健斗がリニスに勝ってプレシアのもとへと向かっている頃と同時刻。互いに全力を振り絞った二人の少女の長い戦いにも決着がつこうとしていた。
おびただしい桃色の光がなのはの前に展開された魔法陣に集まっていく。それは二人の戦いで周囲に散布された魔力の光だった。その中にはフェイトが放出した金色の光も混じっている。
それを見てフェイトは心の中でずるいと叫びながらも、砲撃を撃つ前になのはを倒すために飛ぼうとする。しかし手足に何かが巻き付いていてこの場から動くことができない。フェイトは自分の体を見る。彼女の四肢はいつの間にかバインドによって拘束されていた。
フェイトは身をよじらせるが彼女を縛り付けている魔力の縄はびくともしない。
エクセリオンモードとなったレイジングハートを向けてなのはは叫ぶ。
「これが私の全力全開、スターライト――ブレイカー!!」
その瞬間、レイジングハートから桃色の巨大な光線が放たれ、空中にいるフェイトを飲み込みながら海へと直撃する。その衝撃で真下の海からはすさまじい高波と爆発光が立ち昇った。
一方。
アースラのスタッフたちは唖然とモニターを見上げる。
『うわぁ……フェイトちゃん、生きてるかな?』
スピーカー越しに漏らしたエイミィの呟きに誰もが心のうちで同意した。非殺傷設定でもさすがにやりすぎだ、せめて受け身だけでも取らせてやるべきでは、と思うものの口には出せない。
フェイトと言う少女は次元犯罪者の一味で、余計な感傷を持つべきではない。それに自分たちは過去にフェイトを見捨てようとしたことがある。そんな自分たちに高町なのはを非難する資格はない。そう思っていたからだ。
リンディは椅子に腰かけたまま、ため息とともに言葉を吐き出す。
「どうやらあっちはひと段落したようね。《時の庭園》の方は?」
「はい、リーゼロッテはハラオウン執務官によって捕縛。リニスは戦闘不可能。駆動炉もまもなく制圧が完了するとのことです。残るは玉座の間にいるプレシア・テスタロッサですが、そちらには御神健斗が一人で……」
アレックスの報告にリンディは難しい表情をしながら尋ねる。
「技能もカートリッジも使い切った状態の健斗君だけでプレシアのもとに……。クロノと守護騎士たちは? あの子たちは今どうしてるの?」
「執務官は後続の武装局員にロッテの身柄を預けてから玉座の間へ向かっています。守護騎士二名も大型
「そう。心配だけどクロノたちが到着するまで彼に任せるしかないわね。無事にプレシア女史を捕まえられるといいんだけど……彼の言う通り、闇の書のプログラムを改変できそうなのは彼女くらいだし」
「艦長?」
リンディが漏らした小声を聞き、アレックスは怪訝な声で聞き返す。リンディは首を横に振って言った。
「何でもないわ。こちらから健斗君の様子を見ることができる?」
「はい、御神君に取り付けたサーチャーを通してあちらの様子を確認できます。映像に出しますか?」
尋ねてくるアレックスにリンディは「お願い」と答える。
アレックスは「わかりました」と言い素早くキーボードをたたく。その直後、頭上の大型モニターに庭園内の様子が映し出された。
◇
プレシアが座る玉座のすぐ脇に置かれた鏡型のモニターには、攻撃を受けて海に落ちていたフェイトと、彼女を助けだし抱きかかえるなのはが映し出されていた。フェイトの頭上では敗北を認めた証としてバルディッシュが排出した9つのジュエルシードが浮かんでいる。最後の悪あがきに必要なジュエルシードを。
プレシアは玉座から立ち上がり、おぼつかない足取りで歩を進める。
「もういいわ、フェイト」
そう言いながらプレシアは部屋の中央へとたどり着き、紫色の魔法陣を足元に浮かべた。
「……あなたはもういい」
魔法陣が光ると、向こうの空に暗雲が立ち込め、なのはとフェイトは頭上を見上げる。暗雲から漏れる紫色の雷光を見てフェイトは恐怖で体を震わせた。
ジュエルシードを回収するついでに“お使い”を果たせなかった出来損ないに罰を与えようと、プレシアはフェイトに狙いを定め魔力を込める。
そこへ突然扉が開き――
「フレースショット!」
詠唱らしき言葉とともに向こうから魔力弾が飛んでくる。プレシアは自身の前に障壁を張り、魔力弾をかき消した。
しかしその間に、なのははフェイトを抱えジュエルシードを回収しながら雷雲から遠くへと逃れる。そこには何人かの局員がいて、アースラに繋がる魔法陣まで用意されてあった。
もう回収はできない。
「――誰!? 一体誰よ、こんな事をしたのは?」
邪魔をされたことに逆上し、プレシアは苛立った声を扉の向こう側へ投げつける。
あの失敗作を甘やかしていたリニスか? もしくはアルフという犬が戻って来たのか? それとも管理局の狗たちがとうとう自分のもとへとやって来たのか?
