魔法少女リリカルなのは 愚王の魂を持つ者   作:ヒアデス

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第27話 闇の書

「艦長、来てもらいました」

 

 先頭に立つクロノはそう一声かけてから応接室に入り、俺たちもその後に続く。

 俺たちを捕まえようと、大勢の局員が手ぐすね引いて待ち構えているのではないかと身構えたが、そのようなことはなかった。

 

 俺たちの目に広がったのは、いくつかの盆栽に鹿威し、竹藪などが設置された和風チックなインテリアに囲まれた部屋だった。

 その部屋の中央にある畳台の上に、彼女は座っている。

 

 緑色の長いポニーテールに髪の色と同じ緑がかった瞳、三角記号のような模様を額につけた、魔法陣に映っていた女性と同じ人物だ。

 彼女は俺たちに向かって一礼して……

 

「ようこそ皆さん、お待ちしていました。アースラの艦長リンディ・ハラオウンです。さあ、どうぞどうぞ、遠慮せず座って」

 

 予想以上に気さくな艦長と部屋の内装に圧倒されながら、俺たちは彼女に勧められるがまま畳台の上に座る。一方、クロノは隅の方で、俺たちに出す緑茶と羊羹(ようかん)の用意をしていた。

 

 

 

 

 

 《ロストロギア》と《ジュエルシード》、それらが暴走した際に起こる《次元震》、そして最悪の災害《次元断層》の説明を終えて、リンディは自身の緑茶に角砂糖を入れる。それを見てなのはとはやてが顔をしかめた。

 一方、リンディは彼女たちの胸中も知らず、砂糖が入った容器を差し出しながら言った。

 

「あら、あなたたちも欲しい? 遠慮せず入れていいのよ」

 

「い、いえ……」

 

「遠慮しときます」

 

「そう……あなたはどう? お茶に砂糖入れない?」

 

「いえ。俺もお茶はそのまま飲みますから」

 

 首を横に振りながらそう答えると、リンディはつまらなそうに容器を引っ込める。

 前世では毎日のように紅茶を飲んでいたし、緑茶に砂糖くらいなら俺もそこまで引かないが、リンディのように角砂糖数個とその上ミルクまで入れるのは明らかにおかしい。そんなものを日常的に飲んでいると確実に体を悪くするぞ。

 

 そんなことを思っている俺の前でリンディは美味そうに緑茶を飲んでから、はやてに向けて口を開いた。

 

「八神はやてさん、だったわね?」

 

「は、はい!」

 

「あなたが持っているその本は、元々はやてさんの家にあった物なの?」

 

 リンディの問いに、はやては膝に置いた魔導書を持ち上げながら答えた

 

「え、ええ。物心ついた頃からうちにあって。せやから両親のどちらかが持ってた物だと思ってました」

 

「あなたのご両親は?」

 

「……二人とも亡くなってます。数年前に二人でどこかへ出かけた時に事故にあったらしくて」

 

「そうだったの……。ごめんなさい、辛いことを聞いて」

 

 謝るリンディにはやては顔を曇らせながらも「いえ」と首を横に振る。リンディははやてが落ち着くのを待って再び話を始めた。

 

「じゃあ話を進めるわね。はやてさんが持つ本――《闇の書》はさっき話したジュエルシードと同じ……いえ、それ以上に危険な力を持つ、魔力蓄積型のロストロギアなの。魔力を蒐集して白紙だったすべての頁を埋めると、途方もない力を持つとされる――」

 

「あっ、その話はシグナムたちから聞いてます。何でも願いが叶う魔法のランプみたいなもんやと思ってましたけど」

 

「……そういう風に言われてもいるわね。闇の書の所有者となった人たちはその力を求めて、多くの魔導師を襲って闇の書を完成させようとしたわ……闇の書から召喚される四人の騎士たちの力を借りてね」

 

 そう言ってリンディは彼女たちに目を向ける。

 それに対してシグナムたち守護騎士は憮然と、あるいは平然と座り続けていた。

 そんな中でリンディの隣に座るクロノが声を発する。

 

「その所有者の中でもっとも有名なのが、“愚王ケント”だ」

 

「愚王……」

「ケント?」

 

 はやてとなのはは思わずと言った風に俺の方を見る。だが当然俺の事ではない……表面上は。

 

「闇の書が作られた場所でもある、ベルカという世界にいた王様だ。治めていた国の名前から取って《グランダムの愚王》と呼ばれている。守護騎士を始めとする大勢の軍を率いて周辺の国や街を攻め落とし、最後は自国の都の住民を糧に闇の書を完成させようとした、ベルカ……いや次元史上最悪の王だよ」

 

 ……予想以上の悪評だな。次元史上最悪ときたか。

 そこへ追い打ちをかけるように――

 

「それ以外にも王という権力を笠に着て色々な悪事を働いていたようね。きれいな女性を何人もさらってそばに置いたり、攻め落とした国の女王様やお姫様を無理やり妻にしようとしたり――って、まだあなたたちには早すぎる話だったわ! 忘れてちょうだい!」

 

 リンディが漏らした話に一同、特に女性陣が冷ややかになる。彼女らの中で愚王ケントがどういう存在なのかが決定づけられたようだ。どうしてそんな話ばかり残っているんだ?

