自身の前に現れた人物を見て、はやては無意識に一歩後ずさる。
そんなはやてを守るように二人の男女が割り込んできた。
「シグナム! ザフィーラ!」
「主、お下がりください!」
「――」
シグナムはリニスを睨みながら彼女の前に立ちはだかり、その後ろでザフィーラが主をかばうように自身の体でその姿を隠す。
二人を前にしてリニスは前に向けて踏み出しかけていた足をぴたりと止めた。
「(……この二人だけなら何とかなるかも。他の二人や御神健斗と合流される前に早く決着をつける必要がありますが)――バルバロッサ!」
『Yes,ser』
リニスがおもむろに懐から金色の球を取り出しながらその名を発すると、球もまた声を発し取っ手を形成してステッキへとその形を変える。
それに対してシグナムも首に付けたアクセサリーを握りながら言った。
「レヴァンティン!」
『Anfang』
瞬きする間もなくシグナムははやてが考えた騎士甲冑に身を包み、彼女が首に着けていたアクセサリーも剣になった。
シグナムとリニスは互いに武器を向けながら睨み合う。しかし――
「待って!」
ふいにはやてが声を上げ、三人は彼女の方に顔を向けた。
「シグナム、ちょっと待ってくれんかな。リニスさんにいくつか聞きたいことがあるんや」
「主? しかし――」
異を唱えかけるシグナムだったが、はやての瞳を見て言葉を飲み込む。リニスもまたはやての表情を見て、
「……何でしょう?」
問い駆ける彼女に対し、はやては足を一歩前に進めた。その隣ではザフィーラがリニスに向けて注意深く構えを取っている。
はやては深く息を吸ってから言葉を発した。
「昨日健斗君が学校を休むくらいの大怪我をして帰ってきたそうなんですが、何か心当たりがありませんか? 本人は転んだだけなんて言ってたみたいですけど」
据わった目を向けて問いかけてくるはやてに、リニスは一瞬言葉を詰まらせながらも……
「……お察しの通りです。私がやりました。彼が持っているジュエルシードを奪うために」
それを聞いてはやてはきっとリニスを睨み――
「そんなに欲しいんですか? あんな石ころと闇の書っていうこの本が」
はやてはそう言って鞄を掲げ、なのはに見せるために持ってきた闇の書を取り出す。その瞬間リニスの視線が鞄に向き、シグナムとザフィーラは構えを強くする。そんな中、はやては闇の書を隠そうともしないまま言った。
「闇の書についてはシグナムたちから一通りのことは聞きました。平たく言うと何でも願いを叶えるような本なんでしょう?」
その言葉にリニスはこくりとうなずく。さすがにそこまで万能ではないが、完成した闇の書があれば叶わない事の方が少ない……と言われている。
「ひとつだけ……ひとつだけ約束してくれるならこの本、リニスさんにあげてもいいですよ」
「――!」
「――なっ!」
それを聞いてリニスとシグナムは思わず息を飲み、ザフィーラも目を見張る。
それに構わずはやては強い口調で言った。
「その代わり、もう二度と健斗君にひどいことしないでください! 守護騎士やなのはちゃんにもです! そう約束してくれない限り闇の書はあげられません!」
「……もし約束できないと言ったら?」
「この場で闇の書をちぎって破り捨てます!」
ほとんど間を空けずに放たれたその言葉を聞いてリニスは再び息を飲み、はやてを止めようと前につんのめる。しかしシグナムとザフィーラに阻まれて、それ以上近づくことはできなかった。
そんな彼女にはやては迫るように言った。
「どうしますか? 私の友達に手を出さないと約束して闇の書を受け取るか、それとも闇の書を台無しにされる危険を冒して無理やり奪おうとするか……言っておきますけど脅しなんかじゃありません。こんなもののために誰かが傷つくくらいなら、ない方がいいって考えてます――何なら今すぐにでも」
そう言いながらはやては闇の書を両手で掴む。それを見て――
「ま、待ちなさい!」
「……」
書を掴む両手に力を込めるはやてにリニスは思わず声を張り上げる。はやては書を掴んだままリニスを見た。
「待ってください。私だって健斗さんたちを傷つけたくはありません……ただ、私たちが手に入れなければならないのは闇の書だけではないんです。前にも言ったように、ジュエルシードという石も一緒に手に入れてくるように主から言われていて。それを巡って私たちは健斗さんやあの女の子と対立している状態なんです。彼らがジュエルシードを渡してくれない限り、はやてさんとの約束を守れる保証は――」
