魔法少女リリカルなのは 愚王の魂を持つ者   作:ヒアデス

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第5話 《固有技能》対《神速》

 日曜日の早朝、桜台にある裏山にて。

 

 うっそうとした木々の中、小太刀より少し大きい子供用に作られた刀を右手に握り、いつ敵が襲い掛かって来てもおかしくない状況で、あえて目を閉じ呼吸を整える。

 閉ざされた視界を補うように聴覚が研ぎ澄まされ、そよ風に揺らされる葉の一枚一枚がさざめく音や、山に住む春蝉たちの鳴き声が耳に届いてくる。

 

 そこへ右側の茂みからガサッという耳障りな音が聞こえた。反射的に体がピクリと動く。だがそれと同時に、その音がブラフであることを瞬時に見抜く。

 あの人にしてはあからさますぎる。

 そう察したと同時に、後ろからざっという草を踏み分ける音と何者かの気配、そしてこちらに向けられる冷たい殺気を感じた。

 俺は即座に後ろを振り返る。

 そこには二振りの小太刀を両手に持った三十代ほどの長い黒髪の女が、俺に向かって真っすぐ突っ込んできていた。

 俺は彼女の姿を確認すると同時に、すかさず《固有技能(スキル)》の発動を念じる。

 

 フライングムーヴ!

 

 その瞬間、周りの動きは止まったようにひどく緩やかになり、今までやかましくさざめいていた葉の音も鳴いていた虫の声も一切耳に届いてこない。

 しかし、そんな状況の中で、敵である黒髪の女は勢いを殺さぬまま俺に向かって突っ込んできた!

 

「はああああっ!」

 

 まわりの世界が止まっている中で、女は俺に向けて鋭い刃を突き出してくる。

 

「――くっ!」

 

 俺は体の前に刀を立てるように構え、女が繰り出す刃を受け止める。あまりの衝撃に刃がギィンと震えた。相変わらず、年端のいかない子供に対して容赦のない攻撃だ。

 とっさにそんなことを思ってしまうものの、相手にとってそれは初撃でしかなく――

 

「はああっ!」

 

 こちらが刃を受け止めて硬直した隙を見計らって、女はもう一本の小太刀を振り上げ、がら空きになった俺の体に向けて振り下ろす。

 

 フライングムーヴ!

 

 反射的に発動した二度目の固有技能によって、相手の動きは緩やかになる。

 その隙に俺は左に跳んで斬撃をかわす。本来ならここから反撃したいところだが……

 

「――! ふっ!」

 

 凍り付いた時間の中で俺が斬撃を避けたのを知覚し、女は素早い動きで俺から距離を取る。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ほどなく技能が解け、世界が音と動きを取り戻す中で俺と黒髪の女は互いに正面から対峙し睨み合う。

 グランダム王家が遺伝子強化で編み出した固有技能《フライングムーヴ》に知覚強化で並び立つとは、いつ見てもとんでもない技だな。

 

 おののく俺を冷たい目で見据えながら、女は両手に持った二振りの小太刀を構える。それに対して俺も両手で刀を握り構えた。

 

「はああああっ!」

「おおおおおっ!」

 

 互いに相手に向けて刀を振り上げる。双方ともまだ技は使っていない。

 俺の刀と女の太刀の一振りが金属音を鳴らしながらぶつかる。こちらが両手で刀を握っているのに対して、あちらは細腕一本で小刀を振るっている状態だ。それ故に力同士の衝突ならこちらに分があり、俺が刀を押し上げると女はそれを抑えきれずわずかにうめく。

 だが、そこで女はもう一振りの刀を振り下ろしてきた。

 俺はそれに対処するために――

 

 フライングムーヴ!

