夜天の魔導書を呪われた闇の書と呼ばせたプログラム――言うなれば《闇の書の闇》。
元々は夜天の魔導書とその主を守るための防衛プログラムだったが、過去の主たちの改変によってさまざまなバグを引き起こし、周囲を無差別に滅ぼし尽くした挙句、主や魔導書をも自滅へと至らせる元凶となり果てた。
プレシアさんはこの防衛プログラムの改変を主に担当しており、俺とマリエルさんもサブ機能の修復を終わらせてからそちらを手伝う予定だったのだが、その予定が狂ってしまった。
4日目になって、プレシアさんの病状が再び悪化し倒れてしまったのだ。
現在プレシアさんは病室のベッドで眠っており、数日前と同様にフェイトとリニスがつきっきりで彼女の看病をしている。
一方、俺やマリエルさん、リンディさんを始めとするアースラ首脳部は作業半ばで倒れたプレシアさんの心配をする暇すらなく、レティ提督という運用部の幹部を交えて修正作業についてどうするべきかを話し合っていた。
プレシアさんが四日間詰めていてくれたおかげで大部分の修正は終わったようだが、俺とマリエルさんだけではやはり心もとない。何しろ相手は無数の世界を食らって来た“闇の書”だ。わずかなバグやミスが最悪の結果につながりかねない。
そのため、後の修正作業は夜天の魔導書に詳しい俺が中心となって引き継ぎ、それに加えてプログラムに深い造詣を持つ協力者二人をチームに加えることになった。
そのうち一人はミッドチルダ東部にある、レティ提督の実家の近所に住んでいる女の子。
そしてもう一人は管理外世界に住んでいる少女で、俺たちもよく知っている人物だ。
「本局から来ました、マリエル・アテンザです。今まで通信越しに健斗君とプレシアさんの手伝いをしてましたけど、レティ提督の計らいで少しの間アースラに出向することになりました。よろしくお願いします」
「シャリオ・フィニーノです。レティさん――じゃなくて、提督の紹介で民間協力者としてしばらくの間こちらにお世話になります。どうぞシャーリーって呼んでください」
短い緑色の髪の白衣を着た女性と、肩までかかるほど長い茶色い髪の少女はそう自己紹介して俺たちに頭を下げる。二人とも眼鏡をかけていて見るからに優秀そうだ。
俺たちも名前と簡単な肩書を名乗り返して、彼女たちに楽にするように言った。
そして……
「なにこのスター○ォーズや○レックに出てくるような船? 魔法っていうから、お菓子の家かきれいなお城にでも連れて行かれるのかと思ったら。あんたたち、いつからSF世界の住人になったのよ?」
「ここに来るまでの間、すれ違った人たちみんな私たちを見て怖がってたみたいだけど、どうしたんだろう?」
マリエルさんとシャーリーの自己紹介も耳に入っていない様子で、アリサは室内を見回しながら、すずかは考えながら言葉を吐き出す。
新たにアースラへやって来た四人のうち、シャーリーとアリサが夜天の魔道書の修復作業に加わる協力者だ。
アリサは小学3年生にして、そこらのプログラマーが足元にも及ばないくらいのプログラミングに長けており、魔法の知識抜きなら俺やマリエルさん以上の腕の持ち主だろう。また魔導師としても、俺やなのはたちに匹敵する才能を隠し持っているらしい。
シャーリーことシャリオ・フィニーノは、わずか7才にして義務教育終了を前にしているほどの才女で、卒業後は時空管理局に入局する予定だという。メカニックデザイナーを目指しているほどのメカオタでもあり、プログラミングもすでに習得しているらしい。
魔法の知識はほとんどないもののずば抜けたプログラミング能力を持つアリサと、デバイスに関しては豊富な知識を持つシャーリー、二人合わせれば結構すごい力を発揮するんじゃないだろうか。
まあ、それはともかくとして……
「何ですずかまでここに? アリサしか呼んでないはずだが」
俺の問いに彼女たちを連れてきたなのはは苦笑いを浮かべる。
彼女に代わってそれに答えたのは……
「いくらなのはの頼みでも、突然知らない場所へ連れて行かれるって聞いて不安にならないわけないでしょう! だからすずかにもついて来てもらったのよ」
「うん。でも、どっちかというと私の方から連れて行ってほしいってお願いしたの。はやてちゃんもここにいるんでしょう? この前はやてちゃんだけ学校に来なかったからずっと心配で」
