に翻弄されながらも、杖となったレイジングハートを使いこなして思念体を倒し、ジュエルシードを封印することに成功した。

 それ以来なのははユーノとともに、海鳴市の各地に眠るジュエルシードを探してはレイジングハートに封印して回っていたとのことだ。

 

 何らかの目的でジュエルシードを探している、フェイトという魔導師と遭遇したのもその最中らしい。ただし、なのはもユーノもリニスの事は昨日初めて知ったとのことだ。

 このことからリニスは闇の書の入手を、フェイトとアルフはジュエルシードの収集にそれぞれ専念していると推測できる。

 昨日のように三人揃ってジュエルシードの入手に動いたのは、かの石を確実に手に入れるためと、俺のようにのこのこやって来た邪魔者を倒しておくためだろう。結果的にはリニスの思惑通りに進んでしまったというわけだ。

 

 

 

 長くなったが、ここまでが俺となのはたちの間で共有した情報だ。そんなことはとっくに知っているという声がどこかから聞こえる気がするが、少なくとも俺にとっては初めて知った情報ばかりだし、多分気のせいだろう。

 

 それにしても面倒なことになったな。誰も傷つけたりせずに夜天の魔導書の頁を埋めるためには、どうしてもジュエルシードが必要なのに。それに“スクライア”って姓は聞き覚えがあるぞ。ユーノってもしかしてあいつの……。

 

 

 

 

 

 

 海鳴市の隣、遠見市の市街地にそびえ立つ高層マンションの屋上にはフェイトとアルフ、そして次元の向こうにいる自分たちの主のもとへ向かおうとするリニスの三人がいた。

 

「リニス、本当に私たちは戻らなくていいの?」

 

「……報告だけなら私だけでできますから。フェイトはアルフと一緒に昨日の疲れを取ってからジュエルシード探しを続けてください。私もすぐに戻ってジュエルシード探しの手伝いか闇の書の奪取にかかりますから」

 

 不安そうな、そして残念そうな表情で尋ねてくるフェイトに、リニスは励ますような笑みと言葉をかける。

 フェイトは「わかった」と言いながら首を縦に振った。

 そんな二人をアルフは無表情で見守る。リニスの内心を見透かしているように。

 

 数えるほどもない母と会える機会だ。数ヶ月ぐらい前までだったらフェイトも一緒に連れていっただろう。

 しかし、今の主とフェイトを会わせていいものかと考えると、リニスは首を横に振らざるを得なかった。

 リニスが知っている限りでも主の心身は日を追うごとに悪化しており、とても実の娘に見せられる状態ではない。それにもし、何かのはずみでフェイトがあの秘密を知ってしまうようなことがあったらどうなってしまうか……。

 一晩考えた末に、やはり自分だけが行った方がいいとリニスは判断した。

 

「じゃあ、せめてこれ……母さんへのお土産」

 

 そう言いながら、フェイトは両手に持っていた箱をリニスに差し出す。中身を崩さないように慎重な手つきで持っている。その箱は甘いもの好きなら見慣れている物で……。

 

「……ケーキですか」

 

 フェイトから箱を受け取りながらリニスはそうつぶやく。

 

「そんなもの、あの人は喜ぶのかねぇ?」

 

 怪訝そうにこぼすアルフに対してフェイトは苦笑しながら言った。

 

「わかんないけどこういうのは気持ちだから。贈り物ってもらうだけでも嬉しいものだって聞くし」

 

 その説明にアルフは「ふーん」と声を漏らし、リニスは……

 

「わかりました。責任を持ってあのお方に届けます。だから二人ともいい子で待っててくださいね」

 

 その言いつけに対しフェイトは強くうなずき、アルフはふんと鼻を鳴らす。

 そんな二人に笑みを向けてからリニスはあらぬ方向を見た。その視線の先には雲一つしかない青空が広がっているようにしか見えない。だがリニスたちはあの空の向こうに、この世界とは異なる次元空間に浮かんでいる、自分たちの本当の住み処の存在を感じ取っていた。

 

「次元座標876C-4419-3312-D699-3583-D146-0779-F3125……」

 

 長々しい数字と文字の羅列からなる座標を唱え終わると、リニスの足元に黄色い魔法陣が浮かぶ。

 

「開け(いざな)いの扉、《時の庭園》 テスタロッサの主のもとへ」

 

 そして次の瞬間、魔法陣から光の柱が立ち昇って空高く向かっていった。

 もうリニスの姿はない。リニスが立っていた場所をフェイトとアルフは不安そうな顔で眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 休み時間、授業から解放されたクラスメイトたちがはしゃいでいる中、はやては隣の空席を眺めていた。

 いつもならそこには御神健斗という幼なじみが座っている。でも彼は今日学校にいない。メールですずかから聞いたところ、昨日怪我をして病院で診てもらうために休んでいるとのことだった。