「じゃあ私からリニスさんたちにジュエルなんとかを渡すように、健斗君となのはちゃんを説得します。あの二人が聞いてくれるかはわからないけど、今はただ健斗君となのはちゃんに危害を加えないと約束してください。でないと本当に……」
今にも闇の書を引き裂きかねない様子を見せるはやてを前にして、リニスは完全に気圧されていた。健斗やなのはとは別の意味で厄介な相手だ。その上でこの少女は彼らを凌ぐほどの魔法の才を秘めているというのだろうか……だとしたら恐ろしいという他ない。
要求に応じた方がいい。リニスがそう思っている時だった。
「お待ちください主はやて! 闇の書の主はあなただけです! 書を他の者に渡すことなど――」
敵に背を向けてそう言い募るシグナムにはやては笑みを向けながら、
「ごめんなシグナム。私とこの本のためにみんな頑張ってくれているのに。でもこんなもののためにみんなが傷つくのはもう嫌なんや。だったらここでリニスさんに渡した方がええ。この人たちが闇の書やあの石をどう使うつもりかはわからんけど、きっとそんなに悪いことに使うつもりやないと思う……そうですよね?」
「……」
はやてからの問いにリニスは言い淀む。確かに自身の主プレシア・テスタロッサの望み自体は人々や世界に害をなすものではない。闇の書の過去の所有者たちなどと比べたらあまりに小さな願いだろう。
だがリスクはある。第97管理外世界と呼ばれるこの世界を危険にさらすようなリスクは。それを承知の上でリニスは言わずにおいた。
「違います主! 私が言いたいのはそういうことではなく――」
「わかりました。その条件を飲みましょう。フェイト……私の仲間たちを下がらせて、ジュエルシードについては譲っていただけるように健斗さんやあの女の子と話し合うと約束します。はやてさんからも彼らを説得していただけると助かるのですが」
シグナムの言葉をさえぎって放たれたリニスの返答に、はやてはうなずきを返す。そしてはやてはリニスに向けて闇の書を差し出した。
なおも何か言おうとするシグナムの横でリニスはそれを受け取ろうと手を伸ばす。
――その時。
「そこまでだ!」
「えっ?」
「……?」
上空から降り注がれたその声にリニスは手を止めて、はやてと騎士二人も思わずそちらを見上げる。
その瞬間、彼女たちのまわりに数十もの円状の魔法陣と紫色のコートの身を包んだ男たちが現れた。
◇
地上にいるアルフや公園のどこかに潜んでいるかもしれないリニスに注意しながら上空で対峙する二人の様子を窺っているところで、周囲や上空に円状の魔法陣が次々と出現し、その中から紫のコートを着た男たちが何十人も現れて俺たちを取り囲んでくる。
そしてなのはとフェイトの間に黒髪の少年が現れた。
黒いコートを着て、シリンダーのようなものを先端につけた杖を持っている少年だ。
彼は左右にいるなのはとフェイトを視線で止めながら声を張り上げる。
「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ! 『執務官』の権限で君たちを拘束する! 大人しく投降しろ!!」
頭上に突然現れた少年の口から出た宣告に俺となのはは戸惑い、守護騎士やフェイトたちは息を飲む。
そして……
「『時空管理局』……またあたしらの邪魔をしに来たのか」
ヴィータはそうつぶやきながら忌々しげな目で少年を睨んでいる。まるで長年の怨敵と出会ったかのように。
その一方、少年は部下らしき男たちに取り囲まれている俺たちを見回し、その途中で向こう側に目を向けた瞬間その目を一杯に見開いた。彼につられて俺もあちら側に目を向ける。
そこにははやてとリニス、そしてはやてを守るために彼女のそばについていたシグナムとザフィーラがいた。
それを目にした少年はさっきよりはるかに張りつめた声で――
「――あの茶髪の女の子を捕まえろ! 彼女が持っているのは、第一級の捜索指定がかかっているロストロギアだ!」
それを聞いて、すでにはやてたちのまわりに現れていた男たちがはやてを捕まえようと彼女に迫り、シグナムとザフィーラははやてのそばに立って主をかばった。
リニスも突然現れた男たちと対峙しながら……
(とうとう嗅ぎつけられてしまいましたか。しかもよりによってこんな時に。私一人だけならまだしも、このままではフェイトとアルフが――)
俺たちもリニス一味も、突然現れた黒コートの連中に包囲されて身動きが取れなくなる。
何だこの状況は? 何なんだこいつらは? なんでこんな連中に俺たちが拘束されなければいけないんだ?
