翌日、朝食を摂り終えてからユーノは夜天の魔導書を修復する手掛かりを求めて無限書庫へと向かい、俺は一人部屋に残ってプログラムの修正に打ち込んでいた。
そこへふいに……
「健斗、いますか? まさかこんな時間まで寝てたりなんてしてないでしょうね?」
何度もドアを叩いてくる音と甲高い声が響き渡り俺はドアに顔を向ける。
その声はリニスか? それにしては声が少し幼いような……。
「待ってろ、今行く」
そう言ってドアの前に行きロックを解除する。
するとドアは自動で開き、その向こうにいた人物たちが姿を現す。
ドアの向こうに立っていたのは、Tシャツとオーバーオールのスカートを着て、薄茶色の髪を短く切り揃え、猫のような耳と尻尾を付けた、
「リニス……の妹か?」
思わず問いかけると彼女は腰に手を当てて――
「妹なんかじゃありません。リニス本人です。藪から棒にその言い草、本当に失礼な子ですね」
「まあまあ、いきなり私たちぐらいの大きさになったんだから無理もないよ。気にしないで健斗、ただのいじわるだから」
「そうそう。なんだかんだいってリニスも楽しんでるみたいだしな。会う人会う人みんな今のリニスを見て驚くもんだから。健斗はどんな顔すんのかなってここに来るまで何度も言ってたんだぜ」
「アルフ! 変な誤解をされそうなことを言わないでください!」
リニスの隣には、フェイトとアルフと彼女らの監視についてるトゥウェーという局員の女性がいた。アルフの方はリニスと違って大人のままだ。
「一体何の真似だ? なんでたった二日でリニスが俺ぐらいまで縮んでいる?」
「よくぞ聞いてくれました!」
そう言ってリニスは俺の方に向き直って得意げな笑みを見せた。
「あなたはもう知っていると思いますが、使い魔というものは動物を素体にして作った魔法生物なんです。だから使い魔には寿命というものがなく、主や使い魔自身の意志である程度姿や大きさを変えることができるんです。特に人間の形態はあくまで利便性や効率を高めるために備わったおまけですから、伸び縮みしたぐらいでは驚くに値しません」
なるほど、言われてみれば確かに思い当たる節がある。リーゼ姉妹もグレアムさんが若い頃に作った使い魔らしいが、見た目は20代近くだからな。仮面の男やヘルパーのおばさんに化けてたのはただの変身魔法だろうが。
ということは、ザフィーラも俺たちぐらいの年の子供になることができるんだろうか? 仲直りできたら一度試してもらおう。
「それで、何で子供の姿なんだ? 子供料金で映画でも観に行く気か?」
そう問いかけるとリニスは頬を膨らませながら。
「違います! 仮にも収容中にそんなところへ行けるわけないでしょう。この姿になったのはプレシアの負担を減らすためです」
「プレシアさんの負担を減らすためだと?」
おうむ返しに聞き返すとリニスは「ええ」と首を縦に振った。
「また使い魔の説明になりますが、使い魔の命と体を維持するには常に術者から魔力を貰わないといけません。フェイトも日常的にアルフに魔力を分け続けています。プレシアの病気が悪化した理由の一つは、私のような高性能な使い魔と契約し続けて魔力と体力を消費しすぎていたのもあります。だからプレシアから分けてもらう魔力を最小限に抑えるために体を小さくしたんですよ」
「高性能って自分で言うなよ。それも負けた相手に対して」
「単純な能力なら私の方が圧倒的に上のはずです。この前の戦いだって固有技能なんてなければ私が勝ってました!」
そう啖呵を切りながらリニスは上体を突き出してくる。それを見て俺は……
「ちなみに体を小さくした場合、それに合わせて精神も幼くなるのか?」
リニスは首を横に振って。
「いいえ、体をどう変えようと中身はそのままのはずです。言ったでしょう、人の姿はあくまでおまけだって」
いや、絶対影響受けてると思う。こんな態度や言動、前までのお前なら取らなかった。見ろ、フェイトやトゥウェーさんはともかくアルフにまで笑われてるぞ。
「いや、ちょっと待て。プレシアさんの負担を減らすためにそんな姿になったってことは、お前は当分――」
「戦いのお役には立てませんね、申し訳ない事に。プレシアからはこの体を維持するために必要な魔力しかもらっていませんから、今の私に戦いに使う力なんてとてもありません」
