あの後、鮫島さんが運転するリムジンの中で、俺となのははすずかと互いの事情を打ち明けあった。
このリムジンはアリサの送迎の他に、デビッドさんと取引相手との商談や歓談に使われているため、運転席と後部座席の間に防音ガラスを張ることができる。そのため鮫島さんに俺たちの話を聞かれる心配はない。
すずかを含めた月村家は、《夜の一族》と呼ばれる種族に属する一族らしい。
《夜の一族》の多くは、一般的な人間にはない様々な能力や高い身体能力、200年以上の長い寿命を持っており、月村家を始めとするいくつかの家は、その能力を生かして莫大な財力と大きな権力を築き上げたとのこと。
その反面、《夜の一族》の人たちが生きていくには人間の血を飲み続ける必要があり、血を飲まないと、すぐに死にはしないものの、体が弱くなったり成長に遅れが出たりするのだそうだ。そういえば、さくらさんも昔は体が弱くて同年代の中ではかなり小さかったと言ってたな。
《夜の一族》について知った俺たちは、その記憶を消すか秘密を守りながら生きていくかのどちらかを求められ、《夜の一族》の秘密を守ることを選んだ。
それと引き換えに俺たちはすずかとアリサに、魔法やジュエルシード、そしてバインドで縛られたまま俺たちの横に座っているアルフの正体について話した。
そのアルフはバインドで縛られたまま、憮然とした顔で俺たちの隣に座っている。
一通りのことを話し終えたところでリムジンは町外れの公園につき、俺となのははそこで下りてアリサたちと別れた。そして捕まえたままのアルフを連れてアースラへと移った。
◆
アースラ内の一室にクロノとエイミィさんが待っていて、対面上に俺たちを座らせてから、アルフに向かってクロノは口を開く。
「時空管理局、クロノ・ハラオウンだ。君たちがプレシア・テスタロッサの命令で動いていることはもう掴んでいる。君たちが半ば無理やり加担させられていることも。正直に話してくれれば悪いようにはしない。君の主フェイト・テスタロッサの事も、リニスというプレシアの使い魔もだ」
なのはがかけたものより強力なバインドを両手に掛けられた状態で、アルフは不満そうに鼻を鳴らした。
「ふん、確かにあんたの言う通りだ。フェイトとリニスにジュエルシードと闇の書を集めさせていたのはプレシア――フェイトの母親だよ。フェイトもリニスも親子や主従関係を理由に、嫌々あの女に従わされたんだ。あたしは使い魔としてフェイトについていただけだけどね。でも、それ以外の事は本当に何も知らないよ。あの女がなぜジュエルシードや闇の書なんかを手に入れようとしたかなんてさっぱりだ」
「じゃあ先日、お前たちを助けた仮面の男については知らないか? フェイトのデバイスにカートリッジシステムを組み込んだのもそいつだろう? 昨日の竜巻騒動の後に起こったクラッキングも、プレシアやお前たちを助けるものだった。これらの事から仮面の男とプレシアが手を組んだと俺たちは睨んでいるんだが」
俺からの問いにアルフはあっさりと首を縦に振った。
「ああ。あんたら管理局が現れた翌日にあの男がアジトにやって来てね、自分を仲間にしてほしいってプレシアに頼んできたんだ。その見返りになんとかシステムって仕掛けを、フェイトとリニスのデバイスに仕込んだんだよ。でもそれ以上の事は知らないね。クラッキングっていうのも今初めて聞いた。何のことだかさっぱりわからない」
思った通り、あれは仮面の男が組み込んだものか。それにリニスのデバイスにもカートリッジシステムが組み込まれているのか。やはり一筋縄ではいかないようだな。
クロノは軽くうなずいて、
「わかった、そいつの事はもういい。それよりプレシアはどこにいる? さっき言った通り、知っていることをすべて話してくれれば、フェイトもリニスも悪いようにはしない。さすがに首謀者であるプレシアは無罪放免というわけにはいかないが。それとも口では憎らしく言ってても、君もプレシアをかばいたいのか?」
「はっ、馬鹿馬鹿しい! あの鬼ババをかばいたいなんて思うわけないだろう。フェイトを――実の娘を無視したりひっぱたいたりするようなババアなんかさ!」
アルフは心底不愉快そうに吐き捨てる。
それを聞いて……
「フェイトちゃん……お母さんにそんなことをされていたなんて」
なのははそう呟いて悲しげに顔を曇らせる。そんななのはを見てアルフはきまりが悪そうな表情を浮かべ、こいつならもしかしたらと考え込むように目を伏せる。
だが――
「いや駄目だ! 鬼ババはともかく、フェイトとリニスのことは裏切れない。フェイトはまだ母親についていく気でいるし、リニスはフェイトとあたしの面倒を見てくれた恩人なんだ。ここであたしがしゃべったらあの二人を裏切ることになっちまう」
