「アリシア! 私の事がわかる!? ねえアリシア!!」
「…………?」
少女に近づきながら問いを重ねるプレシアさん。患者衣を着たままベッドに横たわっている、フェイトに瓜二つの幼い少女。彼女たちの後ろでオロオロしているフェイトとアルフとリニス。
医務室にやってきた俺たちが見たのはそんな光景だった。
俺たちを見てリニスが声をかけてくる。
「あっ、健斗! ちょうどいい所に来てくれました。実は先ほどアリシアが目を覚ましたところで、それを見つけた途端プレシアはずっとあんな調子で――」
「ああ。俺たちもそれを聞いて駆けつけてきたところだ」
俺とリニスがそんな会話を交わしている間にもプレシアさんは少女――アリシアに質問を続けるが、アリシアは一言も返さずこくりと首をかしげる。
まさか、プレシアさんの事がわからないのか?
怪訝そうに母親を見返すアリシアを見ながら、俺たちやプレシアさんがそんな考えを抱いた時だった。
ふいに、アリシアはプレシアさんに向かって“左手”を伸ばし、その頬を撫でる。
そして彼女は言った。
「……もしかして、ママ? ママなの?」
それを聞いた瞬間、プレシアさんはかっと目を見開いて、
「――そうよ! 私の事がわかるのね!」
その言葉にアリシアはプレシアさんの頬に浮かんでいる
「うん。でも私が知ってるママより年を取っちゃってるから、ちょっと迷っちゃったけど」
アリシアの言葉にプレシアさんは苦笑しながら納得する。アリシアが事故にあったのは十年以上も前の事だ。その頃のプレシアさんと今のプレシアさんとではかなり違って見えるだろう。アリシアのように突然十年後に目覚めたのならなおさら。
それからアリシアはフェイトたちの方を見て……
「……あの子は? 隣にいる子も見覚えがあるような……」
自分にそっくりなフェイトと、愛猫と同じ耳と尻尾がついたリニスを見ながら、アリシアは言葉を漏らす。
それに対してフェイトは身をすくめる。
そんなフェイトの前で、プレシアさんはアリシアに向かって言った。
「あの子はフェイト。アリシアが眠っている間に生まれた……あなたの妹よ」
「――!」
その言葉にフェイトは目を見張り、アリシアは――
「――妹!? それ本当!?」
アリシアは身を乗り出して尋ねるや、すぐにベッドから飛び降りてフェイトのもとへと駆け寄る。
そして彼女はフェイトをしげしげと見上げながら呟いた。
「あなたが私の妹……たしかに私に似てるかも。はじめまして、私はアリシア。あなたのお姉ちゃんだよ!」
「わ、私はフェイト。あなたの妹……ということになります」
初対面にもかかわらず物怖じせず自己紹介してくるアリシアに、たじたじになりながらフェイトも名乗り返す。
そんなフェイトの手を掴んで、アリシアは病室に掛けられている大鏡の前まで移動した。
「うわあ、ほんとにそっくり! 本当に私の妹なんだ。私よりちょっと大きいけど」
二人が映る鏡を見ながらアリシアはそんな言葉を漏らす。片や、フェイトはどうするべきかわからず、アリシアにされるがままになっていた。
それから、フェイトの手を掴んだままアリシアは病室を見回して……
「ところで、ここどこ? おうちじゃないみたいだけど」
「それは……」
アリシアの問いにプレシアが言い淀む。それを見かねてリニスが口を挟んだ。
「ここはアースラという船の中にある、病院みたいなところです。アリシアは事故に遭ってから10年間ずっと眠り続けていたんですよ」
「10年! そんなに経ってたんだ。どおりでフェイトが私より大きいわけだ。……ところであなたは? その耳、どこかで見たことあるような……」
アリシアの問いにリニスは丁寧に頭を下げながら答える。
「私はリニス。あなたとお母様が飼ってた山猫を元に作られた使い魔です」
「あなたがリニス? そういえばリニスがいないけど、リニスはどこへ行ったの? つかいまって一体なに?」
少女が名乗ったリニスという名前から飼い猫のことを思い出し、アリシアは一斉にまくし立てる。そんな彼女にプレシアさんとリニスは今までのことについて、