キンキン声でまくしたててくるアリサと落ち着いた口調で伝えてくるすずか。こんな場所に来てもいつもと変わらない二人の様子に、俺となのははこんな状況にかかわらずつい笑ってしまう。
何度か会話を交わし彼女たちが落ち着いた頃を見計らって彼女たち、主にアリサとすずかに向かってクロノが口を開いた。
「アースラの責任者代理のクロノ・ハラオウンだ。艦長はロウラン提督と打合せの最中なので僕の方から簡単に説明させてもらう。御神健斗とマリエル・アテンザは我々のもとで闇の書、または夜天の書と呼ばれる魔導書の修復を行っているんだが、彼らと作業をしていた技術者が病気で倒れてしまって手が足りないんだ。フィニーノさんとバニングスさんにはその人の代わりをお願いしたいと思っている。月村さんは自由にして構わないが、艦内を回る時は誰かと共に行動するようにしてほしい。こちらからのお願いで来てもらってるのにこういうことは言いたくないが、重要な場所も多いところなのでね」
「何よ、あたしたちに来てほしいと言いながらずいぶん偉そうに指図してくれるじゃない。親の顔が見てみたいものね」
「ま、まあまあアリサちゃん。こんなすごい船だもん、入っちゃいけない場所くらいあるよ。それより八神はやてという女の子はどこにいますか? はやてちゃんが今どうしているのか気になって……」
責任者代理を名乗る自分たちと同い年
クロノははやてが病室にいる事を告げてなのはとトゥウェーさんにそこまでの案内を頼みながら通信室へ戻り、すずかはなのはとトゥウェーさんに一緒に医務室の方へ行こうとする。
すずかが俺の横を歩くその瞬間――
「健斗君、ちょっとお願いしたいことがあるから、お仕事終わった後で時間もらえるかな? すぐ済むから」
突然耳打ちしてきたすずかに、俺は思わず「えっ?」と言いながら振り返る。しかし、すずかはそのままこちらを振り向かないまま、なのはたちに付いていった。お願いってまさか……。
俺は唖然としかけるも後ろからの視線に気付き、慌てて三人の方を振り返って、彼女たちに発破をかけてから仕事部屋として用意された部屋に向かった。
◆
そして半日後、修正作業が終わり、俺は言われた通りすずかと合流した。そして俺はすずかを自分の部屋に連れて行き……
「かぷ……んむっ……ちゅっ……んっ……ちゅぷ……やっぱり美味しい。癖になっちゃいそう……健斗君の血」
俺を椅子に座らせ、その前にひざまずいた状態で、すずかは俺の腕にかぶりつき、うまそうに血をすすり続ける。
この前の一件で俺の血の味を覚えて以来、輸血用の血では物足りなくなってしまい、あれからずっと俺から血をもらう機会を伺っていたらしい。
あれってそんなにうまいものなのか? 口を切った時など意図せず味わったことは何度もあるが、とてもうまいとは思えない。
だが――
「じゅ……はむっ……ちゅちゅ――じゅぷり」
俺の疑問に反して、すずかは一心不乱に血を吸い続ける。
そこでかすかに目がくらんだ気がした。
「すずか……そろそろ」
「あっ、ごめん。つい飲みすぎちゃった。これくらいにしておかないとね」
すずかは腕をぺろりと舐めてから口を離す。
すずかを含む夜の一族の唾液には血液を固める力と痛覚を止めながら傷を治す力があり、血を吸った後にその箇所を舐めるのも、俺の腕についた傷を治すためらしい。おそらくそれ以外に他意はないだろう……多分。
「じゃあそろそろ行こうか。仕事の後だし腹もペコペコだ」
「うん。私が吸っちゃった血の分まで健斗君にはいっぱい食べてもらわないとね」
そんな言葉を交わしながら俺たちは部屋を出る。そこで彼女たちを見つけた。
「健斗君と――すずかちゃん!?」
一緒に部屋を出る俺たちを見てはやては仰天した声を上げる。
はやての車椅子に手をかけながら、ヴィータは問いかけてくる。
「何やってたんだよそんなところで? ここって健斗とユーノの部屋だろ。お前らまさか……」
「ち、違うよヴィータちゃん! 健斗君が仕事から帰って来たところで偶然会って、お夕飯まで時間があったからちょっとだけお話をしてたの! ねえ健斗君」
「あ、ああ。そうなんだ」
慌ててごまかすすずかと俺に、ヴィータは「ふーん」と言い、他の守護騎士ともども疑わしげな目で俺を見る。
