時は少しさかのぼる。
空が完全に黒く染まる頃、俺とヴィルは海鳴郊外にぽつんと立っている大きな洋館の前にいた。
「ヴィル……本当にお前も来るのか?」
そう尋ねた途端、ヴィルは横目で見てもわかるくらい大きくうなずきながら、
「無論じゃ! すずかとその友を放っておくわけにはいかんしの。儂も参加させてもらうぞ。嫌ならお主一人で行ってもいいが、儂も儂で勝手に乗り込ませてもらうぞ。お主の背中を追うか、別の箇所を襲うか、悩むところじゃのう!」
「……」
ヴィルがのたまう横で自分の眉間に皺が寄るのを感じる。
本当ならこの屋敷には俺一人だけで乗りこむつもりだった。だが、屋敷の門が見えたと同時にヴィルが現れ、自分も屋敷に乗り込むと言い出したのだ。
どうやって俺について来た? タクシーには俺と運転手以外誰も乗ってなかったはずだが……。
それに俺もヴィルについて気になってることがある。俺たちの思念通話に割り込んできたのもそうだが、こいつは明らかにすずかの事を知っている。今もそうだし、デパートの時からそのような口振りを何度もしていた。
まさかこいつも……。
そこまで考えてから俺はヴィルに言った。
「……わかった。ついて来てもいいがくれぐれも俺から離れるな。それにまだすずかたちが誘拐されたと決まったわけじゃない。知り合いや家族と鉢合わせてついて行っただけの可能性がある。まずは屋敷を訪ねて誰が出てくるのか確認する。それまでこちらから手を出すな」
「わかっておるわい。そんなことも考えずに向かって行くほど浅慮ではない。お主のような童と一緒にしてくれるな」
「……わかった。じゃあ行くぞ」
突っ込む気も起きず、俺はそう告げてから門の縁に取り付けられているチャイムを鳴らす。そして俺たちを尋ねる男の声に対して、すずかとアリサという子を探しに来たと告げた。
それからすぐに屋敷の中から何人かの男が現れ、俺たちを門の内側に迎え入れてくれた。
◇
その頃、別荘から少し離れたところを白い車が2対のタイヤを滑らせながら疾走していた。その中に車を運転している忍、助手席に恭也、後部座席の中央にはさくらが座っていた。
市内の女性が多量の血を失った状態で発見される『連続失血事件』。その犯人と居場所がわかったのだ。
さくらが思っていた通り、首謀者は彼女の異母兄・氷村遊で、被害者の女性たちはこの先にある別荘に連れ込まれていたとのことだ。忍たちが報告した通り、被害者たちは遊がかけた術によって記憶の大部分を失っていたが、さくらが同じ系統の術をかけて聞き出したところ、以上のことが判明した。
さくらが被害者に術を使うことを考慮していなかったのか、それともさくらたちをおびき寄せるためかはわからない。だが、これ以上の被害を防ぐためにも行かないわけにはいかなかった。
そこでふいに黒い車と遭遇し、両車はキキィと耳障りな音を立てながら車を止める。そして相手を警戒する様子もなく、互いの車の中から何人もの人たちが出てきた。
相手はお互いにとてもよく知っている人たちで……
「ノエル!? ファリン! どうしてあなたたちがこんなところに?」
「忍様!? どうして忍様がここに?」
「……恭也様とさくら様もご一緒でしたか」
驚く忍にファリンは慌てながら、ノエルは冷静さを保ったまま返事を返す。忍はノエルの方に『何があったの?』と視線で尋ねる。ノエルは淡々と言った。
「実は先ほど、リンディ・ハラオウン様からすずかお嬢様とアリサお嬢様が姿を消して、そのまま行方が分からなくなってしまったとの連絡を受けました。その後警察からもお嬢様たちの捜索願が出されたと言われて。それで私とファリンがお嬢様たちを助けに行くようにと旦那様たちから命じられました」
「すずかとアリサちゃんが? まさかあの子たちもあいつに……。それで、どうしてあなたたちがここに? もしかしてあの子たちがいる場所がわかったの?」
忍の問いにノエルは首を縦に振りながら、
「はい。こういう時のことも想定してお嬢様の鞄にはGPSを埋め込んでいますから。その反応をたどった結果、この先にすずかお嬢様がいらっしゃると推定しました」
「そう……ちなみにそのGPS、私の持ち物にもついてる?」
「…………お答えいたしかねます」
間を空けて返って来た返事に、忍はGPSの存在を確信した。
(……そういえば恭也とホテルに行った日やその翌日は、決まって父さんの機嫌が悪くなっていたような……もしかしなくても、私たちが今まで行ってたところはほとんど父さんたちに把握されてたりする?)
