午後。
平日で待合時間がほとんどなかったこともあって怪我の処置は早く終わり、病院を出てどこかの店に行こうとしたところで石田という医師に捕まった。
責任感と優しさを備えた人物で、天涯孤独な上に原因不明の麻痺を発症したはやてを常に気遣ってくれていて、はやての友達である俺やなのは、すずかたちからの信用も厚い。
はやての現在の同居人でもある守護騎士たちともすでに顔見知りなのだが、はやての親戚を名乗って一緒に暮らしている彼女たちを不審に思っている節があり、今日もシグナムたちについてあれこれと尋ねられた。まあ、そのおかげで予定よりうまい昼食にありつくことができたが。
そして石田先生と別れて、これから家に戻ろうという時に彼女たちと鉢合わせた。
「……よう」
「こんにちは健斗君」
「ヴィータ! シャマルまで!」
高町家に戻ろうとする俺の前に現れたのは、石田先生との話にも挙がっていたはやての同居人のうち二人だった。
「なんでお前たちがここに? 病院に行くなんて話してなかったよな?」
疑問に思ってそう問いかけるとシャマルが口を開いた。
「お昼近くになってはやてちゃんから連絡があってね。怪我の手当てのために学校を休んだって聞いたから、ここまで来てみたの」
「まさか医者のおばさんとデートしてるとは思わなかったけどな。そのためにズル休みしたんじゃねえだろうな?」
「あら! 親しげに話してると思ったらそういうことだったの? 私は応援してるわ。恋愛に歳の差は関係ないもの。でも、そのために学校を休むのはいけないわね」
「ち、違う! 病院でたまたま会って、はやてのこととかを話してただけだ!」
戯言を言ってからかってくるヴィータとそれを真に受けるシャマルに対し、俺は反射的に声を張り上げる。……それと、あの人の齢についてはあまり大きな声で言わない方がいいと思う。もし本人が聞いていたらどうなることか、考えただけでぞっとする。
「それで、なんでここに来たんだ? ……まさか」
気を取り直すために咳払いしながら問いかけると、シャマルは表情を引き締めてから口を開いた。
「次のジュエルシードが見つかったわ」
「本当か!?」
その報告に俺は思わず驚きの声を上げる。
まさか一日も経たないうちに次のジュエルシードがある場所がわかるとは。しかもリニスたちに手持ちのジュエルシードを奪われた直後に。これが神の思し召しか。
「そうか。ならぐずぐずしていられないな。あいつらに奪われたジュエルシードの穴を埋めるためにもすぐに向かわないと。でもなんでお前たちが直接来てくれたんだ? 昨日だって携帯で教えてくれたのに」
そう尋ねるとヴィータは腕を組みながらばつが悪そうに口を開く。
「……はやてに頼まれたんだよ。またお前がジュエルシードを探しに行ったりするようなら、何人かだけでもついてってやってくれないかって。昨日の怪我ってリニスたちと戦ったせいなんだろう? あたしらの中から誰か一人でも駆けつけていれば怪我なんかせずにすんだかもしれねえからな」
「仮に怪我しても私がついていれば治療できるしね!」
「……そうか」
両腕を軽く上げて意気込むシャマルに苦笑しながら心の中ではやてに礼を言う。
確かに守護騎士の誰かがいれば昨日のような事にはならずに済んだかもしれない。
……やれやれ、前世の頃からまるで成長していないな。
不甲斐なく思いながらも俺は、
「わかった。お前たちの主殿の厚意に甘えさせてもらおう。協力してくれ」
「おう」
「わかったわ」
俺の頼みにヴィータは面倒そうに、シャマルは快くそう言ってくれた。
◇
空が赤みがかり始めた頃。住宅街のバス停に清祥学園のスクールバスが停まり、運転手にお礼を言いながら二人の少女がバスから降りる。
体の向きを変え、足を進め始めたところで片方の少女が口を開く。
「ごめんななのはちゃん。急にお邪魔することになってもうて」
「ううん。はやてちゃんが遊びに来てくれるのなんて久しぶりだし、みんな喜ぶよ。健斗君も驚くだろうなあ」
「せやな。なのはちゃんのおうちに着いたら、真っ先にお部屋に行って驚かせたろか」
