魔法少女リリカルなのは 愚王の魂を持つ者   作:ヒアデス

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第53話 祝福の風

 床を突き破ってきた細い触手を挟んで、俺たちは“彼女”の姿をした女と睨み合う。

 関西弁に近い口調、それが似合う軽やかな声、俺たちの呼び方、まさかこいつ……

 

「でりゃあああああ!」

 

 その時、突然女に向かってヴィータが大槌を振りかぶる。

 それに対して女は左手を突き出し、

 

「盾を」

Panzerschild(パンツァーシルト)

 

 女が一言呟くと、魔導書はひとりでに開き該当する魔法が書かれた頁を開く。

 女が突き出した手の先に魔法陣が現れ、ヴィータの槌をたやすく受け止めた。

 ヴィータは得物を振り下ろしたまま言葉を吐き出す。

 

「何のつもりだ? いきなりはやての口調を真似しやがって。はやてはどこにいる? あいつに何かしたらいくらお前でもただじゃ――」

 

「どこってヴィータの目の前にいるやろ。私が“八神はやて”や」

 

「――ざけんなああああぁ!」

 

 ヴィータは咆えながらさっきよりも強く槌を叩きつける。

 その衝撃で魔法陣は砕け、女は少し後ろへ下がった。

 

「主を吸収した上にその名を騙るとは。てめえ、乱心でもしたか?」

 

 ヴィータは槌を振り下ろし吐き捨てるように問う。女は自虐的に笑いながらそれに答えた。

 

「乱心か、そうかもしれへんな。好きな人を手に入れるためやもん、いつも通りじゃいられへんよ。ヴィータならわかると思ったんやけどな。アロンド君を失った辛さを知ってるヴィータなら」

 

「――! お前……」

 

 その名を聞いてヴィータは思わずたじろぐ。その一瞬の間に、彼女に対して女は魔導書を向けた。

 

「――なっ!?」

 

 するとどこからか現れた黒い縄上のバインドがヴィータの体に巻き付き、彼女の動きを封じた。

 ヴィータに向かってページを開いている魔導書から声が発せられる。

 

『Absorption(吸収)』

「ああ、あああああああ!」

 

 その瞬間、ヴィータはうめき声を上げながら赤い粒子となり、魔導書の中へと取り込まれた。

 

「ヴィータ!」

「ヴィータちゃん!」

 

「ごめんなヴィータ。ほんのちょっとだけお休み。その代わり、後でいっぱいおいしいもの作ってあげるからな」

 

 シグナムとシャマルが絶叫する中、女は魔導書に取り込まれていくヴィータにそんな言葉をかける。冷酷な笑みの中にかすかに罪悪感を感じさせる表情で。

 それでもなお彼女は表情を引き締め、シグナムたちに魔導書を向けた。すると彼女たちの体にも黒いバインドが巻き付く。

 

「――ぐっ、何を?」

 

「完成した魔導書を使いこなしている?」

 

「まさか――」

 

 消えゆくヴィータと女を見ながら各々がそう漏らす中、女はつぶやく。

 

「シグナム、シャマル、ザフィーラ、お疲れ様。あなたたちもゆっくりお休み」

 

『Absorption(吸収)』

 

「ううっ――ぅぅあああああ!」

「うっ、ぁぁあああああ!」

「うぐっ、ううう――であああああ!」

 

 ヴィータに続きシグナム、シャマルも粒子になって魔導書に取り込まれる中、ザフィーラは苦しみながらも女を止めようと彼女に迫る。

 しかし彼の手は女に届くことなく彼女の前に現れた障壁に阻まれ、それに弾かれた瞬間ザフィーラもまた白い粒子に霧散し魔導書に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

「さて、残ったんは健斗君となのはちゃん、ユーノ君、クロノ君、それからフェイトちゃんとアルフさんか。まだ結構残ってるな」

 

 いきなり四人もの味方を失いおののく俺たちを前に、女は手から離した魔導書を宙に浮かせながらそう口にする。

 その一方、俺たちは身を固くしながら彼女を見ることしかできなかった。

 

 これが完成した夜天の魔導書の力。分身のようなものとはいえ、あのヴォルケンリッターをこうもあっさりと消滅させるとは。

 魔導書の中に吸い込まれたみたいだが、元に戻れるんだろうな?

