《時の庭園》攻略後、意識を失ったプレシアはアースラに運び込まれてすぐに緊急手術を受け、翌日経った今も病室で眠り続け、フェイトとリニスはつきっきりで彼女のそばについていた。一方、プレシアを好ましく思っていないアルフはただ一人部屋で大人しくしている。
彼女たちは被疑者という立場だが、闇の書対策の協力者としてアースラ艦内ではある程度自由に行動できるようにはなっている。もちろんブリッジや物資の保管庫などの重要施設への立入は禁止され、移動には常にスタッフの随伴させる必要があるなど色々制約はあるが。
一方、リーゼ姉妹は俺たちへの協力や上記の優遇措置を拒否し、一介の被疑者として護送室から出てくることはなかった。そんな中、彼女たちにを指示を出していたギル・グレアム提督の身柄が本局から送られて来た。
「失礼します」
その一言とともに車椅子に乗ってるはやてと、その車椅子を押しているヴィータを始めとする守護騎士たちが会議室に入ってくる。
会議室には俺とクロノとエイミィさんとリンディさん、そしてグレアムとリーゼ姉妹がいた。
はやてに対しよからぬ企てを目論んでいたグレアムとリーゼ姉妹を見て、守護騎士たちは身を固くする。
そんな中、クロノは何度かグレアムに事件について確認してから、一通の手紙と二枚の写真を取り出し、机に置きながら尋ねた。
「八神はやての父の友人を騙って生活の援助をしていたのは提督ですね?」
クロノが置いた写真ははやてが自宅の庭で守護騎士たちと撮ったものと、校内で俺や雄一、すずかやなのは、アリサと一緒に撮ったものだ。
そして手紙の方は、丁寧な活字体による英語で【To Mr.Lagah Grim(ラガー・グリム様へ)】という宛先人の名前が書かれてある。
どれもはやてがある人物に宛てて送ったものだという。その人物が……
「ラガー・グリム。はやてを援助してくれた人物の名前だそうです。でも『
「……ああ」
クロノが口にした推測をグレアムは首を縦に振って認める。
それに続いて、はやては車椅子をわずかに前に進めながら言った。
「綴りの事はクロノ君と健斗君に指摘されるまで気が付きませんでした。でも、父の日記にグレアムさんのことが書かれてましたから、本局でグレアムさんに初めて会った時からもしかしてって思ってました。……やっぱり、あなたが『グリムおじさん』やったんですね」
その言葉にグレアムはこくりとうなずき、
「永遠の眠りにつかせる前に幸せな生活を送らせてやりたい。そう思って金銭面の援助やリーゼたちをヘルパーとして送ったりなど、できる限りの手助けをさせてもらっていた。リーゼたちについては監視の意味もあったが」
「この前本局で会った時に、俺にイギリスへの留学とグレアムさんの家に下宿する話を持ち掛けたのも、俺を手元において監視するためですね?」
俺の問いにグレアムは首を縦に振る。
「そうだ。はやて君の父君から聞いた話やベルカ式の魔法を使っていたことで、健斗君が闇の書と関わりのある存在だということは推察できた。それゆえに、闇の書を封印した後も君がこの世に存在し続けるようなら、しばらくの間私たちの目の届くところに置いて見張っておく必要があると思い、あの話を持ち出した」
「そして、封印した闇の書やはやてを解放しようとしたり怪しい動きをすれば、始末するか闇の書と同様に封じ込めるつもりだったんですね?」
「……ああ、そうだ」
その問いにグレアムは少し間を空けながらも再び首を縦に振った。そんな彼を見てリンディさんとクロノは悲しげな表情を浮かべる。
俺はというと落胆半分納得半分といったところだ。どおりで話がうますぎると思った。あれも結局、俺が守護騎士のような闇の書のプログラムかどうかを探るための餌だったというわけだ。
だが言い換えれば、そこまでしてグレアムたちは闇の書の脅威を払いたかったということだ。闇の書に関わるものは何一つ逃さないように。
だがその決意も、良心の呵責と永久封印の欠陥に気付いたことで折れたようだ。
「……グレアムさん、私から一つだけいいですか?」
その声を聞いて俺たちはそちらの方に顔を向ける。
グレアムに向かって声をかけたのは、表情一つ変えず今までの話を聞いていたはやてだった。
