魔法少女リリカルなのは 愚王の魂を持つ者   作:ヒアデス

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第6話 最初の友達

 早朝の裏山での母さんとの稽古から二時間くらいが過ぎた頃。はやての家で二人の女性が帰り支度を始めていた。

 

「じゃあはやてちゃん、健斗君、私たちは帰るから後の事はお願いね」

 

 ヘアバンドを外して髪を下ろしながら理亜(りあ)さんはそう言ってくる。

 

「お疲れ様です。私たちの事は気にしないで、帰ってゆっくり休んで下さい」

 

 はやては二人にお礼とねぎらいの言葉をかけた。

 一方、相方と違い髪を短く揃えた麓江(ろくえ)さんは……

 

「邪魔者がいなくなったからって変な事始めたら駄目だからね。そういうのはあと9年か10年ぐらい後でないと」

 

 いやらしい笑みを浮かべながらそんなことをのたまう麓江さんの脇腹を理亜さんが小突く。そんな姉妹漫才をしながら二人は支度を整え、八神家を後にした。

 

 彼女たちは理亜(りあ)さんと麓江(ろくえ)さん。

 姉妹でホームヘルパーに就いていて、数年前から定期的に八神家を訪れて、はやての世話をしている。

 はやての両親は数年前に事故にあって亡くなっていて、彼女以外誰もいない。そんな彼女を助けるために後見人が手配してくれたのがあの二人だった。

 

 彼女たちがいなくなって家には俺とはやてだけが残される。

 これから始めることは、傍から見れば麓江さんの言う変な事に見えるのだろうか? とはいえ“施術”を怠るわけにはいかない。

 

「じゃあ始めるぞ。はやて、ソファに座って」

 

「……う、うん」

 

 俺の言う通りはやてはソファに座る。その表情は硬い。

 対して俺ははやての前に立ったまま彼女に声をかける。

 

「そんなに緊張しなくていい。いつも通りすぐに終わるからリラックスして」

 

「う、うん……それはわかってる、わかってるけど……」

 

 そう言いながらなおも硬い表情でどぎまぎしているはやての前で、俺は手を後ろに回す。

 後ろに回した手の先に魔法陣が展開し、双方の手のすべての指に魔力がじわじわと集まっていく。

 これで準備は整った。

 

「よし、こっちはOKだ。はやての方も準備はいいか?」

 

「う、うん……こっちもええよ。いつでも大丈夫や」

 

 はやてはそう言ってソファに座り直し、足の先に広がっているスカートの裾をぎゅっと握る。

 それを見て俺もはやての前に膝を下ろし、ひざまずくような格好になりながら両手を前に出し、彼女の足に近づける。

 

 そしてゆっくりとはやての右足首を掴んで床から持ち上げ丁寧に揉みほぐす。次にふくらはぎ、膝といったように徐々に上の方に手をやり揉んでいく。太もも辺りはさすがに気がとがめたが、だからといってそこだけをおろそかにするわけにもいかず、太ももにも手をやってそこも丹念に揉み、左足も同じように魔力がこもった指でゆっくりと揉んで魔力を浸透させていった。

 本当なら脚に加えて()()がある胸の辺りにも魔力を与えた方がいいのだが、さすがに男の俺が女の子の胸を揉むわけにはいかない。せめて5歳とか、もっと幼い頃からなら胸へのマッサージも行うことも可能だったのだが……いや、それはそれでまずい気もするな。

 

 

 

 

 

 俺は一年前からこうして理由をつけて週に一度はやての家に行き、彼女にマッサージと称して魔力を込めた施術を行っている。

 

 そのきっかけとなったのは一年前。俺たちが小学二年生だった頃だ。

 その年のある朝、はやての足が突然動かなくなり、彼女の家を訪れた理亜さんによって発見され病院まで搬送されるということが起こった。

 当然ながらその日はやては学校を休み、それを知った俺たちは授業が終わってすぐに病院へと駆け付けベッドで横になっているはやてと面会した。アリサやすずかなどはその日の予定にあった習い事を急遽(きゅうきょ)取りやめたくらいだ。

 そして俺たちははやて本人と彼女を担当した石田という女医から、突発性神経麻痺という症状を聞かされた。

 医師は一通りの自己紹介とはやての病状を説明してからすぐに、俺たちにはやてに近しい親戚に心当たりがないかを尋ねた。しかしそんな心当たりがないことを告げると、医師は深刻そうにため息をついて病室から出て言った。

 それはつまりはやて本人には言いづらく、両親などの保護者にだけ打ち明けたいことがあるということだ。例えばはやてはもう二度と歩けなくなる可能性があるとか、あるいは麻痺が足から全身に広がっていって……などといった最悪の事態を。