そう思っていると――
「フェイト!」
眼下からの声に上空にいる三人が下に顔を向ける。
その直後少年に向けて茜色の光弾が放たれた。少年は手を突き出し魔法陣で光弾を防ぐ。
次の瞬間、男たちを突き飛ばしながら赤い狼アルフが上空に飛んできた。
「撤退するよ。離れて」
そう言うとアルフは少年に向けて光弾を撃ち放つ。少年と彼のすぐそばにいたなのはは真横に跳んで球を避け、その隙にフェイトはジュエルシードに向かっていく。
だが――
「こいつ!」
「大人しくしろ!」
ジュエルシードの間に何人かの男が現れ彼女の行く手を阻む。それを前にしてフェイトは動きを止めた。
そして男たちはフェイトを捕まえようとその手を伸ばす。さすがに見ていて気分がいいものじゃない。
そう思っているところで――
「やめて! フェイトちゃんにひどいことしないで!」
フェイトと男たちの間になのはが割って入り、悲痛な声で訴える。しかし男たちは不愉快さを隠さずに、
「貴様!」
「構わん、二人まとめて捕まえ――ぐあっ!」
なのはとフェイトを捕まえようとした二人のうち一人が太い声を上げながら落下し海に落ちていった。彼が身に着けているのが魔導着なら死にはしないと思うが。
海に落ちた仲間を見て男たちが信じられないものを見る目でこちらを見る。その反対側からは……
「あなたは……」
「健斗君!」
俺はなのはとフェイトの前に立ち、かばうように彼女たちの前に立った。
◇
一方、地上では黒コートの男たちに囲まれている状況にかかわらず、守護騎士たちは唖然としながら上空を見上げていた。
(……いつの間にあそこまで)
(それも無数の管理局員に囲まれた状態で……だが)
(あのような光景はあの頃に何度か見たことがある……確かあれは)
(《フライングムーヴ》……嘘だろ。まさかあいつ本当に……)
◇
「いつの間にここまで……いや、どうやってあの包囲を潜り抜けてきた?」
目の前で仲間をやられた男は憎々しげに俺を睨む。だが俺は彼らに構わず――
「おいあんた!」
「――!」
親玉らしい少年に向かって怒鳴ると少年はこちらを見返してくる。俺は彼に向けて怒鳴った。
「これは一体どういうことなんだ? いきなり現れてきて俺たちを拘束しようなんて強引すぎるにもほどがあるぞ! あんたたちは一体何者なんだ?」
すると少年は怪訝そうな顔で口を開いた。
「僕はクロノ・ハラオウン。時空管理局に所属する執務官だ。さっきちゃんと名乗っただろう。わかったら武器を引いて投降するんだ。君たちには聞きたいことが色々とある」
「――わからねえよ! そんな組織や職業一度も聞いたこともない! 一体何の権利があって俺たちを捕まえようとしているんだ?」
「管理局を知らないだと……まさか、君はこの世界の人間なのか? 魔導師なのに……」
クロノという少年は信じられないものを見るような目を向けてくる。魔導師なら……魔法がある世界から来た人間なら知っているような組織なのか? そういえば、守護騎士たちやフェイトたちはこいつらを知っているようなそぶりだったが。
「フェイト、お前はこいつらを知っているのか? あいつが言う時空管理局とやらについて」
「えっ――う、うん。あなたたちは知らなかったの?」
フェイトに向かって尋ねると彼女は誤魔化そうともせず、あっさりそう言ってのける。むしろ俺たちが知らなかったことに驚いているようだ。
じゃああいつらは、本当にどこかの世界から来た警察のような組織なのか? だとしたらここでフェイトたちやリニスを捕まえてもらうのも手だが。
だが、さっきクロノははやてを見た瞬間血相を変えて彼女を捕えるよう部下に命じていた。このままこいつらに従うのも危険だ。せめてはやてとなのはだけでも見逃してもらえるように話を付けないと。
クロノという奴を見ながらそう思っている時だった――。
「ぐあっ!」
「――!」
俺たちの前にいたクロノの部下たちが突然あらぬ方に飛ばされて眼下の地面や海に落ちていく。
そして彼らがいた場所には、今までいなかったはずの人物が浮いていた。
青い短髪に、青いラインがいくつも入ったトップスと青と白が入り混じった色のズボンを着て、白い仮面をかぶった……多分男だ。
「何者だ? こいつらの仲間か?」
仮面の男に向かって杖を向けながらクロノは声を張り上げる。
仮面の男はクロノの質問に答えず、クロノは再び問いを発しようとした。
だが次の瞬間、仮面の男は一瞬でクロノの眼前まで移動し、彼の腹にするどい蹴りを入れた。
「うわあっ!」
衝撃を殺しきれずクロノはうめき声を上げながらあさっての方に飛んでいった。こいつ、リニス以上に速いぞ!
