「おいリニス! 本当にやるのかよ?」
武器を構えるリニスに向かってアルフは声を上げる。
俺はリニスを見据えながら、後ろにいるアルフに向かって言った。
「下がっていろ! こいつは俺と奴との戦いだ。お前は手を出すなよ」
「ええ。アルフは自分の身を守る事だけを考えてください。あなたを案じている余裕はありませんから。――行きますよ!」
そう言うやいなや、リニスは俺の視界から消える。
俺は彼女の姿を捉えようとはせず、もう一つの感覚器官である聴覚を研ぎ澄ませた。草木に紛れた母さんを迎え撃つ時のように。
――そこだ!
足音と気配が迫ってくるのを感じ、剣を正面へと突き出す。
その瞬間、ギンと甲高い音が眼前で響き、目の前に杖を握りしめているリニスが現れる。攻撃を防がれたことでリニスはわずかに動揺したのか力が緩んだ。
俺は剣を握る手に力を込めてリニスの杖を弾き、彼女に向けて刃を振り下ろす。
彼女は避けようともせず左手を向けて、
「プラズマスマッシャー!」
リニスの左手から稲妻が漏れるのを見て、俺はとっさに真横に移動する。その直後、リニスの手から放たれた光線は壁を貫いて大きな穴を空けた。
リニスは広げたままの左手を俺に向け、複数の光球を出現させる。
「プラズマランサー――ファイア!」
その一声とともにすべての光球が俺に向かって飛んでくる。俺はさらに横に跳んでそれをかわした。しかし――
「ターン」
俺のいる方にリニスが手を伸ばした瞬間、光球は壁にぶつかる寸前に動きを止めて再び俺めがけて飛んでくる。
小賢しい真似を――。
「シュヴァルツ・ヴァイス!」
まっすぐ飛んでくる球を魔力を込めた剣ですべて弾き落とす。その瞬間否が応にも俺は無防備に横を向いている姿をリニスにさらけ出す形になる。
彼女はそれを待っていたように杖を構えた。
『haken form』
リニスの杖、バルバロッサは二発の薬莢を吐き出しながら、長剣の形に変わる。俺は舌打ちしながら――
「パンツァーシルト」
攻撃を防ぐべく左手の先に障壁を張るが、バルバロッサはあっさりとシールドを砕いて、俺の体を弾き飛ばした。
「ぐあっ!」
俺は床を転がりながらもある程度の位置まで来たところで手を付け、剣を肩に担ぎながら態勢を立て直す。
斬りつけられたにもかかわらず、切り傷は付いてない。『非殺傷設定』のおかげか。
現代、特にミッドチルダ製のデバイスは、人体や物体に傷をつけず魔力ダメージのみを与えられるように設定ができるらしい。この『非殺傷設定』と呼ばれる機能によってほぼ確実に犯人を死傷させずに捕らえられるようになり、誤って味方や民間人を攻撃してしまっても死なせてしまうようなことはなくなった。
初めてリニスと戦った時に、ばっさりやられたにもかかわらず死なずに済んだのも非殺傷設定によるもののようだ。
とはいえ痛みまでは抑えることができないらしい。あるいはある程度痛みを感じるようにしてあるのか。まだ肩が痛む。
「はあっ!」
その一声とともに再びリニスの姿がかき消える。右か、左か、また正面か? あるいは――。
直感的に俺は上を見る。リニスは俺の真上を浮き、
「サンダーレイジ!」
彼女がいた場所から雷が降ってくる。俺は床を蹴ってその場から離れる。俺が立っていた場所は雷を受けて黒い煙を噴き出していた。
その煙に紛れてリニスが踏み込んできた。俺は剣を前に突き出しながら魔力を練り上げる。
「はあっ!」
「やあっ!」
刃と刃がぶつかり合い、互いの目の前で黒と黄が混じった色の火花が散る。それにひるまず俺たちは再度武器を振るい、剣と杖をぶつけ合う。
向こうは大人でこちらは子供、単純な力比べでは分が悪いが、
「はああっ!」
「――っ?」
衝撃を表面にぶつけるのではなく裏側に撃ち通すことで、威力を“徹した”打撃で相手の杖を払い、振り下ろした刃を振り上げて二撃目を与える。リニスは巧みに杖を振るいそれを防ぐが、思わぬ方向からの斬撃に動揺を隠せずうめき声を漏らしてしまう。こちらの攻撃を防ぐために相手の得物が真上を向いた隙に、剣を引き戻しながら一瞬の間に相手を見定める――そこだ!