 

 すくみ上る俺たちを前に、女は右手を宙にあげる。すると女の手の先に大きな黒い球体が現れた。

 

『我が廻りに立つ者たちよ、闇に沈め』

 

 呟くように女が唱えると球体はしぼみ圧縮される。それを見てフェイトは叫んだ。

 

「空間攻撃――みんな気を付けて!」

 

「デアボリック・エミッション」

 

 女の口から術名が飛び出てくると同時に、球体は急激に膨れ上がり俺たちを飲み込もうとする。

 

 なのははフェイトをかばうように前に立ち――

 

Round Shield(ラウンド シールド)

『スフィアプロテクション』

Round Shield(ラウンド シールド)

Panzerhindernis(パンツァーヒンダネス)

 

 なのは、ユーノ、クロノ、俺はそれぞれバリアを張り、全身を焦がすほどの衝撃をこらえる。

 球体が部屋全体を覆う中、女もその中にいたが、術者である彼女自身は涼しい顔で俺たちを眺めていた。

 

 しばらく耐えていると球体が消失し、俺たちと女は互いに睨み合う。

 そんな中、ただ一人痛そうにしているなのはを見て、フェイトは申し訳なさと感じると同時に、きっと女を睨む。

 そしてフェイトはバルディッシュを構えて――

 

「はあああっ!」

 

 フェイトは瞬時に女の寸前まで踏み込み、バルディッシュから伸びた雷刃を振り下ろす。

 しかし女は魔力がこもった腕で刃をはじき返し、フェイトと女は空中を飛びながら何度か鎌と腕をぶつけ合う。

 女はフェイトから距離を取ってその場に止まり、何らかの攻撃をしようとフェイトに向けて右手を伸ばす。

 その隙をついて――

 

「はっ!」

「ふっ!」

 

女の注意が完全にフェイトに向かっている隙に、ユーノは鎖型のバインドを女の足に、アルフは輪型のバインドで女の右手を縛り付ける。

 女はバインドで縛られた手、それから足を見下ろした。

 女はフェイトに視線を戻しながら、自身のそばを浮かぶ魔導書に向かって言った。

 

「この戒めを解け」

『Breakup』

 

 その瞬間、女の手足を縛るバインドが砕ける。

 すかさず、なのはとフェイトはデバイスを構え。

 

『Plasma smasher』

「ファイア!」

『Divine buster,extension』

「シュート!」

 

 彼女らのデバイスから放たれた桃色と金色の光線が、二方向から女に迫る。だが女は顔色一つ変えず光に向かってそれぞれの腕を伸ばし――

 

「盾を」

Panzerschild(パンツァーシルト)

 

 女の両腕の先に一つずつ白色の魔法陣が浮かび、なのはたちの砲撃を防ぐ。

 さらに女は魔導書に向かって口を開き、

 

「刃()て」

Blutiger Dolch(ブルーティガードルヒ)

 

 女の腰のまわりに無数の赤い短剣が現れる。女は短剣に向かって命じるように言葉を重ねた。

 

「穿て、ブラッディダガー」

 

 命令を受けて、短剣は曲線を描きながら不規則な動きでなのはとフェイトに向かい、二人にぶつかった瞬間爆発を起こす。

 二人はそれを食らいながらも大した怪我を負うことなく、なんとか持ち直す。

 

 

 

「はああああっ!」

「――!」

 

 この機に乗じて俺は剣を振るいながら女に迫るが、女は右へと動き俺の斬撃をかわした。

 不意を突かれたら思わず右に動く癖、昔鬼ごっことかで俺やなのはから逃げる時によく見た動きだ。やっぱりあの女は……

 