きたよ弱体化イベント。散々苦労させられた強敵ほど仲間になった途端、弱くなったり戦えなくなったりするやつ。あれってゲームやアニメだけの現象じゃなかったのか。
「何頭抱えてんの? モニター見過ぎて頭痛くなった?」
「気にしないでくれ。あまりにお約束過ぎてつい頭を抱えたくなっただけだ」
アルフからの問いにそう返すものの意味が通じることはなく、彼女と他の二人は首を斜めにかしげる。
俺は気を取り直して言った。
「それで、わざわざリニスの子供姿を見せに来てくれたのか? その気持ちは嬉しいが早く魔導書のプログラムを修正しなくちゃならなくてな。そろそろ作業に戻りたいんだが」
「ああ、そうでした。私たちもその件で来たんです」
「何?」
俺が聞き返すとリニスの隣にいるフェイトが用件を口にした。
「私たち母さんに頼まれてきたの。健斗を呼んできてほしいって」
その返事を聞いて納得する反面、意外にも思って目をわずかに見張る。フェイトの口からそんな言葉が出てくるとは。それも笑顔を浮かべて。
そう思っていると……
「フェイトちゃーん!」
遠くから不意に明るい声が耳に届いて、俺たちはそちらを振り向く。見ればなのはが手を振って俺たち――いや、フェイトに向かって駆け出していた。
なのははフェイトの隣にいるリニスを見て、
「あれ、この子、リニスさんの妹さん? 初めまして。高町なのはです」
リニス本人に自己紹介をするなのはを見て、フェイトとアルフはぷぷとこらえるように笑い、俺も思わずにやけてしまう。
リニスは俺たちに憤慨しながらも、なのはに対してリニス本人であることと体を小さくした理由を話す。なのはは驚きながらもリニスに謝ってフェイトに向き直った。
「おはようなのは。なのはも健斗に用事?」
「ううん、フェイトちゃんと模擬戦したいと思って探してたの。でも健斗君に用事があるなら遠慮したほうがいいかな?」
不安そうに尋ねてくるなのはに対して、フェイトは首を横に振った。
「大丈夫、母さんの元に健斗を送っていくだけだから。それが終わったら一緒に模擬戦できると思う」
俺たちが見守る中、なのはとフェイトはそんな会話を交わす。内容は一般的な女子同士が交わすものとはかけ離れているが。
あれからなのははフェイトに積極的に話しかけたり一緒に食事をしたりして、今ではお互いに名前で呼び合う仲になっている。
急速に仲を縮めている二人を見てリニスは……
「フェイト、健斗のことは私に任せて、あなたはなのはさんと一緒に模擬戦に行って来なさい。よければアルフも二人に付き合ってあげて」
「いいの?」
「あたしはフェイトの付き添いのつもりだからそう言ってもらえると助かるけど」
リニスの申し出にフェイトとアルフはしばらく考えるものの、すぐ笑顔を浮かべて。
「わかった。その言葉に甘えさせてもらうね。じゃあリニス、母さんによろしく言っておいて」
「またね。リニス、健斗、あの鬼ババに何かされそうになったら遠慮なくやり返しな」
何割か本気でアルフはそう言ってくる。それをやんわりと注意しながら、フェイトはアルフやなのはと一緒に訓練室へと向かって行った。
そんな二人をリニスは、友達と遊びに出かける娘を見送る母親のような顔で見送る。見た目はフェイトと同じくらいだけど。
それから俺とリニスはトゥウェーさんの同伴のもとで、プレシアさんがいる部屋へと向かった。
その道中でリニスから今朝、プレシアさんとフェイトが一緒に食事を取ったことを聞いた。二人とも何を話していいのかわからず、互いをちらちら見ながら食べるだけに終わったものの、プレシアさんなりにフェイトに歩み寄ろうとしているらしい。
そしてリニスとプレシアさんの関係にも変化があり、プレシアさんが目覚めてすぐ二人は新しい契約を結んだそうだ。その詳しい内容は教えてくれなかったものの、今までと違って猫の耳と尻尾を露出している姿を見れば大体想像はついた。
時折軽口を挟みながらそんなことを話しているうちに、プレシアさんがいる特別室が見えてきた。
◆
「プレシア、失礼します。健斗を連れてきました」
そう一声かけてドアをくぐるリニスに続いて、俺とトゥウェーさんも部屋に入った。
