放課後になって学校を出てから、俺たちはスクールバスを途中で降りて海鳴デパートに来ていた。目的はフェイトのスマホを買うためである。
フェイトたちやハラオウン家は地球に来たばかりで、ほとんどの人がスマホを持っていない――局員用の通信デバイスはあるが、管理外世界では管理局の任務以外での使用を禁じられているうえに、通信方式が違っているためスマホなど地球の電話とは繋がらない――。
そのためなのはたちはリンディさんたちとデパートで合流して、フェイトが使うスマホを探すことにした。俺は例によって高町家に泊めてもらうついでに彼女たちに付いてきたおまけだが。
「……な、なんだかいっぱいあるね」
「まあ最近はどれも同じような性能だし、色とかで決めていいんじゃない」
「でもやっぱ性能のいいやつがいいよね」
「カメラがきれいだと色々楽しいんだよ」
「私は性能とかよくわからなくて適当に決めたけど、特に不満とかないよ。アリサの言うとおり色とかで選んだら」
「まっ、確かにスマホなんて格安でもない限りほとんど変わらないしね。フェイトさんならやっぱり黒かしら」
なのはたちがあれこれ言い合い、フェイトより一足先にスマホを買ってもらっていたアリシアと七瀬が意見を述べる中、フェイトはまだ陳列中のスマホを眺めて考えている。
そんな彼女たちから離れた場所で、俺も販売中のスマホを眺めていた。
今のスマホも古くなってきたし、嘱託魔導師としての給料が入ったら、母さんたちへのプレゼントの他にスマホを買い替えてもいいかもしれないな。
そう思いながら別の棚に映って品定めをしていると……
「そなた、一体何を見ておるのじゃ?」
「……んっ?」
ふいに横から声をかけられて、俺はそちらに顔を向ける。
見るとそこには俺と同い年ぐらいの少年が立っていた。
長い白髪を垂らしており、俺を眺める目は青く、黒い紋付き
顔立ちや髪の色からして外国人のようだが、彼が着ている袴のせいで一瞬判断に迷う。リンディさんみたいな日本かぶれだろうか?
「ふむ……薄くて小さいのう。俗世ではこんな装飾品が流行っておるのかえ?」
陳列されているスマホを掴み取りながら少年はそんなことを呟く。もしかしてスマホを知らないのか?
俺は思わず口を挟む。
「それは電話だよ。スマートフォンっていうんだ。スマホともいうんだが、知らないのか?」
「電話!? これがか? ただの金属板にしか見えんぞ!」
そう叫んで少年は陳列品のスマホをひっくり返しながら、しげしげとそれを眺める。そして……
「……どうも怪しいのう。受話器もダイヤルもないではないか。儂が使っておる電話と全然違うぞ。こんな物が本当に電話として使えるのか?」
少年は疑わしそうな目でスマホと俺を交互に睨む。
スマホどころか携帯電話すら知らないのか。怪訝に思いながら俺は口を開く。
「使えるよ。実際にかけてみようか?」
そう言ってスマホを取り出すと少年は目を見張りながら――
「まさか――そのままかけるのか? まだ線が繋がっておらんぞ!」
本当に携帯も知らないんだな。貧しいようには見えないが、一体どこの国から来たんだろう?