 思わぬ攻撃に女は一瞬驚愕に顔を引きつらせるものの、すぐにうっとりとしたような笑みを浮かべる。

 

「健斗君……ちょうどよかった。君だけはなんとしてでも捕まえておかないとあかんのや」

 

 そう言い終えると同時に俺のまわりにいくつもの黒いバインドが現れる。

 俺は身をかがめたり、左右に飛んだりしてすべてのバインドをかわす。

 女はさらにバインドを繰り出そうと手を伸ばすが、その隙に後ろからクロノがデュランダルを向け――

 

「スティンガーレイ!」

 

 詠唱とともにデュランダルから青い弾丸を放つ。

 

「ちっ――」

 

 それに気付いた女は舌打ちしながら障壁を張って弾丸を防ぎ、クロノに向かって足を踏み出す。

 そして一瞬後に女はクロノの眼前に現れた。あまりの速さにクロノは目を見開いたまま棒立ちしていた。

 女は憤怒に顔を歪めながら右手を振り上げ。

 

「邪魔をするなあああああ!」

Fraise Shot(フレース・ショット)

 

「ぐああああっ!」

 

 右手から放たれた魔力弾を喰らってクロノは大きく後ろに吹き飛び、勢いよく壁に激突した。

 あまりの威力にクロノがぶつかった所は大きく陥没し、そこから半ばぐらいまで大きなひびが入る。

 女は尻餅をつき壁にもたれかかるように倒れるクロノを一瞥して、どうでもよさそうに俺の方に顔を戻す。

 そんな女に俺は思わず言った。

 

「はやて……お前、本当にはやてなのか?」

 

 その問いに女は笑みを浮かべ首を縦に振って言う。

 

「うん。やっぱり健斗君はわかってくれた。そう、私は主から『八神はやて』という名前と意識をもらった。せやから私は紛れもなく“八神はやて”や。でも健斗君が望むんならリヒトと呼んでもええよ。私にとって健斗君が主やから」

 

「そうじゃない! お前は本当に俺の友達の八神はやてなのか? 守護騎士たちを暖かく迎え入れ、一人ぼっちだったなのはを仲間に入れ、俺のオッドアイを受け入れてくれた、誰よりも優しいはやてなのか!?」

 

 俺はたまらず叫ぶ。

 俺の知ってるはやては身勝手な理由で守護騎士を消し去ったり、友達に危害を加えるような奴じゃない。明らかにはやてとは違う。

 じゃああいつは一体誰だ? “彼女”でもはやてでもなければ、あの女は誰なんだ?

 

 俺の訴えに揺さぶられたのか、女は顔を曇らせて立ちすくむ。しかし、女は自嘲するような笑みを浮かべて、

 

「そうやな。私がこんなことするなんて、自分でもびっくりしてる。でも、こうしないと健斗君を手に入れることが出来んから…………だから健斗君――君も私たちのところに来テ!!」

 

 女が吼えた瞬間、魔導書から(つる)が伸びてくる。

 俺はその場から飛びあがるものの、足元に黒いバインドが現れ、それを避けようとして動きを止めてしまったところを蔓に捕まってしまう。

 蔓はそのまま俺を勢いよく下に振り落とし――

 

「ぐあっ!」

 

 背中から伝わる衝撃に思わずうめき声を上げる。その直後に蔓は俺を捕まえたまま魔導書の中へ巻き戻っていく。床を掴み、必死に抵抗するものの、蔓は強い力で俺を魔導書の中へ引っ張り込もうとする。

 女は俺を見下ろしながら、

 

「怖がらんでもええよ。騎士たちもみんなあの中にいる。健斗君もそこへ案内するだけや。これからは私と騎士たちがずっと健斗君のお世話をしてあげる。健斗君のお願いならなんだって聞いてあげる。だから、

 無駄なことはせんで楽になり!