プレシアさんは返事も返さず、モニターを睨みながらすさまじい速度でタイピングをしていた。
今のプレシアさんは、顔の上に眼鏡をかけて、私服の上に白衣を羽織った出で立ちをしており、普通の研究者のように見える。
ただ、彼女は昨日まで昏睡状態だったわけで……
「いきなりそんなペースで作業して大丈夫なんですか?」
「だらだらしている余裕なんてないでしょう。ちゃんと休みを入れながらやってるから心配しないで」
そんな返事を返すプレシアさんからリニスに視線を向けるものの、リニスは仕方なさそうに首を振るだけだった。
「ありがとう。リニスはもう自由にしてていいわ、彼と話したいことがあるから。……できればあなたも外れてほしいんだけど」
リニスに続き、トゥウェーさんに向かってプレシアさんはそう告げる。
トゥウェーさんは迷うようなそぶりを見せるものの、今のプレシアさんが俺と戦ってもまた途中で倒れるのが目に見えているうえに、戦いの余波で機器が壊れたら彼女が数時間かけて組んだコードのほとんどが台無しになる恐れがあるから、プレシアさんが何か仕掛けてくるようなことはないだろうと俺の方から説明して、リニスと一緒に部屋から出て行ってもらった。
ドアが閉まり終えると同時に俺はプレシアさんに声をかける。
「どうです? 夜天の魔導書のプログラムは」
そう問いかけると、プレシアさんは呆れたように息をついて……
「ひどいわね。元のプログラムへの影響も考えず、次々に余計な改変を加えていったみたいでほとんどバグだらけよ。これじゃ暴走しない方がおかしいわ。プログラムをいじった主たちはテストやデバッグを行なっていなかったのかしら? あいつみたいな人間はいつの時代にもいるものね」
プレシアさんは忌々しそうに付け足しながらタイピングを再開する。たぶんヒュウドラ開発の関係者の事だろうな。
「ところで、今まで夜天の魔導書の修正はあなたが行っていたって聞いたけど、それは本当?」
プレシアさんの問いに俺は首を縦に振りながら。
「ええ、そうです。といっても、ほとんど防衛プログラムに弾かれてうまくいってないんですが」
「見せて頂戴。あなたの技量と現在の進捗を確かめておきたいわ」
俺は部屋から持ってきた端末をプレシアさんに渡す。彼女は俺から借りた端末を魔力PCに繋げ、モニターに表示されたソースを眺めた。そして……
「全体的に構文が長いわね。普通のソフトなら問題ないでしょうけど、夜天の魔導書が相手だと命取りだわ。修正プログラムが走っている間に防衛プログラムに阻害されてしまう」
いきなり駄目出しされてしまった。これでも目一杯短くしたつもりなんだが。
しかし、口調とは裏腹に感心したような目でプレシアさんはソースを眺め続ける。
「でも、構文の長さとところどころある問題点を直せば十分活用できるかしら。プログラムの事は誰から教わったの? その歳にしては結構な腕だけど」
「学校の同級生からです。同じ学年にめちゃくちゃ頭のいい奴がいまして、そいつに教えてもらいながら参考書やネットによる独学と合わせてプログラミングを覚えました」
「そう、魔導師や管理世界に住んでる子だったら協力を仰ぎたいところなんだけど。――そうだ、一つ気になるものがあるんだけど、これが何かわかるかしら? 一ヶ所だけどうしてもアクセスできない所があるのよ」
「えっ……?」
そう尋ねるとプレシアさんは別の画面を開き、そこに映っているファイルをタッチする。だが、彼女がクリックしてもファイルの中身は表示されず、代わりにエラーメッセージが画面上に広がった。
『You do not have access permission. This file can only be accessed by "System U-D" or a user who has permission from the system(アクセス権限がありません。このファイルにアクセスできるのは『システムU-D』、または当該システムから許可を得たユーザーのみです)』
アクセス権限がないだと?
本物ならともかく、疑似プログラム《コピー・ザ・ナイトスカイ》の上では俺たちは管理者権限をパスした状態になっているはずだ。それなのにアクセスできない場所が存在するだと?
