「母さん、何を……何を言ってるの?」
自分の耳を疑いながら、フェイトはモニターの向こうにいる母親に聞き返す。
彼女と同じ問いをプレシアの前にいる健斗も言った。
『何を言っている? それじゃあまるで……』
『闇の書と引き換えに、あの失敗作をあげるって言ったのよ! アリシアの代わりにもならなかった人形をね!』
「――!」
プレシアの口から吐き出された言葉の刃が、フェイトの胸に深く突き刺さる。
聞いているうちにだんだん気が遠くなり、立ち続けるだけの気力もなくなっていく。隣で誰かが自分の名を呼んでいるがフェイトの耳には入っていなかった。
彼女の目と耳はまだモニターに映っているプレシアに向けられている。
『たった21個の石ころを集めてくるくらいの事もできなかったばかりか、一月前まで魔法の使い方を知らなかった素人に負けるなんてね。リニスもどきや何とかという犬ともども実に使えない子だったわ。あの二匹と一緒にあなたに差しあげるから、情を注ぐなり慰みに使うなり好きにしなさい』
母だと思っていた人からの罵倒にフェイトは耐えられず、とうとう……
(……モウ、ドウデモイイヤ。私ナンカドウナッテモ)
その思考を最後にフェイトは意識を閉ざしかける。そこへ――
『おいババア』
その声にブリッジにいた者たちは皆プレシアから視線を外す。彼は続けて言い放った。
『なのはのライバルと俺のライバルを馬鹿にするな』
その一言をきっかけにフェイトもその目に光を取り戻し、再び立ち上がって彼の方を見る。
今までずっと自分を支配していた母に対峙している御神健斗という男の姿を。
◇
怒気を含んだ一言にプレシアは呆気にとられながらも、再び口を開く。
「な、何を言ってるの? あなたには関係ないでしょう。あの出来損ないやリニスもどきのことを私がどう言おうが――」
「偉そうな口を叩くな! あいつらを頼らなきゃ何もできないババアが!」
勢いのままに怒鳴りつけるとプレシアは呆然としながら言葉を飲み込んだ。俺は一息つきながら再び口を開く。
「フェイトたちがジュエルシードを集めている間、あんたは一体何をしていた? あいつらが9つ集めたのに対し、あんたは自分の手でいくつぐらいのジュエルシードを手に入れたんだ? まさか1つもないなんて言わないだろうな、
「ぐっ……」
返答に窮してプレシアは唇をかみしめた。俺はさらに畳みかけるように続ける。
「そもそも計画に現実味がなさすぎる。完成しても何が起こるかわからない魔導書と、どこにあるかわからない
「――黙れっ!」
つんざくような大声とともに紫色の雷が飛んできて、避ける間もなくそれは俺に直撃する。同時に、遠くに浮かぶアースラからなのはやエイミィさんの悲痛な呼び声が聞こえたような気がした。
雷撃による煙が立ち込める中、プレシアは憤怒に染まった表情で咆える。
「お前なんかに何がわかる。長い時間を費やして、身を削って造りあげた“アリシア”が偽者だとわかった時に私がどれだけ絶望したか、あなたなんかにわかるわけがないわ。あれがアリシアでないと知った以上、あの子を取り戻すにはロストロギアや伝承の類に頼る以外になくなった――そして知ったのよ。アルハザードの存在とそこへ行くために必要なロストロギア、ジュエルシードと闇の書のことをね!」
煙を吸い込んでむせたのか、プレシアは何度か咳をこぼし
「どれだけの世界を次元断層に沈めようと、私はアリシアを取り戻す。そしてもう一度やり直すのよ。私とアリシアの過去を、アリシアと過ごすはずだった未来を――」
「やり直したいのはお前だけじゃねえ!!」
視界を覆う煙を吹き散らす勢いで叫んだ途端ちょうど煙は晴れ、驚愕に目を剥くプレシアの顔が映る。
「なぜ……なぜ立っていられるの? あの攻撃を受けて、なぜ……」
口を震わせながらプレシアは何ごとかをつぶやく。
俺は剣を抜き、プレシアに向かって疾走する。
プレシアは杖を前に突き出し、剣を受け止める。
そうして鍔迫り合いを続けながら、俺は再び口を開いた。
「過去をやり直したいのはお前だけじゃない。誰にだってやり直したい過去やなかったことにしたい出来事はたくさんある。俺だって過去に、ベルカに戻ってやり直したいことは山ほどあるんだ!」
昨日、高町家に泊まった日の晩にある夢を見た。
《聖王のゆりかご》からオリヴィエを救い出し、ある魔導師の力を借りて夜天の魔導書の暴走を止めることに成功した夢を。
その後も夢は続いて、守護騎士と和解し、“彼女”やエリザ、フィーとも結ばれ、彼女たちとの間に子供もできた。それから数十年が経って、成長した子供と再会するところでその夢は終わった。
俺の行動次第でそんな未来も選ぶこともできたかもしれない。でも……
「でもそうはならなかった! 俺はゆりかごの主砲によって“彼女”と一緒に死んで、300年後のこの世界にやってきた。あそこからやり直すことなんてできない!」
