魔法少女リリカルなのは 愚王の魂を持つ者   作:ヒアデス

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第28話 旅立ちの前夜

 来客の()()()()が地球に帰ってから、アースラ内にある通信室という部屋では。

 

「すごいやー! ほとんどの子がAAAクラスの魔導師だよ!」

 

 先ほどの戦いを映したモニターを眺めながら感嘆の声を上げる副官に、クロノは「ああ……」と相槌を打つ。

 

 エイミィ・リミエッタ。

 茶髪をショートカットに切り揃えた見た目通り快活な女性で、アースラの通信主任と執務官補佐を兼ねるスタッフである。

 上官であるクロノとは士官学校時代からの知り合いで、彼とタメ口で話しているのもその縁からだ。

 

「魔力の平均値を見ても白い服の子で127万、黒い服の子で143万、最大発揮時はさらにその3倍以上。クロノ君より魔力だけなら上回っちゃってるね」

 

 エイミィの説明に対して、クロノは心なしか拗ねるように言葉を返す。

 

「魔法は魔力値だけの大きさだけじゃない。状況に合わせた応用力と的確に使用できる判断力だよ……ただ、それらを含めてもあの四人はさすがだな」

 

 一部のモニターに映っている守護騎士たちを見てクロノはそんな言葉を漏らす。それを聞いてエイミィも彼女たちが映っているモニターに顔を向けた。

 

「特にシグナムという剣士とヴィータという女の子は群を抜いている。防御と支援を受け持つ他の二人と組んだらどれほど脅威になるか。管理局が手を焼いていたのもうなずけるな。……そして彼女たち以上に気になるのが――」

 

 モニターに健斗の姿が映ったと同時に二人は彼を注視した。

 

「あの戦闘で発揮した魔力値は最低でも178万。しかもデバイスではない普通の刀に魔力を付与(エンチャント)していただけらしい。もしデバイスを使って、秘めた魔力を発揮したらどれほどのものになるか。応用力と判断力もかなり優れている。まるで十数年以上魔法を学び続けていたようだ。とても9歳とは思えない」

 

「そうだね。だからクロノ君もリンディさんも、彼の事を守護騎士かもしれないって思ってたんだっけ」

 

 エイミィの言葉にクロノは「ああ」と首を縦に振る。

 

「彼が魔法を使った際に浮かんでいる魔法陣は紛れもなく《ベルカ式》のものだ。その中でも特に古い――古代ベルカ式はベルカ人の間でも廃れた体形で、古代ベルカ式を使っているのは《聖王教会》の一部の騎士か《三家》の血族ぐらいだ。そんな魔法を管理外世界に住む人間が使えるわけがない。それもあって御神健斗の正体は管理局の記録にない守護騎士だと睨んでいたんだが……」

 

 そこでピーという電子音とともに扉が左右に開き、アースラの艦長であるリンディが室内に足を踏み入れてきた。業務を済ませたため今はゆったりとした私服に着替えている。

 クロノとエイミィは後ろを振り返りながら、彼女に声をかけた。

 

「艦長、お疲れ様です」

「お疲れ様です」

 

「二人ともお疲れ様……ああ、彼女たちのデータを見ていたのね」

 

「はい……それで、彼に対する返答は?」

 

 クロノの問いにリンディがたちまち眉間に眉を寄せ、難しい顔つきになった。

 

「……クロノは健斗君の提案に反対なのよね?」

 

「はい。管理者権限とやらを得るためだけに闇の書の頁を増やすなんてあまりに危険すぎます。それに回収したロストロギアを上の許可なく使用するなど、明らかに職権乱用――いや、『次元管理法』に反する行為です。それが発覚したら艦長は職を失うどころか犯罪者として逮捕されてしまう。あなたの部下としても執務官としても到底見過ごせません」

 

「クロノの言う通りね。でも、これは闇の書が起こす悲劇を終わらせるまたとないチャンスだわ。闇の書の所有者が協力的な姿勢を見せるなんて初めての事だもの」

 

 リンディの指摘にクロノは言葉を詰まらせる。

 

 リンディの言う通り過去の所有者は皆、闇の書の引き渡しに応じないどころか、頁を埋めるための魔力を求めて局員に攻撃を仕掛けてくる者ばかりだった。そのため今までは主ごと闇の書を破壊するしか方法が取れなかった。11年前に初めて闇の書と主を確保することに成功したのだが、それも結局……。

