イレインはこちらに向かって疾駆しながら両腕を構える。あれは――
その直後に彼女の右腕から電撃を帯びた鞭が伸びて、俺に向かって襲い掛かってくる。電撃を帯びている以上剣で受け止めるわけにいかず、俺は真横に跳んで鞭をかわす。そこへイレインはもう片方の手から鞭を飛ばしてきた。それをさらに真横へ跳ぶことで避ける。
俺が鞭を避けている間にイレインは距離を詰めてきて、右腕ごと刃を振り下ろす。力比べじゃこっちが不利だ。なら――
「シュヴァルツェ・ヴィルクング!」
魔法によって腕力を強化し、その力でティルフィングを振り上げる。その瞬間、ギィンという反響音を響かせながらティルフィングとイレインの刃は火花を散らし真っ向から衝突した。
「ぐぐっ……」
「…………」
渾身の力を込めながら剣を押し込もうとする俺に対し、イレインは声を漏らすどころか涼しい表情で押し返してくる。だが力は互角のようでお互い一歩も引く様子を見せない。その光景に後ろで観戦している遊が声を上げた。
「――イレインと互角だと!? 最強の自動人形がなぜあんな小僧に?」
俺もイレインも奴のたわごとに耳を貸さず鍔迫り合いを続ける。
やがて俺の剣がわずかに押し上げられイレインの顔面に迫る。そこでイレインはもう片方の左手を振り下ろしてきた。その手にももちろん長短二本の刃が付いている。
それを見て俺はイレインの右手を弾きながら後ろへ跳んだ。イレインはそこで振り下ろそうとした左手を止め、俺に向けてくる。その左手から鞭が飛んできて俺の腹に直撃した。
「ぐあああっ!」
鞭の衝撃とそこから伝わってくる電撃で俺は大きなうめき声を上げる。それを見てすずかとアリサが悲痛な声で俺を呼び、遊が嘲笑を浴びせる。だが……
「いてえ――バリアジャケットにしておいて正解だったな。制服のままだったらさすがに危なかった」
腹をさすりながら立ち上がる俺を見て、遊はあぜんとした表情になる。
「馬鹿な……あれを食らって生きてるだと? 人間ごときならあれだけで感電死するはずだぞ!」
笑ったり驚いたり忙しい遊を無視したまま、俺はイレインに剣を向け相手に向かって飛び込む。
「はあああっ!」
「――!」
対して、イレインは鞭を繰り出さず両腕を上げて俺を待ち構える。
イレインめがけて剣を振り下ろすと、相手は右腕を前に突き出す。俺は剣を止めることなく相手の刃にぶつけた。
そしてやはりイレインは空いている左手の刃を振り下ろしてきた。俺は一度剣を引き――
「はぁっ!」
相手の刃の裏側に《徹》す打ち方でイレインの右腕を弾き、俺に向かって振り下ろされている左腕に刃をぶつける。
こんな形で反撃が来ると思っていなかったのか、剣はあっさりイレインの左腕を弾いて、彼女は無防備な体を晒す。今だ――!
「だああああっ!!」
「ぐああああっ!!」
俺の一太刀がまっすぐ入り、イレインは甲高い悲鳴を上げながら後ろに吹き飛ぶ。しかし完全に倒れる前に両手で床に叩き、その反動で立ち上がって即座に体勢を立て直した。
今の攻撃でイレインの服は裂かれ、胸元からへそにいたるまで大きな
しかし、彼女はそんなこと気にも留めずに俺を睨み、再び両腕を構える。その目には確かな闘志があった。
◇
「――ふっ! はああっ!」
イレインが振り下ろした刃を茜色の魔法陣で防ぎ、もう片方の手の先から伸びた爪を振り上げてイレインを薙ぎ払う。
そうしてヴィルは無数に現れる量産型イレインの屍を築いていったが、そんな彼の前に通路を覆うほどのイレインが現れた。それも二階への階段以外の三方向全てから!
