魔法少女リリカルなのは 愚王の魂を持つ者   作:ヒアデス

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第51話 健斗、転生の真実

 夜天の魔導書の管制人格、あるいは《闇の書の意思》と名乗る女性をはやてはまじまじと見上げる。

 腰まで届く長い銀色の髪、燃えるような赤い瞳、シグナムやシャマル以上に大きな胸、黒いインナーのような服からすらりと伸びた長い手足、右側だけが長いソックス、女の自分でも見とれてしまうほど美しい容姿。

 

(この間見た夢と同じ人や。この人が健斗君の言ってた……)

 

 はやては緊張しながらも口を開いた。

 

「は、初めまして、八神はやてです。闇の書……やなくて、夜天の魔導書の主をしていて――」

 

「存じております。あなたのもとに夜天の魔導書が転移した時から共に過ごさせていただきましたから……この魔導書の中からずっと」

 

「あの本が転移した時からずっと……じゃあ、今までの事も」

 

 はやての言葉に女はこくりとうなずいた。

 

「はい。少なくとも魔導書のまわりで起きていたことはすべて見ています。ご幼少の頃から主のそばにいた“彼”の事も含めて」

 

 “彼”という言葉にはやては思わず言った。

 

「彼って、健斗君の事? やっぱり健斗君は……」

 

 女はこくりとうなずく。

 

「はい。グランダム王国の王、ケント・α・F・プリムス……それが彼のかつての名前と姿です」

 

「かつてって……生まれ変わりってこと?」

 

 はやての問いに女は首を縦にも横にも振らずに答える。

 

「そうとも言えるかもしれません。ですが、一般的に言われる転生とは異なります。どちらかと言えば夜天の書の転移再生に近いでしょう」

 

「……どういうことや?」

 

 怪訝な顔で聞き返すはやてに女は憐れみと罪悪感の入り混じった顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

 夜天の魔導書が完成した際に現れた紫色の光の柱は、はやてと魔導書を包み込んだまま消える様子を見せない。

 

「はやてはどうなった? まさか失敗したのか?」

 

 誰にともなく尋ねるクロノに対し、俺も守護騎士たちも何も答えることができない。

 夜天の魔導書の修正を試みた例は俺が知る限りほとんどない。修正がうまく行ってるのかそうでないのか、それを知り得るのは魔導書の中にいるはやてや“彼女”ぐらいだろう。

 

「万が一の時は――」

 

「お、おい? 何する気だ? まだはやてがあの中にいるんだぞ!」

 

 銀色のカードを手にしながら身構えるクロノに、ヴィータが詰め寄る。

 俺は二人に向かって――

 

「やめろ二人とも。クロノ、頼むからもう少し待ってくれ。はやてたちがそう簡単に防衛プログラムに飲み込まれたりはしない。あいつらを信じてもう少しだけ待ってくれないか」

 

 そう一喝するとヴィータとクロノは落ち着きを取り戻し、俺の方を向く。

 

「はやて()()か……もう一人は、君が何度か言ってた魔導書の管制プログラムの事か?」

 

「ああ、“彼女”ならはやてを守ってくれるはずだ。俺はそう信じている」

 

 俺がそう言うとクロノはため息をつきながら再び柱の方を向く。

 そこで俺たちの横からなのはが声をかけてきた。

 

「ねえ健斗君、ずっと気になってたんだけど、健斗君はどうしてそこまで夜天の魔導書の事に詳しいの? 管制プログラム、さんって人の事もよく知ってるみたいだけど」

 

 それを聞いて一同の視線が俺に集まる。さらにユーノも――

 

「僕に古文書の事を話したのも君だったな。なぜ健斗があの本の事を知っている? あの本を書いたサニー・スクライアと君はどういう関係だ?」

 

 そういえばユーノにもその事を話してなかったな。ジュエルシードの発動による竜巻やその後の一時帰宅ですっかり有耶無耶になっていた。

 

「そういや闇の書の持ち主に愚王ケントって奴がいたね。もしかしてそいつの生まれ変わりとかだったりして……」

 

 アルフが冗談半分でそう言った途端、守護騎士たちやクロノが眉を引きつらせる。アルフは慌てて――

 

「じょ、冗談だって、いくらなんでもそんな……えっと?」

 

 怒るでも否定するでもない俺たちを見て、戸惑うアルフに俺は苦笑を浮かべながら言った。

 

「まあ、そうとも言えるかもしれないな。クロノたちとか一部の人にはそう説明してたし」

 

「……?」

 