 健斗の席を眺めているところにもう一人の男友達、赤星雄一が声をかけてくる。

 

「よっ、はやて。やっぱり健斗がいないとつまらないか?」

 

「雄一君……」

 

 雄一は健斗の席に目をやりながら、

 

「ったく、小3にもなって転んで大怪我なんて相変わらずドジな奴だ」

 

 はやてを元気づけようと軽口を叩く雄一だったが、はやては健斗の席へ視線を戻し……

 

(いくら健斗君が破天荒とはいえ、転んだだけで病院に行くほどの大怪我を負うような真似はしないやろう。昨日もジュエルシードっちゅう石を探しに行ってたらしいし、そこでリニスさんやあの女の人とかと戦ったりしたんやろうか……なのはちゃんはそのこと知ってるんかな?)

 

 数日前の旅行中にはやては見た。なのはがユーノというフェレットのような動物と話をしているのを。それからしばらくしてなのはもユーノと一緒に旅館を飛び出して……

 

(やっぱりなのはちゃんも健斗君や守護騎士みたいな魔法使いだったりするんかな? あれ以来怖くてなのはちゃんと話すこともできんけど……やっぱりこのままじゃもやもやして落ち着かん。一度なのはちゃんとお話してみようか)

 

 

 

 

 

 

 《時の庭園》。

 地球がある次元の近くの空間にそれは浮かんでいた。

 草木一つない荒涼な浮島。その島の地面からは無数の岩が突き出ており、その岩の中で最も大きなものの中に彼女たちの本拠地があった。

 

 

 

 研究用のデバイスとロストロギアについて記された無数の資料が載せられた机の向こうで、黒衣の装束を着た妙齢の女が椅子に腰かけていた。

 机の前に立っている使い魔が差しだした戦利品のひとつを掴みながら、女は声を漏らす。

 

「……確かに《ジュエルシード》。間違いないわ」

 

「……はい。言いつけ通り手に入れてきました。どうかお納めください」

 

 神妙な顔でそう伝える使い魔、リニスの言葉を聞いて主である女はふうっと息をつく。

 

「よく頑張ったわ……って言いたいところだけど、私はあなたたちに何と言ったかしら?」

 

 その問いにリニスは口をつぐむが、主から再度「何と言ったかしら?」と尋ねられ懸命に声を絞り出す。

 

「……あの世界に散った21個のジュエルシード、そして八神はやてが持つ《闇の書》を手に入れてくること……です」

 

 リニスがなんとかそう伝えると、女はなおもジュエルシードを弄びながら顔を上げてリニスの方を見た。

 

「そうよ……でも、あなたからはジュエルシードを3つだけしかもらっていないのだけれど。残りのジュエルシードと闇の書はどこにあるのかしら? フェイトが持っているの? それとも……」

 

 もったいぶるようにそう問いかけてくる主に対し、リニスはぎゅっと唇を噛み――

 

「申し訳ありません。思った以上に難航して、ほとんどのジュエルシードと闇の書は今も97管理外世界にあります」

 

 気まずそうな声でそう伝えるリニスの前で、女はわざとらしく大きなため息をついてみせた。

 

「そう……一月近くかけてたった3つ。あなたがついていながら」

 

「……申し訳ございません。すべて私の責任です」

 

 リニスはもう一度謝って深く頭を下げる。そんな彼女の前で女は首を大きく横に振った。

 

「こんなに時間をかけて書物一冊手に入れられず、ジュエルシードもたった3つしか手に入れられなかったなんてね……ひどい、あまりにひどすぎるわ……しかも――」

「――っ!」

 

 そこでリニスの目の前で火花が散った。女がその手に持っていたジュエルシードをリニスの顔に投げつけてきたのだ。

 思わず顔を抑えるリニスの前で、女は椅子から立ち上がりながら怒鳴り声を上げた。

 

「これは何? 魔力が半分しか残ってないじゃない! ジュエルシードをたった3つしか入手できなかった挙げ句こんなものを掴まされたというの!? この“大魔導師プレシア・テスタロッサ”が生み出した使い魔ともあろう者が!」

 

 主――プレシア・テスタロッサの怒鳴り声を聞き流しながら、リニスは顔を抑えたまま床に転がり落ちたジュエルシードを見る。確かに彼女の言う通り、よく見れば他の二つよりその輝きは弱々しいように見えた。

 

(あっさり渡してくると思ったら、もう使った後だったんですか……小賢しい真似を)

 

 そのジュエルシードは、昨夜リニスが手に入れた2つのうち健斗が元々持っていたものだった。しかし、すでに何らかの用途に使われた後のようで、そのジュエルシードには半分しか魔力が残っていなかった。完全に枯渇していなかったのは幸いだが。