グレアムは苦そうな顔で、
「何かね?」
と尋ね返す。それに対してはやてはグレアムの方まで車椅子を進めながら話を始める。
「正直に言うと、私はさっきまでグレアムさんたちを憎んだり責めたりするつもりはありませんでした。闇の書は過去に数え切れないほどの人たちの命を奪ったり不幸にしてきたって聞きました。放っておけばこれからもそんなことを繰り返していくかもしれないとも。私一人が犠牲になることでそれを止められるなら黙って受け入れるべきなのかもしれません」
「――主!」
「はやて、お前まさか――」
はやての口から出た言葉に騎士たちは驚きの声を上げる中、はやては車椅子を動かし続けグレアムの眼前まで来る。
はやてはグレアムの顔面を捉えるようにじっと見つめ、次の瞬間、はやては右手を大きく伸ばし、グレアムの頬をひっぱたいた。
普段のはやてからは思いもよらない行動に俺を含めほとんどの者たちが唖然とする一方、グレアムは叩かれた箇所をさすりもせずそのまま佇む。
彼に対しはやては荒い声で言った。
「でも、それは私だけが犠牲になる場合の話です! あなたたちは守護騎士たちや健斗君まで犠牲にしようとした上に、フェイトって子とあの子の家族まで危険にさらそうとした。いくら何でも許せることじゃありません!」
「……すまない」
グレアムは心底申し訳なさそうな声で謝りながら頭を下げる。しかし、はやての怒りは収まる様子はない。
「私だけじゃありません! 守護騎士や健斗君、この場にいないフェイトさんたちにも謝ってください!」
「確かに君の言うとおりだ……守護騎士殿、健斗君、すまなかった」
「……ごめんなさい」
「……ごめん」
はやての言う通りグレアムは俺や守護騎士にも謝罪をして、リーゼ姉妹たちも主に続いて謝り、守護騎士たちは戸惑いを隠せないまま謝罪を受け入れる。
そんな中俺はクロノに尋ねた。
「クロノ、グレアムさんとリーゼたちはこの後どうなるんだ? 昨日聞いた話ではそんなに重い罪にはならないと言っていたが」
低い声で問いかけるとクロノは「ああ」と言って、
「昨日も言った通り、グレアム提督とリーゼたちにかかっている容疑は、プレシア一味との共謀とそれに連なる捜査妨害の二つだ。時空管理法においても捜査妨害は犯罪に値する行為だが、プレシアたちが逮捕された今はもうさしたる問題ではなくなった。プレシア一味との共謀についても、彼女たちが暴走しないように抑えていた面もあったことから、一味に対する内偵だったのではないかと指摘する声も上がっている。闇の書とともにはやてを封印しようとしたことは問題視こそされたものの、未遂に終わったということで目をつぶるつもりのようだ……つまり」
「グレアムさんたちの行いを擁護している者がいる……ということか」
俺の一言にクロノはこくりとうなずく。
グレアムが封印しようとしたのは、世界一つを滅ぼす力を持ち、破壊しても再生する極めて厄介なロストロギアだ。グレアムが考えた永久封印以外に闇の書を葬り去る方法はいまだ見つかっていない。
もしかしたら、グレアムに代わって闇の書の永久封印を行おうとしている者がいるのかもしれないな。だとすれば、ぐずぐずしている暇はないかもしれない。
「おそらく捜査妨害によって発生した損害や罰金を退職金から差し引いたうえでの希望辞職という形になるんじゃないかしら。リーゼさんたちもたぶん同様でしょうね」
「…………」
リンディさんの推測を聞いて俺はしばらく沈黙する。
それで納得できるわけがない。
グレアムたちははやてを永久封印という名目で殺そうとしただけでなく、そのためにプレシアと手を組んで彼女を誘拐しようとしたのだ。それを頭を下げたぐらいで許せるわけがない。
「グレアムさん、やはり俺は納得いきません。あなたを許したはやてにとっては余計なお世話かもしれないが、友達が殺されそうになったのに、
俺がそう言い出した途端、皆の目が点になる。クロノに至っては浅ましい真似をと言いたげな目をしている。
だが、グレアムを法的に罰する事ができない以上、これしか方法はない。
それにこれは、はやてを“おじさん”に対する引け目から解放するにはちょうどいい機会かもしれない。