アリシアは会社で起きた事故によって十年間眠り続け、同じく事故に遭いながら辛くも生還したリニスは使い魔となってプレシアのそばに居続けて、その後二番目の娘であるフェイトが生まれ、それからさらに後にフェイトが拾った犬を『アルフ』と名付けて使い魔にして、さらに紆余曲折を経て今に至る。
そんな、まったくの嘘とは言えないような話にアリシアは「へえー」と相槌を打ちながら耳を傾けていた。
一通り話を聞き終え、アリシアは大きくうなずいて。
「そっか、私が寝てる間にそんなことがあったんだ。私もフェイトが生まれるところとかアルフを使い魔にするところとか見たかったなー」
何も知らず無邪気にそう言うアリシアに、プレシアさんもリニスたちも複雑な表情をする。
そこでアリシアはぽつりと言った。
「ところで一つ聞きたいんだけど。『あたらしいパパ』はどこにいるの?」
「――っ!」
その一言に皆がドキッとし、プレシアさんは冷や汗を浮かべながらアリシアに尋ね返す。
「どうしてそんなことを聞くの? もしかして、パパに会いたくなったのかしら?」
誤魔化すような響きを帯びた問いにアリシアは首を横に振って言った。
「ううん、私のパパの事は全然覚えてないし会いたいわけじゃないの。でもクレッサおばさんが、妹を作るには『あたらしいパパ』が必要だって言ってたから。今度ママにお願いする時は『あたらしいパパが欲しい』って言ってみなさい……とも言ってた」
「……あの子は~~」
プレシアさんは頬をひくつかせながら、クレッサという人に対して胸中で毒づく。
クレッサ・ティミル。プレシアさんがアレクトロ社に勤めてた頃の元同僚で、学生時代からの親友でもあり、会社を辞めてからは
アリシアは俺たちを見回してから、
「……もしかして、あのお兄ちゃんたちの誰かが『あたらしいパパ』なの?」
「ええっ!!」
俺とユーノと、いつの間にかリンディさんとともにやって来たクロノを指して、アリシアはそんなことを言い出し、誰かが仰天の声を上げる――多分アリサだろう――。
そんな中、俺はアリシアに言った。
「違う。俺たちはフェイトの友達で、彼女のお姉さんが目を覚ましたと聞いてきたんだ。だいいち、俺やそこの二人がフェイトのパパというのは無理があるだろう。背も変わらないんだし」
「それもそっか。じゃあ『あたらしいパパ』はどこにいるの? あっちにいる、アルフみたいな耳つけたおじさん?」
ザフィーラを指さしながらアリシアは尋ねる。
そんな娘にプレシアさんは気を取り直しながら言った。
「残念だけど『あたらしいパパ』はいないわ。フェイトは……そう、聖王さまがくださった子供なのよ。聖王さまが夢に現れて、起きた時に私の隣でフェイトが寝ていたの」
考えるような間を空けながら、プレシアさんは当たり障りもない答えを告げる。
聖王さまという言葉が出てきた途端、アリシアはすぐに納得して……
「そっか、聖王さまがくれた子供か。それならパパがいなくても不思議じゃないね。聖王さまに感謝しなくちゃ!」
そう言って頭上を見上げるアリシアにプレシアさんは何度もうなずく。
ミッドチルダをはじめ、《聖王教》の影響が強い世界では、聖王がコウノトリのような役目を担っていることになってるらしい……あいつも大変だな。
そこでクロノはゴホンと咳払いをたてて、俺たちの注目を集めてから言った。
「積もる話があるようだが、プレシア――君たちのお母さんと僕たちは少し話し合いをしなければならない。君たちはアリシアという子を連れて食堂に戻るといい。その子の分の食事も頼めばすぐに用意できるだろう」
「そうだね。行こうアリシアちゃん。ここで出される食事はどれもおいしいよ!」
話し合いと聞いてなのははすぐにその内容を察し、アリシアの背中を押さん勢いで、彼女を食堂へと誘う。その隣でフェイトはプレシアさんの顔を窺うも、プレシアさんは固い表情でこくりとうなずき、フェイトもうなずきを返してから言った。
「アリシア、私たちも行こう。母さんならすぐに戻って来るから」
「う……うん」
幼いながらただならぬ雰囲気を察したのか、アリシアは何か言いたげな顔をするも、十年間満たされなかった食欲に抗えなかったのか、それとも待望の妹からの誘いに惹かれたのか、二人と一緒に医務室を出て行く。
他のみんなも彼女たちに続いて、ここには“俺たち”だけが残った。