そんな言葉を交わしながら、なのはとはやては幼なじみがいるだろう高町家へと向かっていく。
そこでなのはは、自分たちの前にそびえ立つ電柱の隅にいるペット――いや相棒の存在に気付いた。彼の首には紐が巻かれていて、そこには赤い球が付いている。それを見てなのはは急に声を上げた。
「ああ! お母さんから買い物頼まれてたのを忘れてた! ごめんはやてちゃん、私買い物済ませてくるからはやてちゃんは先におうちに行ってて!」
「あっ、そんなら私も一緒に――」
とはやては言いかけるものの、なのはの様子がおかしいことに気付いて、
「……やっぱりお言葉に甘えさせてもらおうかな。じゃあ先に行って健斗君と一緒に待ってるから」
そう言ってはやては手を振りながら高町家の方へ向かっていき、彼女の姿が見えなくなったところでなのははユーノから彼の首に提げられていたレイジングハートを受け取った。
「レイジングハート、治ったんだね。よかった……」
『Condition green(状態は良好です)』
顔をほころばせながら声をかける主にレイジングハートがそう返事を返す。
なのははレイジングハートに続けて問いかける。
「また一緒に頑張ってくれる?」
『All right, my master!(はい、マイマスター!)』
「……ありがとう」
その返事を聞いてなのはは礼を言いながらレイジングハートを胸に抱いた。
その光景を塀の影に隠れて覗いていたはやては、ただただ唖然としながら眺めるしかなかった。
◇
その頃、フェイトとアルフは海鳴市の市街地にある建物の屋上にいた。探し物が反応を示す時をじっと待っている。フェイトはすでに
「バルディッシュ、どう?」
『Recovery complete(修復完了)』
「そう。頑張ったね。偉いよ」
フェイトが右手のグローブに付けた金属片、バルディッシュとそんな言葉を交わしていると魔法陣が現れる音が響いて、フェイトとアルフは後ろを見る。
そこには白い帽子で猫耳を隠した自分たちの師がいた。
フェイトは彼女に声をかける。
「お帰りリニス。母さんの様子はどうだった?」
フェイトに対しリニスは
「相変わらず熱心に研究に励んでいましたよ。フェイトがジュエルシードを3つも集めたって聞いたらとても驚いちゃって」
「……そう。あのケーキはちゃんと渡してくれた?」
「ええ、ひと段落したら後で食べるって。でもとってもおいしそうだって言ってました」
「……そっか、じゃあロストロギアを集めて庭園に帰る時にもう一度買っていこうかな」
そう言ってフェイトは小さく笑う。リニスの表情と赤く腫れた額を見て、彼女が言ってることのほとんどが嘘だとフェイトもアルフも気付いてしまった。
リニスは顔を引き締めながら言う。
「次のジュエルシードがある場所、見当はついてるみたいですね」
その言葉にフェイトはうなずいた。
「うん。もうすぐ発動する子は近くにいる」
「そうですか。では今まで通りあなたたち二人でジュエルシードを取りに行ってください。私は闇の書を手に入れてこないといけませんので」
「……わかった。リニスも頑張ってね」
フェイトのねぎらいにリニスは笑みを浮かべて応じる。
本当なら、御神健斗や守護騎士が邪魔しに来た時の事を考え、今回も二人と一緒にジュエルシードの入手に当たるつもりだったのだが、そういうわけにもいかなくなった。
先ほどの報告で、とうとうプレシアから最後通牒を突き付けられてしまったからだ。もしここで成果を上げなければ、プレシアは本当にリニスとの契約を解除するか、罰と称してフェイトに鞭を打つだろう。
最低でも、自分の役目である闇の書だけは手に入れなくてはならない。闇の書さえ手に入れればフェイトを守ることはできるはずだ。
ジュエルシードは、闇の書に注ぐエネルギーの
リニスはフェイトたちに背を向けて足元に魔法陣を浮かべ、闇の書がある場所を探知しようとする。八神はやての家にあるとは思うのだが、はやてか守護騎士の誰かが持ち歩いている可能性も十分ある。いずれにしても十分な警戒のもとで守られているだろうが。
そして……