 

「ぐおおおっ――」

 

 直前までの甘い誘惑とは裏腹に、冷たい声で女は告げると蔓の力はさらに強くなり、俺はとうとう床から手を離し魔導書へと引きずり込まれる。

 そこへ――

 

「スティンガーブレイド!」

 

 女の後ろから無数の魔力刃が飛んできて、俺の足をからめとっていた蔓を切り、女の背中を打ち付けていく。っつか俺の足にもかすったぞ。

 女は再びそちらを見る。その隙をついて女の体を青いバインドが縛り付けた。それらを仕掛けたのはやはり……

 

「クロノ……」

 

 クロノは氷結の杖(デュランダル)を構えながら女を見据え、言葉を放つ。

 

「ようやく確信が持てた。“お前”はもう八神はやてじゃない。どんなロストロギアよりも危険な存在だ。ここで必ず食い止める!」

 

 そう言うとクロノが持つデュランダルの先端が光り、彼の足元に浮かんだ魔法陣からおびただしい冷気が噴き出す。

 

「クロノ、お前まさか――」

 

「そこをどけ健斗! 早くしないとお前も巻き添えになるぞ!」

 

 床に這ったままの俺に対して、クロノは凄むように怒鳴る。だが――

 

「待て! 魔導書の中にはまだはやてが――」

 

 しかし、クロノは俺が言い終えるのさえ待たず、

 

「僕をどれだけ恨もうと構わない。だが、あいつをこれ以上野放しにするわけにはいかない。あいつははやてを殺した敵なんだ! 受け入れろ!」

 

 俺に、そして自分に言い聞かせるようにまくし立てる。

 対して“はやてを名乗る女”は冷めた目でクロノを見返す。

 

「殺したりなんかしてへんて。何回も言ってるやろ、私が“八神はやて”や。クロノ君、案外頭悪い?」

 

「黙れ! それ以上はやての声と口調で喋るな! 呪いの魔導書風情(ふぜい)が!」

 

 クロノはデュランダルを振り上げる。それに応じて四機のリフレクターが女の頭上に現れた。

 ――こいつ、マジでやる気だ!

 

「やめろクロノ!」

 

 俺は叫ぶものの、クロノはもはや返事も返さず発動のみに意識を集中させている。

 

「『悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて、永遠の眠りを与えよ』……すまないはやて」

 

 この罪はどんなことをしても償う。

 心の中でそう付け足してクロノは最後の詠唱を唱えようとした。

 

「『凍て――』!」

 

 しかしそこで彼の手元に黒いバインドが現れ、クロノの手を拘束しようとする。

 クロノは即座にそれを見抜きバインドをかわしながら――

 

「『凍てつけ!』」

 

 クロノは改めて呪文を唱え氷結魔法を撃ち込むが、女は標準を見抜き右上に跳んで避ける。俺もそれに続いて真上へと飛んだ。

 デュランダルから放たれた冷気は広間の中心を凍らせ、室内の温度を急激に下げるものの、女や魔導書を凍結させることはできなかった。

 それを見て女は笑い声をあげる。

 

「あははっ! 駄目やなクロノ君! 謝ってる暇があったらさっさと発動させんと。いくら強力な魔法を使っても、そんな甘っちょろい覚悟じゃ私を封印するなんて到底無理や。愛機を託した愛弟子がこんな体たらくなんて、グレアムおじさんが知ったら泣いてまうよ」

 

 それを聞いてクロノは悔しげに唇を噛む。

 確かに今のはクロノのミスだ。女と口論したりはやてに謝っていたりせず発動のみに専念していれば、あいつを凍結させることができたかもしれない。もっとも、そのおかげではやてや“彼女”が凍結されずに済んだが。

 強力な凍結魔法を撃った反動で荒い息をつくクロノから視線を流した直後、

 

「はあああっ!」

 

 女は一瞬で俺の眼前まで跳び、魔力がこもった拳を叩きつけてくる。

 

「――!」

 