無論、ヴィルは今まで通りイレインたちを圧倒していたが、やがて――
「――ぐおっ!」
複数のイレインと爪戟を繰り広げている間に、別のイレインが伸ばしてきた鞭を脇腹に食らい、思わずヴィルはうめき声を上げる。それでも彼は眼前の敵を斬りながら――
「しゃらくさいわ!!」
ヴィルは指先から茜色の砲撃を放ち、鞭を飛ばしてきたイレインを吹き飛ばす。しかし、脇腹の傷は深く、ヴィルは思わず傷口を押さえながら残りのイレインたちを睨む。
「くっ、血が足りなくなってしもうたか。健斗を行かせたのは失敗じゃったかのう。あやつの不味い血でも今は欲しくてたまらんわい」
さりとてもう遅い。ここで逃げたらすずかや“義弟”を見殺しにすることになる。それでは孫夫婦や亡き妻に合わせる顔がない。ここにいるイレインを全滅させることが自分の役割であり、生き延びる唯一の手段だった。
脇腹から手を離し、大量のイレインを前にヴィルは再び爪と魔法陣の盾を構える。
「はっ、お主ら雑魚ごとき、少々血が足りないぐらいでちょうどよいわい。総当主――いや、
そう叫んで、爪を振り上げながら、ヴィルがイレインの元へと飛び出そうとした、その時――
「……標準セット――ファイエル!」
あらぬ方向から女の声が聞こえてきて、その直後にそこから飛んできた手首がイレインの顔面に激突し、イレインは並んでいた数体の機体を巻き込みながら倒れる。それを見てヴィルはまさかと思った。そこへさらに――
「御神流――《薙旋》!」
ぼそりとつぶやいたと同時に、何者かが目にも止まらぬ速さで二本の小太刀を振るい、十体以上のイレインを切り捨てていく。常人には捉えられない剣筋の中を、ヴィルは目を細くして刀を振るっている者を見る。二本の小太刀を振るってイレインたちを倒しているのは、すっきりした黒髪の青年だった。
彼に続いて、メイド服を着た薄紫髪の女が飛び込んできて、ワイヤーに繋がった手首を左手に戻しながら、その左手に付けた巨大な
それを見てヴィルは彼女たちの名を呼んだ。
「ノエル! さくら! 何故お主たちがここに!?」
「あなたは――!」
「おじいさま!!」
ノエルもさくらもヴィルを見て思わず目を見張り、おじいさまという言葉につられて恭也もヴィルの方を見る。そこに“それ”はやってきた。
「お姉様! みんな!」
声とともに、ノエルと同じ紫色の、背中に届くほど長い髪を垂らし、彼女とは微妙に異なるデザインのメイド服を着た女がやって来る。彼女を見て恭也は思わず声を上げた。
「ファリン!? まだイレインは残っているぞ! お前は忍と一緒に――」
恭也はそこでファリンの右手を見て続きを飲み込む。今の彼女の両手は手首から先がなく、代わりに大きな筒が付いていた。まるで銃や大砲のように。
(まさか――それが彼女の武器なのか?)
そんなことを考えている恭也や、まわりの者たちに向かってファリンは叫んだ。
「撃ちます! みんな下がって!!」
その声とファリンから漂うただならぬ気配に、ヴィルも恭也たちもすぐに彼女の後ろに下がる。
ファリンの両腕に付いた砲身から強烈な“電磁波”が放たれたのはその時だ。
「やああああああああっ!!」
その場にいるイレインたちに向かってファリンは両腕から電磁波を放ち続ける。
電磁波は命中したイレインのみならず、周りにいるイレイン、さらにその隣にいるイレインに伝わっていき、イレインたちはドミノ倒しに倒れていく。それがすべてのイレインに波及するまで十秒もかからなかった。
すべてのイレインが停止したのを見てファリンは大きく息をつき、両腕を下ろす。ファリンの両腕の砲身は小さくたたまれて腕の中に戻り、代わりに十本の指が付いた手首がせり上がってくる。
「君、大丈夫だった?」
「う、うむ……これぐらい何ともない。それより、お主は一体……?」
声をかけてきたファリンにヴィルは我に返ったように答える。そんな彼らの後ろから声が届いた。
「さすが《新型エーディリヒ》。最終機体
「忍! お前はまだ隠れていた方がいい。どこかに残りのイレインが隠れているかもしれないんだぞ!」