「何を訳の分からないことを。それ以上おかしな話を聞かせないで!」
怒声を上げながらプレシアは剣を払い、雷撃を放ってくる。
俺は身をよじり直撃を逃れるが、先ほどの戦闘の痛みがぶりかえしたため、完全にかわすことはできず、雷撃を肩に食らってしまう。
だが、全身に伝って来る苦痛を押し殺しながら俺は言った。
「過去をやり直したいというあんたの気持ちはよくわかる。願うだけに収まらず、それを実現しようとしたのは正直大したものだ。だが、そのためにどんな犠牲を出してもいいというなら、お前もアリシアを死なせた奴らと何も変わらないぞ」
「何ですって?」
俺の一言にプレシアは動きを止め眉を引きつらせる。そんな彼女に向けて言い放った。
「だってそうだろう。世界を次元断層に沈めるというのは――
「――!」
虚を突かれたようにプレシアは大きく目を見開く。
「そしてもう一つ、お前は――」
「黙れぇ!」
プレシアは耳をふさぐ代わりに、杖を掲げ俺に向けて魔力弾を撃ち出す。それを避けようと俺が身をよじったその時だった。
「うっ、ごほっ、げほげほ、がほぉっ!」
プレシアはえずきながら杖を手放し、両手を床につけながら盛大に血を吐き散らす。避けるまでもなく魔力弾は逸れて床に穴を空けただけだった。
リニスの言った通りだったか。
プレシアはプロジェクトFを始めとする実験の際に、危険な薬品を吸い込み続けた結果呼吸器系の病を患った。しかし、プレシアは症状が悪化しても咳止めなどの緩和剤を飲むだけで済ませ、ろくに治療も受けず無理を重ねていった。その結果、プレシアの体はもう余命を通り越し、いつ息絶えても不思議ではない状態が続いていたという。
アリシアを生き返らせる一念だけで持ちこたえていたようだが、それももう限界なのだろう。
「……もう時間がない。早くアルハザードへ行かないと。ジュエルシードでも闇の書でもいい。どんな手段でも、一刻も早くアルハザードへ……」
自分に言い聞かせるように言葉をこぼしながら、プレシアは血だらけの床に手を付けたまま立ち上がろうとする。
そんな彼女の前にモニターが現れた。そこに映っていたのは――
「フェイト……」
失敗作や出来損ないだとなじっていた彼女を見上げながら、プレシアはその名をつぶやく。
『母さん』
そんなプレシアをフェイトは悲しげな表情で見つめながら口を開いた。
『あなたに言いたいことがあってきました』
それを聞いてプレシアは体をすくめた。彼女がフェイトに行っていたこと、行おうとしたことを思えば罵声が飛んできてもおかしくないからだ。
しかしフェイトの口から出てきたのは……
『私は……私はアリシア・テスタロッサじゃありません。アリシアになることができなかった、ただの失敗作でしかないのかもしれません。だけど私は……フェイト・テスタロッサは、あなたに生み出し育ててもらったあなたの娘です。あなたが望むならどんなことをしてもここから脱出して、あなたを守るために戻ります。あなたにとって必要な物ならどんな物も手に入れます。私があなたの娘だからじゃない。あなたが私の母さんだから』
「…………」
フェイトの言葉を聞いて、プレシアは彼女を見上げながら沈黙を続ける。
プレシアがジュエルシードと闇の書の奪取や、自身の前に立ちはだかる俺を排除するように命じれば、フェイトはその通りに従うだろう。それはわかっているはずなのにプレシアは彼女に何も言葉をかけない。
そうこうしているうちにスタッフたちの声が聞こえ、モニターは消滅した。プレシアはモニターがあった虚空を見つめる。そんな彼女に俺はさっき言いかけた言葉の続きを告げた。
「もう一つお前は重大な事を見落としている。アルハザードに行ってそこでアリシアを生き返らせることができたとしても、その後はどうするつもりだ? 母親を失い、たった一人アルハザードに取り残されたアリシアがそこで生きていくことができるのか?」
「えっ……?」
「原因はわからないがアルハザードはとっくの昔に滅びてしまった世界だ。そんな世界にアリシアを育てられる人間はいるのか? 衣服や食料はあるのか? 自分以外の人間はおらず食う物もなく、寒さをしのぐことすらできない。そんな地獄のような所かもしれない場所にお前は娘を置き去りにするつもりなのか?」
「――っ!」
プレシアは声にならない声を漏らし、口を開いたまま固まる。
ミッドチルダや先史ベルカ以上の魔法文明があったとしても、食料や水など人が生きていくために必要な物が今のアルハザードにあるかわからない。
アリシアを生き返らせることばかりに固執して、その後の事を考えていなかった――考えようとしなかった。
それに気付かされてプレシアはがっくりと顔を落とす。生きる気力を失っている状態だ。このまま放っておけば数分もしないうちに死んでしまうだろう。
――そうはさせるか!