どういうことだ? これじゃあ夜天の書の主もファイルとやらを見ることができないということに……。
いや待て、システムU-D、どこかで聞いたような……。
そこで思い出して俺は「あっ」と声を上げた。
「そう言えば一度だけ聞いたことがあります。夜天の魔導書にはもう一種管制プログラムがいて、そいつは主が見つからなかった時にしか姿を現さないと。多分そいつの許可がないと、魔導書の主でも今のファイルにはアクセスできないのかも」
「そう。いつ誰に聞いたのかはあえて尋ねないでおくわ。とにかく、その管制プログラムが現れない限りファイルは無視しておくしかないわね。バグと関係がなければいいんだけど……」
そう言ってプレシアさんはため息をつく。そんな彼女に向かって声を上げた。
「そうだ、俺からも一つ聞いていいですか? 魔導書とは関係のない事なんですけど」
「何かしら?」
プレシアさんは面倒そうに聞き返す。そんな彼女に対して俺は話を切り出した。
「ジュエルシードを運んでいた輸送船を墜落させたのはプレシアさんなんですか? 管理局やユーノはそう考えているみたいですけど」
そう尋ねるとプレシアさんはふうとため息をついた。
「ジュエルシードを手に入れるためだけに、何人もの乗員が乗っていた船を落とすような人間がこんな部屋で過ごしているのは気に入らないかしら? あなたがそう言うのならすぐにでも護送室という部屋に移動してもいいけど。作業に必要な端末と次元ネットさえ使えれば別に構わないわ」
「いや、今のように差し迫った状態でそんなことを言うつもりはありません。ただ、もしプレシアさんがジュエルシードを手に入れるために罪もない人を殺したとしたら、あなたを擁護する機会があったとしても俺はあなたを助けようとは思わないと思います」
「あらそう。まああなたが擁護したとしても懲役数百年は覆らないでしょうけどね……もっとも、収監されるまで持つかもわからないけど」
そう言いながらプレシアさんは自嘲気味の笑みを浮かべる。その言葉が意味することを察して俺は眉をひそめながらも、それを抑えながら言った。
「ただ、俺は輸送船を攻撃したのはプレシアさんじゃないと思ってるんですよ」
「――えっ?」
プレシアさんは笑みを消して俺に顔を戻す。俺はさらに言った。
「だって、あんな石ころ次元空間なんかから落ちたら、
だからプレシアさんにとって輸送船が攻撃されたのは予想外の出来事だったんじゃないかって思ってるんですが、実際のところはどうなんです?」
俺の指摘と問いを聞いてプレシアさんはしばらく黙りこむ。だがやがて……
「ええ。あなたの言う通り、あれは私にとって予想外の出来事だったわ。当初は輸送船がミッドチルダに着いたところをフェイトに襲わせてすべてのジュエルシードを手に入れる予定だったんだけど、いつまで経っても輸送船が来ないってあの子から聞いて、調べてみたら輸送船が事故か攻撃を受けて墜落したことを知ったのよ。
あれからしばらくの間ジュエルシードがどこに落ちたのか、血眼になって探したわ。そしてあなたたちが暮らす世界にジュエルシードが落ちていたことを知って、すぐにフェイトたちを向かわせたのよ。でも案の定、ジュエルシード集めは大きく遅れてこんな有様になってしまったわ……本当、あれは思いもよらない事だった。信じられないなら別にいいけど」
「いえ、それなら説明がつくと思います。管理局が信じるかは分かりませんけど。じゃあ、あれはやっぱり事故だったんでしょうか?」
俺の言葉にプレシアさんはあごに手をやりながら、
「それにしてはタイミングが良すぎるわ……やっぱりあの男の仕業かしら?」
「あの男?」
おうむ返しに聞き返す俺にプレシアさんは手を机に戻しながら言った。
「『ジェイル・スカリエッティ』。私が最後にいた“企業”の創設者で、そこで行われていた研究を裏から取り仕切っていた男よ。さまざまな学問や技術に精通している稀代の魔導師で、十年以上も管理局から逃げ回っている次元犯罪者でもあるわ。プロジェクトFの基礎理論を作ったのもこの男なの」
「プロジェクトFの基礎理論を!? そんな男がなぜ輸送船を? やっぱりジュエルシードを狙って――」
俺はそう問いかけるもののプレシアさんは肩をすくめながら言った。
「どうかしらね。もしくはジュエルシードの収集を通して、フェイトの力量を確かめたかったのかもしれないわ。プロジェクトFの技術で生み出したあの子にスカリエッティは興味津々だったみたいだから」
「その話、クロノやリンディさんには?」
