海鳴商店街近くの鉄橋が見える河原にて。
「うわぁっ! かわええなぁ。これがなのはちゃんが飼ってるフェレットか!」
「うん! ユーノ君っていうんだよ!」
なのはが飼っているフェレットらしき黄色い小動物を手に乗せて、はやてが目を輝かせる。そんなはやてになのははユーノというフェレットを自慢げに紹介し、俺とアリサとすずかはそれを遠巻きに眺めていた。
俺たちの近くには二種類のユニフォームを着た少年たちがたむろしており、俺たちの近くにはジャージを着た予備らしき少年たちとマネージャーの少女が一人、そして彼らを引率している両チームのコーチがいた。
二人のコーチのうち一人はご存知、なのはのお父さんにして喫茶翠屋の
士郎さんは店長として翠屋を営む傍らで、『翠屋JFC』というサッカーチームを立ち上げてそのコーチをしており、今日はその『翠屋JFC』と『桜台JFC』というチームの試合の日で俺たちはその応援に駆けつけてきた。
もっとも俺が観戦に来たのはサッカーに興味があるわけではなく、いつもお世話になっている士郎さんへの義理立てとはやての家を訪れる口実作りのためなのだが。まあスポーツ観戦もたまにはいいか。
そんなことを考えていると、またあのフェレットがはやての手の上に乗せられながらじっと俺を見ていた。
◇
《あの人は、この前なのはの家にいた……》
《うん、御神健斗君だよ。お父さんの妹さんの息子さん。お母さんが仕事で外国に行っている間はうちに泊まっていくの。前にも話したよね》
はやての手に乗せられているフェレット
《うん、それは覚えてる。ただ……変な事を聞くけど、あの人が魔法のような術を使ったりしているのを見たことはない?》
《ううん、ないよ。どうしてそんなことを?》
《うん。実は――》
ユーノが何か言おうとしたところで笛の音があたりに響き、なのはとユーノ、そしてまわりにいた子供たちは全員そちらの方を向く。
見れば士郎が首に掲げていたホイッスルをくわえて河原の中央に立っていた。彼はホイッスルから口を離し、声を張り上げて少年たちに告げる。
「みんなー! 試合を始めるぞー! こっちに集まれー!」
「お前たちもだー! ぐずぐずするなー!」
士郎に続き桜台JFCのコーチまでもが号令をかけると、両チームの選手たちが中央に集まって整列し一礼をする。その間に予備の選手やマネージャー、そしてなのはを含めた五人の観客たちは何人かずつに分かれてベンチへと腰かけた。
いよいよ試合が始まるようだ。
◇
河原に設けられたサッカー場では、一つのボールを巡って両チームの選手が激しい攻防を繰り広げている。
アリサとすずか、そしてはやては声を張り上げて選手たちを応援していた。俺はといえば彼女たちのように声を出して応援するのは恥ずかしいので心の中で声援を送り、なのはも無言で試合を見守りつつ時折フェレットと視線を交わしていた。まるでフェレットと会話をしているように……いかん、どうもこの前の幻聴以来、そっちの方に考えが囚われてしまっているようだ。
桜台の選手が鋭い蹴りを加えてボールを飛ばし、翠屋の選手はあまりに速い速度で飛んでくるボールを受け止められず逃してしまう。彼の後ろには翠屋チームのサッカーゴールがあり、誰もが翠屋チームの失点を覚悟していると……。
ふいにゴールの端からゴールキーパーがボールに向かって飛び込んできて、両手でボールを掴み相手の得点を阻止する。それを見た瞬間翠屋側から大きな歓声が上がった。
向こうではアリサとすずかが興奮した様子で何やら言っている。おそらくあのキーパーのことだろう。その反対側のベンチでも予備の選手二人が激励を送っており、その横で黄色がかった髪の少女が熱を帯びた視線をキーパーに向けていた。結構かわいいな――いてっ!
