その日の夕方、アースラの会議室で……。
「今回の事件解決について大きな功績があったものとして、ここに略式ではありますが、その功績をたたえ表彰いたします……御神健斗君、ありがとう」
リンディさんはそう言って、両手に持った賞状を俺に差し出してくる。
席に座っているクルーたちや後ろのみんなが拍手を鳴らす中、俺はそれを受け取り一礼しながら言った。
「こちらこそありがとうございます。リンディさんたちが協力してくれたから、はやてや騎士たち、そしてリインを助け出すことができました。なんて言ったらいいか」
「ふふっ、助かったのはお互い様だからお礼なんていいわよ。その代わり、管理局に入ったら“例の部署”を希望してくれないかしら。あなたの席は空けておくように言ってるから」
「コホンッ!!」
リンディさんがそこまで行ったところで、クロノは大きく咳払いを被せる。
後がつまってるからさっさとしてくれ、とでも言いたいのだろう。
現に彼の後ろには、まだ賞状を受け取ってないなのはとはやてが棒立ちしている。あの二人もさっきと同じ手順でリンディさんから賞状を受け取る手はずになっているのだ。
最初は俺たちの中から一人だけ代表を出して、そいつが表彰される予定だったのだが……
「表彰なんてめんどくさい。お前らの中から誰か行けよ」
「わ、私はユーノ君のお手伝いをしてただけだし、表彰ならユーノ君の方が……」
「僕はなのはをサポートしたり調べ物をしていただけだよ。それならフェイトの方が」
「私は無理だよ! みんなを妨害してたし。シグナムたちの方がいいと思う」
「従者の分際で我々が栄誉を受けるわけにはいかん。ここは主はやてが――」
「嫌や嫌や! 一人だけ表彰なんて恥ずかしい事。私も一時はみんなの邪魔してもうたし、やっぱり健斗君の方が――」
なんて押し付け合っているうちに、クロノは業を煮やし、彼の折衷案でそれぞれの代表が受賞する形になった。さすがに容疑者の一味であるフェイトたちは辞退したが。
そんなくだらないやり取りを経て、リンディさんに称えられている俺たちに、クルーたちと他の仲間は呆れながらも温かい拍手を送り、その中には、心の底から嬉しそうに手を打ち鳴らすリインフォースの姿があった。
その後、打ち上げを兼ねた夕食の後で……。
◆
「は~! やっと、一息つけるー!」
アースラの端にある展望スペースで、ガラス越しに映った次元空間を眺めながら、ぐっと伸びをする。そこへ――
「お疲れ様です、ケント。本当によく頑張りましたね」
そう言って“彼女”も俺の横に並んで、夜空のように輝いている次元空間を見下ろした。
「お前もな、リインフォース。お前がはやてを正気に戻してくれなかったらどうなっていた事か。でもこれで……」
「ええ、ようやく終わりました。数百年に及ぶ永き呪いも、守護騎士たちの苦難も。あなたのおかげです、主ケント。本当になんとお礼を言っていいか」
その言葉に俺は苦笑を漏らし……
「
「私なりの敬意です。今ぐらいは許してください。まさか本当に私たちと夜天の魔導書を救ってくださるなんて。あの頃からあなたには驚かされてばかりです」
リインも笑みを返し優しげな眼差しで俺を見下ろす。あの頃から全く変わらない、きれいな笑顔だ。
彼女の顔を見ているうちに自分の顔が熱くなっていくのを感じ、慌てて窓の方に顔を戻す。
そこへ――
「ケント、聞いてもいいですか?」
「なんだ……?」
ふいに問いかけてきたリインに俺は聞き返す。リインは……
「あなたは、《時の庭園》から脱出する時に防衛プログラム……ナハトヴァールから何か言付けを受けていたようですが、あれはなんと?」
「ああ……別になんてことはない。『私は気長に待つ。だから主たちより先に来てくれるな』って言われただけだよ」
「そうですか……」
リインはそう言ったきり、再び沈黙が訪れる。
「明日で地球に帰るからな。この眺めもしばらくはお預けか」
窓を見ながらそうつぶやくと、リインも窓を見ながら言った。
「しばらくは、ですか……ケント、やはりあなたも管理局に……」
その言葉に俺はいくらか間を空けて……
「入るよ。はやてたちと同じく、まずは嘱託魔導師から。そして自分の希望と適性に合った部署を見つけてから、正式な局員になろうと思ってる」
「……理由をお聞きしていいですか?」
リインの問いに俺は頭を掻きながら答える。
「このまま地球で生活を続けて仕事を見つけて平穏に暮らすっていうのも考えたんだけど、それだと俺が前世から身に着けた魔法や固有技能を封印することになってしまう。それはさすがにもったいないだろう」
「……」
リインは何も言わず目線で続きを促す。俺は続けて言った。
「時空管理局が発足した世界――ミッドチルダには、ベルカから移住した人々が暮らしている『ベルカ自治領』というところがあるらしい。そこで彼らがどう暮らしているのか、この目で確かめておきたい。仮にもベルカ王だった者としてな」
