魔法少女リリカルなのは 愚王の魂を持つ者   作:ヒアデス

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幕間
夜の一族編1 幕開け


 高級ホテルのスイートルームにも劣らない豪華な部屋の中で、高級なブランド物の服を着た赤毛の若い男と、男ほどではないが高級な素材が使われた赤いドレスを着た美女が相対していた。

 

「……さあ、おいで」

 

「遊様……」

 

 遊の手招きと血のように赤い瞳に誘われるように、女は彼の名を呼びながらふらふらと彼の元へ歩み寄っていく。

 しばらくの時間をかけて女が十分に近づいてくると、遊は一歩足を踏み出して彼女と距離を詰め、彼女を抱きとめその背中に手を回す。

 それに対して、女は抜け殻のように虚ろな顔でじっと立ち尽くしている。()()()()()()()()()()

 

 遊は口を開き、女に近づけていく。至近距離にまで迫った秀麗な顔面を前にして、女はなおもぼうっとしたままだった。

 遊はさらに顔を傾けて女の唇……を通り越して、彼女の首筋に口を這わせる。

 遊はそこで口を大きく開き、鋭くとがった犬歯をむき出しにして、勢いよく彼女の首に噛みついた。

 

「――あっ――あああっ!」

 

 さすがに彼女も首を噛みつかれた衝撃で悲痛な声を漏らすが、抵抗しようとはせず為すがままにされていた。

 女の首に噛みついたまま遊はごくっごくっと喉を鳴らし、何かを飲み干していく。

 そうしている間に噛みつかれている女はどんどん血色を失っていき、体中が青白くなりはじめた頃に、ようやく遊は彼女の首から顔を離した。その口元には吸い出したばかりの真っ赤な血が付着している。

 それと同時に遊は女の身体から手を離し、支えを失った女は意識を失ったまま床に倒れた。

 だが、遊はそんなこと意に介さず、“眼の色を青に戻し”、口についた血を手の甲で拭いながら思う。

 

(不味い。ドロドロしていてとても美味いとは言えん。苦労して見つけた家畜の血がこの程度の味とは。さくらや月村から隠れるような真似をしなければ、もっと美味い血の家畜を集めることができるものを)

 

 そんな勝手なことを考えているところへ、きぃと扉が開く音が耳に届いてきた。

 その直後に、小太りの中年男がずかずかと遠慮もなく部屋へ上がりこんでくる。

 薄くなった紫色の髪をオールバックで固め、口元にひげを蓄え、遊同様高そうな服を着、それに加えて金縁の眼鏡や純金の指輪などの装飾品で自らを飾り立てているが、必要以上に富をひけらかすようなその姿はかえって彼の低俗ぶりを露呈させているようだった。

 

「おや、遊はん、もう済ませてしまいましたか?」

 

 服を着たまま倒れてる女を見て小太りの男は残念そうにこぼす。遊は男に視線を移し、

 

安次郎(やすじろう)か」

 

 と声をかけた。

 安次郎と呼ばれた中年の男は両手を揉みながら答える。

 

「遊はんにお伝えしたいことがありまして。まだ途中やろうと思ったんですけど、万が一の様子見をかねて来たんですわ。けどまさか血ぃ吸うだけで終わりとは。噂に聞いたんと違って意外とお堅いんですな」

 

 そう言って安次郎は下卑た笑い声をあげる。そんな彼に遊は不機嫌そうに返事を返した。

 

「獣姦の趣味はない。血を頂くついでに愛でるだけならともかく、純血たる私が家畜とまぐわうとでも思ったのか。政略のために綺堂の養子と(つが)わされた俊や、本能のまま下等生物に股を開いたさくらや俊の娘じゃあるまいし」

 

「そ、そうですか。さすが《氷村家》の嫡子ですわ。俊やさくらたちとは全然違いますな。遊はんについて正解や」

 

 明らかに気分を害した様子で吐き捨てる遊に、安次郎は慌ててゴマをする。だが遊はさらに気を悪くして――

 

「無礼者が。前にも言ったが私のことは氷村様、もしくは遊様と呼べ。私は数えるほどしかいない純血種にして、《夜の一族》屈指の名門、氷村家の御曹司。お前のような《一族》の血が薄い末席とは違うんだ! 口の利き方には気を付けろ!!」

 

「し、失礼しました。許してください、遊様」

 