「何見とるんや健斗君。試合をしているのはこっちやで」
突然脇腹をつねられ、そちらの方を見るとはやてが不機嫌そうな声でそんなことを言ってきた。
はやての言う通りまだ試合は終わったわけではなく、返って来たボールを巡って選手たちが攻防を始めている。とはいえ現在の得点は翠屋チームが2点、桜台チームが1点。キーパーの働きで向こうの得点が防がれた以上、翠屋チームの優勢に変わりなく士気も高いままだ。
おそらく翠屋チームが勝つだろうな。
◆
俺が予想した通り、試合は翠屋JFCの勝利で終わり、士郎さんの提案で祝勝会も兼ねて選手たちは翠屋で食事をとっていた。もっとも士郎さんのことだから負けてもおごっていただろうけど。
例のゴールキーパーとマネージャーも隣り合って食事をしている。やはりあの二人……。
「お似合いやなあの二人。あの様子じゃ誰かが割って入る隙もないわ」
翠屋の外に置かれた机に座りながらあの二人を眺めていると、俺の隣からそんな声がかけられた。その声の主は言うまでもなく、俺の隣でケーキを食べているはやてだ。
まあ、あの二人については俺も同感だ。
「そうみたいだな。あのまま仲良くしていてほしいものだ」
紅茶をすすりながらそんな感想を述べる俺にアリサは、
「そう言うわりに機嫌悪そうね。そんなにモテたかったらあんたもサッカーやれば。おじさんから誘われてるし、運動もできる方でしょう?」
「別にモテたいなんて考えてない。それに今は忙しいからサッカーなんてしている暇はないよ」
「忙しいって、ずっとパソコンかたかたやってるだけでしょうが。そんなんじゃいつまで経っても彼女なんてできないわよ」
フォークを向けながら、俺にプログラミングを教えている当の本人がそんな事を言ってくる。
失礼な、剣の稽古を始めプログラミング以外にも色々やっている。それに彼女だって……
「それにしてもこの子、改めて見るとテレビで見たフェレットとは少し違わないかな? 動物病院の院長先生も変わった子だねって言ってたし」
くだらない言い合いをしている俺とアリサをよそに、ユーノというフェレットを見ながらすずかはそんなことを言い、それを聞いてなのははギクリとしたような顔になる。
「あー、えっと……ちょっと変わったフェレットってことで。ほらユーノ君、お手!」
そう言いながらなのはが右の手のひらを差し出すと、ユーノは即座に自分の手をなのはの手に重ねる。それを見て女の子たちはうっとりした目をユーノに向けた。
「か、かわいい!」
「かしこいかしこい!」
「二人とも、あんまりもみくちゃにしたらあかんで……まあ、撫でたくなる気持ちはわかるけど」
アリサがユーノの頭を撫でたのを機に、すずかまでユーノを撫で始める。はやては二人をなだめるようなことを言うものの、隙あらば自分もユーノを撫でてみたいと思っているせいか本気で止めようとはしない。
そんな時にベルが鳴る音が耳に届き、それと同時に翠屋のドアが開いて中から翠屋JFCの選手たちがぞろぞろと出てきた。
最後に出てきた士郎さんが選手たちにねぎらいの声をかけている。選手たちは士郎さんの労いに大きな返事を返して帰路に向かって行った。
ゴールキーパーをしていた少年も彼らに続こうとバッグに手を伸ばし、その中に入っていた宝石のように眩く輝いている菱形の青い石を取り出し――
「――!?」
それを見た瞬間、俺の脳裏に火花が散ったような感覚が走った。
何だあれは!? あの石から感じるのは……まさか魔力!?
少年は俺の視線に気付かずに石を見ながら笑みを浮かべ、その石をポケットの中へと入れる。
そこへマネージャーの少女が駆けてきて、二人は並んで歩いていった。
……宝石のような石、彼女らしき少女……あいつまさか。
「どないしたんや健斗君? ……またあの二人か、健斗君も飽きへんな――」
「悪い! 急用ができたから俺はもう帰る!」
はやてが言い終わるのを待たずに、俺は席を立ってあの二人の後を追った。
「健斗君?」
(まさか……でも私は何も感じなかったし、気のせいだよね? ……そんなことより今は……)
走り去る健斗の背中を眺めながら、呆気にとられたようにはやては彼の名をつぶやく。その横でなのははもしやとは思うものの、その思考も休息を求める本能の訴えによってせき止められてしまった。
◆
「今日もすごかったね」
「そんなことないよ。ほら、うちってディフェンスがいいからさ」
なのはたちを置いてあの二人を追って走り出してすぐに、少年と少女の背中が見えてきた。俺は走りながら二人に向けて――
「おーい! ちょっと待ってくれー!」