そういうことだったのか。娘を放置していた母親に代わって、リニスがフェイトとアルフの世話をしていたのか。正当防衛とはいえリニスに傷をつけた俺をアルフが憎んでいたわけだ。
首を振って拒絶し続けるアルフを見て、クロノはため息をつきながらエイミィと顔を見合わせる。
ここでプレシアの居場所を言わなかったら、彼女が捕まるまでアルフは毎日取り調べを受けるに違いない。そんな仕打ちを受けさせるために俺たちはアルフを助けたわけじゃない。
それにプレシアと仮面の男、そして“もう一人の黒幕”を捕まえない限り、夜天の魔導書の解呪に挑めないままだ。はやての足の事も考えるともう余計な時間はかけたくない。
だからか、無意識のうちに俺は口を開いていた。
「仮にあいつらが管理局を凌いで、闇の書とそれを完成させるだけのジュエルシードを手に入れたとしても、待っているのは破滅だけだぞ」
「えっ……?」
アルフは顔を上げて怪訝な顔を見せる。なのはとエイミィさんも同じような顔を俺に向けて、クロノは何か言いたげにしながら黙って耳を傾けた。
俺はアルフに聞かせるように話を続けた。闇の書を完成させた主の末路と、そのまわりで起きることを。
それを聞いてなのはとエイミィさんは真っ青な顔になり、アルフは……
「嘘だろ……闇の書って持ち主に大きな力を与えるとか、その力であらゆることを可能にするものとしか聞いてないよ。……じゃあ闇の書を完成させたら、あの鬼ババはフェイトとリニスを巻き込んで……」
愕然と呟くアルフに俺はうなずき。
「正確にはそこに闇の書の主も加わる。完成した闇の書を使えるのは書の主だけだからな」
「闇の書の主って――はやてちゃんが!?」
なのはの問いに俺はまたうなずく。
「ああ。そして俺の考えでは、仮面の男はそれを知っていた上でプレシアに手を貸したんだと思う。闇の書を狙っている上に、書の完成に役立つロストロギアを集めているプレシアは利用するのにうってつけだからな。彼女の拠点で闇の書を暴走させれば犠牲を最小限にできるとも考えているんだろう」
「最小限ってフェイトたちが……あいつ、そんなことのためにあのババアに近づいて――」
アルフは呆然と呟きを漏らし続ける。それに続いて、
「健斗君、もしかして君は仮面の男の正体に心当たりがあるの? その人の目的に気付いているみたいな言い方だけど」
エイミィさんに問いかけられて、俺は「それは……」と口ごもりながらクロノを見る。クロノは首をわずかに横に振る。それを察して、
「あくまで俺がそう考えているだけだ。だが、闇の書を完成させれば、主やその周囲にいる者は暴走に巻き込まれてまず助からない。それは確かな事実だ。そうだなクロノ」
「ああ。何なら今までに起きた闇の書事件の記録を見せてもいい。少なくともこれまでの間に、闇の書を完成させた後も生きている主はいない」
「そんな――」
クロノの言葉で確信が付いたのだろう、アルフはそう呟くのがやっとだった。俺は畳みかけるように言う。
「プレシアも闇の書の伝説や仮面の男の甘言に乗せられるだけの人じゃないだろう。ジュエルシードを使ってまだ何か企んでいるかもしれない。だがさっきも見た通り、ジュエルシードは制御が難しすぎて願望器としてはほとんど役に立たない。それをどう使おうとプレシアの望みをかなえる結果になるとは思えない。すべての望みを失ったプレシアはリニスとフェイトを置いて、あるいは巻き込んで……」
そこまで聞いてアルフはかっと目を見開く。ようやく悟ったのだ。彼女たちを救う方法が一つしかないことに。
アルフは気が抜けたようにうなだれ、ぽつりと言った。
「……話すよ。プレシアとリニスがいる、《時の庭園》がある場所を」
そして俺となのはをじっと見て、
「だけど約束して。絶対にフェイトとリニスを助けるって。あの子たちはただプレシアのためだと思って頑張っていただけなんだよ」
アルフの頼みに俺となのはは強くうなずいた。
「もちろんだよ。私だってフェイトちゃんを助けたい。それにプレシアさんにもフェイトちゃんと仲直りしてほしい。そして、それが終わったら友達になってほしいってお願いの返事を聞かせてもらう。だから何が何でもフェイトちゃんたちを助けるよ」
そう誓いを立てるなのはをアルフはじっと見る。その目にうっすら涙がにじんでいるのが見えた。
なのはに続いて俺も親指を立てながら宣言する。
「俺もリニスにはさんざんやられたからな。このままやられっぱなしじゃ気が済まない。そろそろあいつに借りを返してやりたいと思っていたところだ。それにプレシアに逃げられたり死なれたりしたら俺にとっても困るからな。意地でもとっ捕まえてやる」
それを聞いてアルフはぷっと笑いを漏らし、最後の一言を聞いてなのはとエイミィさんは首を傾げ、その一方でクロノは硬い表情を浮かべる。
フェイトもリニスもプレシアも助け出さないといけない。特に“夜天の魔導書の解呪”にプレシアの協力は絶対に必要だからな。