俺が三撃目として放った突きは、リニスの防御を“貫き”ついに彼女の杖を弾き上げ、無防備な胸元をさらす。
俺は渾身を込めてリニスの胸元めがけて剣を振り下ろした。
「シュヴァルツ・ヴァイス!」
「ああぁっ!」
魔力と渾身がこもった一撃を受けて、リニスは弾かれたような声を上げながら後ろへと下がる。
リニスが羽織っていた白いコートの前留めは切れて黒いインナーがすべて露わになり、そのインナーにも大きな切れ目と焦げ跡がついていた。
そんな姿をさらしているなど気付いてないかのようにリニスは呆然と呟く。
「今の太刀筋は一体……?」
俺はそのつぶやきに答えず息をつきながら剣を下ろした。
そんな中、今まで戦いを傍観していたアルフは呆気にとられながら思った。
(あのリニスがここまで追い込まれるなんて。あいつがリニスに傷を入れたと聞いた時は、何か卑怯な手を使ったんだろうとしか思ってなかったけど……あの健斗って奴なら、もしかして本当にリニスを――)
攻撃を受ける寸前に身をひるがえすことで辛くも決定打を免れたリニスは、ボロボロになったコートを脱ぎ捨てる。戦っている間に帽子も落としており、彼女の姿は黒一色に染まり、耳と尻尾が露出している。
「やりますね。まさか私がよそ様にこんなみっともない姿を見せるなんて」
「いや、なかなか似合ってるんじゃないか。ずいぶん昔に出てたアニメキャラに似てる気がするし。俺は悪くないと思うけど」
「どんなアニメですか。そんなものばかり見てるからエッチな子になっちゃうんです。まさかフェイトにそのアニメのことを教えたりしてませんよね?」
リニスが疑わしげな声で尋ねると、アルフも冷たい目で俺を見た。
いや、俺が成熟してるのはたぶん前世の記憶を受け継いだことによる精神年齢のせいだ。それにお前らの格好の方がよっぽど教育に悪い気がする。もう影響を受けてるっぽいし。
リニスは口を閉じると真剣な表情に戻し……
「このままだと本当に負けてしまうかもしれませんね――そろそろ“奥の手”を使わせていただきます!」
『
バルバロッサが応えるとリニスの体が黄色の光に包まれ、その形を変えていく。
そして、光が収まった頃に現れたのは、さらに布面積が減ってレオタードのような形になったインナーに身を包んだリニスだった。バルバロッサも大剣のような形になっている。
「その姿は……そんな恰好一度も見たことがない」
「この格好では耳も尻尾も隠せませんからあまり見せたくないんです。フェイトがもっと強くなったら見せる機会もあったかもしれませんね」
驚くアルフにリニスは顔を赤らめながら説明する。そんな彼女に俺は口を挟んだ。
「装甲が薄くなったように見えるが――まさか防御を捨てて速度に当てたのか?」
「ええ。リーゼロッテさんやあなたに対する切り札としてずっと温存してきました。この状態の私より早く動ける者は存在しません。防御の心配などする必要はない――あなたの剣が空を泳いでいる間に斬り伏せますから」
リニスは軽々と大剣を振り回しながら言い放つ。
今までも目に留まらない速さだったのが、さらに格段に速くなったというのか。それが本当だとしたら並みの魔法や剣術だけではかなわない。やはり技能を使わずに勝てるほど甘くないか。
数十歩ほどの距離を空けて俺とリニスは互いに剣を向け合う。あまりの緊張感にごくりと唾を飲み込んだ。
俺は一歩足を踏み出し、そこで止まる。
リニスはまだ動かない。ただじっと俺を見据えている。
俺はさらに一歩踏み出そうと足を上げる。その瞬間、リニスの姿が消えかけ――
フライングムーヴ!
俺は技能を発動する。
俺の前には踏み出そうとするリニスと、俺の目の前にもう一人のリニスが!