 だが、はやての足が動かなくなった詳しい原因をいまだに見つけられていない医師たちと違って、俺の方はある可能性に思い当たっていた。はやての部屋に眠る《闇の書》と呼ばれる魔導書が原因である可能性に……。

 

 前世の世界(ベルカ)でサニー・スクライアという考古学者が発見した、《闇の書》の正体を記した古文書。その中に記されている魔導書の《自動蒐集機能》についての説明の中にこんな文言があった。

 

『一定期間蒐集が行われないと所有者自身から魔力を蒐集する現象の発生。

 所有者が魔導師なら一定時間の経過で元に戻るが、所有者が非魔導師だった場合、無理な蒐集によって身体に障害が出る可能性が考えられる』

 

 この文言通りだとすれば、はやての足の麻痺は魔導書に備わっている自動蒐集機能が原因の可能性がある。もっとも、そうでなければ俺が打てる手などなかっただろうが。

 

 それから数日後の土曜日、はやての足は動かないままで、移動には常に看護師の補助と車椅子が欠かせないようになった。その時に見たはやての表情は今でもはっきり覚えている。

 それでもはやては俺たちを見つけると、ぱっと顔を輝かせ努めて明るく振る舞った。だが、その裏ではやてがどんな思いを抱いていたのか俺たちには推し測ることはできない。

 そしてその夕方、俺は一縷の望みをかけてはやてにあることを申し出た。足にいいマッサージを知っているからそれを試させてはくれないかと? 

 それを聞いて、はやてはしばらくの間きょとんとした目で俺を見続けた。だがやがて「ええよ」と言って、俺が足に触れることを許してくれた。

 さすがにはやてもこの時点では俺に何の期待もしていなかっただろう。自分のために何かしたいのなら気が済むまでさせてやろうという感じだった。

 そんな彼女に俺は『施術』によって彼女の体内に魔力を流し込み、魔導書に奪われているだろう魔力を補った。

 それからしばらくして彼女の足は再び動くようになり、一週間後には退院して今まで通りの生活に戻れるようになった。

 

 だが、医学的には足が麻痺した原因も突然治った理由も不明なままで、はやては一か月おきに精密検査を受けることを義務付けられ、はやて自身の振る舞いにもわずかに影が見えるようになった。

 将来の夢だったお嫁さんについて話すことがなくなったり泊まりに来ることが減ったり、微妙に距離を取るようになったのだ。

 もしかすれば再び歩けなくなった状態になった時に、俺や他のみんなに迷惑をかけたくはないと思うようになったのかもしれない。

 だが、それを承知のうえで俺は今もはやてのそばに居続けている。

 俺が施した施術によってはやての足が治った以上、彼女の足が動かなくなった原因は闇の書……夜天の魔導書にあるのは明らかだ。

 夜天の魔導書がはやてを苦しめているというならば、それはあの時魔導書の呪いを解くことができなかった『ケント』が負うべき責任だ。

 それに『健斗』としても、最初に出来た友達をこんな形で失いたくなかった。

 

 

 

 

 

 やがて俺は両足をまんべんなく揉み終えて、はやてに告げる。

 

「よし終わった。もう楽にしていいぞ」

 

「もうええんか……そ、それでどうやった?」

 

「……? いつも通り問題なかったが……」

 

「そ、そうか……前に比べてゴツゴツしたとか、太くなったとかそういうのもあらへん?」

 

「……いや、いつも通りだったぞ」

 

 俺がそう答えるとはやては「そうか」と言って安堵したような吐息を吐く。その仕草に俺はつい首を斜めに傾けた。

 そんな俺にはやては続けて聞いてくる。

 

「なあ健斗君、私にしているようなマッサージってなのはちゃんとかにもしてるん?」

 

「いや、はやてだけだ。どうしてまたそんなことを?」

 

「べ、別に何でもあらへんよ! そうかそうか私だけか。それならまあええかな」

 

 嬉しそうに顔をほころばせるはやてを見ながら俺はまた首をひねる。今の返答のどこに彼女が気分を良くする所があったのだろう?

 

「まあいいや。そろそろ行こうか。今から行けば試合が始まるまでには十分間に合うはずだ」

 

「うん!」

 

 俺はソファに座るはやてに手を差し出す。はやては嬉しそうな顔でその手を掴み立ち上がった。

 その笑顔を見て俺は改めて決意を固める。

 

 

 

 ヴォルケンリッターも、“彼女”も、はやても、必ず俺が助け出す!

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