 曖昧な言い方にアルフもなのはたちも首を傾げる。そんな中、しばらくしてフェイトはおずおずと言いずらそうに口を開いた。

 

「……健斗、怒らないでほしいんだけど、もしかして君は、ケントという王様の……“()()”なの?」

 

 アリシアの複製(クローン)として生み出されたフェイトの一言に皆は息を飲む。

 そんな中、俺は首を縦に振った。

 

「ああ。多分そう言った方が正しいだろう」

 

 

 

 

 

 

「複製……健斗君が……」

 

 管制人格が告げた言葉を口にするはやてに、管制人格は「はい」とうなずく。

 

「もうご存知の通り、あの方は夜天の魔導書の暴走からベルカを守る為、自らが治める国の都を襲うふりをして、《聖王のゆりかご》と呼ばれる船の前に自らその身を投じ……最期を遂げられました。しかしあの方にとって、それはゆりかごに囚われたオリヴィエを見捨てるも同然の選択でした。そして、シュトゥラの王子クラウスも大切な友たちを失い、ただ一人ベルカに取り残されることになりました。あの二人がどうなったのかは存じませんが、幸福な人生を送ったとは思えません」

 

「で、でも、そうしないとベルカが滅びるところやったんやろう? ケントさんは悪くないやん! それにその話と健斗君がどう繋がるん?」

 

 管制人格に対しはやては思わずそう言い返す。それに対して管制人格は話を続けた。

 

「ゆりかごの砲撃によって滅んだ後、あの方の精神は魔導書の中に取り込まれ、その中であの方と私はわずかな間だけ言葉を交わしました。こうして主と私が話しているように」

 

「……」

 

「そこであの方は涙を流しながら、死地に巻き込んだ私への謝罪と先ほどの後悔を口にされ、そしてこう願われました。“大切なものを救える自分になりたい”と」

 

 その言葉にはやては、健斗がリンディやクロノの反対を押し切って、フェイトとアルフを助けに行った時のことを思い出した。

 あの時の健斗は、まさに大切なものを救おうとなりふり構わずに動いていた。

 ではまさか……

 

「悲しみと後悔に暮れる彼を見ていられず、私はあの方に夜天の魔導書への記録(セーブ)による転生を申し出ました」

 

「セーブ?」

 

 復唱するはやてに管制人格はこくりとうなずき。

 

「はい。あの方の記憶、肉体や遺伝子、固有技能を始めとする能力。それらすべてを魔導書に記録し、再び現世に解き放つ――それが私があの方に提案した“転生”の正体です」

 

「…………」

 

 管制人格が告げたことに、はやては口をあんぐりと開けていた。

 

 

 

 

 

 

「何百年も経ったせいか髪と片眼の色が変わり、現代での生活の影響で口調もだいぶ軽くなったがな。それ以外は前世の頃とほとんど同じだ。魔法も固有技能も使える。もっとも、自分で気付いてないだけでどこか違うところもあるかもしれないが」

 

 …………。

 

 俺の話を聞いて皆は唖然とする。そんな中で、

 

「やはりそうだったのか。お前は――いや、あなたは……」

 

 シグナムが一歩進み出て声を上げる。続いてヴィータも、

 

「本当にケントなんだな。じゃあやっぱり、ゆりかごが来る前の日にあたしたちを追い出したのは……」

 

 その一言に俺はあの日のことを思い出し、思わず視線を下げる。

 

「すまない。あの時は他に方法が思いつかなかった。だがその話は後にしてくれないか。さすがに今はあの事を謝っている場合じゃない。それにまだ、“彼女”がいないからな」

 

「彼女ってもしかして……」

 

「魔導書の管制人格のことか」

 

 シャマルとザフィーラが言った言葉に、俺は首を縦に振る。

 かつてはリヒトという名をつけ、そう呼んだことがある女性だ。だが、その名も俺が主だった時だけの一時的な名に過ぎない。

 今の主――はやてなら彼女のことを何と呼ぶだろうか……。

 

 

 

 

 

 

「正直に言えば、あの方がここを出て再び現世に現れる日が来るとは思っていませんでした。夜天の魔導書はあれからの300年間も自滅と再生を繰り返しています。そんな状況の中で、あの方の体の復元に成功する可能性は限りなく低かったのです。それに万が一転生に成功しても、夜天の書がそばにある以上、あの方は再び魔導書が辿る運命に苦しむことになる。そんなことになるくらいなら、ここで眠っていた方が幸せなのではと思わずにいられませんでした。彼をここに留めようと、幸福な人生を送る夢を見せるような真似もしました。しかし……」