 それでも抜け目ない敵に対して、リニスは心中で毒づかずにはいられなかった。そしてこうも思った。やはりフェイトを連れてこなくて正解だったと。

 そこでプレシアは落ち着きを取り戻すために呼吸を整え、リニスが持っている箱に目を向けた。

 

「ところでさっきから気になっていたけど、それは何? ジュエルシードと闇の書が入っているようには見えないけど」

 

 そこで初めてリニスは笑顔になって、ケーキが入った箱を主に向けた。

 

「フェイトからのお土産です。ここに戻ってこれないからせめてお菓子だけでもって」

 

「あの子から……そう、ふふ」

 

 フェイトからのお土産と聞いて、プレシアは小さく笑いながらリニスのもとへと歩み寄る。主の笑顔につられて、リニスは笑みを深めながら言った。

 

「そうなんです。よければ後で――」

「フェイトに伝えてくれないかしら?」

 

 リニスの言葉をさえぎってプレシアは声を発した。リニスは不安を覚えながらも主に尋ねる。

 

「何をでしょうか――」

 

「そんな物を買ってる暇があったら、言われたことをちゃんとおやりなさいってね!」

 

 リニスが聞き返した瞬間、プレシアは怒声を上げながら彼女が持っていた箱を忌々しそうに払いのける。箱は勢い良く地面に落ち、その中からケーキがこぼれた。

 それを見てリニスは愕然としながら心の中でフェイトに詫びる。責任をもって届けると言いながらその約束を破ってしまったことに。

 その一方でプレシアは床にこぼれたケーキに目もくれず、不機嫌そうに椅子まで戻り腰を下ろす。そしてあたかも今気付いたように言ってみせた。

 

「そもそもジュエルシードを集めてくるのはあの子の役目だったはずよね。あなたに任せたのは八神はやてから闇の書を奪ってくることだったわ。なら私はあなただけでなく、あの子も叱らないといけないかしら?」

 

 プレシアがそう言った瞬間、リニスは勢いよく顔を上げて言葉を返した。

 

「ち、違います! フェイトに非はありません! 闇の書を手に入れられていないのもジュエルシードが集まらないのも、すべて私の責任です!」

 

 リニスの弁解をプレシアは否定せずに……

 

「……そう。そんなに無能な使い魔を使い続ける意味はないわね。あなたを維持し続けるのも辛くなってきたことだし、そろそろ契約を解消してお互い楽になることにしましょうか」

 

「ま、待ってください! フェイトとアルフだけでは、すべてのジュエルシードと闇の書を手に入れることなんて到底できません! もう一度! もう一度だけチャンスをください! 私があの子たちを指導して、あなたが望むロストロギアを手に入れてみせます!」

 

 必死にそう訴えるリニスの前でプレシアはふっと息をついて言った。

 

「……あと一度だけよ。今度失敗したらあなたとの契約の解消か、フェイトに罰を与えるかのどちらかを取らせてもらうわ」

 

「……はい。寛大な処置をありがとうございます」

 

 内心忸怩(しくじ)たる思いを抱えながら頭を下げるリニス。彼女の胸中を見透かしながら、プレシアは勝ち誇ったように机の上に置いた手を組んで言った。

 

「いいこと。あなたにもフェイトにも何度も言ったことだけれど、もう一度だけ言うわ。私の夢をかなえるには、ジュエルシードと闇の書という二つのロストロギアが必要なの。そのために()()()()()()()()のあなたを生かし続けているのよ。ジュエルシードに加えて闇の書を手に入れるために!」

 

 その言葉にリニスはピクリと眉を寄せる。

 リニスは元々フェイトを鍛え上げるために作られた使い魔だった。フェイトが今のような優れた力量を身に着けた時点で、リニスは主との契約を終えて消滅するはずだったのだ。

 しかし、闇の書が実在する事を知ったプレシアによって新たな契約が結ばれ、生き永らえている。

 その代償はあまりに重い。

 

 リニスは顔を上げてあらためて主を見る。

 

 そこにいたのは亡者だった。

 長く美しかった黒髪はぼさぼさに乱れ、絶世の美女と呼ばれるほどに整っていた容姿は病と不摂生によってがりがりに痩せ細り、多くの異性を虜にしていた瞳はぎょろりと細くなっている。胸元やへそ、左右の脚の(もも)などあちこち肌が露出している服を着ているが、血色がないため色気はほとんどない。

 

 いつ息を引き取ってもおかしくない状態でいながら、ある願いを成し遂げるためだけにプレシアは動き、生き続けていた。

 

「早く闇の書を手に入れてきなさい。そのために残りわずかな命をすり減らしてまであなたを維持し生かしているのよ」

 

 そんな亡者と化した主にリニスは先ほどまで抱いていた恐怖心でも忠誠心でもなく、憐れみから返事を返した。

 

「……はい、必ずや」

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