 顔をひくつかせながらも安次郎はペコペコ頭を下げるが、遊の気は収まらず、手近な椅子に腰を下ろしながら文句を吐き続ける。

 

「まったく。お前のような凡俗や家畜どもから無礼を受けるなんて私も落ちぶれたものだよ。それで、伝えたい事とは何だ?」

 

 遊からの問いに、安次郎は取り直したように姿勢を正しながら言った。

 

「《イレイン》の改良が終わったとのことです。他の機体もぐんと性能が上がって、前のイレインに並ぶぐらいになったと聞きます。これも遊様がお力をお貸しくださったおかげです」

 

 安次郎の世辞に遊はつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「ふん。氷村家の財力をもってすればその程度造作もない事だ。その代わり、約束通りイレインたちは私の目的のために使わせてもらうぞ。またさくらが邪魔をしにきたとしても、“あれ”が相手では太刀打ちできないはずだ」

 

「ええ、存分に使ってやってください。ただし事が済んだら、こちらも約束してもらった通り“あの姉妹”のどちらかを……」

 

「ああ、それぐらい好きにしろ。なんなら()()まとめて持って行っても構わん。お前と違って私はあんな人形どもに興味はないからな」

 

 そう吐き捨てて遊は懐からシガーケースを取り出し、その中から細長い葉巻を取り出した。それを見て安次郎は慌ててライターを取り出し、遊の葉巻に火をつける。

 葉巻を吸い、甘い煙を口から吐きながら氷村 遊(ひむら ゆう)はこれからの段取りを考えていた。

 

 

 

 

 

 

「健斗君、ノエルがレバー作りすぎちゃったみたいで。よかったら食べて♡」

 

「……あ、ありがとう。頂くよ」

 

 語尾にピンク色の記号を付けながら、すずかはパックに入ったレバーを差し出してくる。俺はたどたどしく礼を言いながら箸でそれを掴み取った。そんな俺にすずか以外のみんなは冷たい視線を向けてくる。

 すごいデジャブなんだが……。ベルカにいた時もまったく同じ体験をしたことがあるぞ。

 

「過去に体験したことはデジャブと言わないわよ。デジャブっていうのは、初めてのはずなのに同じような経験や体験をしたような錯覚のことを言うんだから」

 

「ちょっ、アリサ――なんで俺の考えてることがわかった!?」

 

「だらしなく緩み切ったあんたの顔見てれば大体わかるわ。ところで――そっちは食べてあげないの?」

 

 そう言ってアリサは俺の隣――すずかとは反対側――を箸で指す。ちょうどそこで――

 

「健斗君、レバーもええけどこっちが全然減ってないよ。まさか私が早起きして作ったお弁当が食べられないなんて言わないやろな?」

 

 剣呑な雰囲気を漂わせながらはやては弁当を向けてくる。いつも通りの笑顔なのが逆に怖い。

 

「ま、まさか。そっちも頂くよ」

 

 そう言ってはやての弁当に箸を伸ばすと、すずかも負けじと――

 

「私だって早起きしてノエルのお手伝いしたんだから。遠慮せずいっぱい食べてね!」

 

 そう言ってすずかもレバー入りのパックを突き出してくる。今日も自分で作ってきた分を食べる余裕はないだろうな。

 

 

 

「あの三人、学校ではいつもああなの? 私は今日初めてこの学校に入ったばかりだから知らないんだけど」

 

「うーん……はやてちゃんが健斗君にお弁当を分ける事はよくあるんだけど……」

 

「それに月村が加わったのは二週間前からだな。お前らがまた登校するようになってから二日目だ。そのせいか……」

 

 フェイトの問いに答えながら、雄一はまわりを示す。

 屋上には俺たちの他にも大勢生徒がおり、昼食をとりながらも、彼らの視線は例外なく俺たちに釘付けになっていた。

 彼らの多くは、はやてとすずかに挟まれている俺に非難の目を向けており……

 

「あの野郎、はやてちゃんとすずか様を両手にはべらせやがって。どう見ても友達なんて間柄じゃねえよな」

「御神だけ帰ってこなけりゃよかったのに」

「でも本命は他にいるみたいだよ。この間ホテルでお母さんとお姉さんにスマホの写真見せながらそう報告してたって」

「不潔。あんなすけこましだったなんて」

「御神君も所詮男か。うちのパパも今週になって二人目の隠し子が見つかるし」

「あの転校生、いきなり御神君たちとお昼食べてるけど、もしかしてあの子も……」

「おい、“遂行率100%”に連絡はとれたか?」

「駄目だ。親父の話だとまだ向こうにいるらしい」

「これ以上我慢ならねえ! いっそ俺の手で――」

 

 “遂行率100%”って何!? 何を100%遂行すんの?