「――えっ?」
「「……?」」
突然声を上げたリニスをフェイトとアルフはきょとんとした目で見る。
「どうしたんだよ? 八神って子から闇の書を奪いに行くんじゃないの?」
アルフはそう問いかけるものの、リニスはそちらの方を向いたまま驚愕の表情でつぶやいた。
「……闇の書は向こうからこちらに近づいてきている……次のジュエルシードがある場所まで」
「えっ……?」
「何だって!?」
◇
海鳴臨海公園。
「はああっ!」
「オォォォォッ!!」
樹の怪物に向かって刀を振るうも、怪物が自身の前に張った障壁によって弾かれてしまう。
「バリアか、生意気なヤツだ」
「元が植物だからかしら? 防衛本能が強いみたいね」
障壁を張って俺の攻撃を防ぐ怪物を見て、ヴィータとシャマルが面倒そうにつぶやく。
俺たちがこの公園に来た時にはすでに公園の樹があのような怪物に変化していた。目と口を模したような穴が3つついており、二つの枝を腕のようにぶんぶん振り回している。間違いなくジュエルシードによるものだろう。あのサッカー少年が怪物に変化した時とよく似ている。
「オォォォォッ!」
怪物のうなり声とともに地面から突き出てきた根が俺に襲い掛かる。俺は上空に飛んでそれをかわした。
接近戦に強いタイプか、やりづらい相手だな。
そう思って舌打ちを鳴らしていると、
「いくよ、バルディッシュ」
『
少女の高い声と無機質な声の後に光の刃が地面すれすれを這うようにすれすれを飛んできて、根を刈り取っていく。
刃が飛んできた方を見ると黒い鎌のような魔具を持った金髪の少女が立っていた。その隣には赤い狼もいる。
「フェイト! アルフ!」
二人を見つけて上空で俺は思わず声を上げる。もう来たのか。
彼女たちだけではない。俺が飛んでいる場所から向こう側では怪物に向かって杖を構えている白い魔導着を着た少女がいた。
「撃ち抜いて、ディバイン――」
『buster!』
レイジングハートの先端に浮かぶ環状魔法陣から桃色の光線が放たれ、怪物に撃ち込まれる。
「オォォォッ」
レイジングハートが放った光線を障壁で阻みながらも、怪物は苦しげにうめく。フェイトはそれを見て即座に指で文様を描き魔法陣を作った。
「貫け轟雷」
『Thunder smasher!』
魔法陣に向けてフェイトが魔具バルディッシュを振るうと、魔法陣から金色の光線が放たれる。
「オォォォォォォッ!」
二人の少女からの砲撃によって怪物の体は崩れていき、Ⅶの数字が浮かんだジュエルシードを放出しながら樹の怪物は消滅していった。
宙に浮かんだままのジュエルシードに向かってフェイトは浮遊し、なのははその向こう側に浮いたまま、かの宝石を挟んで二人の少女は相対する。
それを見上げながら、俺たちは手を出すことができないでいた。
下手にジュエルシードに衝撃を与えればまた昨日のような惨事が起こりかねない。
それに……。
俺は上空の二人と地上にいるアルフを注意しながら辺りを見回した。
(リニス……奴もここにいるのか?)
◇
はやては口をあんぐり開けながら上空を見上げ、その場に棒立ちしていた。
もう何が何やらわからない。
なのはを追って公園まで来てみれば、彼女は健斗たちが樹のお化けと戦っているのを見つけると、すぐにレイジングハートという球を杖に変え身に着けている服まで変えながら上空を飛んだのだ。
そしてお化けがいるだろう真下に向けて杖を構え、桃色の光を撃ち放った。
さらに今、なのははジュエルシードという青い石を挟んで金髪の少女と対峙している。
もう疑いようがない。なのはも健斗や守護騎士と同じ魔導師なのだ。
そう確信しながら上空に浮かんでいる二人を見上げていると――
「あなたも来ていたんですね」
「――っ!」
ふいに声をかけられて、はやては反射的に後ろを振り返る。
そこには白い帽子と白いコートを身に着けた女性が立っていた。
「リニスさん……」
「お久しぶりです、八神はやてさん……先日お会いして以来ですね」
幼なじみの姿に驚いているはやての前に現れたのは、彼女が持つ闇の書なる本を狙うリニスという女性だった。