技能が働いているにもかかわらずリニスは剣を振り下ろしてくる。俺は剣を振り上げてそれを受け止めた。
その瞬間技能は解け、二つの剣は鈍い金属音と火花を散らしてぶつかり合う。リニスは続けざまに攻撃を繰り出す。反射的に剣を繰り出し、何度か凌ぐが大剣の重量と速すぎる連撃に耐えられず、ギリギリのところで飛びのくが衝撃を殺しきれず、吹き飛ばされるような形でリニスと距離を空けた。
「躱しましたか。今ので仕留めるつもりだったのですが」
おいおい、速すぎるなんてもんじゃないぞ。技能中でもあんなにくっきり残像が残るなんて。
確かにこいつより速い者などいないかもしれない。攻撃を受け止めるだけで貴重な技能を使ってしまった。残りはあと一回のみ。
「ここは出し惜しみせず一撃で昏倒させた方がよさそうですね……プラズマ――」
リニスが剣を真横に構えると、彼女の足元に魔法陣が現れおびただしい電撃が大剣に集まり、大剣からは6発の薬莢が吐き出される。それを見てアルフは叫ぶ。
「健斗、もういい! 今すぐ降参しろ! さすがにあれはヤバイ。あんなの食らったら丸一日は気絶したまま――いや、何日かは動けなくなるかも」
「それはちょうどいいですね。目が覚めたらすべてが終わっているということじゃないですか。私からすれば少し羨ましいくらいですよ」
悲痛な声で降参するように促すアルフに対して、リニスは笑みさえ浮かべながら冷酷に告げる。
本当に俺を丸一日気絶させるつもりなのか、あるいは恐怖心をあおることで俺を降参させるつもりなのか。いずれにしろ答えは決まっている。
「来いリニス。俺は必ずこれを凌ぐ。そして今日こそお前に勝って、壁を一つ乗り越えさせてもらうぞ!」
「本当に身の程をわきまえない子ですね……ならば受けてみなさい! 我が最大の技――プラズマザンバー!」
そう告げた瞬間リニスの像がぶれる。俺は迷わず――
フライングムーヴ!
三度目の技能が発動した瞬間、再び二人のリニスが俺の前に現れる。本物はもちろん俺の眼前で雷撃をまとった剣を振り下ろそうとしている方だ。これを食らったら間違いなく今日丸一日は意識が飛ぶ。これを防がないわけにはいかない。
俺は先ほどと同じく相手の剣めがけて自分の剣をぶつける。
技能が解け、互いの剣からは耳をつんざくような音と雷撃が部屋中に駆け巡る。体中が痺れるのは剣がぶつかった衝撃だけではないだろう。だがひるんでいる暇はない。
「ティルフィング、カートリッジロード! 可能な限りすべて装填!」
『Ja!』
指示した瞬間、ティルフィングの弾倉から薬莢があふれるように出てきて、急激に魔力が増大し、その代わり体中に負荷がかかる。特に腕からは骨がきしんでいるように痛みがする。だがこうでもしないとリニスの剣を受け止めきることはできない。
「ぐぐっ……」
「このっ……」
話している時からは考えられないくらいの歪んだ形相でリニスは剣を押してくる。だがカートリッジのロードによって拮抗状態を保つことはできた。あともう少し……
「だああああ!」
渾身の力を込めて剣を押し返し、リニスの剣を弾き上げる。その衝撃でリニスは足を半歩後ろへ下げ、その隙に俺は後ろへ跳ぶ。
「また後退ですか。でも、これであなたは技能を使い切ったはず。今度こそ終わりです!」
勝利を確信した故の喜びと失望がないまぜになったような声で、リニスは高らかに叫ぶ。それを聞きながら俺は念じた――今世初となる四度目の技能行使を。
フライングムーヴ!
恐る恐る目を向けると、リニスは俺に向かって口を広げたまま、俺やリニスの間を忙しなく視線を交差させているアルフ、あちこちに放射している雷撃すら動きを止めている。
成功だ。前世でもエクリプスの力を借りなければ叶わなかった、四度目のフライングムーヴがついに成功した。
だが肝心なのはここからだ。カートリッジ全ロードの負荷も相まって体中に激痛が走り、これ以上リニスと鍔迫り合いを続ける余裕はない。
この一振りで奴を仕留めるしかない。それが出来なければ俺の
制止した空間の中で俺は剣を振りかぶる。その最中、師の言葉が脳裏に蘇った。
『お前が《フライングムーヴ》と呼んでいるその技は、我々『御神の剣士』が極意とする《神速》に似て非なる技だ。知覚と体の動きにずれが生じる神速と違って、制止したも同然の空間の中で自由に行動できるお前の技、いや力は、使いようによっては我々が辿りつけなかった領域にも易々と踏み入れることができる。私や兄さんが会得できなかった御神流の奥義《閃》さえもな。その代わり、身体にかかる負荷も神速以上のようだ……果たして、お前は《フライングムーヴ》を使いこなすことができるかな、健人』
俺はリニスを視界に捉える。リニスはすでに剣を構え、数歩俺に向かって来ている。やはり速い。技能中にこれだけの動きをするとは。
はたして当たるか、いや、当てて見せる!