――どれも違う。
扉の向こうから、不機嫌な表情で玉座の間に足を踏み入れてきたのは、黒髪に左右色違いの眼を持つ少年だった。
彼を見てプレシアは眉をひそめながら問いかけた。
「あなたは……」
◇
怒声を浴びせられながら《玉座の間》へと足を踏み入れる。俺の視線の先には、俺に丸い目を向けながら部屋の中央に棒立ちしている女がいた。
女は黒髪をまっすぐに流している中年で、あちこち肌をが露出した黒いドレスを着ている。だがガリガリの体と病的としか言えないほど白すぎる肌のせいで、お世辞にも色気があるとは言えない。記録に残っていた10年前のプレシア・テスタロッサと特徴は一致していたが、別人だと言われれば納得してしまいそうなほどかけ離れている。
女は気を取り直し、怒気を取り戻しながら問いを重ねてきた。
「何のつもりかしら? いきなり部屋に上がり込んできた上に、あんなものを投げつけてくるなんて。あなたのせいでジュエルシードを回収することができなかったじゃない」
「そりゃ悪かった。危険そうな魔法を使おうとしてたんでついな。それについてこっちも一つ聞きたい。あんたが回収しようとしたジュエルシードの真下にはフェイトって子がいたな。もしさっきの魔法を使っていたらあの子はどうなっていたんだ?」
俺の問いに対して女は肩をすくめて言った。
「別に。ちょっと痛い思いをするだけよ。あの歳になってまだお使いのひとつも果たせないような子を教育するには必要な事だわ」
子供を虐待する親の典型的な言い訳じゃないか。
頭を抱えたい気持ちを抑えながら俺は言葉を吐き出す。
「あんたがプレシアさんか」
「ええ、私がプレシア・テスタロッサよ。そういうあなたはどなたかしら? あなたみたいな子、知り合いにはいないけど」
「御神健斗だ。いきなり押しかけてすまないがプレシアさんに用事があって来た。話を聞いてくれないか」
そこでプレシアは眉を吊り上げて、
「みかみけんと……もしかして、あなたが闇の書の主、八神はやての友達かしら? 確かに左右違う目の色をしてるわね」
そう言いながらプレシアは俺の顔――いや、目をじろじろ眺める。すれ違った人などが向けてくる奇異なものを見るような視線と同じものだった。
不快感と視線を振り払うように俺は尋ねる。
「俺やはやての事を知っているのか?」
「ええ。八神はやての事は現在の闇の書の主として把握していたし、あなたの事もリニスから聞いているわ。八神はやてにまとわりついている邪魔者としてね」
それを聞いて頬が引きつるのを感じた。俺の目に対する視線といい、このおばさんは遠慮というものを知らないのだろうか。
気を悪くする俺に対しプレシアは平然と続ける。
「でも今は助かったわ。あなたのおかげで闇の書を手に入れられるかもしれないもの」
「……?」
プレシアの口から出た言葉に俺は眉を持ち上げた。まさか……
「御神健斗、私に協力してくれないかしら。そうしてくれたら、私の願いを叶えた後で闇の書の力をあなたのために使わせてあげるわ」
「何?」
思わず聞き返す俺にプレシアは表情を消しながら続ける。
「私の願いはもう一度“アリシア”に会いたい。ただそれだけよ……あの子のことは知っているかしら?」
「アリシア・テスタロッサ。10年ほど前に駆動炉の事故で亡くなった、あんたの
俺の言葉にプレシアは首を縦に振った。
◇
「アリ、シア……?」
アースラ艦内で、モニターに映った母親を見ながら、健斗が言った名をフェイトは呆然と呟く。両手にかけられた重々しい手錠も今は頭にないようだった。
(アリシア……そういえば時々見る夢の中で、母さんが私の事をそう呼んでいたような……それってまさか――)
◇
プレシアは10年ほど前に実子『アリシア・テスタロッサ』を亡くした後、会社から受け取った和解金を手にミッドチルダの首都を去り、地方で魔導研究の職に就いた。
プレシアは新たな職場で私生活も投げ打ってひたすら研究に没頭し、その成果で多大な報酬を手にしてはまた別の会社へ移り次の研究に着手した。
そうして彼女は着実にノウハウと資金を溜め込んでいった。
そして数年が経ち、彼女が最後に勤めたのが生命研究を行っている“企業”だった。
そこでプレシアは何人かの優秀な研究者たちとともに人造生命の研究を行っていた。それが《プロジェクト
プレシアが去った後に判明したのだが、その企業はある次元犯罪者が立ち上げたダミー会社で、実態は使い魔とは異なる人造生命を造り出すための研究施設だったらしい。
