吹き抜けを過ぎて俺とアルフ、ギャレットさんを始めとする20人ほどの武装局員たちは、屋敷内を駆け抜ける。
階段を登ると柱のように出っ張った壁についている扉と、左右に広がる通路を見つけ、初めて俺は足を止める。
サニーが使っていた頃は、左の方に無数の本と資料を置いた部屋があったはずだ。あの古文書を読んだのもその部屋だった。
「アルフ、あっちの方は?」
左側の通路を顎で指すとアルフも俺が指している方を見ながら言った。
「あっちはプレシアの研究室がある方だよ。あたしたちが住んでいた頃はいつもあの部屋にプレシアがこもっていたんだけど、今はどうかわからない。少なくともあたしたちっていうか、フェイトやリニスと会う時は右側の奥にある《玉座の間》がほとんど。ちなみにあれはエレベーター。最上層に直通してる」
『みんな、ちょっといい?』
アルフが説明し終えたところで、頭上にモニターが現れエイミィさんの姿が映る。
俺たちは一斉に彼女の方を見上げた。
『《時の庭園》について調べてみたんだけど、庭園の最上層にある駆動炉の中には、ジュエルシードと同系のロストロギアが内蔵されているみたいなの。もし複数のジュエルシードと駆動炉を同時に発動させれば、《時の庭園》や97管理外世界の近くで中規模以上の次元震……最悪の場合、次元断層が起きちゃうかもしれないって計算が出て……』
それを聞いて局員たちがざわめく。
プレシア側が持っていたジュエルシードは今、なのはとの勝負で賭けるためにフェイトの手にある。しかし、プレシアが何の手も打たずに、むざむざすべてのジュエルシードをフェイトに預けるとは思えない。転送魔法などでいつでも手元に戻せるようにしていると考えるべきだ。
『だから、ここからはプレシアを捕まえる方と駆動炉を押さえる方の二手に分かれてほしいんだけど。できれば駆動炉の方を優先して』
エイミィさんの指示を聞いて局員たちは顔を見合わせる。
駆動炉はプレシアにとって、ジュエルシードが集まらなかった場合の切り札を兼ねているに違いない。そのまわりには間違いなく多くの
指定された通りにしか動けない故の隙があるとはいえ、一体一体がギャレットさんと同格の力を持つ傀儡兵。これ以上部隊を分けたくないのが本音だろう。
「ギャレットさんたちは駆動炉を止めに行ってくれませんか?」
「えっ……?」
そう言うとギャレットさんは戸惑いの声を漏らす。俺はさらに続けて言った。
「俺とアルフがプレシアを捕まえに行きます。ギャレットさんは部下を連れて駆動炉を止めてください。ここに来るまでかなりの傀儡兵を破壊してきましたし、総数自体はもうそんなに残ってないはず。武装隊が全員で行けば駆動炉を制圧できると思います」
「確かに万が一のことを考えたら駆動炉は押さえておきたいが、君とその使い魔だけで行く気か? いくらなんでも危険すぎる! せめて我々の中から10、いや8くらいは連れて行くべきだ」
そう言いながらもギャレットさんの顔色はさえない。やはりこれ以上隊の数を減らすのは避けたいのだろう。敵側だったアルフを信用できないというのもあるに違いない。
……言い方を変えるべきか。
「プレシア・テスタロッサはSSランクに匹敵する魔導師でしたね。フェイトを教育するために作られたリニスも、主に匹敵する力を持つ使い魔だとか」
「あっ……ああ」
確認するような問いにギャレットさんはぎこちない相槌を返す。俺は続けて言った。
「クロノが言っていたんですが、俺の力量はSランクの魔導師と同等以上だそうです。アルフもフェイトとともに管理局を凌いできただけあってそれなりの実力です。何が言いたいかわかりますか? ……プレシアやリニスに太刀打ちできるのは俺たちくらいしかいないってことです」
そこまで言うと多くの局員たちが不愉快そうな顔になり、その中から少なくない人たちが声を上げようとする。
だが、それよりも先にギャレットさんが左手を伸ばして部下を制し、俺に問いをぶつけてきた。
「つまりプレシアたちに対し勝ち目のある君たちに彼女らの逮捕を任せて、我々は傀儡兵の掃討と駆動炉の制圧に注力するべきだと?」
俺は首を縦に振る。
「はい。言うまでもなく駆動炉の制圧も重要な役目です。駆動炉さえ止められるようにしておけば、プレシアが何をしようと次元断層は起こりませんから。駆動炉制圧を優先しろというエイミィさんの指示にもかないます。だからプレシアの方は俺たち――いや俺に任せてください!」
強めの口調でそこまで言うと、ギャレットさんはしばしの間目を閉じてから口を開いた。
「確かにリミエッタの言う通り、次元震や次元断層を引き起こすわけにはいかん。何としても駆動炉は押さえておかなくてはならんだろう。しかし、これだけの事をしたプレシアを逃がすわけにはいかない。もし彼女たちを取り逃がすことになればその責任は重いぞ。君はアースラにいられなくなるし、俺や執務官も何らかの処分を食らうかもしれん」
その言葉に俺は真剣な表情でうなずき。
「はい。個人的な理由もありますし、何としてもプレシアを捕まえて見せます。だからギャレットさんたちは駆動炉を止めてください。そして俺たちが住む地球を守ってください――お願いします!」
そう頼んだ途端、局員たちは落ち着きを取り戻す。
彼らを軽視するつもりはない。むしろ俺にとっても、駆動炉を押さえることはプレシアとリニスを捕まえること以上に重要な事だ。次元震や断層が起これば地球もただでは済まなくなるから。