 

 技能によって三度(みたび)世界は静止する。それと同時に腕や脇腹にずきりと痛みが走るのを感じた。やはり今は一度に三回までが限界のようだ。

 それをこらえながら俺は剣を振り上げ、静止したままの女が振り下ろそうとする刃に刀をぶつける。

 

「はあああっ!」

 

 刀をぶつけられた衝撃で太刀は女の手から離れ、空中をくるくると回る。女が驚きで目を剥くと同時に技能が解けて、俺たち以外の世界が動き出す。

 

 女は残る一本の小太刀を俺に向ける。対して俺は両手に持った刀を持ったままでいる。

 一見俺の方が有利に見えるが、実際にはこちらのほうが圧倒的に不利になってしまった形だ。なぜならこちらが技能を使い果たしてしまったのに対して、あの女は……

 

「勝負あったな。降参しろ、もうお前に勝機はない」

 

 そう勧告してくる女に俺は首を横に振る。

 

「まだ勝負はついてない!」

 

 そう言って剣を構える俺を見て、女はふっとため息を付き薄く笑った。

 

「いい気迫だ。ならば私も全力で応えるとしよう。来い、健斗!」

 

「行くぞ! はあああっ!」

 

 俺と女は再び剣を振り上げる。

 すると俺の目の前から女の姿がかき消えた。それを目にして俺は臆しかけるも、震えかける足に渇を入れてその場に踏みとどまる。

 

 やがてその時は訪れる。

 それは一瞬の間の出来事だったに違いない。しかし集中力によるものか恐怖によるものか、俺にとってはとても長い間に感じられた。

 

「はああっ!」

 

 神速によって走る姿も見せずに突然俺の前に現れた女は、俺を袈裟斬りにせん勢いで太刀を振り下ろしてくる。それに対し、女の動きを予測していた俺は刀を振り下ろされる太刀に向けて思い切りぶつけた。

 俺の刀と女の小太刀は真正面からぶつかり、あたりにけたたましい金属音が響き渡る。

 

「くっ……」

 

 その衝撃のあまり女がうめき声を漏らすのを聞いた瞬間、これを唯一の勝機と判断しあらん限りの力を刀に込めた。

 

「ああああああっ!」

 

 次の瞬間、一本目に続き二本目の小太刀が宙を舞い女の手から離れる。

 

「――まだだ! くらえ!」

 

 だが女は自分の手を離れた得物に一切の執着も見せず、片手の指のすべてを真っ直ぐ伸ばして手刀を作り俺の首を狙う。

 だが、それさえ予測していた俺は即座に身をかがめ、女の手刀を避ける。

 そして女の腕が身体の真上を通り過ぎると同時に、女の首元めがけて刀を振り上げ、女の首に当たるギリギリのところで刀を止めた。

 

「……俺の勝ちだね。母さん」

 

 母さんの首に刃を突き付けながら勝利を告げると、母さんはふっと唇の端に笑みを浮かべた。

 

「ああ、見事だ。言いつけ通りフライングムーヴという技の使用制限を守ったうえに私に刃を突き付けるとは……強くなったな健斗」

 

「母さんの指導がいいからだよ。母さんが数年間、厳しくも丹念に俺を鍛えてくれたから、()()()()()一日に三回はフライングムーヴを使えるところまで来れた。本当に感謝している」

 

「世辞はよせ。 それに免許皆伝には程遠い。今のお前はようやく『御神の剣士』に並べるところまで来た、といったところだ」

 

 刀を下ろしながら礼を告げる俺に、母さんはまんざらでもなさそうな顔を見せながらもそう言い、最後に釘をさすことも忘れなかった。

 今の俺なら『御神の剣士』に並べる……それは言葉通りの誉め言葉でもあるが、俺を『御神の剣士』にするつもりはない、ということも意味している。

 この修行はあくまで俺が固有技能を使いこなすためのもので、俺を『御神の剣士』にするためのものではないのだ。

 

 

 

 

 