そう言えばこいつらは俺の正体に気付いているんだったな。子供同士ならともかく、片方が20近くの精神を持つ男となったら不快にも思うだろう。
一方、はやては平然とした顔で、
「夕ご飯の前に二人だけでお話か。まあ友達やし、そういうこともあるやろ。それよりちょうどええ所で会ったわ。すずかちゃんたちも私らと一緒に行く? 今日の夕食はスタッフさんたちの紹介を兼ねた、すずかちゃんたちの歓迎会になるそうや」
「うん、もちろん一緒に行くよ。ねえ健斗君」
そう言ってくるすずかに「ああ」と相槌のようにうなずく。
そうして俺とすずかははやてたちと一緒に食堂に向かうことになった。先頭を進むはやての表情に気付くこともなく……。
(健斗君とすずかちゃん、二人だけで部屋に入って一体何を? もしかして健斗君、すずかちゃんと……)
◆
「あー、疲れたわー! なんなのよあのプログラム、何回書き直してもエラーばっかり。あんなメチャクチャなの初めて見たわ」
「そっかそっか、お疲れ様だねー」
食堂に入って俺たちが見たのは、机に突っ伏して愚痴をこぼすアリサと彼女の肩を揉みながら労いの言葉をかけているなのはだった。相変わらずこっちの方はお嬢様には見えないな。
「おっすアリサ。お疲れさん」
片手を上げながら声をかけると、アリサは突っ伏したままこちらに顔を向けた。
「あ、健斗。お疲れ。あんたがあたしたちより遅く来るとはね」
どういう意味だそれは。と内心で突っ込みながら、俺はアリサの向かい側に座る。
それからマリエルさんとシャーリー、フェイトとアルフも食堂にやって来て、彼女たちと雑談している所でリンディさんたちアースラ首脳部がやってきた。
艦長の来訪に思わず姿勢を正す局員たちにつられて、アリサも背筋を伸ばす。そんな彼女にリンディさんは楽にするように言って……
「初めまして。アースラの艦長、リンディ・ハラオウンです。いきなり来てもらった上に無理を言ってごめんなさい。その代わりと言っては何ですが、私たちにできることがあれば何でもおっしゃってください。出来る限りの事はしますから」
「い、いえ、こちらこそ友達がお世話になっているみたいで。アリサ・バニングスです。短い間ですがよろしくお願いします!」
「月村すずかです。私たちの方こそわがままを聞いてくださってありがとうございます。出来るだけ迷惑をかけないようにしますので」
アリサとすずかは立ち上がりながら自己紹介する。そこでアリサはふと眉を持ち上げた。
「あれ、ハラオウンってもしかして……」
アリサはリンディさんの横にいるクロノを見る。彼は相変わらずむすっとした表情で、
「僕の母親ですが……なにか?」
わざとらしい敬語で尋ねるクロノに、アリサはぎこちなく笑いながら、
「……いえ、お若いお母様だと思って」
「あらあら、最近の子はお上手だこと。遠慮せずいっぱい食べてね!」
アリサの口から出た誉め言葉にリンディさんは気を良くする。そういえばアリサの奴、クロノに『親の顔が見てみたい』とか言ってたな。はからずもそれが叶ったわけだ。
その時、リンディさんたちに遅れて食堂に入って来る者がいた。彼を見つけるや、なのはは手を振って声をかけた。
「あっ、ユーノ君! おーい、こっちだよー!」
なのはの声と姿によってユーノはこちらを見つけ、歩み寄ってくる。
「やあ。もうみんな来ていたのか」
「おう。お前の方はどうだった? 無限書庫の方は」
俺が尋ねるも、ユーノは空しそうな表情で首を横に振る。収穫はなしか。
ユーノはそこでアリサたちに気が付いた。
「君たちは――初めまして、ユーノ・スクライアです。どうかよろしく」
「……?」
少し驚いた様子で自己紹介するユーノにアリサとすずかは怪訝そうな顔になりかける。それをこらえながらアリサは言った。
「アリサ・バニングスよ。こちらこそよろしくお願いするわ。それにしてもユーノ君か。奇妙な偶然ね、なのはのペットもあなたと同じ名前なのよ……って、ごめんなさい。失礼だったかしら」
「い、いや……そんなことはないよ」
ユーノは冷や汗を流しながらそれだけ答える。だが、そこへなのはが――
「気にしなくていいよ。フェレットのユーノ君はこっちのユーノ君が変身したものなんだから!」
……えっ?