 だが今回は違う。現在の闇の書の主、八神はやては書の完成を望まず、闇の書を管理局に渡してもいいという意思を見せている。

 しかし、彼女から闇の書を譲り受けたとしても、あの本を封印できる保証はまったくない。現在の主を見限った闇の書が別の所有者のもとへ転移してしまうか、下手をすれば11年前のような惨劇がアースラや本局で繰り返されてしまう恐れさえある。

 かといって健斗が出してきた提案はあまりにリスクが高い。法的にも言葉通りの意味でも。

 それ以外に考えられる手段としては……

 

(はやてさんを闇の書ごと、どこか人のいない場所に隔離してしまえば――)

 

 頭の中に湧き上がった考えを振り払うように、リンディはぶんぶん頭を振る。そして怪訝な顔で自分を見る息子とその副官に「何でもないわ」と言った。

 

(冷静になれ。そんなこと許されるわけがない。それに、はやてさんが死んでしまった後はどうするの? 所有者が死んだら、その時点で闇の書はどこかに転移してしまうのよ。今までと同じ一時しのぎにしかならない……だから彼の提案を聞いて迷っているのだけど)

 

 思い直しているところで疑問を思い出し、リンディはそれを口にした。

 

「それにしても健斗君は一体何者なのかしら? ベルカ式の魔法を使い、主でも守護騎士でもないにもかかわらず闇の書に関してあそこまで詳しい知識を持っているなんて。少なくとも《夜天の魔導書》なんて名前、私は初めて聞いたわ」

 

 それを聞いてクロノも眉間にしわを寄せながら返事を返す。

 

「そうですね。少なくとも八神はやての側にいただけでは、あそこまでの事は知りえないでしょう。他にも何か隠しているはず。ですが、彼が立てた案が有効だという証拠にはなりません」

 

「ええ。だからもう少し判断材料を増やすために、彼をあそこに行かせたのだけど――」

 

「艦長、こちらにいましたか。言われた通り、ユーノって子を《無限書庫》まで案内してきました」

 

 再び電子音とともに扉が開き、猫の耳と尻尾が付いた女性が部屋に入ってきた。リンディたちは扉の音と彼女の声を聞いて一斉に後ろを振り向く。

 

「お疲れ様アリア。ごめんなさいね、急に本局まで行かせちゃって」

 

「いえいえ、ちょうど待機中でしたし。ロッテがいない分私が働かなくちゃいけませんから」

 

 そこでアリアという女局員はクロノとエイミィと目が合い――

 

「リーゼ、久しぶりだ」

 

「リーゼアリア、お久し」

 

「クロノ、エイミィ、お久し」

 

 二人に声をかけられ、リーゼアリアは二人に挨拶を返しながらエイミィと軽く手を打ち鳴らす。

 

 リーゼアリア。

 一房だけ前にぴょこんと跳ねた長い薄紫色の髪と青みがかった瞳の女性の姿をした猫の使い魔で、ハラオウン母子とエイミィとは旧知の仲にある。とりわけクロノとは昔からの師弟関係にあり……。

 

「この子たちが現地で戦っていた魔導師? ……ふーん、クロノの好みっぽいかわいい子だねー♪」

 

 高町なのはという少女が大きく映っているモニターを指さしながら、アリアは意地悪な笑みをクロノに向ける。クロノは慌てて、

 

「――へ、変な事を言うな! 彼女たちの力を分析していただけだ! もしかしたら明日から一緒に行動することになるかもしれないからな」

 

「照れるな照れるな。仕事一筋だったクロノにもようやく春が来たか。後でロッテにも伝えてあげないと」

 

「そ、それだけはやめてくれ! あいつにそんなこと言ったら何をされるか」

 

 クロノとアリアの掛け合いに、リンディはエイミィと一緒になって笑い、ふと表情を引き締めてアリアに尋ねた。

 

「ところでユーノ君の様子はどうかしら? 探索魔法に長けているとはいえ、無限書庫の中から闇の書に関する資料を探し当てるなんて、並大抵のことではないと思うけど」

 

 それに対してアリアは肩をすくめながら言った。

 

