魔法少女リリカルなのは 愚王の魂を持つ者   作:ヒアデス

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第48話 過去夢

 ユーノに対するアリサの大激怒から始まった歓迎会の後、はやてとザフィーラ以外の守護騎士はアースラに男女それぞれ一つしかない浴槽に浸かっていた。

 女性用の浴槽はリンディ、エイミィなどがスタッフたちの暗黙の了解で優先され、後は早い者勝ちだが、はやてが動けなくなって以来はやて本人と彼女の世話をする守護騎士が優先して入る形になっている。

 その浴槽に浸かりながら、はやては開口一番に言った。

 

「ケントについて聞きたいんやけど」

 

 はやての口から出た言葉に、シャマルはきょとんとしながら言葉を返す。

 

「えっと……健斗君の事でしょうか? 彼の事なら、私たちよりはやてちゃんの方が詳しいはずじゃあ――」

 

 天然めいた聞き返しに対してはやては首を横に振り、

 

「ちゃうちゃう。そっちやのうて、何百年か前にベルカにいた王様の事や。今では愚王ケントって呼ばれてる……その人の事は覚えてるやろう?」

 

「ああ、あいつのことか。前に一度話しただろう。闇の書の頁を集めてる間はあたしらにいい顔しといて、あとわずかで闇の書が完成するってなった途端急に態度を変えて、あたしらをお城から追放した主だってさ」

 

 ヴィータは不愉快そうにそう吐き捨てる。それに続いてシグナムも胸をかばったままの体勢で言った。

 

「あの方については艦長殿と息子殿からも一通り聞いているはずですが。まだ何か足らない事でも?」

 

 シグナムの問いにはやてはこくりとうなずく。

 

 

 

 彼女らの言う通り、愚王ケントについては騎士たちやハラオウン親子から一通りの事は聞いている。

 闇の書を完成させるために他の国や都市へ攻め込み、自分の国の都に住む人々をも犠牲にしようとして聖王に討たれた暴君であると。

 だが闇の書の危険性を知った今、ケントがただ闇の書の力を求めてそんな凶行に走ったとは思えない。()がそんな事をするとはどうしても思えない。

 それにケントに関することで一つ気になっていることがある。それを聞くためはやては久しぶりに、守護騎士たちと風呂に入っていたのだ。もちろんここは女湯なのでザフィーラはいないが。

 ちなみに冒頭まで、はやてはシャマルとシグナムの胸を揉みしだいており、一番長く揉まれていたシグナムは今も羞恥から抜け出せずにいる。その反面、シャマルはシグナムの胸に妬ましげな視線を向けていた。大きさはシグナム以上なのだが形が悪いのだろうか?

 

 

 

 それはさておいて、ケントについてあることを尋ねるべく、はやては意を決しその口を開いた。

 

「あのな、ケントって人には奥さん……お妃様とかおったん?」

 

「えっ……?」

 

 はやての問いにシグナムは思わず間の抜けた声を上げ、他の二人もはやてを見たままぽかんとする。

 そんな彼女たちにはやては言葉を重ねた。

 

「いや、女好きとか好色とか、そっちについて色々言われてるけど実際はどうやったんかなあって。とりあえずそのケントって王様にお妃様とかおった? シグナムたちやったら知ってるやろう?」

 

「いえ、あの方に妃殿はいませんでした」

 

 シグナムは即座に首を横に振りながら答える。それに続いて――

 

「お妃様どころか恋人らしい人さえいなかったわよね。熱心に迫ってくる人はいたけど」

 

「えっ、ほんまか? 誰やそれって!?」

 

 シャマルの口から出た言葉に、はやては身を乗り出しながら問いかける。シャマルは気にすることなくすぐに答えを返した。

 

「確か、エリザヴェータっていう貴族のお嬢様です。戦いの途中でケント様に命を助けられたらしくて、それ以来熱心にアプローチするようになって――」

 

「一緒に風呂に入ったりまでしたからな。最初に会った時からは想像もできねえ」

 

「おふろ!? おふろって、ここみたいなお風呂のこと?」

 

 自分たちが浸かっているバスタブを指さしながら繰り返すはやてに、ヴィータはこくりとうなずく。

 

(一緒にお風呂ってかなりの仲やないか。もしかしてそのエリザヴェータという人が健斗君の言ってた“彼女”なんか? いやでも、健斗君は“彼女”って人の事を、夜天の魔導書のなんたらって言ってたな。そう考えるとエリザヴェータって人やない気がする)

 

 そう考えてからはやては問いを重ねる。

 

「他にはおらんかった? 守護騎士たちみたいに闇の書と関係があって、ケントさんと仲が良かった女の人」

 

 その問いにヴィータは腕を組みながら、

 

「うーん……仲がよかったかはともかく、あたしらみたいなのつったら“あいつ”ぐらいだけど」

 

「あいつ?」

 