その時、俺とユーノの頭上にそんな言葉が浮かんだ。守護騎士の一部も唖然とした顔でなのはを見ている。
アリサはしばらくの間固まってから……
「何よなのは。いきなりそんな冗談を言うなんて。珍しい事もあるもんね」
そう言ってアリサはあははと笑う。その横顔に一筋の汗を流しながら。
しかし、誰も彼女に続いて笑おうとしない。それに気が付いたのか、アリサの笑いもだんだん小さくなっていく。
そこですずかは訊ねた
「ユーノ君、なのはちゃんが言ってることって、本当なの?」
重い口調で問いかける彼女にユーノはこくりとうなずく。もはやアリサの口から笑い声は出ておらず、笑顔のまま硬直していた。
「ユーノ、こうなったらもういっそ、あれを見せてやれ。男なら覚悟を決めろ」
クロノに脇を小突かれながらそう言われ、ユーノも首を縦に振り一歩前に進み出る。
「じゃあ……いくよ!」
ユーノは立ち止まったまま、念じるように目を閉じる。途端に彼の体は光に包まれ、見る見るうちに小さなフェレットもどきになった。
それを見て何人かの女性局員が黄色い声を上げるも、肝心のアリサとすずかはあんぐりと口を開けている。
「うそでしょ……私は温泉であの子のあんなところやこんなところを……」
アリサは目を虚ろにして口をパクパクさせ、ぶつぶつつぶやきを漏らしている。
それを見て、
「あの、大丈夫? とにかく僕も魔導師でこんな事が出来たりするから、今後ともよろしく――」
ユーノは心配そうに彼女に近づく。するとアリサは、
「近づかないで変態!!」
突然アリサに怒鳴られユーノは思わず立ち止まる。困惑する彼に対してアリサはまくし立てるように言った。
「ケダモノ! 性欲の化身! よくも純真な乙女を騙してくれたわね! あんたのせいで穢されちゃったじゃないの! まだ男の子と手も繋いだことないのに……どうしてくれるのよ、お嫁に行けなくなったらあんたのせいだからね! ぜったいに許さないわ! この――淫獣!!」
ありったけの罵声を浴びせられ、ユーノはその場に縮こまる。それでもアリサの気は収まらずしばらくの間わめき続けていた。
その後、なのはやはやてになだめられアリサはなんとか落ち着きを取り戻したものの、この日からしばらくの間、ユーノはアリサから“淫獣”と呼ばれるようになった。
その一方で……
「ユーノ君、私たちこれからシャワー浴びるところなんだけど、ユーノ君も一緒に来ない? 背中洗ってあげるよ!」
「け、結構です! 僕は一人で行きますから!」
「えー、同い年の女の子たちとは一緒にお風呂に入ったのにー。私達とも入ろうよー! フェレットの姿でもいいからー! 大人の女もいいぞー!」
女性局員にもみくちゃにされながらユーノは彼女たちから逃れようとする。うちの女性陣は白い目でそれを見るも、男からしたら結構羨ましい。
ああいう光景を見てたら、アリサに淫獣と呼ばれるくらい安いものだと思わなくもないな。
夜天の魔導書の修復に残された時間はあと三日。