「闇の書の力を使わせてやってもいい」
その一言にプレシアは「えっ」と声を漏らす。
「闇の書に死者を蘇らせる力などない。でも、あんたの娘がまだ
「それは、本当なの……?」
その問いに俺はうなずき……
「夜天の魔導書を使用するには魔導書のプログラムを書き換える必要がある。そのプログラムは複雑であんたみたいな優秀な技術者がいないとまったく手出しができないものなんだ。だから……」
そこで俺はプレシアの肩を掴み、彼女の頭を上げさせながら言った。
「だから選べ。すべてを諦めてここで死を待つか、フェイトにロストロギアを奪わせてどんな所かもわからない次元の永遠郷を目指すのか、それとも俺とともにここを出て夜天の魔導書の修復に協力するかだ!」
「……」
プレシアは答えない。何を選ぶかなんて決まっているのに、ようやく見つけた希望にまた裏切られるのが怖くてそれを口に出せない。
俺はとうとう彼女の胸倉を掴み、無理やり腰を浮かせながら叫ぶ。
「立てよプレシア! 死ぬまでここで呆けている気か? それともフェイトがジュエルシードや闇の書を取って来てくれるまで待っている気か? ――どこまで人を失望させるつもりだ。娘や使い魔に頼ってばかりいないで、本当に欲しいものぐらい自分の手で掴み取ってみせろ。“大魔導師”プレシア・テスタロッサ!」
プレシアは胸倉を掴まれたまま呆然と俺を見る。やがてプレシアはふっと笑いながら、
「……協力する。夜天の魔導書の修復とやらに協力してあげるわ。だからあなたたちの所に連れて行ってちょうだい。今の私にどこまでできるかはわからないけどね」
小さい、しかし尊大さを残した声でそう言ってプレシアは目を閉じる。
すると後ろから――
「プレシア! しっかりしてください!」
悲痛な声を上げてリニスはプレシアのもとへと駆け寄り彼女を抱きとめる。
俺の後ろにはクロノとヴィータ、シグナム、アルフまでいた。プレシアを叱咤している間にここまで辿り着いたらしい。
クロノは俺の隣に並びながら、
「健斗、プレシアは……まだ生きているのか?」
その問いに俺は首を縦に振った。
「ああ。危ういところだったがさっきの一押しで持ち直したらしい。大したおばさんだよ。危険な状態に変わりないが」
「ならば私が彼女をアースラまで運ぼう。早く治療する必要があるだろうからな」
シグナムの申し出にクロノが首を縦に振ると、シグナムはリニスからプレシアを預かりそのまま抱きかかえた。
不安そうに主を見守るリニスに、
「リニス、アリシアはどこだ? この部屋の近くにいるんだろう?」
「――こっちです! 玉座の後ろにある保存室に」
我に返ったように先導するリニスの案内で、豪奢な玉座によって隠されていた隠し通路と、無数のポッドが並ぶ保存室を見つけた。
その保存室の一番奥にプレシアの娘、アリシア・テスタロッサが眠るポッドがあった。
ポッドは青緑色の液体で満たされており、その中をアリシアは一糸まとわぬ姿と胎児のような姿勢で
リニスの手を借りて俺たちはアリシアのポッドを運び出す。死者を冒涜するかもしれない事への忌避感を覚えながら。
こうして長きに渡るプレシア一味とグレアム一味との戦いは終わった。だが、これですべてが終わったわけではない。
夜天の魔導書は今もはやての体を蝕み続けており、“彼女”もまだあの本に囚われている。だからまだ終わりじゃない。むしろ……
ここからが本当の戦いだ!
アリシアに関しては私も迷いましたが、この作品では生存でいきます。アリシアが助かる見込みがないとプレシアが働いてくれないのと、アリシアの友達になる予定のあるキャラを出したいのと、プレシア、アリシアを絡めた日常回をやりたいのが理由です。ご了承ください。