「それで君たちの気が済むなら出せるだけは出そう。いくら欲しい?」
尋ねてくるグレアムに俺は両手を振って――
「あ、俺の分はいいです。俺に対しては監視するだけでどうこうするつもりはなかったようですから。はやてと守護騎士の分だけで結構です」
「何? まさか……」
怪訝な声を漏らすグレアムに対し、俺はもったいぶるように続ける。
「そうですね……はやてを一生を奪おうとしたんですから一生には一生ということで、はやてが一生暮らせる分……は個人的にちょっと妬ましいですから、はやてが成人、もしくは学校を卒業して働くようになるまでの生活費を慰謝料として支払うのはどうです。もちろん守護騎士の分も含めて」
「健斗君、それってまさか――」
言おうとするはやてに構わず、俺はグレアムに向かい……
「援助なんて体裁のいいものじゃない。あなたが危害を加えようとした被害者に対して支払うべき“慰謝料”です。彼女たちに申し訳ないと思っているならしっかり払ってください」
念を押すように厳しい口調でグレアムにそう告げる。グレアムはじっと俺を見返していたが、やがてこくりとうなずいて……
「わかった。そういうことなら払わないわけにはいかないな。はやて君が独り立ちできるようになるまでに必要な分は私が責任を持って出そう。慰謝料としてな。はやて君は生活のことに関して何も心配せず、ゆっくりとこれからの人生のことを考えるといい。守護騎士たちと一緒にな」
そう言ってグレアム
俺ははやての肩を叩きながら言ってやった。
「聞いたかはやて。おまえが大人になるまでの生活にかかる費用は、今まで通りこの“おじさん”が負担してくれるそうだ。言っておくがこれは慰謝料だ。働いて返そうなんて考えるな。しっかり貰っておけ。お前にはその権利と義務がある」
「――うん! ありがとう健斗君、グレアムおじさんも!」
顔をほころばせながら俺とグレアムさんに礼を述べる。
一方、俺はまた表情を引き締めて、再びグレアムさんに顔を戻して言った。
「それと、まだ生きているかはわかりませんが、例の留学と下宿の話はここでお断りさせていただきます。もう少しはやての様子を見ていたいですし、あなたを完全に許したわけではありませんから」
「……そうか、残念だ」
グレアムさんはそう言いながら肩を落とす。その仕草は孫との同居を断られた祖父のように寂しげなものだった。監視とは別に俺との共同生活を心待ちにしていた部分もあったのだろうか。
「でも、闇の書――いや、夜天の魔導書はどうするの? このままだとはやてちゃんは魔導書に浸食されちゃうし、局も魔導書を凍結しようと動き出してくるかもしれないよ」
ロッテの問いに皆が押し黙る。
はやての足は依然麻痺したままで、それに加えわずかながらだが内蔵機能が低下している兆候まであるらしい。侵食は確実に進んでいる。
それにこのまま手をこまねいていたら、管理局の本隊が『闇の書の凍結』に乗り出すかもしれない。
色々な意味で時間が迫っている。にもかかわらず魔導書の修復はほとんど手付かずのままだ。頼みの綱は《時の庭園》から連れてきたプレシアだが、彼女は今……
「……リンディ、クロノ、デュランダルは今はどうなっている?」
突然尋ねてくるグレアムさんにリンディさんは顔を上げながら答えた。
「ロッテから押収した後、アースラの一室に保管しています」
「提督の私物ですから、後で返却することになると思いますが」
リンディさんとクロノにグレアムさんは「そうか」と答え、少しの間考える素振りを見せてから言った。
「クロノ、この場でデュランダルをお前に譲ろう。持っていてくれ」
「――えっ!?」
「この十年間、クロノにはリーゼたちを通して、また私自身も士官学校時代魔導師として持ちうる限りの技量を叩き込んだつもりだ。お前ならきっとあれを使うことができる。私たちの代わりに使ってやってくれ。十年もの月日をかけ、技術の粋を集めて造り出した最高傑作たるデバイス――《氷結の杖・デュランダル》を」
その言葉に対し、クロノはしばらく目を閉じて考え込む。やがてクロノは首を縦に振り。
「わかりました。遠慮なく受け取らせていただきます。闇の書の呪いを含めた次元災害や犯罪から多くの人々を守るために」