 俺は御神美沙斗さんに引き取られて以来、彼女に剣の稽古をつけてもらいながら、定期的に真剣と真剣をぶつけ合う鍛錬をしている。

 これは『御神流』の師弟が行っている実戦形式の訓練であり、俺の固有技能の精度を推し測る唯一の方法でもある。

 発動中はまわりより早く動けるようになる固有技能《フライングムーヴ》。

 その技能を発揮している間の俺の動きを捉えられるのは、俺自身を除けば、フライングムーヴと極めてよく似ている《神速》という技を扱うことができる『御神の剣士』しかいない。

 

 実のところ、美沙斗さんが俺を引き取った理由もこのフライングムーヴがきっかけだったりする。

 ある出来事がきっかけで俺がまわりより早く動けるようになる能力を持っていることを知った美沙斗さんは、俺を施設から一時的に預かる形で自分の手元に置いた。

 幼い俺はそこで美沙斗さんの指示通りに剣の修行に打ち込み、修行を通して固有技能の扱い方を修め、それを無闇に行使しないことと間違っても悪用したりしないように強く言いつけられ、俺は首を縦に振ってその約束を守ることを誓った。

 本来なら俺はそこで施設に戻される予定だったのだったが、美沙斗さんは念のためにもうしばらく様子を見るとして俺を傍に置き続けた。もしかしたらこの頃にはすでに、美沙斗さんは俺の事を手放したくないと思い始めていたのかもしれない。

 

 そうして俺は一年ほど美沙斗さんのもとに居続け、御神健斗という名前で幼稚園に通い、そこで八神はやてという似た名字の女の子と出会い、さらに高町なのはという女の子とも知り合いになった。

 今思えば俺にとっても美沙斗さんにとっても、それが最大の転機だったのだろう。

 しばらくして俺はなのはの家族と顔を合わせることになり、彼女の両親や兄姉と会うことになる。

 だが、俺の名字が御神だと聞くとなのはのお父さんとお兄さんはたちまち妙な顔になり、俺の家族についてあれこれ聞いてきた。最初は伏せておいた方がいいかとも思ったが、彼らのなりふり構わない様子とすでにかなりの事をなのはに話したこともあって、俺は自分の素性と美沙斗さんの事を高町家の人たちに話した。

 そこで俺は美沙斗さんがなのはのお父さんの妹であること、なのはのお姉さんが美沙斗さんの実の娘であることを知った。そして彼らもまた美沙斗さんのおおよその現状を知ることになり、美沙斗さんはお兄さんや実の娘と久しぶりの再会を果たす。

 

 それから高町家への養子入りの話が出るなど色々あったものの、俺は正式に美沙斗さんの養子になり、美沙斗さんも士郎さんのつてで警察官として海鳴警察署に登用されることになった――ただの警察官ではないようだが――。

 いずれも俺がまだ前世(ケント)の記憶を思い出す前の出来事だ。

 

 

 

 

 

「健斗――」

 

「おっと、サンキュ」

 

 昔のことを思い出していた俺に向かって、母さんはふいに木の幹に引っ掛けていた水筒を投げつけてきた。俺はそれを受け取ると躊躇なく水筒に口をつける。激闘でほてった体に冷たい水分が駆け巡っていくのを感じる。

 俺が水筒の中身を飲み終わるのを見計らって母さんは言った。

 

「では今日の稽古はここまでにして、どこかで食事をとるとするか。その後私は家に帰る予定だが健斗はどうする? はやてちゃんのところへ遊びに行くのか?」

 

「ああ。士郎さんがやってるサッカーチームの観戦に行く予定で、俺がはやてを迎えに行くことになってる」

 

「そうか。くれぐれも気を付けて。兄さんにもよろしく伝えてくれ」

 

 その言葉に「わかった」と言いながら俺は帰り支度を始める。

 

 そう、今日はこの後はやての家に行く予定だ。そこで俺は週に一度の施術をはやてに……。




 今回の話はプロローグとして第一話の前に載せる予定だった話です。しかし健斗の夢から始まる話の都合上、健斗の過去話と一緒に今回に回しました。
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