ともあれ誰にかけるべきか。はやてたちは認定試験の勉強や夕飯の用意などをしている時間帯で、雄一は実家の道場で稽古をしている頃だ。俺の知り合いの中で自由にしていそうな人は……。
スマホのアドレスを眺めながら考えていると、あの人の名前を見つけ、俺は“彼女”にかける事にする。
その人の名前を押し、スマホを耳に当てながら待つと、数回の着信音の後にその人と繋がった。
「もしもし、俺ですけど……」
『あら、健斗君。どうしたの?』
俺が声を発すると、スマホの向こうから落ち着いた声色の女性の声が届いてくる。すずかの叔母さんで七瀬繋がりの知り合いでもある、
「すいません、ちょっといいですか? 用事というわけじゃないんですが、ちょっとお話ししたくて」
『あらそう。気持ちは嬉しいけど今ちょっと立て込んでるの。また今度にしてくれないかしら。先輩とアリシアという子のことで私も話したいことがあるから、その時にゆっくり話しましょう』
矢継ぎ早にそう言うと、さくらさんはさっさと電話を切ってしまう。彼に代わる暇もなかったな。
◇
一方的に会話を打ち切った事に罪悪感を覚えながら、さくらはスマホをポケットにしまう。
健斗と七瀬。さくらにとって二人は秘密を分け合う友人だった。特に七瀬は自身の母校――
その友達が声をかけてきてくれたのは嬉しいが――今は彼と雑談をしている場合ではない。
「さくら!」
ちょうどそこへ、長い紫髪の女が自分の元へ駆けてきた。その後ろから黒髪の青年も続いてくる。
「忍、恭也君。どうしたの? 何かわかった?」
さくらの問いに忍は首を横に振って言った。
「ううん。被害者に聞いてみたんだけど、誰かと待ち合わせしていた事以外覚えてないって。ねえ恭也」
「はい。気が付いたら病院に運び込まれていて、後は何も覚えていないとのことです。それ以上は向こうから不審がられそうで聞けませんでした」
姪とその恋人からの報告に、さくらは「そう」と言って押し黙った。
(記憶を残したまま解放するほど馬鹿じゃないか。でも、これは間違いなく《夜の一族》に属する者の仕業。もしかしてまた“あの人”が……。そのうえこんな時に限って――)
さくらはきっと目を鋭くして、隣にいるスーツ姿の男に声をかける。
「《総当主》様は見つかりましたか?」
さくらの剣幕にすくみながら男は首を横に振り――
「いえ、そのような報告はまだ受けておりません。月村家の力も借りて捜索しておりますが、依然として見つからず――」
その報告にさくらは顔をしかめるのを懸命にこらえる。彼が悪いわけではない。悪いのは総当主と呼ばれている男の方だ。
(長い間ずっと屋敷にこもっていたかと思えば、供も護衛も連れずいきなりドイツを飛び出すなんて――何を考えてるの、“おじいさま”は!?)
内心で憤るさくらの後ろで――
「忍、総当主様って、お前とさくらさんが時々話してた……」
小声で尋ねる恭也に忍はうなずき。
「綺堂家の大元でもあるキルツシュタイン家の当主、ヴィクター・フォン・キルツシュタイン。さくらのおじいさんで、《夜の一族》の中で一番偉い人よ。一族のみんなからは《総当主》って呼ばれてる」
「総当主か……」
その仰々しい言葉に恭也は戦慄を覚える。
《夜の一族》は人を凌ぐ身体能力と叡智で、裏表問わず世界各地に隠然たる影響力を及ぼしているという。その頂点に君臨する総当主となれば、どれほどの権力を持つのか想像もつかない。
どんな姿だろうかと考えた途端、恭也の脳裏に立派に整えられたひげを蓄え高級そうなダブルスーツに身を包んだ、威厳のありそうな老紳士が浮かんでくる。
想像ながら威圧感のある総当主の出で立ちに身を震わせたところで……
「……ねえ恭也、多分あなたが想像している総当主様と実際のあの人はだいぶ違うと思う」
「えっ……?」
忍が漏らした言葉に恭也は戸惑いの声を上げる。さくらも続いて言った。
「そうね。見た目も中身も恭也君が思ってる人とはずいぶん違うと思うわ。実際に見たら驚くでしょうね」
「うん。私も小さい頃、両親と一緒にドイツまで行ってあの人に会ったことがあるけど、だいぶびっくりしたのを覚えてる」
「……?」
しみじみに言うさくらと忍に対して、恭也は頭上に疑問符を浮かべる。
彼女らが言ってることの意味を彼が知るのは、しばらく経ってからのことだ。
◇
「……どうだった?」
通話が切れたスマホを懐に戻しながら少年に尋ねると、彼は胡散臭そうな目を向けながら言った。
「どうじゃったと言われても、お主一人でぶつぶつ言っておるようにしか見えんかったわい。お主、こっちの医者の世話になっておったりせんじゃろうな?」
――このガキ、文明の利器も知らず言いたいこと言いやがって。一体どこの子供だ?