息をつき、狙いを定めて、俺はリニスに向かって足を踏み出した。
技能は解け、一瞬前まで数十歩も先にいたリニスは今、俺の眼前にいる。
リニスは驚愕の表情を浮かべながら光のような速さで剣を振りかぶろうとする。そして俺の剣も彼女の胸先を捉えていた。
「プラズマ――ザンバー!」
「シュヴァルツ・
次の瞬間、リニスの大剣が俺の肩に入り、すさまじい激痛と痺れが襲ってくる。
それに対して俺の剣はリニスの胸を深く斬り裂いていた。
……勝った。
そう確信した俺に応えるように。
「お見事……あなたの勝ちですよ。御神健斗」
リニスはそう言って笑い、どさりと倒れた。
「リニス!!」
アルフは倒れているリニスに駆け寄って、彼女を抱き起こし何度も名を呼ぶ。
そんなアルフにリニスは笑みを作りながら言った。
「大丈夫ですアルフ。あちらも非殺傷設定みたいですから死にはしません。そうですよね?」
「ああ。加減して勝てるとは思えなかったからな。現代に非殺傷設定とやらがあって助かったよ」
「まるで非殺傷設定がない時代から来たような言い方ですね。もしかしたら、あなたは本当に……」
俺の物言いにリニスはふふと笑い、アルフは首をかしげる。
リニスは俺を見上げながら、
「本当に強くなりましたね。数週間前までは技能を使わないと私の攻撃を避けることも受け止めることもできなかったのに。なんででしょう? 負けて悔しいはずなのに、嬉しいとも思ってしまいます。不思議ですね」
「なんでって、そりゃあこれで鬼ババの言いなりにならずに済むからだろう。全力でやってやられたんだ、命令に背いたことになんかなるもんか。もうリニスは自由だ。それでほっとして嬉しくなったんだ」
「いや、多分違う」
「「……?」」
アルフの言葉を否定すると、二人は怪訝な表情で俺を見上げる。俺は体をかがめ、リニスに視線を合わせながら言った。
「リニスのおかげで俺はここまで強くなった。あんたがいなければジュエルシード集めはもっと簡単にいっていただろうし、プレシアの所へも難なく辿りつけていたと思う。でも、あんたという壁がいなかったら四回目のフライングムーヴを成功させることはできなかったし、今の技も思いつかなかった。
だからまあ、リニスは俺にとってライバルであって、師匠みたいなものでもあるんだ。あんたもそう思ってるんじゃないか。だから弟子の成長が嬉しいと感じたんだ」
そう言うとアルフとリニスはしばらく目を丸くしてから、
「い、いやいや、冗談じゃないよ! あんたはリニスと戦ってただけじゃないか。何よりそれじゃあ、あんたとあたしたちが兄弟弟子ってことになっちまう。そんなのあたしゃごめんだよ!」
「でも、そういう師弟関係もありかもしれませんね。体でぶつかり合って鍛えるのも。結果的には短期間で私より強くなっちゃいましたし」
いやだいやだとぶんぶん首を振るアルフに対して、リニスはフフと笑う。
そしてリニスは笑みを消し、扉の向こうへ顔を向けた。
「プレシアはその先にある《玉座の間》にいます。そしてあの部屋の側には……あなたならもう知っているんでしょう」
「ああ。10年くらい前にプレシアがどんな目に合ったのかも、彼女の“娘”のことも――全部クロノから聞いた」
俺の言葉にアルフは首を傾げる。一方でリニスは「そうですか」と言って、
「私が言えた義理ではないと思いますが、どうかあの方を救ってあげてください。プレシアは私やフェイトが差し伸べた手を拒んで、ずっと一人で悲しみと孤独に耐えてきた人なんです。だから……」
「任せろ。お前たちの事情はともかく、俺にとってこのままプレシアに自滅されては困る。嫌でも彼女を捕まえてアースラまで連れて行かせてもらうぞ。あれほどの技術者はそうそういないらしいからな」
「……お願いします」
それだけを言うとリニスはアルフの膝に頭を預けて目を閉じ、浅い呼吸を立てながら眠りについた。
「アルフはここでリニスを診てやってくれ。非殺傷設定とはいえ結構深く入ったからな。一人だと立つのもきついはずだ」
「わかった。あんたも気を付けて。弱っているとはいえ、大魔導師を名乗るほどの力を持ってる人だから」
その忠告に俺は首を縦に振ってから、その場を後にした。
いよいよ、残るはプレシアただ一人。