通路から現れた忍に恭也は注意をするが、忍は肩をすくめながら言う。
「大丈夫よ。恭也たちがいるんだし、むしろここにいた方が安全だわ……って、あなたはもしかして――」
「おお忍か。大きくなったのう! 前に会った時とは別人のようじゃわい」
ヴィルを見て忍は驚いたように口元に手を当て、ヴィルも忍を見上げながら笑みを浮かべる。それを見て……
「忍様、その子を知ってるんですか? お互い会ったことがあるみたいな言い方ですけど……」
ヴィルと忍を見比べながら首をかしげるファリン。そんな彼女に――
「控えなさいファリン。このお方は夜の一族を束ねる《総当主》――ヴィクター・フォン・キルツシュタイン様であらせられます。あまりにも無礼が過ぎるとその首を持って贖ってもらうことになりますよ」
「えっ……?」
「――!?」
声を張り上げて怒鳴るノエルにファリンは思わず声を上げ、恭也も目を見開く。二人の後ろで忍はおかしそうに笑い、さくらは悩ましげに頭を抱えていた。
◇
イレインが飛ばしてくる鞭を避け、足りない腕力を《徹》や《貫》、強化魔法で補いながら彼女と刃を交える。イレインもまた俺の動きを学習したように的確に対応してくる。
食い入るように戦いを眺めながら遊は言葉を吐き出した。
「なんだあいつは!? あんな人間が、あんな子供がなぜイレインと互角に張り合える? 奴は最も後期に作られた最終機体じゃなかったのか!?」
「そ、そのはずです! それどころか、あのイレインは人格の修正とともに戦闘能力も向上させたはず。ノエルでも勝ち目がないはずや。それがなぜただの子供に? それにどういう事や? 今のイレインはまるで――」
イレインの元の持ち主である安次郎も口調を忘れながら言葉を漏らす。イレインの力を知る彼らにとってこの光景は異常だった。
イレインは完成してすぐ自由を求めて《一族》からの逃亡を図り、自身を捕らえようとした《一族》や自動人形たちを屠ってきた。しかも、今のイレインはその頃より戦闘能力や装備を強化している。総当主でも十分に血を吸った後でなければあれに勝てないだろう。
そのイレインがすべての力を出しても、9歳の子供を相手に未だ決着をつけることができないでいる。
そしてそれと同じくらい妙なのは、イレインが漏らすようになった掛け声やうめき声だった。人格に手を加えてからイレインがあんな声を発することはなかった。あれではまるで……イレインに感情が戻っているようではないか!
「はああっ!」
「――ぐっ!」
胸元に入りかけた一撃をかろうじて防ぎながらイレインはうめき声を漏らす。そしてもう片方の刃で俺を叩き斬ろうとするが、俺は後ろに跳んで避ける。そこを狙って鞭が飛んでくるが即座に真横に跳んでかわす。
イレインの行動パターンはもう掴めた。後はそれをかいくぐって奴の急所に一撃を与えるのみ。
俺は剣を前に構え、イレインも鞭を手元に戻しながら両腕を構える。
――次で決める。
相手を見据えながら、俺もイレインもそう心に決めた。
「はあっ!」
イレインが左腕から鞭を飛ばす。俺は体をよじってそれをかわしながら相手に迫る。イレインはそこへ右腕を向けてきた。
「はっ!」
二発目の鞭が飛んでくる。俺は真横に跳んでそれをかわして距離を詰めつつ剣を突き出す。それを見てイレインも鞭を地面に垂らしたまま両腕を前に突き出してきた。
「はあああっ!」
「ああああっ!」
俺とノエルは剣をぶつけ“最初の”剣戟を交える。魔法によって強化された腕力と《徹》によって、イレインの右腕の刃を弾く。イレインは間髪入れずに空いていた左腕の刃を振り下ろしてくる。俺は一瞬で相手の構えを見切り、イレインの左腕に剣を叩きこむ。
イレインは両腕を弾かれ、一瞬の間無防備な姿をさらす。そこを狙い――はしなかった。
イレインは最初に放っていた二本の鞭を振るって俺に叩きつけようとしたのだ。あれを食らったらまずい。
俺は後ろへ跳ぶ。イレインはその間に両腕を動かし鞭を手繰り寄せる――そこだ!
フライングムーヴ!