「「……?」」
声を張り上げた途端、二人は俺の方を振り返りながら首をかしげた。それはそうだ、俺とこの二人は初対面なんだから突然声をかけられる道理がない。
「君は誰だ? 僕たちに何の用?」
少年は少女をかばうように前に出てそう尋ねてくる。その表情と声色は明らかに不機嫌そうだ。そりゃ彼女と二人でいるところに見知らぬ男が声をかけてきたら気分も悪くなるわな。
悪いと思いながらも少年に向かって口を開く。
「俺は御神健斗。君が入っている翠屋JFCのコーチをやってる高町士郎っておじさんの親戚なんだ。今日の試合も見てたんだけど、覚えてないか?」
「コーチの親戚? 全然似てないけど。目の色も左右違うし」
士郎さんの親戚を名乗りながらまったく似ていない俺に、少年は不審なものを見る目を向ける。そんな中、少年の後ろにいる少女は俺を見ながら、
「でも言われてみると確かにこの人も河原にいたような……あっ、思い出した! かわいい女の子たちと一緒にいて、こっちの方をちらちら見てた人だ!」
「…………」
少女がそう言った途端、少年の俺を見る目に敵意が満ちていくのを感じる。……あれ? おかしいな、さっきより状況が悪くなっている気がするぞ。
「それで、コーチの親戚の人が僕たちに何の用なの?」
剣呑さの帯びた声で少年は再度尋ねてきた。その声からはさっさと用件を言ってさっさと消えろという内心まで伝わってくる。俺は額に冷や汗がにじんでくるのを感じながら、どうにか頭と口を動かす。
「君に一つ聞きたいんだけどさ、青くてきれいな石を拾ったりしなかったか? 君がさっきそんな石をそのバッグから取り出すのを見たんだけど」
俺がそう尋ねると少年は表情を和らげて、「ああ」と言いながらポケットに手を突っ込んだ。
「……これの事?」
少年はそう言いながらポケットから取り出した石を俺に見せる。それを前にして、
「そう! それだ!」
目当てのものを目にして俺はそんな声を上げる。だが少年は手を引っ込め――
「や――やらないぞ! 僕が先に見つけたんだからな! 欲しかったらお前も自分で探せよ!」
少年はかばうように手で石を覆いながらそう吐き捨てる。
よほどその石を渡したくないんだろう。きれいな石というだけならともかく、これから彼女にプレゼントする予定の石を知らない男なんかに渡したくないに違いない。
だったらここは……
「いや、実はその石、俺の友達がなくした石かもしれないんだ。変わった色をしているし、最近このあたりを歩いてる途中でなくしたっていうから、もしかしたらと思うんだけど」
「そ、それは……」
俺の話を聞いて少年は苦い表情になる。そこへ後ろの少女が思わぬ援護をしてくれた。
「ひょっとして、その友達ってあなたの隣にいた女の子ですか? 十字の髪飾りを付けた……」
「ああそう! その子! その子が持っていたものなんだ。八神はやてっていう俺の幼なじみの」
「へー、幼なじみですか」
少女は弾んだ声で幼なじみという言葉を口にする。俺は好機とばかりに彼女に聞かせるように言った。
「ああ。あの石をなくして以来あいつ元気がなくてな。何とか見つけ出してあいつを元気づけてやりたいんだがなかなか見つからなくて。似たような石を探してもいるんだけど、あんな変わった色の石全然見つからなくてな」
俺がそう言うと少女は悲しげに顔を曇らせる。そして少年に向かって、
「ねえ。その石、この人に渡してあげられないかな? こんなきれいな石、きっとすごく大切にしてたんだと思う。それをなくしたままじゃ、はやてさんって人がかわいそうだよ」
「うっ……」
彼女からそう言われて少年はうめく。
無理もない。石をプレゼントする予定の当人にそんなことを言われたら揺らぎもするというものだ。
少年は悩む素振りを見せるものの、やがて仕方なさそうにため息をついた。
「……わかったよ。でもお前にやるんじゃないぞ。この石の持ち主かもしれない八神って子に返すんだからな。ちゃんとその子に返してやれよ。いいな!」
そう言いながら少年は石を乗せた手のひらを俺に向ける。俺はそれに手を伸ばしながら、
「ああ、もちろんだ。これではやても元気になるよ――」
「私がどうかしたん?」
不意に後ろからした声に、俺はまさかと思いながらギギギと首をそちらに向ける。少年と少女もそいつの方を見ているようだ。
そこにはこの石の持ち主ということになっている俺の幼なじみ――八神はやてがきょとんとした顔で俺と後ろにいる少年少女を見比べていた。
なんでこういう時って味方側の人間が状況を悪くするんだろう?