 話が逸れたことに気付いたのか、もしくは男である彼にとっても居心地が悪いのか、クロノは咳払いをして……

 

「ま、まあ、そいつは聖王によって討ち取られたんだが、その際に闇の書も愚王と一緒に消滅してしまったんだ」

 

「……? 消滅って、闇の書はちゃんとここにありますよね? はやてちゃんの家にずっとあったって……」

 

 はやてが持っている魔導書を見ながらなのははそう主張する。

 それを聞いてリンディは顔を固くした。

 

「それが闇の書の一番恐ろしいところなんだけどね。闇の書には、所有者が死んだり書物自体が破壊されたら、再生して別の所有者のもとへ転移する機能があるの。闇の書が何百年も前から存在しているのもその機能によるものらしいわ」

 

「そうだったんですか!」

 

 再生機能の話を聞いてはやては驚きながらも納得したような声を上げる。次々と別の所有者のもとへ渡っているにもかかわらず、魔導書に傷が一つもついてない理由がようやくわかったからだろう。

 

「闇の書の頁は再生する度に白紙の状態に戻るという。そのため数百年の月日を経ても闇の書が完成したことはない……と思われていた」

 

 クロノが付け足した言葉になのはとはやて、そして守護騎士たちが眉をひそめる。

 彼に続いてリンディが言った。

 

「でも闇の書が出現した世界では、毎回のように大規模な破壊が確認されていてね、世界自体が消滅した例もあるみたいなの。次元断層より規模は小さいみたいなんだけど」

 

「だがそれを踏まえると、闇の書は世界そのものをまるまる一つ破壊するほどの力を持っていると考えていい。そのため65年前に発足して以来、管理局はずっと闇の書の転移先を探し続け、書を確保しようとしてきた。それは君の隣にいる守護騎士たちも知っているはずだ」

 

「そうなん!?」

 

 クロノの言葉にはやては驚きながら守護騎士たちを見る。

 守護騎士たちの何人かは困惑した様子を見せながらも、やがてヴィータがぶすっとしながらもその口を開いた。

 

「ああ。そいつが言った通り、それくらい前の頃から時空管理局って奴らがやって来るようになって、当時の主に対して闇の書を渡せって言ってきたんだ。でも当然主がそんなの聞くわけがなくて、逆にそいつらから魔力を奪おうとあたしらに攻撃を命じた。そっからは全面抗争だ。あたしらも奴らも互いの力を尽くして戦った。その結果は……」

 

「結果は……?」

 

 はやての問いにヴィータは言葉を詰まらせ、しばらくの間うんうんうなりながら続きを言おうとするものの、やがて弱々しい声で言った。

 

「…………覚えてねえ。いつの間にか新しい主のもとにいたんだ。シグナムは覚えてるか?」

 

「……い、いや、実を言うと私もその後のことは……お前たちは?」

 

「……私もあんまり」

 

「…………」

 

 ヴィータだけでなくシグナムもシャマルとザフィーラもその時のことを思い出せずに眉をしかめる。

 

 なるほど、管理局との戦いの末に魔導書が完成してしまったか、もしくは魔導書と主が滅んでしまったんだろうな。その後の事を知る術はこいつらにはない……それ以前と同様に。

 

 守護騎士たちの様子にクロノはリンディと顔を見合わせ、クロノはしばらくの間考えるそぶりを見せてから再び口を開いた。

 

「……そうか。なら仕方ない、話を続けよう。彼女の言う通り、管理局と闇の書の主は書を巡って何度も戦ってきた。主を捕らえ、闇の書の確保に成功したと思われたこともある……だが」

 

「失敗したんだな」

 

「……」

「……ああ」

 

 俺がそう尋ねるとリンディとクロノは顔を伏せ、クロノは悔しげな声でそう答えた。

 冷静な彼にしては珍しい姿に俺たちは少し驚く。……ふむ、もしかしてこの二人。

 リンディは気を取り直すように顔を上げてから口を開いた。

 

「とにかく、このように闇の書にはわかっていない部分も色々あって、もしかすればあなたたちの世界を滅ぼしてしまうかもしれないほど危険な物なの。……はやてさん、それからユーノ君、《ジュエルシード》も《闇の書》も一個人、それも管理外世界の人間が持っていていいものじゃないわ。ただちに我々時空管理局に渡してください。そうしていただけるのなら、あなたたち二人となのはさん()()一切の責を問わずに元の生活に戻れるようにすると約束します」

 

 リンディの言葉に、はやてとユーノは顔を見合わせて。

 

「……僕は元々ジュエルシードを集めたら管理局に送り届ける予定でしたから、異存はありませんが」

 

「私も闇の書でなにかしようなんて気はありませんし、そんな話聞いたらリンディさんたちに任せた方がいいとは思います……ただ」

 