自分の頭を小突きながら尋ねてくる少年に俺は頬を引きつらせる。そんな俺に少年は言った。
「まあお主の話を信じるとして、そのすまほとやらで誰にかけておったのじゃ? けっこう親しいようじゃったが」
「俺の友達だよ。結構年が離れてるけど向こうはそう言ってくれてる。さくらさんっていう人なんだけど」
「――さくら!?」
さくらさんの名前を出した途端、少年は素っ頓狂な声でその名を呼ぶ。思わぬ反応に俺はつい彼に聞き返した。
「ああ、そうだけど……知ってるのか?」
「あ、ああ。親類に同じ名前の娘がおっての、つい……こほん、失礼した。忘れるがよい」
咳払いしながら少年はそう言ってくる。まあ、『さくら』なんて日本じゃよくある名前だ。彼の言う親戚の娘が俺の知ってるさくらさんとは限らないだろう。あの人も西洋人っぽい顔立ちをしているが……。
「そういえば君ってどこの国から来たんだ? 袴なんて着てるけど日本人じゃないんだろう?」
俺の問いに少年は気を悪くした様子を見せずあっけらかんと答えた。
「ドイツじゃ! ドイツのミュンヘンからこの国へと来た。それに際して日本について書かれた本を読んでみたら、この服が正装じゃと載ってあっての。儂も日本にいる間は袴という服を着る事にしたのじゃ。……じゃが、今まで見てきた間、儂の他に袴を着ている者は誰もおらん。あの本に騙されたのかの」
少年は腕を組みながら呆れたように首を横に振る。
彼の言う通り、確かに日本では袴が正装らしいんだが、明治以降の洋装化と生地の高級化によって和服を着る人はほとんどいなくなり、特に袴や
しかし、黒い紋付き袴を着ている彼の姿はなかなか様になっており、この少年にはこの上なく似合っていると思わずにいられない。さくらという名前の親戚といい、この少年は日本と結構深い縁があるのかもしれない。
「それで、日本には何の用で来たんだ? やっぱりさくらさんって親戚に会いにか?」
「ううむ……まあそれも目的の一つなんじゃが、本当の目的は別にあっての。そっちはおおよそ叶ったと思うんじゃが……」
「……?」
首を縦にも横にも振らず曖昧な仕草を見せる少年に俺は思わず首をかしげる。
それを見て少年は誤魔化すように――
「儂のことはもうよいじゃろう! お主もそろそろ名前ぐらい名乗らんか! 人に尋ねる時は自分もなんたらという言葉が日本にはあるじゃろ。この国で暮らしててそれぐらい知らんのか!」
腕を振りながらそう言ってくる少年に俺はむっとしながらも答える。
「御神健斗、少し遠くにある聖祥って学校の生徒だよ」
「おお、やはりか! 初めて見た時からそうじゃろうと思っておったぞ」
名前と学校と告げた途端、少年は顔をほころばせながら言ってくる。まるで最初から俺を知ってたかのような物言いにたじろぎながらも――
「そういう君はなんて言うんだよ? 俺も君の名前を知らないんだけど」
そう言い返すと少年は目をぱちくりさせて……
「儂か。儂は…………」
少年はそこで言葉を止め、考えるように目を伏せる。
『ヴィクター……いかつくてあなたには似合いませんね。ご家族や他の使用人がいない時は……と呼んでもいいでしょうか?』
そして彼は、
「ヴィル……儂のことはヴィルと呼ぶがよい」
相変わらず偉そうな、だけどかすかに寂しさが混じった声で少年は告げる。俺が本名を名乗ったにもかかわらず自分はフルネームじゃないのかとか、それは本名じゃなくてニックネームじゃないのかとか、言いたいところはあるがそれを胸の内に留めて俺は言った。
「わかった。よろしくな、ヴィル」
「うむ、存外素直な男じゃな。そういう男は嫌いではない。よろしくしてやるぞ、御神健斗!」
そう言って再び顔をほころばせ右手を差し出す少年に俺も右手を差し出し、握手を交わす。
その時、俺はクラウスと友達になった時のことを思い出した。あの時はどちらかというと、倒れた俺を起き上がらせるために手を貸してくれたというのが正しいのだが。
そこへ――
「健斗君!!」
「健斗!!」
聞き覚えのある女の子二人の声が聞こえ、俺とヴィルはそちらを振り向く。
なのはとフェイトは息を切らせながら俺たちの元へ駆け寄り、ヴィルのことにも気付かずに言った。
「アリサちゃんとすずかちゃんを見なかった?」
「……?」
「――!」
なのはの問いに俺は首を傾げ、ヴィルは目を見開く。そんな俺たちにフェイトが続けて言った。
「二人がいなくなったの! ショップの近くを探したんだけどどこにもいなくて。アリシアと七瀬は他の場所を探してるとこなんだけど」
「――なんだって!?」
ヴィルに一歩遅れて俺もその事態が意味することに気付き、荒げた声を上げる。
アリサとすずかが何者かによって誘拐されたことに俺たちが気付くのは、それからしばらく経ってのことだ。