技能が発動し、すべての時間が緩やかになる。
その中で俺はもう一度剣を腰だめに構える。そして一気に彼女の元へ
制止した時間の中、イレインの人間離れした視覚が俺を捉え、驚きに目を見張る。そんな彼女は人間のようで、“人形”とは思えなかった。
俺は眼前にいる彼女に向けて剣を振り上げる。御神流の奥義もどきの名を口にしながら――。
「シュヴァルツ・ブリッツ!!」
次の瞬間、時間は動き出す。だがイレインの攻撃を避ける必要はない。
俺の剣は彼女の胸に深々と突き刺さっていたのだから。
それを実感しながらイレインは笑った。
「……あたしが生身の人間……それもこんな子供に負けるとはね…………でも、そのおかげであいつらに仕掛けられたプログラムの影響もなくなったみたい……だから、一応礼を言うわ……もうあなたと戦えないのは残念だけど……」
「戦えるさ。現在の技術ならお前の人格を矯正させることは可能だとわかったんだ。いつか月村家がお前を直してくれるはずだ。その時にまた手合わせをしよう」
「……楽しみにしてるわ」
それだけを言うとイレインは眠るように目を閉じた。
俺は彼女の胸から剣を抜いて床に寝かせてから、後ろに視線をやる。
遊はびくりと肩を震わせて後ずさった。
「ひっ……ま、待て! 金ならいくらでもやる! 私は《夜の一族》でも名門と名高い氷村家の御曹司。お前が望むくらいの金などいくらでも用意できる! 女だって好きなだけ手に入るぞ! だから――」
典型的かつ俗悪な命乞いを聞いてすずかたちは顔をしかめる。それに対して俺は……
「お前からの金なんていらん。さっさと二人を解放して、おとなしく警察が来るのを待ってろ」
「そういうわけにはいかない! 金髪の方は返してもいい。だが《一族》の血統を守るためにはどうしてもすずかが必要なんだ! 彼女だけでも譲ってくれないか。もちろん傷つけたりはしない!」
「すずかや彼女の両親はそれを了承しているのか?」
そう言ってすずかに目をやると、やはり彼女はぶんぶん首を横に振る。まっ、彼女や両親が婚約とやらを了承しているならわざわざ誘拐なんてしないわな。
「なら駄目だ。さっき言った通りすずかもアリサも家まで送り返す。いい加減にしないと少し痛い思いをしてもらうことになるが……」
そう言って一歩近づくと遊はびくりとする。だが彼は諦めず……
「……本当に取引に応じるつもりはないのか?」
「くどい。さっさと二人を放せ。でないと本当に……」
眼を鋭くして言うと遊はこちらをじっと見て。
「そうか……ならやはりお前には死んでもらわなくてはならないようだな!」
「駄目! 健斗君、この人の目を見ないで!!」
すずかが叫ぶ前に遊の目は真っ赤に染まり、俺は思わず動きを止める。
そんな俺を見て遊は勝ち誇った笑い声を上げた。
「ははははは!! どうだ、動けないだろう! これが《一族》が持つ“魔眼”の力だ! 貴様ら家畜ごとき、目を合わせただけで動きを止めることができるんだよ!」
「……」
「はした金で転ぶのなら見逃すなり下男として抱えてやってもよかったのだが、そこまで言うなら仕方ない。お前はここで殺してやるとしよう。無駄に格好をつけたのが命取りだったな」
「やめて!! お願い叔父様! 私はどうなってもいいから、健斗君とアリサちゃんは助けてあげて!!」
すずかが懇願するが、遊は聞く耳持たずに爪を伸ばしながらゆっくり俺に迫ってくる。対して俺はこの場を一歩も
すぐ目の前まで来たところで遊は足を止め、嫌らしい笑みを浮かべながら爪を振り上げる。
「どれほど腕が立とうと所詮ただの家畜だな。
「健斗君!!」「健斗!!」
そう言って遊は俺を切り裂かんと爪を振り下ろし、すずかとアリサが悲痛な叫び声を上げる。
それに対して俺は――
奴の顔面めがけて思い切り拳を叩き付けた!