ギャレットさんは真剣な表情で首を縦に振った。
それからすぐ、武装局員たちが何人かに分かれてエレベーターに乗り込み始める。それを見届けてからアルフが訪ねてきた。
「じゃあ、さっさとリニスを説得して鬼ババをとっちめに行くかね。研究室と玉座の間、どっちの方へ行く?」
「すぐそこだし、まずは研究室の方から見ておこう。この状況で部屋にこもって研究や調べ物をしているとは思えないが一応。アルフはここで見張っておいてくれ」
「あいよ。でも、まるであの部屋を知ってるような言い方だね。ここに来たことがあんの?」
「……まあ、かなり昔にな」
何気なく尋ねるアルフに俺はそれだけ言って、そそくさと研究室へ行った。
当然、プレシアもリニスもそこにおらず、無数の本と丸まった紙があちこちに散らばっているだけだった。
◆
《玉座の間》へ続く道には傀儡兵が一体もおらず、俺とアルフはそのままダイニングルームらしき広間へと出た。
真っ暗な次元空間だけが映る窓、無数の電球をつけたシャンデリア、長い間使われていないだろう暖炉のみがあり、食事に使うテーブルなどはどけられた後のダイニングルーム
「来ましたね、御神健斗……アルフも一緒でしたか」
「リニス!」
リニスを見つけ、俺の隣でアルフは声を上げる。
リニスはアルフの顔を見て安心したような顔を見せるものの、すぐに表情を引き締めて俺の方に顔を向けた。
「一週間ぶりですね。もっとも、最後にあなたを見た時は管理局から逃げるのに必死で、お話しする暇はありませんでしたが」
「そのまま捕まってりゃよかったものを。と言いたいところだが、そのおかげでお前と決着をつける機会ができたんだ。そう思うとこんな流れになったのも悪くないかもしれないな」
「そういう悪いところばかり男らしいですね。将来彼女を泣かせることになっても知りませんよ」
リニスはため息をついて仕方なさそうな笑みを浮かべる。
そんなやり取りをかわす俺たちに割り込むようにアルフは声を上げた。
「リニス、もうやめよう! いつまでも鬼ババなんかの言いなりになってたらだめだよ。ジュエルシードも闇の書も願いを叶える力なんてない危険な物なんだ。だから――」
「主に背いた瞬間に私は契約を解除されて、この世にいられなくなります。本来、使い魔とはそのように服従させ消費していくものです。アルフも知っていると思いますが」
「そ、それは……」
指摘混じりの反論にアルフは言葉を詰まらせる。気まずい表情で頭を下げるアルフにリニスは首を振って言った。
「いいんです。あなたの言うこともわかりますから。度々暴走を引き起こしていたジュエルシードはもとより、闇の書にもプレシアが求めるような力はないでしょう。それがとても危険なものであることも察しが付いています。ロストロギアの中でも屈指の力を持つ魔導書――そのようなものを歴代の所有者があっさり手放すとは思えませんから。愚王ケントが闇の書と心中するような形で死亡したのも、もしかしたらそのせいかもしれません」
リニスは俺を見ながらそう言ってのける。闇の書だけでなく、俺についてもとっくに見透かしてるような目だった。
それを誤魔化すように俺は声を発した。
「そこまで気付いているならご主人様に教えてやったらどうだ? 他の方法を探すように言った方がいいとも」
その忠告に対し、リニスは寂しげな顔で首を横に振る。
「あの方は私が何を言っても聞いてくれません。それに方法なら色々と探しました。ですが、あの方の願いをかなえる方法も品も見つからなかった。そして、もうあの方に残された時間は本当にわずかだけとなってしまいました。今すぐ集中治療を受けない限り今日一日も持たないかと」
リニスが告げた事実を聞いて俺とアルフは唖然とする。
プレシアが重い病気を患っていた事は聞いていたが、まさかそこまでとは。しかもそんな状態になってまだ研究にのめり込んでいるなんて。もはや執念という言葉すら生温く思える。
だからこそ不憫に思う。そこまでして見つけ、求めていたものが、自分にとどめを刺すものでしかないんだから。
俺の胸中を知ってか知らずか、リニスは真剣な表情を作りながら言う。
「御神健斗、無理を承知でお願いします。闇の書と八神はやてさんの身柄と引き換えにするための人質として、しばらくの間私たちのもとにいてもらえないでしょうか? おそらく数時間もしないうちに、あなたもはやてさんも無事に解放されることになると思います」
プレシアの寿命が尽きて、同時にリニスも消滅するからか。
それを理解した上で俺は首を横に振る。それを見てリニスはやはりと言う顔でつぶやいた。
「……聞くまでもありませんでしたね。あなたならそう言うと思っていました」
「ああ。プレシアの手にジュエルシードと闇の書が渡ったらそれだけで洒落にならないことになる。そんな奴に大切な幼なじみを預けるわけにはいかないし、プレシアの余命が幾ばくもない以上そんな
その啖呵を耳にしながら、リニスは仕方なさそうに懐から金色の球を取り出す。
「わかりました。では力ずくであなたを捕まえるとしましょう――《バルバロッサ・サプレス》!」
『Yes,boss』
「はっ、やれるものならやってみろ――ティルフィング!」
『Ja Meister』
アルフが見守る中、リニスは以前とは少し違う形の杖を構え、俺は愛剣を構える。
三度目にして最後となるリニスとの戦いが今幕を開けた。