そう思った瞬間、今度は俺のすぐ前に仮面の男が現れると同時に腹に鈍い痛みが走った。
「ぐあっ!」
「健斗君! ――うっ!」
俺が殴られた直後になのはの周りに二つの輪が出現し、彼女の体を拘束する。
そして残ったのはフェイトとアルフだけとなった。まさか今度は彼女たちにまで。
俺もおそらくなのはもそう思っていたが、
「フェイト・テスタロッサ、アルフ、退け」
「――えっ?」
「はぁっ?」
突然現れた乱入者に名前を呼ばれ二人は戸惑いの声を上げる。あいつらの仲間……じゃないのか?
「ジュエルシードはまだ他にもある。闇の書もここで手に入れようとする必要はない。あのリニスという猫と一緒に退け」
「でも――あっ!」
「逃げるよフェイト! こいつの言う通りだ!」
アルフは迷うそぶりを見せるフェイトを強引に背中に乗せてその場から飛び去り、仮面の男もそれに続く。
俺は彼らを追いかけようとするが、仮面の男は顔だけをこちらに向けて言い放った。
「そのままじっとしていろ!! そして時を待て! これが正しいとすぐにわかる!」
「……?」
言い聞かせるような口調でそう言い残すや、彼はものすごいスピードでこの場から飛び去る。
首をかしげながら下を見ると、地上で多数の局員たちが倒れているのが見えた。リニスも騒ぎに乗じて逃げたようだ。
◇
次元空間。
時空管理局次元航行艦船8番艦『アースラ』・ブリッジ内。
「魔導師の一部と乱入者は逃走」
「追跡は?」
「いずれも多重転移で逃走してます。追い切れませんね」
前部にいる眼鏡をかけた茶髪のオペレーターからの報告を聞いて、女性艦長は後部の席に腰かけたまま「そう」と言いながら息をつく。彼女は続けて指示を出した。
「すぐに医療班を向かわせて。それから彼らをアースラに迎え入れる準備を。私と執務官が直接事情を聞くことにします」
「危険です! あの中には第一級指定ロストロギア――《闇の書》の所有者が――」
紫髪のオペレーターからの警告に対し艦長は首を横に振り。
「いえ、彼女の方からこちらに攻撃してくる様子はありません。むしろ戦闘に巻き込まれただけのようにすら見えます。あの少年と白い服の少女も魔法が使えるものの管理局について何も知らないみたいですし、こちらの方から説明する必要があると思います。すぐに準備して」
艦長の指示にオペレーターは慌てて「はい」と返事をする。
それを聞きながら艦長は手元のデバイスに手を伸ばした。
◇
苦しげにうめきながら戻って来たクロノや拘束から解放されたなのはと一緒に地上に戻り、俺たちははやてや守護騎士たちと合流した。
「はやて、大丈夫だったか?」
「う、うん。シグナムとザフィーラが守ってくれたおかげで」
「そうか。ありがとう二人とも」
「……い、いや。それが我らの務め……だ」
俺の労いに対してシグナムはつっかえながら答える。まるで俺に対してどんな口調で話したらいいかわからずにいるような。ザフィーラも心なしか落ち着きのない様子で俺を見ている。
それを見て内心首をかしげていた時だった。
「おい……」
隣からそんな声が聞こえて俺はそちらに顔を向ける。
そこには俺に向かって体を向けているヴィータとシャマルがいた。ヴィータは顔を伏せていて俺にはその表情は見えない。
「ああ、ヴィータとシャマルもありがとう。お前たちが手伝ってくれたおかげでジュエルシードは……あいつらの手に渡らずに済んだ」
この公園にあったジュエルシードは今クロノの手にある。おそらく俺たちのもとに渡ることはないだろう。残念だがリニスたちの手に渡るよりはましだ。それにまだ望みはある。
そう思ってヴィータとシャマルにも礼を言ったのだが……
「なんで……」
ヴィータの口から出たその言葉に「えっ」という声が漏れる。
そんな俺の胸倉をつかみながらヴィータは――
「なんで……なんでお前が生きてんだ!?」
その言葉に俺は目を剥き言葉を失う。まさか……
「なんでお前がここにいる!? お前はあの時死んだはずだろう!」
まさか気付いたのか? よりによってこんなところで。
はやてが止めようとするのも構わず、ぐらぐらと体を揺らされながら放心する俺にヴィータは再び叫んだ。
「なんでお前が生きてるんだ!?