 

 軽蔑や妬みばかりか殺気まで放ってくる彼らを見て、フェイトはここに編入してきたことを4割ぐらい後悔しているような顔を浮かべていた。

 そんな状況の中でも、はやてとすずかは俺に向けておかずを差し出し続け、喉の通りにくさを感じながら俺は黙々と食事を続けていた。

 

 問題はこれだけじゃない。すずかが出してきたのは鉄分が多いレバーだ。

 もしかしたら今日も……。

 

 

 

 

 

 

「かぷっ…んっ……ちゅるちゅる……じゅるる」

 

 昼食を終えて屋上を出て、昼休みが終わるギリギリの時間に、俺とすずかはもう一度屋上を訪れた。

 誰もいないのを確認すると、すずかはためらうことなく俺の腕にかぶりつき、その中に流れる血を吸い続ける。

 

「じゅぷり……はむっ……やっぱりおいしい。健斗君の血、いつまでも飲んでいたいくらい――んっ……」

 

 すずかはゆっくりと味わうように血を吸い取っていき、数分経っても俺の腕から口を離そうとしなかった。

 腕から血の気が抜けていくのと5時間目まであとわずかしかないことに気付き、

 

「すずか、もうそろそろ。それ以上はヤバイ」

 

「ちゅぷ……あともう少しだけ……いいでしょう…………健斗君」

 

 すずかは上目遣いに懇願してくる。いけないと思いつつも彼女の目を見てると……。

 

 ……あと少しならいいか。

 

 そう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 ちょうどその頃、校舎3階から屋上を見上げている白髪の少年の姿があった。

 ここからではどう目を凝らそうと屋上の様子を見ることはできないはずだ。

 だが、少年はじっとそこを見て……

 

(やはりすずかの言いなりになっておるわい。“洗礼”によるものか、意思が弱いだけか、今のところどちらともとれんのう……んっ?)

 

 足音が近づいてくるのに気付いて、少年はそちらを振り返る。

 見るとそこには若い女の教師が立っていた。

 

「あなた、制服も着ないで何してるの? もう5時間目が始まりますよ。とにかくまずは更衣室へ――」

 

 少年の(はかま)姿に戸惑いながらも、教師は少年を更衣室へ連れて行こうと手を伸ばす。

 だが、少年は“赤い眼で”教師をじっと見て――

 

「触れるな!」

 

 少年が一言発した瞬間、教師はピタリと手を止める。

 少年は教師を見ながら続けて言った。

 

「儂のことは忘れよ。お主は何も見ていなかった……いいな!」

 

 少年がそう命じると、教師は先ほどの剣幕が嘘のように虚ろな目をしながら言った。

 

「……ハイ……私ハ何モ見テイマセンデシタ……」

 

 その答えに少年は満足そうにうなずいて眼の色を戻しながら言った。

 

「ではもう行くがよい。ごじかんめとやらがあるのじゃろう。儂は好きに回らせてもらうでの。案内もいらん」

 

 少年の命令に、教師は「ハイ」と首を縦に振ってその場を後にする。

 それから少年はまた屋上の方に視線を戻す。だが、さすがにもう吸血を済ませたようで、すずかも健斗も屋上を出ようとしているところだった。

 それを眺めながら少年はあごに手を乗せた。

 

(ひとまずもうここに用はないか。まさかすずかやあの小僧が勉強しておるところへ押しかけるわけにもいかんしの。折を見て小僧の方に接触するとしようか。……さくらと会うのはまだ先でいいかの。あれに見つかったら散策もろくに楽しめなくなるわい)

 

 そんなことを考えながら《総当主》ヴィクターは校舎を悠然と歩く。彼が健斗と会うのはそれから間もなくのことだ。

 

 なお余談だが、ヴィクターが術をかけた教師は、5時間目を受け持つ予定がないにもかかわらず職員室で授業の用意を始め、ちょっとした騒ぎを起こしたという。

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