その返事にグレアムは固い顔でうなずいてから、俺の方に視線を向けた。
「健斗君、資格はないかもしれないが一つだけ言わせてくれ。この中、いや、全次元中で夜天の魔導書について最も詳しいのはおそらく君だ。魔導書の呪いを解き、その上であの書を救えるのは君しかいないだろう。願わくば、闇の書の呪いとともに愚王という汚名が少しでも晴れることを願っている」
「はい、必ず闇の書が起こす悲劇とやらを終わらせて見せます。魔導書の主も守護騎士も管制人格である“彼女”も、誰一人犠牲にしないやり方で」
期待と望みが込められた言葉をかけてくれるグレアムさんに対して、俺ははっきりと返事を返した。
とはいうものの、夜天の書の修復がうまく行くかはプレシアにかかっている。だが彼女は果たして俺たちに協力してくれるのか? アリシアの後を追ってそのまま、なんてことにならなければいいが。
健斗がそんなことを考えてる一方ではやては……
(“彼女”か。やっぱりその人が健斗君の……)
そう考えた途端、胸にずきりとした痛みが走るのを感じた。それが“彼女”への嫉妬によるものなのか、闇の書の侵食によるものなのかは、はやてにもわからない。
◇
「ニャフッ」
ふいに聞こえた鳴き声と、もふもふした感触で目が覚める。
下を見ると薄茶色の毛並みの猫が自分の膝に乗っていた。
どこかで見たような……。
ぼんやりした頭で考えていると。
「こら、だめだよリニス! ママのお昼寝の邪魔しちゃ」
明るい声色に反応してそちらに目を向ける。そこにいたのは長い金髪と赤目の少女だった。
その子を見て思わず……
「アリシア……?」
「あっ、やっぱり起きちゃった。もう、リニスのせいだからね!」
そう言ってアリシアはリニスという山猫を抱き上げる。怒っているようなことを言いながらも口の形は笑みを作ったままだ。
無邪気に戯れる娘と愛猫、そして目の前に広がる原っぱ。
同じだ。昔アリシアとピクニックに来てた頃とまったく同じだ。
(もしかして、今までのは全部夢だったのかしら? アリシアとリニスが死んだ事も、フェイトを生み出した事も、アルハザードへ行こうとしたことも……あるいは……)
「どうしたのママ? まだ疲れてる?」
考えているところで、身を乗り出して不安そうに尋ねてくるアリシアに、プレシアは首を横に振った。
「ううん、大丈夫。起きたばかりでちょっとぼうっとしていただけ。もう平気よ」
「ならよかった。今までずっとろくに休まないで頑張ってたみたいだから」
そう言ってにっこり笑う愛娘を見てプレシアは思った。
(どっちでもいいわ、この子が私のそばにいてくれるのなら。こんな生活を取り戻すために今まで精いっぱいやってきたんだから。それが叶ったのなら、ここがどんなところだって――)
アリシアはプレシアを見たまま尋ねてくる。
「本当にもう大丈夫? 明日からまたお仕事なんでしょう?」
それを聞いてプレシアは思い出しながら憂鬱になる。
そうだった、自分は今ヒュウドラ開発の責任者をしているんだった。とはいえ実権を奪われてすっかり名ばかりの責任者になってしまったが。だからといって仕事を投げ出すわけには行かない。
そこまで考えてプレシアは――
(……いえ、仕事なんてもういっそ投げ出してもいいのかも)
ヒュウドラ完成の成果はほとんど補佐のものとなり、プレシアに約束されていた栄転の話もなかったことになるだろう。もうあんなプロジェクトや会社にしがみつく必要もない。クレッサも言っていたじゃないか、会社を辞めたほうがいいと。
あの時は腹を立てたが、彼女の言う通りそろそろ潮時かもしれない。もし自分のいないところで事故が起きたりすれば、どれほどの被害が出るかが気がかりではあるが……。
「ママ?」
また心配そうな顔で尋ねてくるアリシアに、プレシアは笑いながら首を振って。
「いいのよ。ママ、しばらくお仕事はお休みすることにしたわ。今まで頑張ってきた分ゆっくりさせてもらおうかしら……そうね、アリシアが学校に行くぐらいまで」
「ほんと!」
「ええ、一ヶ月後には会社に行かなくてもよくなると思うから、その後はずっとアリシアと一緒にいられるわ。そうだわ、お休みがもらえたら東部へ遊びに行きましょう。あそこにあるパークロード、行ってみたいって言ってたでしょう」