顔を青くして後ろを振り返る忍に、恭也は冷や汗をかきながらそっぽを向き、さくらは呆れるように頭に手を当てる。
恭也は誤魔化すように前に出てきてノエルたちに尋ねた。
「お前たちがここに来た理由はわかった。しかし、そんな危険な所にファリンを連れてきていいのか?」
不安そうにこちらを見てくる恭也に、ファリンは首をかしげる。
ノエルの事は恭也もよく知っている。だがファリンに関しては“ノエルの妹”としか聞かされていない。ある程度想像はつくが、普段のファリンの振る舞いを見ていると……とは思えないのだ。少なくとも危険なことに対処できるようには見えない。
しかし……
「確かに。こういう時はファリンがいた方が心強いかもしれないわね」
「そうね。数年前と違って私との力量の差はあの人もわかってるでしょうし、どこかから《自動人形》を持ってきていると考えた方がいいわ。人形次第ではノエルでも厳しいかもしれない。でもファリンなら――」
納得したように頭を揺らす忍とさくらに、恭也は首を傾ける。
彼に構わず、さくらは一同に向けて言った。
「じゃあ目的地は同じみたいだし、ここからは一緒に行きましょう。すずかの身がかかっているとなればぐずぐずしていられないわ。今度という今度はあの人にきついお灸を据えないと!」
その言葉に忍たちもノエルたちも賛成し、ともに氷村遊の別荘へ向かうことになった。そこで彼女らは一族の総当主との対面、もしくは再会を果たす。さらにその後、総当主と“ある人物”にまつわるとんでもない事実を知ることになるのだが、それを語るにはまだ少し早い。
◇
門を通って屋敷まで歩いてる所で、俺たちを先導している男たちのうち一人が俺たちに顔を向けながら尋ねてきた。
「ところで、すずかさんとアリサさんを探しに来たということでしたが、どうしてその方たちがこちらにいるとお思いになられたんですか?」
それに俺が答える。
「すずかたちがいなくなってから、位置情報アプリを使って彼女たちの居場所を探したんですよ。そうしたらここと同じ場所にすずかのスマホの反応があって、もしかしたらここにいるかなと尋ねてみたんです。すみません夜遅くに」
「いえいえ。ところで、よければその位置情報アプリとやらを見せていただけませんか? 何か他にもわかることがあるかもしれません」
「すみません。知り合いにスマホを預けていて見せることはできないんですよ。すずかとアリサはそちらにいないんですか?」
「……さあ、どうでしたかな。なにぶん今日は客人が多かったもので。そのような方たちもいたようないなかったような……」
丁寧そうな口調とは裏腹に歯切れの悪い返事を返す男に、俺たちは確信を強める。一方で男も俺たちに鋭い目を向けた。
(確かにこのガキを始末するのは後にした方がよさそうだな。とっ捕まえてスマホを預けた知人の事を聞き出さないと。まあ警察が動く頃には、あの二人は優様に逆らえない状態になってるだろうが)
屋敷の前に着くと、先頭の男は動きを止めて俺たちの方を振り返った。
「少しお待ちください。主人が参りますので」
そう言って男は後ろの仲間たちに目配せをする。そこで――
「健斗――後ろじゃ!!」
ヴィルの声とともに背後の男が手を伸ばしてくる気配を察して、俺は真後ろへ跳ぶ。そこにいる男も俺を捕まえようと太い腕を伸ばしてくる。そこへ俺は右腕を大きく突き上げて、男の顎を思い切り殴りつけた。
「ぐあっ!」
「このガキ!」
途端に男たちは本性を現し、俺を捕まえようと敵意をみなぎらせる。そんな中、一人だけ冷たい表情で懐に手を入れてる奴がいた。そいつが狙ってるのは――
「ヴィル――避けろ!!」
俺が叫ぶと同時に男は真っ黒な拳銃を取り出し、ヴィルに銃口を向ける。しかし、ヴィルは素早い身のこなしでその場から姿を消し、一瞬後には男の眼前にいた。
「なっ――!?」
「ふん!」
それと同時にヴィルの指先から数本の長い爪が伸び、男の銃を分断して地面に叩き落とす。それを見て――
「つ、爪が伸びただと!? このガキ、旦那と同じ“一族”の――」
「ティルフィング!」
『Ja Meister!(御意!)』
男たちが驚いている間に俺はペンダント状のティルフィングを剣に変えると同時に、ヴィルに向かって何事かつぶやいている男の体をティルフィングで袈裟斬りにする。その衝撃で男は太いうめき声を上げてその場に倒れた。