「私もそう思って手伝うって言ったんですけど。すごいですねあの子。十冊以上の本を直接目を通さず魔法で中身を読み込んでいくなんて。そのうえ手がかりがあるみたいで、予想より早く見つかるかもしれないって言ってました。あの《スクライア一族》の一人とは聞いてましたけど、まさかあそこまでとは」

 

「そ、そうか。本来あそこはいくつかのチームが年単位で調査する場所なんだが……これを逃がす手はないかもしれないな」

 

 クロノが付け足したつぶやきにエイミィとアリアは苦笑し、ユーノに同情した。

 そんな中、リンディは再び顔を曇らせ視線を落とした。健斗の案に対して彼女はまだ答えを決めかねていた。

 

 

 

 

 

 

 リンディたちとの話の後、俺たちはアースラから元いた公園に戻り、ほとんど言葉も交わさないままそれぞれの家に帰ることになった。リーゼアリアという使い魔らしき局員に連れられて無限書庫へと向かったユーノ以外は。

 

 そしてどっぷり日が暮れた頃、俺はマンションに戻ってすぐ今日の夕食を作っている……珍しく早く帰ってきた母さんと一緒に。

 火をかけた鍋に調味料と具材を入れている俺の横から、延々と野菜を切る包丁の音が響く。

 剣の修行の賜物なのか、俺も母さんも料理の腕はともかく刃物の扱いだけは上手い。これにかけてははやてにも負けない自信がある。

 

 包丁を振るいながらふと母さんは口を開いてきた。

 

「さっき遅くなると連絡してきたが、さすがに泊まってはこなかったか」

 

「ああ。今日ぐらいは家に帰った方がいいと思って」

 

「……今日ぐらいは、か」

 

 そう言ったきり母さんはしばらく口を閉ざし、包丁の音と鍋が沸騰する音だけがキッチンに響く。その沈黙にたまりかねたのか、むしろいい頃合いだと思ったのか、俺は料理の手を止めて母さんに告げる。

 

「……向こうからの返事次第だけど、明日から少し遠くに行かないといけないんだ。……しばらくは帰ってこれないと思う」

 

「…………そうか」

 

 少し長い間を空けて母さんはそれだけを言った。

 

「……何も聞かないの?」

 

 たまらず問いかけると母さんは人参を切り続けながら、

 

「なんとなくこんな日が来ると思っていた。二年前、別人のように様子が変わったお前を見た時にな。この子は何かを成し遂げようと……いや、何らかの悔いを晴らそうとしている。そんな風に見えたんだ」

 

 かなり具体的だ。しかも合ってるし。

 

「行くなと言っても無駄なんだろう。この日のために二年もの間ずっと準備してきたんだからな」

 

「……ごめん」

 

 寂しげに言う母さんに俺はそうとしか言えなかった。娘に続いて息子までも自分のもとから去ってしまうかもしれないのだ、辛くないわけがない。しかし、母さんはその気持ちを押し殺すように言ってくれた。

 

「構わない。我が子の旅立ちを見送るのも親の務めだ。……お前の気持ちもわかるしな」

 

「……?」

 

 最後の一言の意味が分からず俺は首をひねる。そんな俺に対して母さんは得意げな笑みを向けて、

 

「早く“リヒト”さんに会えるといいな」

「――っ!」

 

 その一言に俺は思わず菜箸を落としてしまった。

 

 

 

 その後、いつも以上に細切れになった具材が入った鍋を親子二人でつつき、それから部屋に戻ってプログラミングをしながら向こうからの連絡を待った。

 リンディからの返事が来たのは21時を回った頃だった。

 

 

 

 

 

 

 同時刻、八神家。

 

 夕食を終えてから騎士たちが出発の準備をしている中、はやては一旦抜けて父の書斎にいた。

 闇の書は両親の存命時の頃からずっとこの部屋に収められていた。ここになら何か手掛かりがあるかもしれないと思ったからだ。

 それにリンディに話したことがきっかけで、またあの日の両親の行動に対する疑問が湧き上ったのだ。

 

 あの日、なぜ両親は幼い自分を置いて出かけて行ったのか? ようやく一人で歩けるようになったばかりの自分を置いてどこへ行こうとしたのか?