 はやては守護騎士たちを横目で見ながら言葉を詰まらせる。それを見てクロノとリンディも難しそうな顔で視線を交わした。

 さすがに今の時点で守護騎士を解放するわけにはいかないか。それに俺も多分ただでは帰してくれなさそうだ。

 それに……

 

「待ってください!」

 

 おもむろにそう言った途端、リンディだけでなく皆の視線が俺に集まる。

 無遠慮な視線を浴びながら俺は声を上げた。

 

「あなたたちはさっき、闇の書は別の所有者のもとへ移る際に自ら選んだ所有者のもとに転移すると言ってましたが、そんな魔導書を他の誰かに渡すことなんて簡単にできるんですか?」

 

「そ、それは……」

「……」

 

 俺の指摘にクロノは小さくうなり、リンディも口を閉ざす。

 

 そう、夜天の魔導書には何者かに盗まれたり奪われた時に備えて転移機能が組み込まれている。この機能によって誰かに渡したとしても、魔導書はすぐに所有者のもとに戻ってきてしまうのだ。リニスたちもまだそれを知らないようだが。

 

「だ、だが彼女は闇の書の所有者だ。彼女が闇の書に命令すれば、僕や艦長が闇の書を預かることができるようになるはずだ。そうすれば他のロストロギアのように管理局のもとで保管することだって――」

 

「そうは思えない。自分で持ち主を決めるような魔導書だ。所有者といえど簡単には放棄できないんじゃないかと思う。放棄できたとしても、その瞬間に次の所有者のもとへ転移することだって十分あり得るぞ。今までの所有者のようなあさましい奴のもとにな」

 

「……確かに、その可能性は十分考えられるな」

 

 クロノはあごに手を乗せながら返事を返す。俺はさらに――

 

「次に、これもさっきクロノが言ったことだが、当時の闇の書の主を捕らえたことがあるという話だったが、肝心の闇の書を封印することには失敗したんだろう。その時何が起こったのか俺にはわからないが、同じような事態が起きないという保証はどこにある?」

 

「それは……」

「……」

 

 そう強く指摘するとクロノはうめくような声を漏らし、リンディも顔を曇らせる。

 

 やはり、その時の話をするとこいつもリンディも苦しげな反応を見せる。この二人、明らかに関わりがあるな。

 しかし、前に夜天の魔導書が存在していたのは、最低でもはやての物心がつく前の出来事だ。リンディはともかく、俺たちと同い年くらいのクロノが直接関わってたとは思えない。となるとおそらく……。

 

「なら君はどうしろというんだ! そんな危険な物をずっと八神はやてに持たせておくつもりなのか? それとも、今すぐ闇の書を破壊するべきだと言いたいのか?」

 

 たまりかねたのかクロノは足元を叩きながら怒声を上げる。この問いにはさすがに俺も閉口せざるを得なかった。

 

 このまま一生はやてが魔導書を持っているわけにはいかない。リニス一味のように魔導書を狙う者が現れるかもしれないし、はやての体にもいつ麻痺が起こるか。

 だが魔導書を破壊させるわけにもいかない。今、魔導書を破壊したところで別の所有者のもとで再生して悲劇を繰り返すだけだ。それにそんなことをしたら守護騎士たちははやてのもとから消滅し、“彼女”にももう二度と会えなくなってしまう。

 だから、別の方法を取るしかない。

 

「……それについてだが、俺に考えがある」

 

「考えだと……?」

 

 俺が口にしたことをクロノは思わず復唱し、他のみんなも怪訝な目を向けてくる。

 俺はうなずいてから言った。

 

「ああ。ずっとはやてのそばにいたから俺も闇の書についてはある程度知っている。こんな時に備えて闇の書を無害化する方法をずっと考えていたんだ」

 

「闇の書の……無害化だと?」

 

 自分の耳を疑っているように聞き返してくるクロノに俺はうなずきを返す。

 俺は前世の記憶を思い出した時からずっと考えていた。“闇の書”と呼ばれるくらい変わり果てた魔導書を元に近い姿に戻す方法を。ヴォルケンリッターと“彼女”を呪い(バグ)から解放する方法を。

 

「ああ。俺がジュエルシードを集めていたのもそのためだ。管理者権限を得るには……魔導師を襲ったりせずに頁を埋めるにはどうしてもあれが必要だった。……だが、今のままではジュエルシードを集めることすらままならない……だから」

 

 俺はそこで勢い良く背中を曲げ、リンディとクロノに向かって深く頭を下げた。二人や周りのみんなが息を飲む声が伝わってくる。だが構わない。

 

「頼む! 闇の書を元の……《夜天の魔導書》に戻すために俺に力を貸してくれ!」

 

 畳の上に敷かれた絨毯に頭をすりつけて必死に頼み込む俺を、リンディとクロノも他のみんなも唖然としながら見ていた。

 

 

 

(健斗……やはりお前はヴィータが言っていた通り、主ケントの……しかし闇の書の無害化、そして夜天の魔導書とは一体? ……まさかあの時、主ケントの態度が変貌したのは――)

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