 俺は女の動きを読みながら拳を避けるも、相手は間断なく拳を振るい、回避が間に合わなくなり剣で受けざるを得なくなる。あらん限りの勢いで拳を刃にぶつけているにもかかわらず、女はひるむ気配も見せない。

 

「だあああっ!」

「――ふっ」

 

 俺はとうとう剣を振り下ろして応戦するが、女は魔法陣を張って難なくそれを防ぐ。

 夜天の魔導書や“彼女”の力だけじゃない。これが、はやてが今まで自分の身に封印していた魔導師としての力だというのか。

 

「はあっ!」

 

 その時、真下から魔力弾が放たれ、女は慌てて真横に跳んでそれを回避する。

 

「クロノ、またあんたか――」

 

 女は憎々しいという表情で眼下にいるクロノを睨みつける。そこへ――

 

「バスター!」

「スマッシャー!」

 

 今度はなのはとフェイトが砲撃を撃ちこんでくる。

 それらを受け止めることのは難しいと判断し、女は大きく跳びあがって回避する。

 それによって俺と彼女との間に大きな距離が空いた。

 

「どいつもこいつも人の恋路の邪魔を……いい加減にしないと私も怒るで!」

 

 “彼女”の顔で、女は青筋を立てながらなのはたちを威圧する。それを聞いてなのはたちも思わず身をすくめた。

 説得が通じる状態じゃなさそうだな。だが今のままじゃらちが明かない。もっと強い一撃を入れる必要がある。“今までの俺たち”では与えられないくらいの一撃でないと。

 

「ティルフィング、“フルドライブフォルム”を使うぞ。いいな?」

『Ja, lass uns besuchen. Meister(はい、参りましょう。マイスター)』

 

 ティルフィングの応答を聞いて、俺は再び女の前に躍り出る。

 女はわずかに表情を緩めながら俺の方を向いた。

 

「健斗君、そろそろこっちに来てくれへん? さっきはああ言ったけど、守護騎士の後は健斗君さえ入れてしまえば私は満足や。健斗君さえ来てくれれば、なのはちゃんたちにもアースラにも手は出さへん。せやからもう……」

 

 彼女はそう言ってくるも、俺は首を横に振る。

 

「嫌だ」

 

「……」

 

 女は再び憤怒に顔を歪める。俺は続けて言った。

 

「“はやて”……あえてそう呼ばせてもらうが、今の“はやて”は普通じゃない。おそらく何かに操られているか意識を乗っ取られている。そんなお前の言う通りにするわけにはいかないな」

 

「ふーん、これだけ頼んでるのに聞いてくれないんか。そんなに私のお願いなんか聞きたくない? せっかく“彼女”になったのに……“リヒトさん”と一つになったのに――このあほんだらぁ!!」

 

 罵りながら“はやて”は再び俺に向かって来る。俺は剣を構えながら告げた。

 

「ティルフィング、《バスタードモード》!」

『Zündung』

 

 二発の薬莢を吐き出しながらティルフィングは巨大な片刃の剣に形を変えていく。

 俺は渾身の力を込めてそれを真横に振り下ろした。

 

「せああああ!」

「きゃああっ!」

 

 巨大な剣に弾かれ、“はやて”の体はあらぬ方に飛んでいく。

 その間に俺は剣を振りかぶり。

 

『B.C.S,stehen』

「シュヴァルツ・ブレイカー!」

 

 さらに二発の薬莢を排出して威力を高める大剣を手に、俺は“はやて”の元へ突貫する。

 “はやて”は態勢を整えながら右手を突き出し、白色のバリアを張った。

 

「はあああっ!」

 

 バリアの上に大剣が叩きつけられ、バリアは耳障りな音を立てて砕け散り、“はやて”の頭に大剣の峰が直撃する。だがバリアが砕けた反動によって、俺はその場から弾き飛ばされた。

 

 俺は落下しながらも体をひねって制止し、“はやて”がどうなったかを確かめるために上を向いた。

 そこには平然と真上を飛んでいる、“彼女”の姿をした“はやて”がいた。

 