 

 書斎にある本のうち題名のない物を棚から引っ張り出し、目を通しては棚に戻していく。

 それを繰り返していくうちにある本を見つけた。

 表紙に『Diary』と表記された厚い本。闇の書に比べたら三分の一にも満たない厚さだが。

 父が遺した日記と見てすぐに棚から本を引き抜く。その拍子に一枚の書類が落ちた。

 しもたと思いながらはやてはその書類を拾い上げるが、【養子縁組届書】という文字を見た瞬間ぴたりと固まった。

 

(養子ってまさか――いや、例えそうやとしても父さんも母さんも私に優しくしてくれたし、そこまでショックを受けることじゃないやないか。それに健斗君だって美沙斗さんの養子だけど本当の親子みたいに仲いいし、恭也さんたちと桃子さんだって、だから血の繋がりがないくらい――)

 

 そう考え直しながらはやては書類を読み続ける。しかし下の方に書かれていた名前を見てそんな考えはきれいさっぱり消え去った。

 

【養親:八神 ○○・八神 △△

 養子:□□ 健人(改名可)】

 

(健人ってまさか……いや落ち着け。けんとなんてよくある名前やないか。偶然や偶然)

 

 動揺しながらもはやてはどうにか書類を読み終え、二つ折りに畳む。

 どうやら両親は健人という子を養子として引き取ろうとしていたらしい。名前からして多分男の子だろう。もしかして両親があの日向かった先は……。

 そこではやては隅に置いたままの父の日記を見た。もしかしたら『健人君』について何か書かれているかもしれない。そう思って日記に手を伸ばすと――

 

「はやてー! ちょっといいか―?」

 

 リビングの方からヴィータの呼び声がして、はやては日記に伸ばしかけた手を止めながら、

 

「どないしたーん?」

 

 そう返事をしながら日記を置いてはやてはリビングに向かおうとした、その時――

 

「えっ――きゃっ!」

 

「なあ、向こうに持っていくものなんだけど、バナナはお菓子に入るの――おい! どうしたはやて!?」

 

 床に倒れているはやてを見つけてヴィータは思わず声を荒げ、それに気付いて他の騎士たちも駆けつけてくる。

 

「はやてちゃん!?」

「主、一体どうなされた?」

 

 心配そうに声をかける騎士たちに見守られる中、はやてはうめきながら懸命に立ち上がろうとする。しかし、

 

(足に力が入らへん。まさかこれって……)

 

「――シャマル、急いで救急車を呼べ! それと石田先生にも連絡を!」

 

「わ、わかったわ!」

 

 シグナムからの指示を受けてシャマルは電話があるリビングへと向かう。それを見てはやてはとっさに、

 

「ま、待ってシャマル! これは――あ、あれ?」

 

 シャマルを止めようとしたところで再び足に力が入り、はやては立ち上がる。

 それを見てシャマルは書斎に戻ってきて、他のみんなもはやてに声をかける。そんな騎士たちにはやては笑いながら、

 

「あかんあかん。ずっと立ったまま調べ物してたせいで足がつったみたいや。みんなごめんな、驚かせてしもて」

 

 それを聞いて騎士たちはしばらくはやてを見てから、

 

「なんだ、びっくりさせんなよ。何事かと思ったじゃんか」

 

「ええ。心臓が縮み上がっちゃうかと思いました」

 

 ヴィータとシャマルは安心したとばかりにほっと息をつく。しかしシグナムは固い表情のまま、

 

「……本当に大丈夫ですか主はやて? やはり一度病院に行かれた方が。主まで管理局の連中と同行する必要があるとは思えませんし」

 

 そう言ってくるジグナムにはやては手をひらひら振った。

 

「平気や平気や。立ち作業してたら結構よくあることやし、いざとなったらシャマルがおるしな」

 

「はい、お任せください。風の癒やし手の異名にかけてどんな不調が起ころうと私が治してみせます!」

 

 両腕を軽く上げながらそう言ってみせるシャマルにはやては「頼りにしてるで」と声をかける。そんな主を見てシグナムは、

 

「わかりました。ですが今日はもう主はお休みください。準備は我々が済ませますので」

 

 その言葉にはやては躊躇いながらも首を縦に振った。

 

「……わかった。ほんならそうさせてもらおうかな。この本バッグにしまったら一足先にお休みさせてもらうわ」

 

 それを聞いて騎士たちはそれぞれ一言残してリビングへと向かっていく。

 はやては皆を見送った後で例の日記を拾い、もう一度自分の足を見た。

 

(もしかしてこの足の症状って……まさかな)

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