「うん――でも」
プレシアの提案にアリシアは目を輝かせるものの、笑みを薄くして……
「……やっぱりだめだよ」
「えっ……?」
訝しげに聞き返すプレシアにアリシアは言った。
「今ママが頑張らないとあっちが大変なことになっちゃう。闇の書って呼ばれている本が暴走して、あっちの世界を飲み込んじゃうんだ。大勢の人や動物を巻き込んで」
「それは……」
プレシアが言葉を詰まらせるとアリシアは薄く笑う。彼女に合わせたように、野で戯れていたリニスも今はじっとプレシアを見上げていた。
「ママだって気付いてるんでしょう。ここはママの夢の中だって。私もリニスも本物じゃない。ママの記憶と“ある人”の力で再現しただけの存在……言ってみれば偽物のアリシアとリニスってところかな」
それを聞いてプレシアが息を飲む。
“偽物”という言葉は、自分が今までフェイトと
そんな娘たちに偽者なんて言葉をかけられるのか……かけられるわけがない。
アリシアに瓜二つの少女は笑みを浮かべたまま続ける。
「それにね、ママが諦めたら私は妹に会えないままになっちゃう。ママは覚えてる? 私とした最後の約束」
「約束……」
呟くように繰り返すプレシアにアリシアはこくりとうなずいて、
「あの事故が起こる前に行ったピクニックで誕生日プレゼントに何が欲しいって聞かれて、私言ったんだ。『妹が欲しい』って」
「……それは」
思い出した。確かに、忙しい日々の合間を縫ってようやく取れた休みに出かけたピクニックでアリシアとそんな約束をした。
しかしその直後に事故が起こってアリシアが死んでしまい、そんな約束すっかり忘れてしまった。いや、思い出すのを拒否した。果たせなかった約束なんて思い出すだけでも辛すぎるから。
「あの金色の光に包まれた後、私は聖王さまのもとへも行かずにずっとあの中で眠ってる。ママが今見てるような夢をずっと見ているの。ママや妹に会いたいって願いながら」
「……」
プレシアは唇を噛みしめる。健斗という少年が言っていた通りアリシアはまだ死んでおらず、本当に生きているというのか。
それは嬉しい。しかし死ぬこともできずポッドに閉じ込められて長い眠りを強いられるなど、ある意味死ぬより苦しい事ではないのか。自分は今までずっとアリシアをそんな目に合わせていたというのか。
しかし、目の前にいるアリシアはプレシアを責めることなく、
「いいの。ママは私を生き返らせようとしただけだから。ママのことを恨んだりなんか全然してないよ。それにママがあそこに入れてくれたおかげで私は念願の妹に会うことができるかもしれないから」
「妹……あの子の事を言ってるの? アリシアの体の一部から作ったフェイトの事を?」
アリシアは首を縦に振る。
「うん! ママの血を引いていて私より後に生まれたんだから、フェイトは紛れもない私の妹だよ。私と違って勉強熱心でとっても強い自慢の妹。本物のアリシアもきっとそう思うはず」
「――!」
プレシアは愕然とする。
自分は今までフェイトの事をアリシアの偽物や失敗作としか思っていなかった。しかし、目の前にいるアリシアはフェイトが自分のクローンだと知りながら妹だと言ってみせる。
アリシアの代わりではなく、アリシアの妹としてフェイトの事を見ていればよかったのだろうか。アリシアの次に生まれたもう一人の娘だと。だとすれば……
「気付くのが遅すぎるわね。私はいつも、気付くのが遅すぎる」
つぶやきとともにプレシアの目から涙がこぼれる。アリシアは左手の人差し指をプレシアの顔に伸ばしてその涙をぬぐい取りながら、
「だからママ、もう一度だけ頑張って。ママならきっと闇の書なんて呼ばれてる魔導書の呪いを解くことができるはずだよ。お仕事ですごい機械をいっぱい作って、私の妹まで作ってくれた、すごくて大好きな私のお母さんなんだから!」
「アリシア――」
プレシアはアリシアを抱きしめようとする。だがそこでアリシアは真っ白な光に包まれ――
◇
「――母さん!」
「プレシア!」
目を開けると白い天井が目に飛び込んでくる。《時の庭園》にこのような天井がある部屋はない。