――畜生、やはりあの程度では駄目か。

 

 相手を見上げながらそう毒づいた。その時――

 

 

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 はやては思わず間の抜けた声を上げる。

 健斗からの一撃を受けた直後、はやての意識は再び魔導書の内部に戻っていた――だがそれだけではない。

 

「――あんた!」

 

 はやての目の前には、夜天の魔導書の管制人格がいた。主の両手を強く握りしめたままじっとしている。さっきまで完全に一体化していたはずなのに。

 

「目を覚ましてください我が主。今のあなたは正常な判断ができない状態です。おそらく知らない間に防衛プログラムの影響を受けて――」

 

「離して! あんたに何がわかるんや!? ずっと好きやった健斗君がリヒトって人のことを好きだってわかって、その上健斗君が好きな人は私なんかよりずっと美人で胸も大きくて、おまけに健斗君は前世であんたとイチャイチャしてて、私が割って入る隙なんてどこにもないやんか! 健斗君を手に入れるには、もうあなたになるしか――」

 

黙りなさい!

 

 その一言にはやてはびくりと肩を縮め、おそるおそる管制人格を見上げる。その姿は母親に叱られた子供のようだった。

 管制人格ははやてを見下ろしたまま続ける。

 

「そんなことをしても彼の心を掴むことなんてできません。むしろ遠ざかるばかりです。今の彼がどんな目であなたを見ているのか、主にも見えるでしょう?」

 

 管制人格に言われて、はやては再び“外”に意識を向ける。

 そこでは仇か何かのように厳しい目つきで自分を睨む健斗がいた。とても好きな人に向ける顔には見えない。

 それを見て、はやてはさっきまで自分がしたことを思い返す。

 

「……そうや、いくら彼が好きな人の姿をしていても、あんなひどいことする女の子なんて健斗君が好きになってくれるはずないやんか……そんなことも気付かないまま私はクロノ君やなのはちゃん、健斗君にまでひどい事を……それに守護騎士のみんなも…………なんて、なんてあほやったんや、私は……うっ…………」

 

 皆や健斗にしたことを思い出し、はやてはボロボロと涙と嗚咽をこぼす。そんな主を見て管制人格は表情を緩めて言った。

 

「今からでも間に合います。守護騎士たちはリンカーコアも含めて無傷のまま魔導書の中に戻っています。主が願えば再生も可能なはずです」

 

「それは、本当?」

 

 はやての問いに管制人格はうなずく。彼女はさらに続けて言った。

 

「その前に我々から防衛プログラムを切り離して外に出なければなりません。防衛プログラムは彼らとの戦いに意識(リソース)を傾けていて、主や私に干渉する余裕がほとんどない。今なら主を防衛プログラムから部分的に離すことが可能なはずです。主、協力していただけますか? 彼の事はその後にしましょう」

 

 その言葉にはやてはこくりとうなずく。それを確認して管制人格は目を閉じ、彼に意識を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 不意に“女”が不自然な動きを見せる。今度は何をする気だと思っていると、

 

《ケント……聞こえますか、ケント!》

 

 俺の脳裏に“彼女”の声が届いた。

 “女”は俺を見下ろしたまま口を動かしていない。それにその声、呼び方、まさか――

 

「リヒト――リヒトなのか!?」

 

 思わず尋ねると“彼女”は《はい》と答え、

 

《たった今、主はやてを説得したところです。それによって主と魔導書本体を防衛プログラムから離すことは成功しました。ですが私の姿をした、あなたたちの前にいる者がいる限り、主はやては管理者権限が使えず防衛プログラムを完全に分離させることができません。ですから……》

 

 そこでユーノは“彼女”が言いたいことを察して顔を上げた。みんなにも“彼女”の声が届いていたようだ。

 

「健斗、みんな、わかりやすく伝えるよ! どんな方法でもいい、あそこにいる子を魔力ダメージでぶっ飛ばして! 全力全開、手加減なしで!」

 