その後プレシアは“企業”を抜け、これまで蓄えた私財の大半を使って《時の庭園》を購入し姿をくらます。
さらにその後、プロジェクトFの成果を得たプレシアによって生み出されたのが……。
「ええ、そうよ。あの子はプロジェクトFの研究を元に造りだした“アリシアのクローン”。フェイトと言う名前もプロジェクトからそのまま取ったの。偽物に付ける名前を考える暇なんて私にはなかったから」
そこでプレシアは皮肉な笑みを浮かべ、続けて言った。
「最初はアリシアとして育てていたんだけどね――だけど駄目だった。アリシアにそっくりなのは見た目だけで、肝心の中身が全然違っていたのよ。利き腕も魔力資質も性格さえも……アリシアの記憶はちゃんと受け継いでいるはずなのにね。
だからアリシアの代わりにするのはやめて、“フェイト”と言う名前と教育係を与え、魔導師として育てることにしたわ。本物のアリシアを生き返らせるために必要なロストロギアを集める道具にするためにね」
「その教育係がリニスか」
フェイトに関することから話をそらすためにかけた問いにプレシアはこくりとうなずいた。
「アリシアと一緒に死んでしまったリニスという飼い猫がいてね、あの猫を使い魔として蘇らせたのよ。あっちも元のリニスと違って従順すぎる失敗作だったけどね。下僕としては優秀よ」
「使い魔の特性に気付かないまま造って失敗作扱いか、大した大魔導師だな。それで娘を蘇らせるために、今度はジュエルシードと闇の書に目を付けたというわけか」
大魔導師という呼び方に頬をひくつかせつつも、プレシアは「ええ」と肯定する。
「どちらも他のロストロギアよりはるかに優れた力を持っているからね。だからフェイトたちをあなたたちの世界に向かわせたのよ。フェイトにはジュエルシードを、リニスには闇の書を回収させるために」
「だが、どんなに魔力を秘めたロストロギアだろうと、死者を蘇らせることや過去を書き換えることはできない。技術そのものが確立されていないからな。闇の書を完成させようともそれは変わらないはずだ」
俺はそう指摘するもののプレシアは動じずに笑みを浮かべて、
「さあ、どうかしら。闇の書を完成させればどんな願いも叶うとも言われている。死者の一人くらい生き返らせることができるかもしれないわ。もっとも、闇の書を使ってもアリシアを取り戻すことができなければ、当初の予定通り“アルハザード”へ向かうまでだけど」
「アルハザード――だと!?」
プレシアの口から出てきた言葉に俺は目を剥いた。
ベルカが発展するよりはるか以前の太古に存在した、《忘れられし都 アルハザード》。
先史時代のベルカに技術革新をもたらしたのも、アルハザードからやって来た魔導師だと言われている。あの古文書によれば《聖王のゆりかご》もアルハザードから流出したものだとか……。
だが、アルハザードは多世界大戦の時代にはその存在を確認できなくなっていて実在そのものが危ぶまれていた。一説では次元断層に飲み込まれたとも――まさか!
「プレシア、あんたはまさか、そのためにジュエルシードを集めて……」
「ええそうよ! 闇の書の力をもってしても叶わない夢も、アルハザードの秘術をもってすれば可能となる。あらゆる魔法が究極の姿に辿り着く“次元世界の永遠郷”でなら! そのアルハザードへの道を開くために次元断層を起こす必要があるのよ!」
唖然とする俺に対して、プレシアは勝ち誇ったようにクククと笑う。そして……
「もっとも、闇の書の力でアリシアを蘇らせるのならそれに越したことはないけれどね。そうなったら次元断層を起こす必要もなくなるかもしれない。そこでさっきの話に戻るんだけど、あなたから八神はやてにお願いしてくれない。私に闇の書を預けてほしいってね」
やはりかと唇をかむ俺を見ながらプレシアは続ける。
「できれば闇の書を完成させるために必要なジュエルシード14個もお願いするわ。管理局の船にいる守護騎士を使えば難しくはないはずよ。さっきも言った通りアリシアを生き返らせた後は闇の書に用はなくなるわ。あなたと八神はやてとで好きに使いなさい。……それと、あなたが望むならもう一つ付けてもいいわ」
「もう一つ?」
間を空けて付け加えた言葉に尋ね返すと、プレシアは感情のない声で言った。
「フェイト……あの失敗作もあなたにあげるわ。煮るなり焼くなり好きにしなさい」
「なっ……?」
まさかの一言に俺は自分の耳を疑う。しかしプレシアの表情に嘘や冗談を言っている様子はなかった。