不思議に思いながら視線を下げると、アリシアが大きくなったような金髪の少女と白い帽子をかぶった短い薄茶色の髪の女が傍に立っていた。
プレシアはぼんやりしたまま……
「フェイト……リニス……」
彼女たちの名を呼びながらプレシアは身を起こし、まわりを見回しながら、
「ここは? 死後の世界ではないみたいだけど」
心なしか残念そうにつぶやくプレシアに対し、二人は……
「ここは時空管理局の船だよ。母さんはこの船に運び込まれて手術を受けてから、ずっとここで寝ていたの」
「死後だなんて、冗談でもそんなことを言わないでください。手術は無事終わって、あなたはこのとおりピンピンしてます。でも、その様子だと大丈夫そうですね。よかった」
フェイトは安心した様子で説明し、リニスは言葉通り胸をなでおろす。それを見て、プレシアは疑問を通り越し内心呆れながら二人を眺めた。
なぜこの二人は自分なんかの無事を喜んでいるのだろう? ジュエルシードや闇の書を手に入れられてないことを理由に、散々彼女たちを貶めてきた自分なんかを。この場にいないフェイトの使い魔の方がよほど正しい気がする。
そう思いながらプレシアはふと上を見上げる。そこには主のもとを離れていた闇の書がふわりと浮かび、プレシアにお辞儀をするように上下に動いた後、フェイトたちに気付かせることなく消失した。
(もしかして、さっきの夢はあの本が? そういえば、夢に出てきたアリシアも“ある人”とか言ってたわね。……なるほど、健斗って子が言ってた通り、ただ強い力を持つだけの魔導書じゃないみたいね)
プレシアはふふっと笑みをこぼし、それを見てフェイトとリニスは驚く。こんな表情今まで一度も見たことがなかった。
そんな中、プレシアは思った。
(だとしたら健斗や夢のアリシアが言ってたように、アリシアはまだ生きているのかも。でもアリシアが死に限りなく近い状態にあるのは確か。あの子を目覚めさせるには闇の書の力が必要。それでもごくわずかな可能性らしいけど……)
そこでプレシアはフェイトとリニスの方を向いて口を開いた。
「フェイト、いきなりで悪いけど近くにいる局員を捕まえて、私が目覚めたって言ってくれないかしら。この船の責任者や御神健斗にもすぐに伝えてほしいとも。リニスはまだここに残って」
「えっ――あ、はい。行ってきます!」
プレシアの指示を受けてフェイトはあわてて局員を呼びに外へと向かう。残されたリニスはプレシアの方を見て尋ねた。
「プレシア、一体何を? まさかもう研究を再開する気じゃあ……」
その問いかけにプレシアは首を横に振って、
「さすがに今は無理よ。今日一日くらいは休ませてもらうわ。でも明日には掛かりたいと思ってる。闇の書……夜天の魔導書とやらを修復する作業にね。ただ、その前に済ませておきたいことがあるの。リニス、手を出して。あなたと新しい契約を結ぶわ」
「――っ!」
新しい契約という言葉にリニスは目を見張る。
今のリニスとプレシアの契約の内容は『闇の書を主のもとへ届ける』というもの。今のままではプレシアが闇の書を手にした瞬間、リニスは消滅してしまう。
それを防ぐために、プレシアはリニスと新たな契約を結びたいという――それはつまり、今後もリニスを傍に置きたいという意思の表れだった。
「はい、わかりました。主がそうお望みなら」
リニスは微笑みながら、言われた通りプレシアに向かって両手を伸ばす。
それを掴みながらプレシアはなぜかそっぽを向きながら……
「それと、契約が終わった後とかであの子に伝えてくれないかしら……フェイトがよかったら、今度一緒に食事をしないかって」
「……」
顔を赤くしながらそんなことを言ってくる主に、リニスはぷっと噴き出しかけて――
「わかりました。契約が終わったらすぐあの子に伝えてきます」
そんな使い魔に抗議の声を上げながらプレシアはリニスと手を取り合い、三度目の契約を結ぶ。その内容は『主に従うのも背くのも自由。猫らしく自由に生きよ』という、フェイトとアルフが結んだ契約と似たものだった。
翌日、プレシアは自ら言った通り、技術協力者として夜天の魔導書の修復作業に取りかかる。
最後の戦いに向けての準備が今始まった。