「ぐはあああああっ!!」
その瞬間、遊は端正な容姿からかけ離れた醜い悲鳴を上げながら、後ろの壁まで吹き飛ぶ。従者たちもすずかも唖然としながら壁に激突した遊を見ていた。
「さっきから訳のわからないことを。魔眼だか何だか知らないが普通に動けるんだけど……っていうか、そっちこそ生きてる? つい思い切りぶん殴っちまったけど」
「健斗君……何ともないの? 真正面から魔眼を見たのに」
「……? いいや。この通り何ともないよ。あいつの目の色が変わっただけじゃないのか?」
呆然と聞いてくるすずかにそう答える。
彼女に言った通り、俺の方は何ともない。目を赤くした遊が睨んできて、ぶつぶつ言いながら俺に近づいて、例の爪で攻撃しようとしたから反撃しただけだ。剣で斬る気も起こらなくてつい素手で殴ってしまったが、非殺傷設定がある分剣で攻撃した方が安全だったかもしれない。
まだまだだなと自戒しながら俺は従者たちに目を向ける。すると中心にいた金縁眼鏡の中年があわただしく口を開いてきた。
「ま、待ってくれ! ワシは遊にイレインを貸しただけや! 《一族》の血統にも興味はあらへん! せやけど事業の失敗でできた借金を返すために仕方なく――」
「お、俺たちだって遊に雇われただけだ! いけ好かない奴だけど親がすごい金持ちみたいで羽振りだけはよかったから。それで気が付いたら吸血だの誘拐だのの片棒を担がされるようになったんだ」
従者たちの言い訳を聞きながら俺は盛大なため息をつく。今時ドラマでもこんな言い訳をする悪党がいるのかどうか。もう遊みたいに殴る気も失せてきた。
「じゃあ早くすずかとアリサを解放しろ……言っておくが妙なことは考えるなよ」
そう言って俺は剣を構える。これだけ近くにいれば二人を人質に取ろうとしても、銃を叩き落とすことができる。
それが伝わったのか、男二人はあっさりすずかたちから手を放す。彼女たちは手を縛られたまま目に涙を浮かべて俺の傍へやってきた。あいにく今は抱きとめることはできないが。
そこへ――
「すずか!!」
「お嬢様!」
「すずかちゃん!」
部屋の中に忍さんとメイド姉妹が入ってきてすずかの元へ駆けつける。
彼女らの後に恭也さんとさくらさん、そしてヴィルが入ってきた。
「健斗、お前までいたのか……まさか、これはお前が……?」
部屋を見回しながら問いかける恭也さんに俺はうなずきを返す。
「あなた一人だけでイレインを倒したというの? それもオリジナルを……」
「うむ。さくらとすずかが目をかけているだけあってなかなか面白い奴じゃわい。あやつ……お前の祖母に似ておる所もあるしの。海を越えてこの国に来た甲斐があったわい」
横たわるイレインを見ながらこぼすさくらさんにヴィルが続く。すると倒れていた遊が身を起こしながら口を開いた。
「そ、総当主……なぜあなたがここに……?」
「総当主やと――!?」
遊の言葉に手下の一人は声を荒げ、すずかも、
「総当主って、《夜の一族》の当主たちの中で一番偉いっていう……そんな人が何でここに……」
彼女に対しヴィルは、
「まあ色々あっての。その話はここを出た後でするとしよう……今は」
と言ってから、悠然と遊のもとに歩みながら言った。
「久しぶりじゃな遊。さくらや忍に続いてあの鼻たれ坊主もでかくなったもんじゃわい。本当ならお前たちの成長を喜びたいところじゃったが、そうもいかんようじゃ。数年前はさくらの取りなしとお前の父親に頭を下げられたことで許したが、他家との不可侵の取り決めを破った以上そうもいかん。正式な沙汰が決まり次第追って伝える故、それまでは刑務所とやらで頭を冷やすがよい」
「ふざけるな……もとはと言えば貴様が……貴様が人間などと共存すると言い出したせいで、異界からさまよってきたなどと抜かす家畜にそそのかされたせいで……何が総当主だ――この裏切り者がああああっ!!」
遊は起き上がりヴィルに爪を突き立てようとするが、ヴィルは素手で遊の爪を受け止め、彼の心臓に自らの爪を突き立てる。
すると遊は「うぐぐっ」とうめいてからその場に倒れた。
凄惨に見える光景に遊の手下を含む一同が沈黙する中、ヴィルは遊から爪を引き抜いてから俺たちを見て言った。
「安心せい、殺してはおらん。吸血種は心臓のある部分を突けば強制的に眠るようにできておるのじゃ。一族――特に純粋な吸血種は生命力が高いからのう。それぐらいでは死なん」
爪に付いた血をハンカチで拭いながら、ヴィルは俺とすずかたちに視線を移す。
「申し遅れたの。特に健斗には素性も真名も明かさずに失礼した。他者と対等に話すなど久しぶりで楽しくてついの。許せ。儂はヴィクター・フォン・キルツシュタイン。キルツシュタイン家の先代の当主にして、《夜の一族の総当主》と呼ばれておる者じゃ。ちなみに儂の三番目の妻の名はアリエル・F・キルツシュタインという。ベルカという世界から来た人間で、グランダム王国の先王がもうけた庶子にあたるらしい。さすがに最後は疑わしいがの」
皆が驚く中、ヴィルはニカッとした笑みを俺に向けた。
アリエル……腹違いの姉の名をここで聞くことになるとは。