 おうむ返しに聞き返すはやてにシグナムが答えた。

 

「闇の書の管制人格です。闇の書を400頁以上集めた時に現れるプログラムで、主と融合して戦うことができる《融合騎》でもあります」

 

「融合騎……」

 

 新たに聞く言葉を復唱するはやてにシグナムはうなずく。シャマルが続いて、

 

「決まった名前はなく、《闇の書の意思》と呼ばれることがほとんどでした。ケント様はあの子に“リヒト”という名前をつけてそう呼んでましたけど」

 

「リヒト……」

 

 聞いたことがある気がする。幼稚園の頃に遊び疲れてうたた寝していた健斗が、寝言でそんな言葉を言っていたのをうっすらと覚えてる。

 その人がケント、そして健斗の……。

 そう考えた瞬間、はやての胸がぎゅっと苦しくなる。

 そこへ追い打ちをかけるようにシャマルは言った。

 

「そういえば、時々赤い顔しながらあの子の事を見ていた事があったけど、もしかしてケント様、あの子の事を……」

 

「まさか、あいつもあたしらと同じプログラム体だぞ。いくらケントが変わり者でも人間じゃない奴に惚れたりなんかするかよ」

 

「そうだな。見た目ならエリザも負けていないし、身分でもエリザの方が釣り合う。そんな相手を逃してまであいつになびくわけもないだろう」

 

 ヴィータとシグナムがそう言い返すとシャマルも反論できずにうなる。しかし、はやては内心で二人に対して首を横に振った。

 恋というものはそんな理屈的なものじゃない。幼い頃から健斗に恋し続け、今でも彼を想っているはやてにはそれがよくわかる。

 だが、その彼が想っている人は自分ではなく……

 

(ケントさんがリヒトって人の事を好きやったのはもう間違いない。でも今日はすずかちゃんと二人だけで部屋にいたな。二人とも前までと違う雰囲気やったし。もしかして健斗君、今はリヒトさんやなくてすずかちゃんの事を……あるいはもしかしたら――)

 

 はやてがそう考えていると、ちょうどその時にそれは聞こえてきた。

 

「まっ、単純にあいつやエリザに鼻の下伸ばしてただけだろうけどな。バニーガールの話を聞いた途端目が血走るくらいエロい奴だったし」

 

「その可能性は高いわね。他にもオリヴィエ様の裸見たり私の胸を揉んだりしてたし。事故ってことで許したけど、本当はわざとじゃないかって今でも思っているのよ。今日だってすずかちゃんと……」

 

「ま、待て! まだ健斗があの方だと決まったわけではない。それに健斗がすずかという少女といかがわしい事をしていたとは限らん。あの二人が言ってる通り、なにかの相談事をしていたのかもしれん」

 

 シグナムがそう言うものの他の二人もシグナム本人もそれ以上何も言わず、浴室に気まずい沈黙が流れる。そんな中ではやても……

 

(……ま、まさかな。でも男の子ってみんなハーレム願望があるっていうし、まさか健斗君も……うー、気になってしゃーないわ。せめてケントさんとリヒトさんがどんな関係にあったかだけでもわからんもんかな)

 

 

 

 

 

 はやてがそんな疑問を抱いた瞬間、医務室にある夜天の魔導書が紫色の光に包まれた。

 

『Ich erhielt eine Frage vom Herrn. Um die Fragen des Lords zu beantworten, spielen Sie einige der Aufzeichnungen von Submaster Kent und System N-H im Bewusstsein des Lords ab(主からの疑問を受信しました。主の疑問にお答えするため、主の意識にサブマスター・ケントとシステムN-Hの記録の一部を再生します)』

 

 

 

 

 

 

 その夜、眠りについたはやての視界に広い部屋が映った。

 芸術的な造形の家具ときらびやかな装飾がちりばめられた豪華な部屋だ。まるで中世や近代ヨーロッパの王族が住んでいる部屋のような。

 それを見て、これは夢だとはやてはすぐに気付いた。

 

 部屋の奥にある大きなベッドのそばで、長い銀髪の女性と茶髪の男が抱き合って言葉を交わし合っている。

 女は月の光のような色の髪を下ろした赤い眼の美女だった。胸はシグナムやシャマルよりも大きい。どういうわけか彼女の右腕と両脚はベルトのようなもので締め付けられており、艶めかしい色気を醸し出している。

 対する男は茶色い髪と金色の右眼と緑色の左眼を持つオッドアイの青年。冴えない印象を持ちお世辞にも美形とはいいがたいが、見ていて母性と安心感がわいてくる顔。

 

(健斗君にそっくり……この人が『愚王ケント』)

 

 ケントを初めて見るにもかかわらずはやてはそう確信する。では彼のそばにいるのが……。

 銀髪の女性に抱きとめられながらケントは口を開く。

 

「俺と一緒に来てくれるか? リヒト」

 