 

「ケントさんは転生に成功して、夜天の魔導書といっしょに私のそばに現れた。どこから来たのかわからない不思議な子供として」

 

 はやての言葉に、管制人格は神妙な表情でうなずく。

 

 はやての父の日記によると、その子供ははやてのそばに現れた直後に父によって医師の元に送られたものの、両親が見つからずそのまま乳児院へ送られたらしい。

 見つからなかったのも当然だ。その子供を創ったのは他ならぬ夜天の魔導書。実の両親なんているわけがない。

 

「その後、彼は施設を転々としてから今のお母様に引き取られ、再びあなたと夜天の書のそばで過ごすことになります。書に引き寄せられるかのように」

 

 言い終えてから管制人格ははやてを見る。その視線にわずかばかりの嫉妬と抑えようのない羨望が込められているのを、はやては目ざとく察した。

 管制人格は続ける。

 

「そして彼は書に触れて過去の記憶を取り戻し、夜天の魔導書の呪いを解くためにさまざまな手を尽くし、時空管理局はおろか魔導書を狙う人物まで味方にして、夜天の魔導書を修復するプログラムを作り上げてしまいました……本当に大した人です」

 

 そこまで言って、管制人格は上を見上げながら薄い笑みを浮かべる。その顔を見てはやては確信した。

 

(やっぱり。この人は今でもケントさんの事を……)

 

 そこで管制人格は真顔に戻りはやての方を向いた。

 

「ですが、夜天の魔導書の修復がうまく行く保証はありません。修復に失敗すれば主は書に取り込まれ、アルカンシェルによって滅ぼされてしまうでしょう。その前に、彼のようにここで眠りにつくのも手ではありますが……」

 

 管制人格の忠告に対し、はやては表情を変えずに首を横に振った。

 

「ううん、せっかくみんなが苦労して魔導書を直すプログラムを作ったんや。それなのに、私が諦めたらそれが全部無駄になってまう。せやから私は逃げへんよ」

 

「主……」

 

 はやてに管制人格に近づき、その頬に触れながら口を開く。

 

「実はな、ここに来るまでにあなたの名前を考えてきたんや。管制人格とかシステムなんとかとか、そんな仰々しい名前と違う、あなたにぴったりの名前を」

 

「名前……」

 

 管制人格はケントに名前を付けられた時のことを思い出す。システム名以外の名前を付けられるのはこれで二回目だ。

 はたしてこの優しい主は自分に何という名前を付けるつもりだろうか。

 

「“八神はやて”」

 

「……えっ?」

 

 思わぬ言葉に管制人格はたまらず聞き返す。

 はやては戸惑う管制人格の背中に手を回した。その目は先ほどと違って一切の光がない。

 

「あなたの新しい名前。あなたはこれから“八神はやて”として健斗君のそばにいるんや。()()()()()()()()()()()

 

「――!」

 

 はやてはぎゅっと管制人格を抱きしめる。華奢(きゃしゃ)な体には似つかわしくないほど強い力で。

 

(強制融合! まさか、私を――)

 

 はやての真意を知りおののく管制人格に対し、はやては満面の笑みを浮かべて言った。

 

「ええ考えやろう? これなら私もあなたもずっと大好きな人と一緒にいられる。何もかもが解決――ハッピーエンドや!」

 

 

 

 

 

 

 

 その時、何の前触れもなく時の庭園が揺れた。

 

「……な、なに?」

「まさか……」

 

 なのはは思わず声を上げ、クロノとフェイトはデバイスを構える。

 そんな彼らの横で俺はじっと柱を見つめていた。

 

――何が起こった? 一体あの中で何が?

 

 やがて揺れは収まっていき、同時に柱も小さくしぼんでいく。

 その中から一人の女が現れる。

 

「――お前は!?」

 

 彼女を見てシグナムは思わず声を上げた。

 他の守護騎士も呆然と彼女を見、俺も唇を震わせながら彼女の名をつぶやく。

 

「……リヒト」

 

 

 

 

 

 長い銀色の髪に赤い瞳、背中から生えた二対の翼と頭についているもう一対の羽、左右異なる長さのソックス、黒いインナーとその上に羽織った黒いコート、右腕と両足を縛る赤いベルト、両の頬と左腕に浮かんでいる二本の赤いライン。

 

 俺たちの前に現れたのは、夜天の魔導書を制御する“管制人格”の一つにして、300年の時を越えて再会する俺の恋人だった。

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