「…………そうですか」
自嘲気味に最後の一言を付け足すと、リインは間を空けてからそれだけを返す。
少し空気が重くなる中、俺はもう一つ理由を口にする。
「それに管理局にはお前がいるだろうからな」
「――えっ?」
リインは目を見張って俺を見る。
俺は窓の向こうを見たまま言った。
「
「……」
リインは耳を傾けながらじっと見下ろしてくる。彼女の目線は今の俺より頭二つ分高い。
「ベルカから転生して、状況や人間関係が色々変わって、俺自身見た目もこんなに縮んじまったけど、お前への想いは変わらない。管理局で経験を積んで昇進して……お前よりでかくなる頃には、あの頃よりもっと立派な人間になってみせる。……その時にもう一度告白するから、待っていてくれないか?」
「ケント――」
リインが俺の名を呟いたと思うと、彼女は体をかがめてぎゅっと俺を抱きしめた。
「一つだけ約束してください。もう二度と自分を犠牲にするようなことはしないと。そう約束してくれるのならいつまでも待ちます。あなたが自分を認められるようになるまで……自分を許せるようになるまでずっと」
その言葉に俺はたじろぎながらも――
「ああ、約束する。待っていてくれ……リインフォース」
「ええ、お待ちしています……健斗」
互いの名を呼んでから、俺たちは目を閉じ、どちらからともなく口を近づけ――
「――そこまでやっ!!」
突然響いた声に、俺とリインははっとしながら顔を離し、声がした方を向く。
この声と口調はまさか……。
俺たちの視線の先には案の定、肩を怒らせながらずかずか歩いてくるはやての姿があった。その後ろにも――
「管理局の船でいかがわしい行為を行おうとするとはいい度胸だな。もしそれ以上の行為に及ぼうとすれば、彼女を未成年淫行で逮捕しなければならなくなるんだが……いいのか健斗?」
クロノは軽蔑した目でじっと俺たちを睨んでくる。
さらにその後ろからは、他の面々がはやてたちの後に続いてきた。
俺とリインは慌てて離れるものの、今の光景はばっちり目に焼き付いたらしく……
「わ、私たちは何も見てないよ。ね、ねえフェイトちゃん!」
「う、うん……」
「途中までいい話だったのに、なんで最後の最後で下心が働くのよ! 私の涙を返しなさい!」
「何も見えないよ! 私も健斗とリインがなにしてるのか見たい!」
「ア、アリシアにはまだ早いです!」
「若いっていいわね。私も二十年くらい前はクライドと……」
「あなたなんてまだいい方じゃない。私の夫なんてプロポーズした時はいいことばかり言っておいて、いざ結婚したら――」
……こいつらいつからいたんだ? 場所のチョイスを間違えたらしい。
そう思っている間にもはやては距離を詰めてきて、リインに向かって言う。
「リインフォース、主として命令や。健斗君が18歳を越えるまで、彼とエッチな事をするのは禁止します。リインが未成年に手を出して捕まってしもたら私らも困るからな」
「ち、違います主! 私と彼はただ――」
「ああ! 俺とリインはちょっとだけキ――」
「それも立派な淫行だ! 未成年の行為は各管理世界でも厳しく禁じられている。キ…だって例外じゃない!」
俺たちの言い訳をさえぎり、クロノは顔を赤くしながら断言する。
とことん生真面目な奴だ。14歳にもなってキスもまともに言えないとは。そんなだからエイミィさんやリーゼさんたちにからかわれてばかりなんだ。
……18歳を越えるまでか。それまではリインとキス以上のことはできないらしい。……彼女に再び告白できるようになるのもまだまだ先だろうな。
(危ないところやったわ。ひとまず健斗君が18歳になるまでは進展できんようにしたし、それまでの間に健斗君を振り向かせれば――まだチャンスはある!)
(健斗君ははやてちゃんじゃなくて、リインフォースさんって人のことが好きなんだ。……今までははやてちゃんに遠慮してたけど、あの人に奪われるくらいなら……私が取っちゃってもいいかな)
「――!?」
部屋に帰る途中で後ろから鋭い視線を感じて思わず振り返るが、俺の後ろにははやてとすずかしかおらず、突然振り向いた俺に対しすずかは小首をかしげ、はやては「どうしたんや?」と聞いてきた。それに対し俺は「何でもない」と答えて前を向き直した。
…………気のせいか。
◆
5月下旬。
のちに『J・D事件』と名付けられる、二つの第一級指定ロストロギアが絡んだ事件は幕を閉じた。
俺たちはアースラの面々に一旦の別れを告げて地球に戻り、アースラはしばらくの休息を取ってから『本局』へと向かって行った。
事件の容疑者であるプレシアさんたちもアースラに残り、アリシアだけはしばらくの間八神家で預かることになった。
それからしばらくの後、ハラオウン家とリニス、フェイト、アルフが地球へとやって来る。
俺たちが時空管理局所属の『嘱託魔導師』に認定されたのはその直後のことだ。
ここから新しい物語が始まる。