「剣が急に――なんだこのガキどもは!?」
「構わん、二人まとめて殺れ!」
残っている二人のうち、片方は大声でわめき、もう片方は俺たちに銃を向ける。その標準はヴィルに向いており――
「避けろヴィル!」
とっさに俺はそう叫ぶものの、ヴィルは片手を突き出すだけだった。あれはまさか――
「死ねっ!」
無防備に立っている
「はぁっ!」
ヴィルの左の手のひらから茜色に輝く“三角形の魔法陣”が現れ、銃弾をひとつ残らず弾く。ヴィルは手を握りこんで魔法陣を消しながら、もう片方の手とそこから伸びる長い爪を振り上げ――。
「ふんっ!」
「ぐあああっ!」
ヴィルの長爪は空中から男の体を縦に薙ぎ払う。それを見て最後の一人が銃を構えるが、それよりも早く――
《御神流・射抜》
「はあああっ!」
「ぐふっ!」
男のもとまで疾駆しながら、彼の右肩を突き、そこから斜め下に彼の体を斬り落とした。
ふぅと息をつきながらヴィルを見るとヴィルは爪を元に戻しているところだった。
「うむ。たまには運動もいいものじゃの。しかし、お主にしては躊躇なく斬り捨てたもんじゃの。てっきり殺さないように手心を加えると思ったが」
「それなら大丈夫。生きてるはずだ(非殺傷設定のままにしておいてるからな)。ところでヴィル、連中の台詞をなぞるようだが、お前は一体何者だ? すずかの事を知っていたり、さっきの爪といい、それに加えてなぜお前が魔法を使える? 《夜の一族》が魔法を使うなんて聞いていないぞ!」
俺の問いにヴィルはふむと口を開いた。
「そうじゃの。お主が考えている通り、儂は《夜の一族》――俗に“吸血鬼”と呼ばれている種族じゃ。もっとも、魔法という術を使えるのは一族の中でも儂ただ一人じゃがな。そちらについては事を済ませた後で話そう。じゃが……」
そこでヴィルはにんまりと笑い、
「ヒントぐらいは教えてやってもいいかの……儂は“お主の
「えっ……?」
「ではゆくぞ健斗。同族の拠点に攻め入ることなど一族を統一してからはなかった事じゃからの。久しぶりに儂の力を知らしめてやるか!」
戸惑う俺をよそに、ヴィルは爪で鍵を破壊して強引に扉をこじ開ける。俺はしばらくポカンとしていたものの、ヴィルに呼ばれて屋敷に足を踏み入れた。
◇
「遊様!!」
「どうした。色違いのガキを捕まえてきたのか? それとも勢いあまって殺してしまったか? だとしたら残念だな。あのガキに見せてやりたいものが色々あったのだが」
再び部屋に駆け込んでくる従者に対して、遊は怒るどころか笑みを浮かべながら問いかけてくる。その後ろでは緊張した様子で耳を傾けるアリサとすずか、安次郎と側近二人、そしてコートを着た女がいた。
彼らの前で従者は――
「例の二人はこちらの手勢を返り討ちにして屋敷に侵入しています! 屋敷内の従僕たちも次々に倒されていて、このままではすぐこちらに着いてしまいます!」
「なに――!?」
その報告に遊は目を剥き、すずかたちは安堵の吐息をつく。安次郎たちも遊ほどではないが唖然とした姿をさらしていた。
「ば、馬鹿な! 相手はガキ二人だぞ! そんな相手に貴様らは何をやっているんだ!?」
「もちろん全力で捕獲にあたっています! それどころか遊様の命に反して二人とも殺すつもりでやっているのですが、妙な剣技を使ったり爪を伸ばしたりしていてとても手に負えません!」
「爪だと? ……まさか」
爪と聞いて遊はある考えを抱く。この町の周囲に住んでいる《一族》は綺堂家と月村家くらいで、袴を着る子供など心当たりがないが……いや、《一族》の者なら銃を持たせた手勢を返り討ちにできるのもうなずける。そう考えた方がいい。ならば――。
遊は部屋の奥でたたずむコートの女を見――
「安次郎! そいつ以外のイレインを動かして奴らの排除に向かわせろ! 二人とも殺して構わん!!」
「わ、わかりました! おい、聞いたか? 遊様に言われた通りお前の姉妹を――」
安次郎はコートの女――イレインに遊の命令をそのまま伝える。それに対して、
「了解……量産機を侵入者の排除に向かわせます」
イレインはそう告げてから再びその場に立ち尽くす。
それと同時に、屋敷中に配備された《イレイン量産機》が健斗とヴィルを排除するために動き始めた。