「はい! この身、いえ互いの身が朽ちるまで主に誠心誠意お仕えします」

 

 リヒトと呼ばれた女性は目に涙を浮かべながらも笑みを作ってそう答える。

 これだけでも二人が親密な関係にある事がうかがえる。はやては胸に痛みを覚えながらも二人から目を離せずにいた。

 やがてリヒトは顔を赤く染めながら、

 

「我が主。本当にあなたが私を愛してくださるというのなら、どうか今夜だけは私と夜を共にしていただけませんか?」

 

 それを聞いてはやてもびくりと肩を震わせる。もしかしてこれは……

 

「……いいのか?」

 

 そう確認するケントにリヒトはこくりとうなずき、

 

「はい。主の思うがままにしてください」

 

 そう答えた瞬間、リヒトはケントに顔を近づける。それを見て――

 

(駄目!)

 

 二人のそばではやては声を張り上げる。

 だが二人の耳にはまったく聞こえていないようで、はやての制止もむなしく二人は彼女の前で熱い口づけをかわす。

 はやては二人を引きはがそうとするものの、はやての両腕は二人の体をすり抜けてしがみつくことさえできない。

 そうしている間にケントはリヒトをベッドに押し倒す。リヒトは抵抗するどころか彼を誘惑するような瞳と笑みで……

 

「主、来てください」

 

「ああ」

 

 そう言ってケントは彼女の体に手を伸ばす。はやてはたまらず――

 

だめええええぇ

 

 

 

 

 

 奇声を上げながらはやては跳ね起きる。

 消灯したままの部屋は暗く、次元空間の中を飛んでいるアースラの中では今が夜なのか朝なのかもわからない。だが今のはやてにとってどうでもいい事だった。

 

 はやてははぁはぁと荒い息をついてから、

 

「なんでや、なんであんな所を見せられなあかんねん。健斗君が私以外の女の人とあんなことしてる所なんて、見たくなかった」

 

 はやてはそう言いながら顔を覆い泣きじゃくる。

 夢の中でリヒトという女性と愛を交わしていたのはケントという人物で、健斗とそっくりな別人だ。だが、はやてにとって彼はまぎれもなく健斗に他ならず、また夢の中の出来事も遠い昔に実際にあったことだとなぜか確信できた。

 だからこそ悲しみと悔しさが抑えられない。

 

「なんでや、なんで健斗君はあんな人なんかと。健斗君は私が好きになった男の子なのに!」

 

 怒鳴りながらはやてはばんと毛布を叩く。しかし柔らかい毛布は不愉快な弾力と感触を跳ね返してくるだけだった。自分がしていることの無意味さを思い知らされているようで、いっそう癪に障る。

 

「私の方が健斗君の事を好きなのに。美味しいお料理いっぱい作れるのに。他の家事もいっぱい練習したし健斗君のお母さんとも仲良くできてる。それなのに何であの人と。ちょっと美人やからって、おっぱい大きいからって!」

 

 地団太を踏むようにはやてはばんばん毛布を叩き続ける。しかし相変わらず毛布は相変わらずその形を変えるだけで、はやての憂さを晴らす役に立ってくれない。

 はやては馬鹿馬鹿しくなって手を止め、ぽすんと毛布に頭をうずめながらふと漏らした。

 

「――あの人になりたい」

 

 自分がリヒトという人だったら、あの人に代わって健斗を慰めてあげられる。健斗を守ってあげられる。健斗のためだったらなんだってしてあげる。私だったら聖王なんかに彼を殺させたりしない。

 

「私があの人になれたらいいのにな」

 

 繰り返すようにそう呟く。そしてリヒトに関することを記憶から呼び起こしていく。どうにかして彼女に成り変わることはできないだろうかと、叶うはずもない願望を抱きながら。

 そうやっていくうちにふいに昨日シグナムが言った言葉を思い出した。

 

『闇の書の管制人格です。闇の書を400頁以上集めた時に現れるプログラムで、主と融合して戦うことができる《融合騎》でもあります』

 

(シグナムは確かあの人の事を融合騎って言ってた。主と融合することができるって……そうや、その力を使って私が“彼女”になれば……)

 

 はやては顔を涙で濡らしながら唇を吊り上げる。

 

「ふふ、ふふふ。そうや、私が“彼女”になれば全部丸く収まるやないか。健斗君は“彼女”と再会できて、私は“彼女”と一緒に健斗君に愛してもらえる。これなら健斗君にとっても、“彼女”っていう人にとっても、私にとっても全部うまく行く。フフ……フフフ、アハハハハハ!」

 

 はやての笑い声が暗い病室に響き渡る。彼女は最高の方法を思いついたとばかりに心の底から喜び、涙を流しながら笑っていた。

 

 

 

 偶然か、それとも何かの導きか、健斗たちが知らないところで“最悪の敵”が孵化を遂げていた。

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