 うちの従妹の口癖を引き合いにした説明に、彼女たちは思わず声を上げた。

 

「さすがユーノ!」

 

「わかりやすい!」

 

『At all!(まったくです!)』

 

 要するにいつも通りやれということだ。

 この上なくわかりやすい説明になのはたちがやる気を見せる一方、例の触手が何本も床を突き抜けて現れる。

 だが、ユーノとアルフ、クロノが繰り出したバインドに拘束され、邪魔な触手はすべて動きを止めた。

 

 

 

 

 

 

「あの、そろそろ離してくれへんかな。もうあなたを乗っ取ろうとか考えてへんから」

 

「……はい。失礼しました、我が主」

 

 おずおずと言いづらそうに頼んでくるはやてに、管制人格はそう言って彼女の手を離す。

 はやてはなおも管制人格を見上げながら、

 

「ごめんな、私のせいでこんなことになってしもて」

 

「いえ、あなたの胸中を見抜けなかった私にも責はあります。それに先ほども言った通り防衛プログラムの影響もありました。ですが、これだけは申しておきたいのですが……」

 

 はやてはうなずいて、

 

「夜天の書の一部として、あの子なりに私の願いを叶えようとしてくれたんやろう。ちゃんとわかってる。それともう一つだけええかな?」

 

「なんでしょう?」

 

 管制人格の問いにはやては気まずそうに苦笑いしながら、

 

「さっき『八神はやて』って名前をあげるって言ったけど、そうすると私の名前がなくなってまうし、あれなしにしてくれんかな。代わりに本読んでる時に見つけたいい名前あげるから」

 

「どんな名前でしょう? その名前次第で考えてあげます」

 

 意地悪な響きを帯びた声と笑みで管制人格は代わりの名前とやらを訊く。はやては呼吸を整え、それを口にした。

 

「強く支えるもの、幸運の追い風、祝福のエール……『リインフォース』」

 

 「どうやろう?」と聞き返すように目を向けてくるはやてに管制人格――いや、リインフォースは心からの笑みを返しながらつぶやく。

 

「リインフォース……素晴らしい名前だと思います」

 

 

 

 

 

 

「N&F中距離殲滅コンビネーション」

「ブラストカラミティ!」

 

 それぞれ4発ものカートリッジをロードしながら、なのはとフェイトはデバイスの先端に魔力を収束させる。俺も負けるわけにいかない。

 

「ラグナロク、フルチャージ!」

 

 なのはたち同様4発のロードによって魔力を高め、ティルフィングを振り上げる。

 

「「「ファイア――!!!」」」

 

 俺たちのデバイスから放たれた高密度の魔力が“防衛プログラム”に襲い掛かる。

 “彼女”の姿をしたプログラムは光に包まれ、跡形もなく消滅した。

 俺たちは不安な気持ちを抱きながら防衛プログラムがいた場所を見る。

 そこには毒々しい黒い淀みと、その周囲を無傷のまま浮かんでいる夜天の魔導書、そして……

 

「はやてちゃん!」

 

 “彼女”に抱きかかえられているはやてを見てなのはは声を上げる。

 一方、俺は、

 

「リヒト……」

 

 俺の前には、主を抱きながら宙を浮かぶ女性……『リインフォース』という名を与えられた恋人がいた。

 彼女は俺を見て笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「ケント……ただいま戻りました」

 

 

 

 

――新名称『リインフォース』を認識。

 

――全頁の蒐集と管制プログラムの認証を確認。管理者権限の使用が可能になりました。

 

――主の管理者権限の使用により、『リインフォース』から防衛プログラム、守護騎士プログラム、『システムU-D』が分離。

 

――修正プログラムのインストールを完了しました。

 

――プログラムの更新により防衛プログラムの生成は無効となります。既存の防衛プログラムが消失しても新たな防衛プログラムを生成することができません。これにより一部の機能が働かなくなる恐れと、本体からの分離により守護騎士プログラム・管制プログラムが意図しない変化を引き起こす可能性があります。

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