「もう話した。でも、私の証言で捕まるタマじゃないわ。かなりの力を持つスポンサーやクライアントがバックについているみたいだし。それより、私からも夜天の魔導書とは関係ない事で一つ聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」
「何でしょう?」
「あなたは《時の庭園》から私を連れ出す時に、アリシアが完全に死んだわけじゃないかもしれないって言ってたけど、どうしてそう思ったのかしら? 私でさえあの子が死んでしまったとばかり思っていたから、プロジェクトFやアルハザードに頼るしかなかったのに」
その問いに俺はクロノから見せてもらった記録を思い出しながら口を開いた。
「アリシアの死因って、酸素欠乏による窒息死でしたよね?」
「え、ええ……」
アリシアが死んだ時のことを思い出したのかプレシアさんは辛そうな返事をする。そんな彼女に向かって――
「俺もそんなに医療に関する知識はないし正直あまり自信はないんですけど、アリシアが窒息する寸前に彼女のリンカーコアが反応して、主を守るために一時的な仮死状態にしたんじゃないかなって思ったんです。ベルカで似た例がありましたし」
「ベルカで?」
「ええ。魔導事故にあって、両腕と主要な臓器を失って仮死状態になった子供が。その子供は心肺蘇生を受けても治らず死亡宣告まで出されましたけど、その数刻――いや、数時間後に息を吹き返して回復したそうです。もしアリシアにもその子と同じことが起きていたとすれば……」
ちなみに、その仮死状態から蘇生した子供というのはオリヴィエの事だ。あちらも死亡ギリギリの状態だったらしく、体内にある《聖王核》がなければそのまま死んでしまっていただろう、と本人から聞いたことがある。
「もっともアリシアの場合、そのまま放っておいたら本当に死んでしまったと思います。でも仮死状態のアリシアをポッドに入れてコールドスリープのような状態を保っていたとしたら、まだ彼女が生きている可能性があるのではないかなと思ったんです。もしそうなら夜天の魔導書の魔力とシャマルの治療魔法で、アリシアを完全に蘇生させることもできるのではないかと考えたんですが……」
「……」
不安そうな声色で締めくくる俺に対し、プレシアさんは腕を組み難しい顔で黙り込む。
やはり厳しいか……だが、今更になって望みが薄いから協力をやめるなどと言い出されても困るぞ。
そんな俺の内心を見透かしたようにプレシアさんはため息をついて――
「安心しなさい。ここまで来てやめるなんて言わないわ。こうなった以上他に道もないし……あの子にも頑張れなんて言われたし」
「えっ?」
最後の一言が聞き取れず俺は聞き返してしまう。だがプレシアさんは首を振りながら話題を戻した。
「何でもないわ。とにかく時間が足りないからあなたにも手伝ってもらうわよ。ヒントはここに書いておくから、今まで書いたものの書き直しと修正しやすいサブまわりから始めて頂戴。しあさってまでにはサブを終わらせて――うっ」
紙に書き込んでいる途中でプレシアさんは突然息を詰まらせ、口に手を当てて乾いた咳を何度も吐き出す。俺は慌てて彼女のそばに駆け寄った。
「プレシアさん!?」
しかし、プレシアさんは咳をしながらも俺に手を突き出しながら言った
「大丈夫、これくらいいつものことよ。悪いけどそこにある水と薬を取ってもらえるかしら」
彼女に言われるがまま、机に置いてある水が入っている容器と薬を差し出す。
プレシアさんはあおるようにそれを飲んで息を吐き出した。
「大丈夫ですか? 今日はもう休んだ方が……」
「そんな暇なんかないわ。間に合わなかったらどの道何もかも終わりなのよ。あなたもこれを持って早く作業を始めなさい!」
そう言ってヒントが書かれた紙を突き出すプレシアさんに、俺は「はい」と言いながら紙を受け取る。
プレシアさんの病は完治したわけじゃない。あくまで余命を数日延ばしただけだ。
プレシアさんの肺に巣食っていた腫瘍はすでに全身に転移しており、数時間かけた手術でもすべてを取り除くことはできなかったらしい。持ってあと一週間――いや、その間にまた無理を重ねたらもっと短くなるかもしれない。
だが、彼女の手を借りなければ夜天の魔導書の修復なんて到底出来ない。
何も出来ない自分に歯がゆさを感じながら、俺はプレシアさんの仕事場を後にし自分の部屋へと戻った。
それから三日間、俺とプレシアさん、本局から業務の合間を縫って手伝ってくれるマリエルさんとともに、夜天の魔導書の修復作業のうちサブの機能の修復をあらかた終わらせ、俺もマリエルさんもいよいよ本格的に防衛プログラムの改変に移ろうという時だった。
プレシアさんが倒れて医務室に運び込まれたのは……。